FC2ブログ
ADMIN TITLE LIST
Selected category
All entries of this category were displayed below.

 今週は公私共々いろいろあって、あまり読書が進まず。例によって湘南探偵倶楽部さんが復刻した短編の小冊子で御茶を濁す。ものは大下宇陀児の『金貨を咥えた女』。

 金貨を咥えた女

 菱山徳三は神田のビリヤード場の二階に事務所兼住居を構える売れない私立探偵だ。といっても依頼を受けて調査をするばかりではなく、そこで知った事実をネタに強請りなどもやってしまう、最低の男である。
 そんな菱山が街を歩いていると、突然、派手な格好をした若い女性に呼び止められた。彼女は菱山が自分を捨てた岡村だといって責めたて、菱山が人違いだといっても聞き入れようとしない。菱山はついに面倒になり、逆に彼女の話に乗ってやることにして、二人で待合へしけこむことにしたのだが……。

 狐と狸ならぬ、悪女とヤクザ者の化かしあい。女の狙いが実は菱山の事務所の壁に隠された金貨であり、二人の対決の行方が最初の見ものである。そして、その対決は一応ひとつの決着を見るものの、勝利者となったほうも実は……というわけで、ラストにもうひと捻りあるのは予想どおり。
 とはいえ金貨を軸にした後半の組み立てはなかなか巧妙で、皮肉の利いたオチも悪くない。初出時の原題は「黄金魔」だったようだが、このタイトルに変えたのも、そういう意味で正解だろう(ネタバレ気味だけど)。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 仕事が一区切りついたこともあって本日は渋谷へ。お目当は東急東横店で開催されている渋谷大古本市だが、東急東横店が来月閉店ということもあって、これが最後の渋谷大古本市。今後、場所や形を変えて開催されるかどうかは知らないのだが、とりあえずはお別れも兼ねて古本漁りである。
 買ったものはF・デーヴィス『世界推理小説全集67 閉ざされぬ墓場』、デイヴィッド・ドッジ『世界推理小説全集47 黒い羊の毛をきれ』、結城昌治『風変わりな夜』、『殺意の軌跡』、『遠い旋律』、『新本格推理小説全集6 公園には誰もいない』、陳舜臣『新本格推理小説全集2 影は崩れた』、多岐川恭『新本格推理小説全集7 宿命と雷雨』。どれも300〜500円というところで(多岐川恭だけ少し高かったが)、ネットをみるともう少し安く買えるものもあるんだけれど、まあ餞別がわりで。こういう場で買うのが楽しいというのもあるしね。


 読了本は湘南探偵倶楽部さんが発行する復刻版からの一冊。大下宇陀児の短編『盲地獄』。

 盲地獄

 伊戸林太郎は薬局を営み、“おきち”という恋女房ともいっしょになり、特に不満のない生活を送る若者だった。ところが二十五歳のとき、病によって全盲になってしまう。当然、薬局は続けられず、代わりに“おきち”が仕出し料理の店を出すことになり、当初はそれなりにうまくいっていた。
 だが、いつしか“おきち”の気持ちは板前の芳三に傾き、それに気づいた林太郎は二人を憎み、殺害を計画する。それは何年もの準備を費やした完全犯罪のはずだった……。

 いわゆる倒叙もの。盲目の主人公が自らの障害を逆手にとり、完全犯罪を狙うというストーリーで、最後は主人公が予想だにしなかった落とし穴が待っている。
 まあ、王道といえば王道の展開だし、アリバイトリックもまあまあというところなのだが、コロンボの例を出すまでもなく、倒叙といえばラストのどんでん返しがキモ。本作はそこを比較的上手く落としていて悪くない。また、主人公のネチネチとした語りもストーリーにマッチして雰囲気もよし。
 無理があるとすれば、アリバイトリックの前提として、主人公が常人以上の感覚を身につけなければならない点だが、ま、野暮はいいますまい(苦笑)。

