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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

バロネス・オルツィ『土耳古石のボタン』(湘南探偵倶楽部)

 湘南探偵倶楽部さん復刻、バロネス・オルツィの短篇『土耳古石のボタン』を読む。
 オルツィのシリーズ探偵といえば、なんといっても「隅の老人」がメジャーだが、そのほかにも女性捜査官のレディ・モリーやパリ警視庁のヘクトル、ナポレオン時代の密偵フェルナンとか、けっこうさまざまなシリーズを残しているようだ。本作の主人公もそんなマイナーどころのひとり、“危機一髪君”と異名をとるパトリック・マリガン弁護士である。

 世間を賑わす二人組の強盗がいた。手口は荒っぽく、一人は高身長、一人は小柄という凸凹コンビ。富豪の屋敷が次々と狙われ、金品を奪われていたことで、犯人たちは内部の事情に通じていルらしいと推察されたが……。
 そんな時、社交界でも評判の美女、メリー・ワーン女史の屋敷がついに強盗に襲われる。しかし、ワーン女史の従僕が犯人に抵抗したため、犯人の服のボタンがちぎれて現場に残されていた。そのボタンの持ち主は、以前からワーン女史を恋していたというステイガンド大尉だったが、身に覚えのない大尉はマリガン弁護士に助けを求める……。

 土耳古石のボタン

 バロネス・オルツィは『隅の老人【完全版】』が出たおかげで、何となく憑き物が一つ落ちたように感じているけれど、実は未訳作品がまだまだある。『紅はこべ』で知られているパーシー・ブレイクニーものはおそらく冒険活劇ものだろうからそこまで執着はないんだが、本作のパトリック・マリガン弁護士とかパリ警視庁のヘクトルなどは、職業的にミステリっぽいから気になる存在ではある。

 実際、パトリック・マリガン弁護士ものの一作である本作だが、内容的にはしっかりミステリのスタイルをとっている。弁護士ものといっても今ではジャンル的にも設定的にもさまざまなパターンがあるけれど、パトリック・マリガン弁護士は(あくまで本作を読んだかぎりだが)本格要素と冒険要素を合わせもった感じで悪くない。ネタ自体は簡単に予想できるレベルではあるが、終盤では犯人に罠を仕掛けるなど実にアグレッシブで、物語としてはなかなか楽しめた。

 強いていえば“危機一髪君”というあだ名が、戦前の翻訳のせいか、さすがに違和感があるが(笑)。ま、それはともかくとして、パトリック・マリガン弁護士ものの完全版は無理としても、オルツィの創造探偵傑作選ぐらいはあってもいいかもしれない。

バロネス・オルツィ『隅の老人【完全版】』(作品社)

 ようやく『隅の老人【完全版】』を読み終える。バロネス・オルツィが残した隅の老人ものの短篇をすべて網羅した(つまり全作品を網羅した)文字どおりの完全版である。
 元になったのは過去出版された三冊の短編集だが、これに単行本未収録の「グラスゴーの謎」を加え、計三十八篇が収録された。
 そのボリュームゆえさすがに持ち運びはできなかったので、二日に一篇ずつぐらいのペースでぼちぼち読んできた一冊である。

 隅の老人【完全版】

 小説だからまずは中身について言いたいところではあるが、何より本書が素晴らしいのは、やはり上に書いたように、隅の老人ものをすべて収録したことであろう。
 これは世界で唯一の完全本であり、本国に先駆けてこうした形にできただけでも誇れることなのだが、それによってこれまで知られていなかった事実が確認できたことも高ポイント。
 また、単にまとめただけではなく、収録を発表順に再編したり、挿絵を豊富に収録したり、全作品の解説があったりと、編集方針も大いに賞賛すべきである。

 隅の老人については今さら言うまでもないだろうが、シャーロック・ホームズのライヴァルとして登場した名探偵の一人。〈A・B・C喫茶店〉の隅の席に座り、知り合いの女性記者に未解決事件の謎解きをして聞かせるのが毎回のパターンだ。なぜか話の合間に紐を結ぶ癖があり、紐をいじりながらさまざまな事件の謎を解いてゆくという趣向である。
 エキセントリックな性格も名探偵には珍しく、語り手の女性記者とのやりとりも魅力の一つである。

 ところで事件については、常に隅の老人が話して聞かせるというスタイルのため、「安楽椅子探偵の走り」という言われ方を昔からされてはいるが、実際に読んでみると本人は事件の裁判を傍聴したり、意外と行動的な面もあるため、「安楽椅子探偵には当たらないのでは?」という疑問の声もチラホラ上がっているらしい。
 それでも結局は、他者からの伝聞による情報から推理を重ねていく手法なので、個人的には安楽椅子探偵でいいんじゃないかと思うけれど。確かに言葉の表面だけとらえると安楽椅子とは違うだろうけれど、安楽椅子探偵の本質は物理的に動いたかどうかではなく、自分自身で捜査や調査に乗り出さないことだと思うので。

