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 実は先週、会社が移転。それほど大きく離れたわけではないが、これまでの充実したランチと書店、古書店に恵まれていた神保町からは少々遠くなり、昼飯ついでに古書展をひやかすといったことはできなくなってしまった。まあ、無駄遣いしないからいいのか(苦笑)。


 論創ミステリ叢書から『大下宇陀児探偵小説選 II 』を読む。主に初期の通俗スリラーをまとめていた『〜 I 』に対し、こちらは後期の社会派と呼ばれるリアル志向の作品を中心に編まれている。

 大下宇陀児探偵小説選II

「金口の巻煙草」
「三時間の悪魔」
「嘘つきアパート」
「鉄の舌」
「悪女」
「親友」
「欠伸する悪魔」
「祖母」
「宇宙線の情熱」

 とりあえず小説のみ記載。本書にはこの他、多数のエッセイの類も収録されており、大下宇陀児の探偵小説観がうかがわれて実に興味深い。
 上でも書いたように、大下宇陀児の興味はトリックや名探偵などといった本格探偵小説特有のガジェットから、リアルに人間心理や動機、社会問題を描くといった路線に移行していく。その真意や理由を示した文章がこうしてまとめられただけでも本書の価値がある。ひとつひとつの文章は短いものが多いけれど、物言いは力強く、非常に真面目に探偵小説に向かい合っていることがわかる。ともすると忘れられた作家扱いもされてしまうが、この時代ではやはり頭ひとつ抜けた存在であることを再認識できるだろう。

 最初の三篇「金口の巻煙草」「三時間の悪魔」「嘘つきアパート」は、リアル路線への移行的作品といったところ。皮肉なオチを効かせてそこそこ楽しませるが、そこで読者に何らかのものを残せるほどの力はない。

 目玉はやはり長篇『鉄の舌』か。なるほど宇陀児の目指すリアル志向とはこういうものかというイメージは理解できる。しかし、ただただ理不尽なだけの主人公の転落、しかも主人公自らも火に油を注ぐような行動をとるにいたっては正直、読むのが辛いだけである。意外な探偵役の登場、犯人確定の決め手などに多少の見どころはあるのだけれど。
 ラストは一応ハッピーエンドではあるが、あれぐらいでは救われんよなぁ。

 それに比べると「悪女」以降の短編は悪くない。特に「悪女」に登場する女中の伊勢、「欠伸する悪魔」に登場する容疑者の比留根市助、この二人の人物像がかなり面白くて、事件に与える影響が読ませどころである(それぞれ方向性は違うけれど)。
 こういうスタイルで昇華できるのであれば、いわゆる社会派がまた違った形で成長していったのかもしれないと思ったりもするのだけれど、ただ、これはどちらかというと大下宇陀児の味であって他の作家が真似できる部分ではない気もするな。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 論創ミステリ叢書から『大下宇陀児探偵小説選 I 』を読む。戦前探偵作家としては乱歩、甲賀三郎と並ぶビッグ3の一人、しかも今では読めない作品がごろごろしているというのに、論創ミステリにはなかなか収録されなかったので、今回の刊行は実に嬉しいかぎりである。
 収録作は以下のとおり。「蛭川博士」が長篇で、犯人当て懸賞小説として発表された短編が三作、さらには随筆が二本という構成でなかなかの豪華版。いつもながら論創ミステリ叢書の本作りはナイスである。

■創作篇
「蛭川博士」
「風船殺人」
「蛇寺殺人」
「昆虫男爵」
■随筆篇
「「蛭川博士」について」
「商売打明け話」

 大下宇陀児探偵小説選I

 ところで大下宇陀児の作風だが、ロジックやトリックを中心とした本格謎解き物はほとんど書かれていない。興味はあくまで犯罪者の心理や動機といったところにあったのだが、ただ、その表現の仕方については割と大きく変化している。
 具体的には、初期、つまり戦前に書かれたものは主にエンタメ路線であり、通俗的なスリラータイプ。それが戦後には社会問題を絡めたリアル路線へと移行していると。まあ、必ずしもそれがすべてに当てはまるわけではないが、ざくっとした認識としては、こんな感じでOKだろう。