 なお、本作はタイトルはもちろん内容も相当アレなので、おそらく通常の商業出版物として復刻されることは今後ないかもしれない。まあ、古本で入手できないことはないけれど、そんな作品がこうして同人として復刻されるのは毎度のことながらありがたいかぎりである。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 湘南探偵倶楽部さんが発行している「知られざる短編」シリーズから、大下宇陀児『火傷をした楠田匡介』を読む。楠田匡介のペンネームの由来となった、『新青年』での六人の作家による競作連載『楠田匡介の悪党振り』のうちの一篇である。

 こんな話。楠田匡介が目覚めるとそこは病院であった。斯波(しは)準一と組んで花火の闇製造販売を行っていた二人だが、宿での作業中に誤って失火してしまい、大火傷で二人とも病院に運ばれていたのだ。ただ、楠田は運良く顔に火傷を負った程度だったが、斯波は全身に大火傷を負って命も危ない状態だという。
 ところが顔も包帯だらけのせいか、どうやら医師や看護婦らは二人を取り違えている。そこで楠田はふとあることを思いつく。斯波が日頃から大金を持ち歩いていることを知っていた楠田は、それを自分のものにしようと、あえて自分が斯波のままでいようと企んだのだ。しかし……。

 火傷をした楠田匡介

 まあ、他愛ないといえば他愛ない話ではある。主人公としては機転を利かせた入れ替わりトリックだったが、それが予想外の展開をみせて、最後は思いもよらない結末が……という一席。
 『楠田匡介の悪党振り』といいながら、本作の楠田は絵に描いたような小物っぷりで、そんな愛すべき犯罪者をコミカルに描きつつ、オチも決めてきれいにまとめている。まるで落語にでもありそうな話で、まずまず楽しく読める。

 ちなみに『楠田匡介の悪党振り』には、宇陀児のほかに水谷準「笑ふ楠田匡介」、妹尾アキ夫「人肉の腸詰(ソ-セイジ)」、角田喜久雄「流れ三つ星」、山本禾太郎「一枚の地図」、延原謙「唄ふ楠田匡介」という作品がある。
 まあ、ぜがひでもというほどではないが、残りも読めるなら読んでみたいなぁと少し調べてみたところ、どうやら現在入手可能なものとしては、「人間の腸詰」が論創ミステリ叢書『妹尾アキ夫探偵小説選』に、「一枚の地図」が同じく論創ミステリ叢書の『山本禾太郎探偵小説選I』に収録されていることを突き止める。
 ううむ、突き止めたのはいいが、すでに二作とも読んでいるではないか(苦笑)。恥ずかしながら全然覚えていなかった。
 さらに調べを進めると、今度は春陽堂書店が1994年に復刻した『創作探偵小説選集 第3輯』にシリーズ六作がまるまる収録されていることも判明。念のため自分の蔵書リストをチェックすると、案の定、こちらもすでに二十年ほど前に自分で買っていたわけだが(トホホ)。
 せっかくなので、こちらの感想も気が向いたらそのうちに。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 大下宇陀児の『仮面城』を読む。東都我刊我書房による私家版で、雑誌『少女倶楽部』で昭和四年から五年にかけて連載したものをまとめた子供向け作品。各章の最後には、次号の煽り文句も併載されていて、これもまた楽しい。

 こんな話。クリスマスも近い十二月の銀座。その露店が並ぶ一角で、バナナの叩き売りをする大柄な老人と、その横で花売りをしている少女がいた。老人はかつて伯爵に仕えていたバナ勘こと武田勘右衛門、少女は伯爵の娘として何不自由ない生活を送っていた柳田由美子である。ところが伯爵夫妻が出先で何者かに誘拐され、さらには金庫にあるはずの財産もすべてが空っぽになっており、二人はこうして日々の糧をしのぐようになったのである。
 そんなある日のこと。由美子は謎の紳士によって東京駅へ呼び出される。その話をバナ勘から聞いた新聞記者見習いの生駒京之助少年。これはどうも怪しいと睨み、バナ勘とともに由美子の跡を追うが、やはり由美子は誘拐されていた。二人は手がかりを追って、ある大型帆船に乗り込むが……。

