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 新章文子の『バック・ミラー』を読む。桃源社から1960年に刊行された「書き下し推理小説全集・第二期」の一冊である。著者の新章文子は、今ではあまり読まれない作家だろうが、『危険な関係』で第5回江戸川乱歩賞を受賞しており、心理描写やサスペンスには定評があった作家だ。

 呉服を商う京都の〈えり紅〉に務める青地有美。彼女は入社一年目ながら、自社の広報誌編集に抜擢され、短歌の掲載許可を求めるために女流歌人の河野いさ子を訪ねる。用件も無事に済んだときであった。有美はいさ子から母親と旧知の間柄であることを知らされる。だが有美といさ子の間には、当人たちですら知らない、もっと深い関係があった。そして、その出会いをきっかけに、彼女たちは悲劇の奔流に呑み込まれてゆく……。

 バック・ミラー

 一応、ミステリとしての体裁は整えられている。第一の殺人が起こり、やがては第二の殺人まで派生する。しかも、第一の殺人こそすぐに犯人を明かしてしまうけれど、そのうえで第二の事件をフーダニットでまとめるという趣向であり、この試みは決して悪くない。
 とはいえ、残念ながら著者の他の作品同様、そこまで謎解きものとして機能しているわけではない。あくまで主眼は人間ドラマや心理サスペンスにある。

 新章文子は京都出身の作家だ。作家活動も京都なら、内容においても京都を舞台にすることが多かった。そして何より登場人物の造型に、京都人ならではのものが強く打ち出されている。
 一見当たりはよいけれど、実は決して心を開いていない。直接的な表現を好まず、非常に婉曲的にものを言う。要は裏表が激しいのである。これは決して悪口ではない。京都人はそういう性質を普通にもっているわけで、うちの嫁さんもその一人(笑)。
 本作はそういう京都人のダークサイド(笑)をベースに、複雑に絡んだ人間模様を描きつつ、カタストロフィに向かって進んでいく家族の肖像が描かれる。特に決まった主人公は設けず、それぞれが勝手に苦悩し、憎しみ、それがさらなる憎しみを生んでいく。まさに負の連鎖。いやー、これはきついわ。このどうしようもないほどの愛憎劇が読みどころとはいえ、あまりの救いの無さに読後もぐったり。正直、読後感はかなり悪い。
 
 ただ、それ以上に気になったのは、ドラマを詰め込みすぎなこと。
 登場人物の数だけトラブルを設けましたといっていいくらいの内容なので、これらを消化するにはやはりページ数が足りない。
 その影響か、描写も常に説明不足気味で、登場人物の言動について説得力がなくなっているのが残念。場面場面での心理描写はそれなりに見せるが、やはり消化不良の感は否めない。
 ミステリとしても弱いので、マニアならともかく無理に探して読むほどのものではないだろう。


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『危険な関係』に続いて新章文子をもういっちょ。『女の顔』読了。

 女の顔

 目を見張るほどの美貌の持ち主だが、演技の才能には欠ける女優、夏川薔子。婚約者でもある新進監督のもとで新作の撮影を目前にしていたが、そのプレッシャーに耐えられず、ついには誰にも告げずに京都へ旅に出てしまう。やがてその地で医学生と関係を持った薔子。だが、東京に戻った彼女を待っていたのは母の事故死であった。しかし、その死には不審な点があり、薔子がその原因を調べるうちに、母の意外な過去、薔子を取り巻く人間たちの思惑が明らかになってゆく……。

 デビュー作の『危険な関係』に比べれば、より華やかな世界、より少ない登場人物に絞っての設定だが、そのテーマやテイストはほぼ変わるところはない。主人公は一応、薔子といえるだろうが、作者は『危険な関係』と同様、複数の人物の視点で物語を進め、それぞれの思惑や心理を実に丹念に語ってゆく。それは取りも直さず、人間そのものの愚かさを語ることでもある。
 『危険な関係』では登場人物の設定のせいであまり意識しなかったのだが、このテイストはフランス・ミステリのそれに近い。徐々にサスペンスを高める手法、ねちっこい心理描写、腰砕けの犯罪(笑)などなど。たった二作で断言するのもアレだが、これこそが新章文子の持ち味であり、好き嫌いの分かれるところなのであろう。
 一応、個人的にこの方向性は全然OKである。ただ、惜しむらくはもう少しサスペンスを高めるか、サプライズの効果を強くしてほしかった。本書を普通小説としてみればさほど大した疵ではなかろう。しかし、ミステリとしてみるなら、それはやはり大きな弱点と言わざるを得ず、どうしても食い足りなさが残るのである。


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 第五回(昭和三十四年)の江戸川乱歩賞受賞作、新章文子の『危険な関係』を読んでみた。
 新章文子は当時としては珍しい女流ミステリ作家である。また、ミステリ以前に童話の著書などもあることから、何となく仁木悦子を連想させる(ちなみに仁木悦子はその二年前に乱歩賞を受賞)。だが仁木悦子のカラッとした明るい作風とはまったく異なり、本日読んだ新章文子のそれは、実に日本的な湿っぽさを含んだものであった。

 危険な関係

 東京で一人暮らしを送る高行は京都の資産家の息子だが、あるとき実家から送られた薬に混入していた砒素によって危うく命を落としそうになる。表向きは自殺と報じられたその事件の直後、高行の元へある女性から手紙が届く。そこには高行の出生の秘密がしたためられており、それをきっかけに高行は自分の父に対して不信感を抱き、ついには父の葬式にすら欠席してしまう。その高行が京都に帰ってくるところから物語は大きく動き始める……。

 一応、高行をベースにざっと導入部を紹介してみたが、実は彼が主人公というわけではない。群像劇とまではいかないものの、本作ではその他にも実に多彩でクセのある人物が登場し、さまざまな「危険な関係」を形作ってゆく。
 野心だけをもって京都にやってきた打算的な青年、その青年を追って京都にきた水商売の女、高行に遺産をすべて奪われることに我慢がならない激情家の妹、今は亡き父の恩讐に囚われるバーのマダム、資産家の娘に想いを寄せながらもその立場から厳しく己を律するストイックな運転手……。
 彼らのそれぞれに物語があり、やがて見ず知らずの彼らが互いに関係を深めるにつれ、徐々に緊張感も高まってゆく。まさに京都の梅雨を思わせるような、このネットリとした人間ドラマが本作の肝であり、読みどころだ。表面的なストーリーだけとってみれば、一歩間違えると昼メロや二時間ドラマに陥りそうなところだが、描写が確かなうえに独特の緊張感があるから安っぽい感じはまったくない。
 だが残念なことに、謎とその解決という部分が物足りない。極端なことをいえば別に謎解きものにしなくても、このままサスペンスのみで突っ走った方がよかったのではないかと思えるほどだ。現代での知名度がいまひとつだったり、ベストテンなどに挙がることが少ないのも、おそらくこの弱点ゆえではないだろうか。
 とはいえ決して退屈するような作品ではないし、むしろ総合力ではなかなかのものである。まあ一作で断言するのもあれなので、もう少し他の作品も読んでみることにしよう。


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