 で、本書に採られているものは、その初期の通俗スリラータイプの作品である。特に「蛭川博士」は正にこの時代を代表する一作。
 ともすると評価されがちなのは後期の作品が多い大下宇陀児だが、実は探偵小説の香りが色濃く感じられるのはこの初期タイプ。おそらくはトンデモ系の確率も高く、それなりにリスクも伴うけれど(いや、実はこれが楽しいのだが)、個人的にはこちらのタイプをこそオススメしたい。

 我ながら前置きが長すぎる。以下、収録作の感想。
 『蛭川博士』は不良グループの青年を主人公にしたサスペンスもの。海水浴場での女性殺害事件に端を発し、捜査線上に浮かんだ「蛭川博士」という謎の人物にスポットをあてつつ、平行して主人公とヒロインの恋愛模様もつづるという盛り沢山の内容。
 メイントリックは今となっては予想されやすいものではあるが、当時としてはまずまず斬新(ただし乱歩に先例があったはず)、展開もスピーディーで悪くない。
 ただ、前半においては視点がかなり変わることもあって、とっかかりが掴めないまま読み進めるような不安定さが気になった。なんせ途中までは誰が主人公なのかも判断できないのである。
 とはいえ思った以上に破綻もないし、犯人の心理や動機に関してもなかなか興味深いものなので、まずまず読める作品にはなっている。実はもっとはっちゃけたものを期待していただけに、その点では少し物足りなさは残るけれど(苦笑)。

 そういった物足りなさを吹き飛ばすのが短編「風船殺人」。風船マニアの有閑未亡人が風船だらけの部屋で半裸の状態で殺害されるという一席。もうこの設定だけでお腹いっぱいである。
 しかしながら犯人当て懸賞小説として発表されたわりには、全然フェアでないのがご愛敬。殺害方法もひどいし、「読者への挑戦」が全体の半分あたりで挿入されるため(雑誌連載時に前後半で分載されたためだと思われる)、そもそも読者への情報が不足しすぎである。まあ、それほど真剣な犯人当てではなく、あくまで話題作りなのであろう。
 とりあえず「風船マニアの有閑未亡人が風船だらけの部屋で半裸の状態で殺害される」という、このイメージだけで引っ張るような話である。いや、嫌いじゃないんですが(笑)。

 「蛇寺殺人」と「昆虫男爵」は、大下宇陀児には珍しいシリーズ探偵、杉浦良平が活躍する。その人物描写を読むかぎりでは、あまり魅力的な探偵とはいえないが、話の種としてその存在は知っておいて損はない。まあ得もないけれど。
 中身の方だが、こちらも犯人当てという点では突っ込む方が野暮というレベル。ただし、味付けにおいては、「風船殺人」に勝るとも劣らない。
 特に「昆虫男爵」はストーリーがすごい。胎生昆虫という人間そっくりの姿をした昆虫を探す昆虫男爵が登場し、その男爵の妄想を治療すべく、蝉の鳴き声が上手い女芸人を呼び寄せたところ、その女芸人が殺害され……というお話し。呆れてはいけない。これが宇陀児クオリティ(笑)。

 興味はあくまで人間にあり、トリック等ではないというようなことを表明していた大下宇陀児。だがこれら初期の作品には、大下ならではの本格へのアプローチを感じることができる。それがときとして類い希な発想を生むこともあるから面白い。
 万人にオススメすることは難しいが、これも立派なミステリの楽しみの一つではあるだろう。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 まったく個人的なことだが、本日、ようやく、ようやくにして、あの探偵小説誌『幻影城』をコンプリートすることができた。やっほーい。
 リーチがかかっていたのはNo.18、すなわち増刊号の『横溝正史の世界』。これがまたエッセイや評論、作品事典など、内容盛り沢山のいい本であり、古書店やネットでも比較的見かける本だから〆の一冊としては最適、と思ったのがもう二年ほど前のこと。そこからが実に長かった……。まあ、あまり高く買うのも嫌だったのでずっと我慢はしてきたのだが、今日たまたま入った古書店で、ラーメン+ギョウザ3人前ぐらいの値段で見つけ、思わず購入。ああ、今日は酒がうまいぜい。