 仮面城

 これはなかなか出来のよい少年少女向け冒険小説だ。
 もちろん当時の作品ゆえ部分的にはご都合主義や突飛なネタはあるけれども、全体にプロットがしっかりしており、ストーリーの展開がいい。
 銀座や東京駅での事件の発端はスピーディー、巨大帆船のシーンではいったん落ち着き、悪人たちの存在を明らかにするとともに敵の巣窟たる仮面城への恐怖を盛り上げ、そして中盤以降の仮面城では大冒険。それぞれの舞台においては必ず新たな謎を提示し、さまざまなギミックを用意してとにかく飽きさせないのだ。特に「ジェンナー」に関する暗号ネタはけっこう面白い。

 超人的な少年が一人で大活躍するのではなく、バナ勘その他の登場人物にもいろいろ見せ場があるのも本書の注目したいポイントだ。仮面城に舞台が移ると、そちらでも新たに重要なキーマンが登場したりして、これもストーリーが単調になるのを防いでいる。いってみればカットバック的手法なのだが、戦前の探偵小説でここまでスマートにやっている例はあまり記憶にない。個人的には本書でもっとも気に入っているところである。

 しいていえばラストをさらっとまとめすぎた嫌いはあり、この点がもったいないといえばもったいない。正直、もう一回ぐらい連載を伸ばしてもよかったと思えるほどなのだが、とはいえ当時の子供向け探偵小説、特に冒険小説は最後がグダグダになったりするものも少なくないので、本作のようにきれいに収束させているだけでも満足すべきなのかも。

 まとめ。このところ私家版で復刊されることが多い宇陀児作品だが、なんだかんだ言ってもやはり戦前の探偵小説作家のなかでは安定している方なのかなと思う。まあ、経年劣化しているものも多いだろうけれど、本当にどこかで全集組まないかね(笑)。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 昨日に引き続き、湘南探偵倶楽部さんが復刻した「知られざる短篇」シリーズから一冊。著者も昨日と同じ大下宇陀児で、短篇『R岬の悲劇』である。

 R岬の悲劇

 こんな話。理学教授の織部博士は女学校を出たばかりの妻を娶ったが、彼女は親のいいつけに従っただけで、織部博士を愛していたわけではなかった。だが、そんな彼女を支配するようにして、織部博士は結婚生活をスタートさせる。
 あるとき織部博士は論文執筆のため、後輩の秋元理学士の案内で、妻と運転手も同行させてR岬のある温泉宿へ出かけることにした。旅先では灯台で看守の手伝いをする竜吉という学生とも知り合うが、それが織部夫妻と秋元、竜吉の四人に微妙な緊張関係を生む……。

 ちょっと変わった事件というか、趣向が面白い。語り手は織部博士の運転手だが、彼はいわば狂言回し。物語を引っ張るのは、四角関係を構成する織部夫妻と秋元、竜吉の四人である。しかもこの四人だけで●つの事件が起こり、●人が死亡する。
 といっても『そして誰もいなくなった』的なものではないので念のため(笑)。しいていえば二番目に起こる事件がサプライズを伴うものだが、素人には推理が難しいところだ。
 結局、本作の根っこはあくまで犯罪小説だろう。その意味において、ストーリーやプロットは工夫されており、宇陀児のファンなら、といったところか。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 ちょっと遠出していたせいでこの二、三日は読書時間もほぼ取れず、本日は軽いものでお茶を濁す。湘南探偵倶楽部さんが復刻した大下宇陀児の『情婦マリ』で、短編を小冊子にしたものだ。

 こんな話。使い込みで薬局をクビになったチンピラの玉野圭三郎は、主人への逆恨みと自宅に溜め込んでいるという現金を目当てに、薬局へ強盗に入ろうと計画する。その話を愛人のマリにしたところ、彼女はそれなら自分が薬局の使用人として潜入し、現金の在処を探ろうと提案する。マリはさっそく色気を武器に、薬局へ勤めることに成功するが……。

