グリン・ダニエルの『ケンブリッジ大学の殺人』を読む。まずはストーリーから。
ケンブリッジ大学が長期休暇に入るという前夜。フィッシャー・カレッジ内で門衛が射殺されるという事件が起こる。人間関係に絡むトラブルが明らかになり、一見事件は単純なものに思われたが、副学寮長のサー・リチャードは背後により複雑な状況があるとにらみ、自分でも捜査を開始した。折しも帰省した学生のトランクから第二の死体が発見されるという事件が起こり、事件は一気に混迷を極めてゆく……。

本書は英国で1945年に発表された本格探偵小説。解説によると、著者は大学教授が本業なのだが、たまたま読んだ探偵小説があまりにひどく、自分でも書いてみる気になったという。
まあ、いくらか脚色した感じもあるが(笑)、いかにも英国探偵小説の歴史の教科書を読むかのようなそのエピソードにまずにやり。そして本編にとりかかれば、とにかくロジックを徹底的に押し出すそのスタイルにまたにやり。
本書の胆はとにかく執拗に繰り返されるロジックの応酬に尽きる。推理を組み立て、仮説を起こし、疵が見つかってはまた最初からやり直す。しかもサー・リチャードやら警官やら複数の探偵役がそれぞれ自分なりの推理を披露するわけで、ある意味ケレンたっぷりの結構ともいえるのだが、読者もきっちりと細部を頭に入れつつ読まなければ本書の面白さはわかりにくい。あくまでパズル的に空白を埋めていく楽しさなので、ガチガチの本格ものではあるが、トリックやら意外性やら、ましてやアクションやストーリーで楽しみたいという人は、最初から避けるのが吉であろう。
弱点としては真相が論理の帰結として成り立っていないということ。ただ、これは逆にアマチュア作家ならではのチャレンジ精神の顕れと解釈したい。といっても本格ミステリに対するアンチテーゼとかいう大層なものではなく、そのまま論理の帰結で終わらせたくないという稚気からくるように思うわけである。さんざんっぱらロジックをこねくり回した挙げ句がこれか、と文句を言う人もいそうだが、個人的には全然アリ。あれだけ仮説を立てておいては、そうそう意外な真相も残ってないだろうし(笑)。
ところで本書の比較でよく挙げられるのは『毒入りチョコレート事件』あたりなのだが、個人的にはデクスターのモース警部ものの方がふさわしいと感じる。あの延々と続く試行錯誤が好きな人なら、本書は間違いなくおすすめである。