子供は悪魔だ

 本日の読了本は大下宇陀児の『子供は悪魔だ』。題名に「子供」とついてはいるが、さすがにこれはジュヴナイルに非ず。少々長めの短編、「子供は悪魔だ」「売春巷談」「山は殺さず」「百舌鳥」、以上の四作を収めた短編集である。
 政治家の汚職から若者の乱れた風潮まで、当時の社会問題などを取り上げつつもその筆はかなり通俗的で、読み物としてはなかなか面白い。ただし探偵小説としての結構は備えているけれども、トリック等は例によって腰くだけなので、あくまで当時の風俗や人物描写などを中心に古い探偵小説の雰囲気を楽しむのが吉であろう。出来そのものは先日読んだ『おれは不服だ』よりは上。

 「子供は悪魔だ」は、莫大な財産を手にしたがため、ろくでもない子供たちばかりを抱えることになった男の悲運を描く。五人兄妹それぞれのごくつぶし振りが多様で、時代は変われどありそうな話ではある。結末は肩すかしといえば肩すかし、皮肉といえば皮肉。
 「売春巷談」は売春婦が主人公の物語。前半は彼女たちのエピソードばかりがつづられ、そんな話なのかと思ったら、後半はちゃんとした本格探偵小説的に展開し、このギャップがまず面白い。一応密室的トリックを用いているところもオオッと思わせるが、残念ながらこちらはいまひとつ……というか作中の説明はまったく説明になっていない気がする(笑)。でも宇陀児だから許す(爆)。
 「山は殺さず」は雪山で死んだ若者の事件が発端となり、過去に起こった誘拐事件にまで連なるという物語。書く人が書けば相当に壮大な話になるはずだが、これを非常にサラッとまとめているのが大下宇陀児ならでは。だが誘拐事件にも一種の密室のような状態を設定するなど、アイデアは悪くない。これはしっかり書き込んで長編にしてもよかったのではないかなぁ。
 「百舌鳥」は三角関係にある男女が挑む犯罪とその心理を描く。主人公の小鳥好きという設定をうまく活かしており、ラストはそれなりにグッと来る。本書の中では最も謎解きから遠い位置にある作品だが、読み応えは一番。

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 大下宇陀児の『おれは不服だ』を読む。表題作を含む短編集で、昭和32年に講談社ロマン・ブックスとして刊行された一冊。まずは収録作から。

「獺」「娘たちは怖い」
「風が吹くと」「痣を見せるな」
「おれは不服だ」「十四人目の乗客」

おれは不服だ

 なかなかバラエティに富んだ作品集。大下宇陀児の通俗的な部分と幅の広さが存分に発揮されてはいるが、いやあ、純粋に質を問われると、これは厳しい(笑)。もちろん端から傑作などを期待しているわけではないのだが、逆に『宙に浮く首』ぐらいハチャメチャなものが読めるのでは、などと思っていたので、この中途半端さがなかなか。以下、各感想。

 「獺」はいわゆる悪女ものだが、それに絡む犯罪の真相をうっちゃったまま終わるのに唖然。リドル・ストーリーとかじゃなくて、本当に無視しちゃうのである(笑)。
 「娘たちは怖い」はあるアパートで起きた殺人事件の物語。通報したくせになぜか肝心の部分で黙秘を続ける女子学生たち。彼女たちがなぜ黙秘するのか、というのが本作の肝だが、あまりにそのまんまのオチでのけぞること確実。
 「風が吹くと」は悪女ものでありつつ、それに溺れて破滅する中年男の話だが、雰囲気なら「獺」の方が上。こちらは変にクライムノベルっぽくしているせいか、かえってテーマがぼけている感じだ。
 「痣を見せるな」は本書のなかでは一番まともな作品。「痣のある子供」ばかりを狙う猟奇殺人という設定からして、実に探偵小説っぽい。今では手垢のついた真相ながら、当時であればけっこういい線をいったはずである。事件解決に至る手段がちょっとアレだが、これぐらいのレベルの作品が半分ほどあれば、本書もオススメできたと思うのだが(苦笑)。
 表題作の「おれは不服だ」は典型的なクライムノベル。ある男に偶然殺しを依頼された主人公だが、実は……という作品。オチはミエミエだが、タイトルや語り口などがコミカルで、それなりに読ませる。
 「十四人目の乗客」は珍しく奇妙な味に含まれそうな作品だが、やはり無理があるなぁ。