 情婦マリ

 薬局への強盗を、犯罪者の側から描いたクライムノベル。強盗の方法や犯行が失敗する過程などには特別な趣向はなく、決して倒叙というようなものではない。読みどころはチンピラカップルの圭三郎とマリに代表される、この時代の若者の無軌道な行動や生き方であり、後年、大下宇陀児が意欲的に書いていた社会派としての部分にあるだろう。
 特にタイトルにもなっているマリのキャラクターが秀逸。本人も自分が何の教養もない人間であることを自覚しつつも、その根底にあるのは自分自身の絶対的な倫理感覚である。一般的な倫理感とのズレは当然あるわけで、その差が怖さを感じさせる。
 昨今、ニュースでも若い両親の子供への虐待事件がよく取り上げられているが、それに通じるところも大きく、今だからこそよりリアルに感じる一作といえるだろう。

 なお、本書は「知られざる短篇 其の一」という副題が示すとおりシリーズになっているようで、今後の展開にも期待したい(すでに「知られざる短篇 其の二 R岬の悲劇」も刊行されている)。
 ただ、一つ注文をつけさせてもらうと、本文の組み方が当時の雑誌に掲載されたものをそのままコピーしており、それは別にかまわないのだけれど、ページ数を減らすための調整だろうか、本文に長体をかけており、これが非常に読みにくい。幸い先に挙げた「其の二 Rの悲劇」で修正されているので一安心だが、このあたりは今後も気をつけていただきたいところではある。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 大下宇陀児のジュヴナイル長短編を集めた作品集『空魔鉄塔』を読む。発行所は「Noir Punk Press」、レーベル名は「暗黒黄表紙文庫」ということで、やや痛い感じを受けるのが玉に瑕だが、同人版ゆえ温かい目で見てあげるのが吉だろう。
 ちなみに副題には「少年少女探偵小説撰集 戦前編」とあり、ここは今後の展開を非常に期待させるとことろである(今月発売予定の『仮面城』がもしかすると続刊なのかな?)。

 空魔鉄塔

「空魔鉄塔」
「金色のレッテル」
「黒星館の怪老人」
「消える少女」
「奇怪な土産」
「六人の眠人形」
「怪盗乱舞」

 収録作は以上。「空魔鉄塔」は昭和十二年に「東日小学生新聞」連載されていたもので、本書中、唯一の長編。日本の秘密兵器を狙う敵国の空魔団、それを防ぐ少年少女たち、という展開は当時にはありがちなストーリーなのだが、思った以上にそつなくまとめているのはさすが大下宇陀児。
 最近読んでいた楠田匡介、西條八十あたりの破天荒さに慣れてしまうと、少々物足りなさもないではないが、スケールは大きく、ツボも押さえていて安心して楽しめる一作。その他の短編もまずまずといったところ。

 ちなみに最近の同人系のなかでは造本がしっかりしているのは好印象。ただ、活字をここまで大きくする必要があったのかは疑問である。そのせいでページ数も嵩張ってしまったのが惜しまれる。

 しかし従来は一部の好事家しか興味を示さなかった戦前戦後の子供向け探偵小説だが、最近は商業出版、同人にかぎらず、ずいぶん復刊される機会が増えてきているようだ。ただ、読めば読むほど、いつも乱歩の偉大さを痛感する羽目になるんだけれどね(苦笑)。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 だいぶ回復したがまだ体調万全とはいかず。とはいえ、けっこう休みや早退で仕事も遅れがちなので、今週は騙しだまし業務に復帰。まだ筋肉や関節のあちらこちらに痛みがあって、電車がけっこう辛い。


