前回の日記で読書リハビリ云々なんてことを書いたが、その甲斐もなく、相変わらず本調子とはいかない日々。仕事の状況はそうそう変わるとも思えないので、この状態で読書をする時間と体調を作らなければならないのだが、ううむ、これは難しい。サラリーマンには貴重な読書の場とも言える通勤電車でも、最近は疲れて寝てばかりだし。
土日で読み終えたのが、南部樹未子の『乳色の墓標』。初出はかの東都ミステリー、1961年の作品である。
南部樹未子という作家は元々純文学畑の出身だ。その作品に「死」を扱うことが多かったことからミステリを依頼されたそうで、初めて書いたミステリが本書『乳色の墓標』である。
北海道の地方紙「北洋新報」に記者として勤める江上高夫。彼には東京でライターとして働く水谷恵子という愛人があった。江上の妻、美佐子はそれを知り苦しみながらも、自分もまたかつての同級生と肉体関係をもつことになる。極めて微妙な人間関係で成り立つ彼らの生活。だが、水谷恵子が取材中に事故死したというニュースが届いたとき、新たな疑惑が生まれ、すべてが崩壊へと雪崩れ込む……。

かつて著者の短篇をいくつかのアンソロジーで読んだことがある。とにかく心理描写の確かさや密度の濃さが印象に残っており、ぜひそのうち長篇でも読みたいと思っていた作家だった。
本書は正しく、その期待に違わぬ出来。純文学をやっていたから文章力がある、なんてくだらないことは言いたくないが、こりゃものが違う。基本は心理サスペンスといったところなのだが、安手のサスペンスドラマなどとはまったくレベルが異なる。
その実力が最大に発揮されているのは、やはり人物描写。登場人物は江上夫妻を入れてもほんの数人だけれど、それぞれがしっかりと存在感をもち、とりわけ女性の描き方は特筆ものである。完全な悪人ではないけれども決して模範的ともいえず、弱くはないけれども強くもない。ちろちろと種火のようにくすぶり続ける情念を抱く女性の、なんと妖しく輝いていることか。
さすがにトリックや謎解きといった部分ではあまり期待できず、伏線の張り方などもちょっとストレート的すぎるのは惜しい。勘のいい人間なら真相は読めてしまうだろうが、ただ、それで本作の価値が落ちることもないだろう。
後味の悪いラストも絶妙な加減で、あらためて南部樹未子という作家の実力、そして底意地の悪さ(笑)を確認した次第である。