 古書としては入手しやすい部類だが、いまネットで調べてみるとけっこう高価で驚く。作品の質や希少性を考えても、あまり無理に読む本ではないので念のため。

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 苦学生の桐原進は友人の古川からある犯罪に誘われてしまった。悩む桐原だったが、恋人の木田紀美との間に子供ができてしまったことからまとまった金が必要になり、遂に古川の誘いに応じてしまう。ところが単なる窃盗だと思っていた桐原の目の前で、古川は目撃者の少年を殺害する。その場を去ろうとする桐原は古川ともみあい、誤って古川を殺害してしまうが……。

 戦前の大物探偵作家の一人である大下宇陀児。彼の作風が娯楽重視の通俗的な作品から、徐々に人間の心理や犯罪の動機、あるいは社会問題を重視するタイプへと移り変わっていったのは、ちょっとした探偵小説マニアならよくご存じだろう。
 本日読んだ『見たのは誰だ』は、典型的な後者のタイプである。当時の学生アプレ(無軌道な若者といった意味)の風俗をまじえながら、冤罪について描いた作品なのだが、構成が単なる社会派とはちょっと違っていて面白い。前半と後半の二部構成(本当は三部構成だけど、実質は二部といってよいだろう)で、大きく雰囲気が変わるのである。
 前半は主に桐原進を中心とした犯罪小説風だ。苦学生が恋愛と友情、そして金の狭間で揺れながら、ついには殺人まで犯してしまう過程をかなりねちっこく描いてゆく。
 ところが後半に入ると雰囲気はがらりと変わって、古き良き探偵小説の香りが漂いはじめる。古川殺害ばかりでなく、その他の三件の殺人の容疑まで受けた桐原。木田紀美は彼を救うために、弁護士の俵岩男に調査を依頼する。容疑を晴らすための材料などほとんどないなか、俵弁護士はひとつずつ要素を吟味してゆく。ノートに事件の要素を書き込み、+か-をつけながら推理を巡らす俵はなかなかいい。本格とまではいかないのだが、この演出は悪くない。
 ただ気になったのは、冤罪に対する問題提議の部分と探偵小説的雰囲気が、うまく融合していない点だ。また、事件を解決に導くもうひとつの事件が、とってつけたような印象しかないことも残念。わざわざ冤罪云々をアピールせずとも、そのあたりをもう少しスマートにまとめてくれれば、もっともっと面白く評価できる作品になったはず。
 でも、それはおそらく作者の本意ではないのだろうな。

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 昨日に続いて大下宇陀児から『宙に浮く首』。実は昔読んだ覚えがかすかにあるのだが、なんとも不確かな記憶しかなく、とりあえず初読のつもりで。