 大下宇陀児の少年探偵小説『黒星團の秘密』を読む。元は青柿社から昭和二十三年に発行されたもので、それを湘南探偵倶楽部さんが復刊した同人版である。

 こんな話。かつて東京を騒がせた犯罪組織“黒星團”。企業や大金持ちから金銀財宝を略奪するが、被害者はみな悪人ばかりであり、決して殺人などの暴力犯罪は犯さない、いわば義賊の集団であった。しかし、あるとき急に“黒星團”は活動を停止し、人々もその存在を忘れていった。
 それから十五年。突如、“黒星團”は夕刊に広告を掲載し、その犯罪活動を再開すると宣言した。人々は驚きながらも、ひどい目にあうのはどうせ悪人だけだという安心感もどこかにあったのだが……。
 そんなある日の夜、一人の少年が住宅地を歩いていると強盗事件を目撃する。口封じのため犯人に捕らえられた少年は、彼らこそ世間を騒がす“黒星團”だと知らされるのだが……。

 黒星團の秘密

 大下宇陀児のジュヴナイルはあまり読んだ記憶がないが、これはけっこう面白く読めた。
 ストーリーがとにかくよい。もとは少年向け雑誌『日本少年』に連載していただけあって、章ごとに見せ場があり、テンポよく物語が進んでいく。かといって当時の少年ものにありがちな、度を越した設定やアクションは少なく、バランスが思った以上にいいのである。
 プロットもかなり工夫されているし、もちろんメインの仕掛けなどは今読めば見え見えなのだけれど、こういうネタは当時は新鮮だったろうし、いやあ、これは悪くない。
 設定から想像するに、おそらく元ネタはルパン・シリーズかマッカレーのブラック・スター・シリーズあたりだと思うが、ブラック・スターってそのまま黒星なわけだから、まあ、後者なのだろう。

 ちなみに本書とほぼ同時期に、東都我刊我書房さんから『黒星章 -黒星団の秘密-』というのが復刊されている。こちらはなんと本書の戦前版ということで、内容的にかなりの違いがあるらしい。本書の記憶が薄れないうちに、そちらも読んでおかないとだな。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 大下宇陀児の『自殺を売った男』を読む。1958年に『週刊大衆』に連載され、同年に光文社から刊行されたものである。

 まずはストーリー。
 学生時代の万引きで身を持ち崩した四宮四郎。その原因となった麻薬から抜け出すこともできず、日々を無気力に生きるチンピラだった。そんな自分に愛想を尽かし、美容師の彼女とも別れて自殺するため伊豆へ向かった四宮。ところが自殺の直前、カップルに発見された四宮は一命を取りとめ、就職まで世話をされてしまう。
 なりゆきに任せて気楽な生活に浸ってゆく四宮だったが、そこへ四宮を殺すように依頼されたという男が現れ、雲行きが怪しくなってくる。なんと男は、四宮を殺しはしないから自殺したことにしてほしいというではないか。しかも謝礼まで払うという。謝礼に目がくらんだ四宮はその話に乗るのだが……。

 自殺を売った男

 雑誌掲載時に著者自身が「名探偵が出てくるような本格探偵小説を書くつもりはなく、しいていえば倒叙探偵小説に近いがそれとも違う」というようなことを書いているのだが、別にミステリとしてそんなに凝った作品ではなく、要するに普通にサスペンスとして読めばよい。
 もともと大下宇陀児は本格専門の書き手というわけではなく、サスペンスやスリラーなどが多かったわけだが、戦後は単なる娯楽作品から社会派・リアリティ重視へと移ってゆく。本作も基本的にはその流れを組む作品であり、戦後に流行ったアプレと呼ばれる無軌道な若者たちの生態に焦点をあて、その生き方や考え方、そして立ち直る姿を描いている。

 ただ、思ったほどストーリーが弾けず、主人公が自殺を持ちかけられるあたりでようやく盛り上がってきたかと思うのだが、その後もいまひとつ盛り上がらないまま終わってしまうのは、単純にミステリとして物足りないところだ。
 特に終盤の展開は、主人公が他の人間の報告を聞くような形でストーリーの重要な部分が進んでしまい、粗方の謎も解けてしまう始末。なんだか連載を早く終わらせなければならない事情でもあったのかと、思わず勘ぐってしまうレベルである。