 まあ、そんな分類は正直どうでもよくて、この他者からの伝聞による推理を、すべて自分が話して聞かせるというのも本シリーズの大きな特徴である。
 ホームズの例にも見られるとおり、読者からは探偵のキャラクターや個性が非常に望まれており、作者がこの形にこだわったのもやむを得ないところではある。ただ、探偵本人の語りにしたことで、どうしても物語が単調な印象になってしまうのがもったいない。
 また、著者自身がドイル同様、歴史や人物への興味が大きかったためか、あまりトリックには重きを置いておらず、似たようなネタが多いのはご愛嬌。
 ただし、作品のアベレージは決して低くない。これという大傑作はないけれども、非常に質が安定しており、クラシック探偵小説のファンであれば、まず期待を裏切られることはない。慌てて読まず、一篇ずつゆっくりと味わうのが吉だろう。
 最後に収録作の一覧。

■『隅の老人』The Old Man in the Corner
The Fenchurch Street Mystery「フェンチャーチ街駅の謎」
The Robbery in Phillimore Terrace「フィリモア・テラスの強盗」
The Mysterious Death on the Underground Railway「地下鉄怪死事件」
The Theft at the English Provident Bank「〈イギリス共済銀行〉強盗事件」
The Regent's ParkMurder「〈リージェント公園〉殺人事件」
The Mysterious Death in Percy Street「パーシー街の怪死」
The Glasgow Mystery「グラスゴーの謎」
The York Mystery「ヨークの謎」
The Liverpool Mystery「リヴァプールの謎」
An Unparalleled Outrage「ブライトンの謎」
The Edinburgh Mystery「エジンバラの謎」
The Dublin Mystery「ダブリンの謎」
The De Gennevile Peerage「バーミンガムの謎」

■『ミス・エリオット事件』The Case of Miss Elliott
The Case of Miss Elliott「ミス・エリオット事件」
The Hocussing of Cigarette「シガレット号事件」
The Tragedy in Dartmoor Terrace「ダートムア・テラスの悲劇」
Who Stole the Black Diamonds?「誰が黒ダイヤモンドを盗んだのか?」
The Murder of Miss Pebmarsh「ミス・ペブマーシュ殺人事件」
The Lisson Grove Mystery「リッスン・グローヴの謎」
The Tremarn Case「トレマーン事件」
The Fate of the “Artemis”「アルテミス号の運命」
The Disappearance of Count Collini「コリーニ伯爵の失踪」
The Ayrsham Mystery「エアシャムの謎」
The Affair of the Novelty Theatre「〈ノヴェルティ劇場〉事件」
The Tragedy of Barnsdale Manor「〈バーンズデール〉屋敷の悲劇」

■『解かれた結び目』Unravelled Knots
The Mystery of the Khaki Tunic「カーキ色の軍服の謎」
The Mystery of the Ingres Masterpiece「アングルの名画の謎」
The Mystery of the Pearl Necklace真珠のネックレスの謎」
The Mystery of the Russian Prince「ロシアの公爵の謎」
The Mysterious Tragedy in Bishop's Road「ビショップス通りの謎」
The Mystery of the Dog's Tooth Cliff「犬歯崖の謎」
The Tytherton Case「タイサートン事件」
The Mystery of the Brudenell Court「〈ブルードネル・コート〉の謎」
The Mystery of the White Carnation「白いカーネーションの謎」
The Mystery of the Montmartre Hat「モンマルトル風の帽子の謎」
The Miser of Maida Vale「メイダ・ヴェールの守銭奴」
The Fulton Gardens Mystery「フルトン・ガーデンズの謎」
A Moorland Tragedy「荒地(ムーアランド)の悲劇」


バロネス・オルツィ『レディ・モリーの事件簿』(論創海外ミステリ)

 本日は論創海外ミステリから、バロネス・オルツィの『レディ・モリーの事件簿』を読む。歴史ロマン『紅はこべ』や隅の老人シリーズで知られるバロネス・オルツィが書いた、ミステリ史上初の女性警官を主人公にしたシリーズである。まずは収録作。

The Ninescore Mystery「ナインスコアの謎」
The Frewin Miniatures「フルーウィンの細密画」
The Irish-Tweed Coat「アイリッシュ・ツイードのコート」
The Fordwych Castle Mystery「フォードウィッチ館の秘密」
A Day's Folly「とある日の過ち」
A Castle in Brittany「ブルターニュの城」
A Christmas Tragedy「クリスマスの惨劇」
The Bag of Sand「砂嚢」
The Man in the Inverness Cape「インパネスの男」
The Woman in the Big Hat「大きな帽子の女」
Sir Jeremiah's Will「サージェレマイアの遺言書」
The End「終幕」

 レディ・モリーの事件簿

 ミステリにおいては、隅の老人という確固たる成果を残したバロネス・オルツィ。だが実は他にもいくつかのシリーズキャラクターを手掛けている。
 そのなかの一人が本書のレデイ・モリーで、何といっても女性警官を主人公にしたところが当時としては画期的であった。英国にあってもまだまだ男権社会で、女性警官は皆無の時代。時代を先取りするという意味では隅の老人シリーズを遙かに凌駕する、非常に意義のあるシリーズなのだ。