 本書は「宙に浮く首」「たそがれの怪人」「画家の娘」の三作を収録した短編集なのだが、これは凄い。正直言って、どの作品も人に勧められたものではなく、よくこういうものばかり集めて文庫化したものだと逆に感心するほどである。
 ただ、表題作の「宙に浮く首」だけは、機会があったら話の種に読んでみてもらいたい。ディクスン・カーにも通ずるかのような驚愕のネタが使われており、思わず腰が砕けることは間違いない。ただ、タイトルからしても本作は最初の20ページで終わらせてもよかったろう。中盤以降もそれなりに面白い仕掛けはあるのだが、構成に難があり、もうひとつ盛り上がらないのが残念。
 「たそがれの怪人」は通俗もの。数年ぶりに外国から帰ってきた青年は哀れにも失明しており、性格も人が変わったようになってしまった。だが実は、青年は失明などしていないのではないか、という疑惑から物語が展開する。この疑惑っぷりがものすごく、他にも突っ込みどころ満載である。
 「画家の娘」はいったい何がやりたかったのか。主人公は列車から飛び降りた女性を助け出すが、実は彼女は父親から狙われており……というお話。出だしはロマンチックで、ちょっとウールリッチ風ではあるが、それだけ。ラストの急転直下ぶりはもう完全にダメダメである。

 なお、昨日読んだ『奇蹟の扉』もそうだが、本書『宙に浮く首』も好評絶版中である。ただし、比較的ネットオークションや古書店でも見かけるし、値段もそれほどではない。興味のある方は探してみてください。ただし『宙に浮く首』に1000円も出しちゃだめよ。

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 ここ二、三日、喉が痛むなと思っていたら、わずか半日ほどで一気に声が出なくなってしまう。もう全然ダメ。ひそひそ声以外では話せなくなり、会社では何を話していても、「良からぬことを企んでいるように見えます」とか「カラオケの行き過ぎです」とかあらぬ疑惑をかけられる。ただの風邪だって。まあ、数年に一回のペースでこういうことが起こるので、あまり心配はしていないものの、ただ仕事にはむちゃくちゃ不便である。

 大下宇陀児の『奇蹟の扉』を読む。
 画家、江崎良造は酒場で知り合った女、久美子の美しさに惹かれ、モデルに使っていた。次第にその妖しい魅力の虜になった良造は、遂に我慢できなくなり、彼女に求婚する。だが、久美子にはいくつもの暗い過去があった。その過去に怯え、結婚を拒否する久美子だったが、結局は良造の熱意にほだされて江崎家へ嫁ぐことになる。しかし、この結婚は二人のみならず周囲の人間をも悲劇へと巻き込んでゆくのだった……。

 大下宇陀児の作風といえば、当初は通俗スリラー的なものが多かったが、次第に人間の愛憎劇をテーマにしたものを多く書くようになり、後には社会派の元祖と言われるまでになった、というのが一般的な認識である。本書はそんな大下宇陀児の比較的初期の長篇であり、基本的には男女の愛憎劇を描いたものである。勢い余って、中心人物たちの造形を作りすぎたきらいはあるが、それはこの際大した問題ではない。本書の大きなポイントは、珍しく著者が本格探偵小説の形式に挑んでいるところなのだ。
 特に医者の新一(これがまた嫌な性格の奴で……)を中心にして進められる推理シーンの数々は、いやがうえでも本書が探偵小説であることを思い出させる。ただ惜しむらくは解き明かされるべき謎の核心や、構成の弱さ。この辺りがもう少ししっかりして、トリックなり、意外性を備えていれば、佳作と呼べるほどの評価を得ていたかもしれない。とはいえ古き良き時代の探偵小説の香りは非常に芳醇な作品である。おすすめできるほどではないが、個人的には好きな作品だ。

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 実は先週の金曜から神保町古本祭りに突入しているのだが、今年はどうにもゆっくり見て回る時間がとれない。まあ、無理すればそのぐらいの時間は何とかなるのだが、そこまでして行く気力が起きない。だからといって古本に飽きたというわけではなく、仕事で精神的な余裕がすり減っている感じ。なんか、本調子でないことは確かだ。

 大下宇陀児の『石の下の記録』を読む。
 著者の作風は戦前の探偵小説作家には珍しく、比較的バラエティに富んだものであったが、トリックや謎といった要素には執着せず、動機や社会問題、リアリティを追求したところに大きな特徴があった。その傾向は戦後に入ってさらに強くなり、『石の下の記録』はその時期の代表作として知られている。