 そんななかで興味を惹かれたのは登場人物の造形。特に主人公とその恋人の描き方はまずまず面白い。
 主人公は何をするにも中途半端で、そのときどきの感情で流されることがほとんど。更生もそれほど真面目には考えられないが、かといって徹底的な悪党にもなれないというキャラクター。その一方で主人公の彼女が教養はないのだけれど実行力がり、何より生きる力に溢れている。そのくせ駄目男の彼氏にはとことん尽くすという側面もあり、ああ、こういうダメンズ好きのしっかり女はこんな時代からいたのだなと思わず膝を打つリアリティである(笑)。
 ミステリとしては弱いけれども、そういった当時の世相や若者像を垣間見る一冊としては悪くない読み物であった。

 なお、本書は当然ながら絶版だが、昨年に光文社文庫から出た『大下宇陀児 楠田匡介 ミステリー・レガシー』に収録されているので、興味ある方はそちらでどうぞ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 実は先週、会社が移転。それほど大きく離れたわけではないが、これまでの充実したランチと書店、古書店に恵まれていた神保町からは少々遠くなり、昼飯ついでに古書展をひやかすといったことはできなくなってしまった。まあ、無駄遣いしないからいいのか(苦笑)。


 論創ミステリ叢書から『大下宇陀児探偵小説選 II 』を読む。主に初期の通俗スリラーをまとめていた『〜 I 』に対し、こちらは後期の社会派と呼ばれるリアル志向の作品を中心に編まれている。

 大下宇陀児探偵小説選II

「金口の巻煙草」
「三時間の悪魔」
「嘘つきアパート」
「鉄の舌」
「悪女」
「親友」
「欠伸する悪魔」
「祖母」
「宇宙線の情熱」

 とりあえず小説のみ記載。本書にはこの他、多数のエッセイの類も収録されており、大下宇陀児の探偵小説観がうかがわれて実に興味深い。
 上でも書いたように、大下宇陀児の興味はトリックや名探偵などといった本格探偵小説特有のガジェットから、リアルに人間心理や動機、社会問題を描くといった路線に移行していく。その真意や理由を示した文章がこうしてまとめられただけでも本書の価値がある。ひとつひとつの文章は短いものが多いけれど、物言いは力強く、非常に真面目に探偵小説に向かい合っていることがわかる。ともすると忘れられた作家扱いもされてしまうが、この時代ではやはり頭ひとつ抜けた存在であることを再認識できるだろう。

 最初の三篇「金口の巻煙草」「三時間の悪魔」「嘘つきアパート」は、リアル路線への移行的作品といったところ。皮肉なオチを効かせてそこそこ楽しませるが、そこで読者に何らかのものを残せるほどの力はない。

 目玉はやはり長篇『鉄の舌』か。なるほど宇陀児の目指すリアル志向とはこういうものかというイメージは理解できる。しかし、ただただ理不尽なだけの主人公の転落、しかも主人公自らも火に油を注ぐような行動をとるにいたっては正直、読むのが辛いだけである。意外な探偵役の登場、犯人確定の決め手などに多少の見どころはあるのだけれど。
 ラストは一応ハッピーエンドではあるが、あれぐらいでは救われんよなぁ。

 それに比べると「悪女」以降の短編は悪くない。特に「悪女」に登場する女中の伊勢、「欠伸する悪魔」に登場する容疑者の比留根市助、この二人の人物像がかなり面白くて、事件に与える影響が読ませどころである(それぞれ方向性は違うけれど)。
 こういうスタイルで昇華できるのであれば、いわゆる社会派がまた違った形で成長していったのかもしれないと思ったりもするのだけれど、ただ、これはどちらかというと大下宇陀児の味であって他の作家が真似できる部分ではない気もするな。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



| HOME | Next

Design by mi104c.
Copyright © 2020 探偵小説三昧, All rights reserved.