 ただ残念なことに、ミステリ史的には意味があっても、ミステリの質としてはそれほどのものではない。雰囲気重視で楽しむならまだしも、事件や探偵という要素はあるが論理や謎解きという部分が不足しているので、通常の「ホームズのライヴァルたち」というイメージで読むと、期待は裏切られる。

 「ホームズのライヴァルたち」という言葉を使ったが、本書は論創海外ミステリの中で「ホームズのライヴァルたち」という副題がつけられたシリーズでもある。確かに同時代に書かれた探偵ものではあるし、上で書いたように事件や探偵という表面的な要素は似ているのだけれど、本書を最後まで読むと、これはいわゆる「ホームズのライヴァルたち」ではないことがすぐにわかる。
 作者の狙いは最初から「サージェレマイアの遺言書」+「終幕」というラストの二編にある。この二編でモリーの秘密(ついでにワトスン役のメアリーの秘密まで)が明らかになり、そしてそこで気付くわけだが、これはミステリなんかじゃなく、むしろ作者のもうひとつの代表作『紅はこべ』につながる歴史ロマン路線なのである。
 まあ、そういう意外性を楽しむ手もないわけではないけれど(苦笑)、基本的にはミステリファンより、歴史ロマン系が好きという人の方が素直に楽しめるだろう。


バロネス・オルツィ『紅はこべ』(創元推理文庫)

 バロネス・オルツィといえば、ミステリファンにとっては「隅の老人」もしくは「レディ・モリー」の産みの親、という認識が一般的だろうけれども、どうやら世間的には歴史ロマン『紅はこべ』の作者の方がとおりがいいようだ。

 この歴史ロマンというやつがなかなか曲者で、字面どおりに受け取れば、史実を基にした小説ということになるのだが、ヨーロッパの人たちにとっては単なる歴史小説ではない。それはあくまで歴史ロマンという独立したジャンルであり、絶対的な娯楽である。
 それは作家にとっても同様らしく、単に小説家になりたいのではなく、歴史小説で名を成したいという者が数多いたようだ。あのコナン・ドイルも正にその一人。そしてオルツィも然り。
 オルツィの小説で最初に人気を集めたのは「隅の老人」だが、実はもともと書いていた歴史ロマンがまったく売れなかったらしい。で、「隅の老人」で作家として成功した後に、ようやくこの『紅はこべ』が陽の目を見たというのだ。

 話を元にもどすと、成功後の『紅はこべ』は歴史ロマンの定番として認知されるまでになり、続編も十作以上書かれ、舞台や映画化も一度や二度ではない。最近でも1997年にブロードウェイでミュージカルとなり、1999~2000年にはイギリスでテレビ化され、驚いたことに日本でもNHKで放送されていたという。さらに仰天したのは、なんと今年、宝塚でも公演予定があるとのこと。
 ミステリ作家として今までバロネス・オルツィを読んできた者にとって、これはある意味ショック。時代はいつの間にか『紅はこべ』だったのだ(笑)。

 紅はこべ

 どうでもいい蘊蓄ばかりになってしまったが、そろそろ内容の話でも。
 時は一八七九年。ヨーロッパ全土を動乱に巻き込んだフランス革命が勃発した。民衆の不満が爆発し、共和政府によってフランスの貴族は貴族であるというだけで捕らえられ処刑されていく。そんな中、囚われの貴族を次々と救ってはイギリスに亡命させる、あるイギリス人の秘密結社が出現した。その名も「紅はこべ」。共和政府は「紅はこべ」の正体を探べく、革命政府全権大使ショーヴランをイギリスに送ったが……。

 予定調和的ではあるが、この手の物語はそれが大前提なので、いうだけ野暮か。とにかくストーリーはさすがに大したもので、冒険に愛と友情をこってりとミックスし、ぐいぐいと引っ張っていく。もうど真ん中である。「紅はこべ」の首領の正体は誰かというミステリー的な趣向(バレバレではあるが)も楽しい。
 芝居がかった言動は今読むと引いてしまうところもないではないが、逆にこれがあるからこその歴史ロマンであり、あまりスマートに描かれたり、合理的な考え方の連中ばかりが登場しては、あえて読む意味もなかろう。動乱の時代とはいいながら、紳士はあくまで紳士らしく、淑女は淑女らしく、庶民が憧れる貴族の夢の物語でなければならないのだ。
 ということは、これってもしかして歴史ロマンというより、ハーレクインロマンスといった方が近いのか。史実を題材にしてはいるが、それはやはり味つけ以上のものではないし、基本的にヒロインを中心に物語が回っていることや、恋愛シーンの多さなどを踏まえても、これはやはりロマンスメイン。なるほど、宝塚でミュージカルになるのも頷ける話だ。
 しかしながら、個人的には最近この手の小説を読んでいなかったので、予想以上に楽しめたのは確か。テレビ版もちょっと気になるぞ(笑)。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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