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 思いのほか『乳色の墓標』が素晴らしい作品だったので、もう一冊南部樹未子を読んでみることにした。徳間文庫から1983年に出た『砕かれた女』である。なお、元版は東都書房で1962年に刊行されたものだ。

 砕かれた女

 北陸のとある地方都市で、放送局に記者として勤める山村。そしてその妻、道子。二人の関係は互いの不倫のために崩壊寸前であった。その崩壊を唯一くい止めているのが、娘、由紀子の存在であった。
 ところがある日、その由紀子が駅のホームから転落死するという事件が起こる。そしてその事件をきっかけとするかのように、山村の愛人、京子が姿を消す……。

 結構や舞台設定などは、かなり『乳色の墓標』とかぶる部分がある。表面的には、両作品共に愛憎混じり合う人間関係を主題にしているところが大きいわけだが、最も興味を惹かれるのは、真の主人公を不倫に悩むヒロインに設定し、かつそのヒロインをほとんど回想でしか描かないところだ。
 この手は別段珍しいというわけではない。代表的なものではガーヴの『ヒルダよ眠れ』なんてのもある。ただ、こちらは徐々にヒルダという女性の正体が明らかになるというサスペンスで読ませるもの。
 対して南部樹未子は、ヒロインの人間性を明らかにするというより、ヒロインの行方を追う人々の心理を緻密に語ることで、愛や人生の切なさ、難しさについて考えさせるような展開にもっていく。
 巧いなと思うのは、登場人物に感情移入させそうでさせないところか。完全に感情移入させることによって、逆に主題がぶれることを危惧したのだろうか。真っ当な人間はあくまで事件の謎を探る探偵役(というほど大層なものでもないが)ぐらいで、事件の当事者はすべて複雑な状況におかれているため、そう簡単には同情できない。ぎりぎり客観的に読ませることで、テーマがより鮮やかになっているといえるだろう。
 ないものねだりを承知で書くと、これでもう少しミステリ的なサービスがあると言うことはないのだが。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 前回の日記で読書リハビリ云々なんてことを書いたが、その甲斐もなく、相変わらず本調子とはいかない日々。仕事の状況はそうそう変わるとも思えないので、この状態で読書をする時間と体調を作らなければならないのだが、ううむ、これは難しい。サラリーマンには貴重な読書の場とも言える通勤電車でも、最近は疲れて寝てばかりだし。

 土日で読み終えたのが、南部樹未子の『乳色の墓標』。初出はかの東都ミステリー、1961年の作品である。
 南部樹未子という作家は元々純文学畑の出身だ。その作品に「死」を扱うことが多かったことからミステリを依頼されたそうで、初めて書いたミステリが本書『乳色の墓標』である。

 北海道の地方紙「北洋新報」に記者として勤める江上高夫。彼には東京でライターとして働く水谷恵子という愛人があった。江上の妻、美佐子はそれを知り苦しみながらも、自分もまたかつての同級生と肉体関係をもつことになる。極めて微妙な人間関係で成り立つ彼らの生活。だが、水谷恵子が取材中に事故死したというニュースが届いたとき、新たな疑惑が生まれ、すべてが崩壊へと雪崩れ込む……。

 乳色の墓標

 かつて著者の短篇をいくつかのアンソロジーで読んだことがある。とにかく心理描写の確かさや密度の濃さが印象に残っており、ぜひそのうち長篇でも読みたいと思っていた作家だった。
 本書は正しく、その期待に違わぬ出来。純文学をやっていたから文章力がある、なんてくだらないことは言いたくないが、こりゃものが違う。基本は心理サスペンスといったところなのだが、安手のサスペンスドラマなどとはまったくレベルが異なる。
 その実力が最大に発揮されているのは、やはり人物描写。登場人物は江上夫妻を入れてもほんの数人だけれど、それぞれがしっかりと存在感をもち、とりわけ女性の描き方は特筆ものである。完全な悪人ではないけれども決して模範的ともいえず、弱くはないけれども強くもない。ちろちろと種火のようにくすぶり続ける情念を抱く女性の、なんと妖しく輝いていることか。
 さすがにトリックや謎解きといった部分ではあまり期待できず、伏線の張り方などもちょっとストレート的すぎるのは惜しい。勘のいい人間なら真相は読めてしまうだろうが、ただ、それで本作の価値が落ちることもないだろう。
 後味の悪いラストも絶妙な加減で、あらためて南部樹未子という作家の実力、そして底意地の悪さ(笑)を確認した次第である。


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