 戦後間もない東京が舞台。代議士の藤井有太は押しの強さと強い正義感で知られていたが、その妻、貴美子は家庭を放り出して遊び歩く毎日。そしてその息子の有吉もまた、悪友らと酒や博打、女にと、退廃的な生活を送る日々であった。一方でその悪友らに金を貸す笠原という学生がいた。笠原は類い希な頭脳を持つだけでなく、特殊な自分なりの価値観で上をめざす男でもある。そんな笠原の悪癖が女だった。笠原は藤井有太の妻であり、有吉の母である貴美子を狙っていた。そんなある日、藤井有太の不在中に諸内という与党の代議士が訪ね、強引に賄賂を置いていってしまう。仕方なく受け取った貴美子だが、その金を有吉が秘かに持ち出してしまったことで、運命の歯車が大きく回り出してゆく……。

 本作は戦後間もない頃に起こった「光クラブ」事件がモデル。この事件を題材にして、著者は戦後の虚無感というものをまざまざと描写していく。ひとつに縛られていた戦時中の価値観が崩壊し、目標が見えなくなった戦後という時代。そしてその時代に生きる若者たちの姿は、さまざまな価値観に溢れている今の時代にも案外通じるものがあり、ぐいぐいと物語に引き込まれてしまった。
 ただ、正直、ミステリと言うにはかなり弱い。だが従来のミステリの型をなぞりつつも、そこから脱却しようという強い意志が感じられるのである。とりわけ最後の犯人の手記は圧巻。ここで語られる動機や価値観、主義こそが著者の問題提議でもあるのだ。大下宇陀児、恐るべし。

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 大下宇陀児の『金色藻』を読む。大下宇陀児は多作家だったが、今読めるものはその割に多くない。本作は春陽文庫の「探偵小説傑作選 名作再刊シリーズ」の一冊で、数少ない現役の長篇作品(のはず)である。

 ある強盗事件の裁判中、被告の五味という男が射殺されるという事件が起こる。五味が射殺されたのが、忍び込んだ先の女優宅、桜木ハルミについて供述しようとした瞬間だったことから、その関係が取り沙汰されたが、なんと時を同じくして、桜木ハルミも行方不明になったというではないか。たまたま五味の裁判を傍聴していた新人記者の蘆田良吉は、特ダネのチャンスとばかりに調査を開始したが……。

 著者の長篇の代表作として知られるだけに、さすがに退屈はしない。というか、当時の連載ものの探偵小説にありがちな、次から次へと死体が現れる派手派手な展開である。まあこの手の探偵小説もここ数年ぼちぼちと読んできたので今更驚きはしないけれども、人情話的な味付けが加味されているのは、やはり大下宇陀児ならではであろう。
 必読とはいわないが、日本の古き良き「探偵小説」を読もうと思っている人には割とおすすめ。なお、タイトルの『金色藻』の正体は、けっこうそのまんまで面白い。

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 大下宇陀児の傑作集『烙印』を読む。宇陀児といえば戦前戦後に渡って活躍した、江戸川乱歩、甲賀三郎と並ぶ探偵小説界の大御所。本格としてそれほどの実績は残していないが、その作品の多様さ、心理描写、語り口の巧さなどは、今読んでも十分に楽しめる。特にアイデアに応じて、さまざまな設定やプロットを使い分ける腕前はさすがである。
 本書でも子供の視点から毒殺事件を描いた「毒」、犬によって事件が二転三転する「灰人」、書簡体を駆使して描かれた「偽悪病患者」(個人的には本書のベスト)、コン・ゲームを扱った「金色の獏」、ホラー・ファンタジーとでもいうべき「魔法街」など、とにかく飽きさせない。
 ちなみに大下宇陀児の現役本は、本書の他に春陽文庫『金色藻』や双葉文庫の『石の下の記録』など、三、四冊というところだろう。日本の探偵小説の歴史から見ても、さらにはその著作数を考えても、もう少し大下宇陀児が読める状況があってもいいはず。残念なことだ。

「烙印」
「爪」
「毒」
「灰人」
「偽悪病患者」
「金色の獏」
「魔法街」
「不思議な母」
「蛍」

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