久々に浮上してみる。あまり状況は変わっていないが、身体が慣れてきたか(笑)、少し読書も復活の模様。
ところで、オリンピックもいよいよ佳境に入ってきた。既に様々な名シーンが生まれているが、印象に残っているのは、100mと200mで圧倒的な強さを見せたジャマイカのボルト選手(まだまだ余裕がありそう)、ロシアの女子棒高跳のイシンバエワ選手(こちらもまだ記録更新に余裕がありそう)あたり。
日本の選手では女子ソフトボールが素晴らしかった。特に三位決定戦のオーストラリア戦はダブルヘッダーの二試合目ということもあり、ミスも続出。おまけに最終回ツーアウトから同点ホームランを打たれ、タイブレークに突入するわけだが、とにかく非常に心臓によくない場面が続いて、観る方もヘトヘトである。まあ、一日で三百球以上も投げた上野選手がもっとヘトヘトだろうけど。
とまあ、印象に残る選手などはいろいろいるのだが、実は最も感銘を受けたのが、400mハードルで予選敗退した為末選手である。予想外の予選敗退という結果に、完全な放心状態となり、インタビューに機械的に応える彼の表情は見ていて心底辛いものがあった。
あえて会社の所属となることをよしとせず、陸上競技のプロとしての道を選択した為末。自らを広告塔として、陸上の普及活動にも邁進した男である。それがアスリートとしての障害になることは予想されるが、なおかつ一方ではハードルを封印して、スプリント能力に磨きをかけるなど、トレーニングにも工夫に余念がなかった。まさにプロフェッショナルのアスリート。
その集大成が、このような残酷な形で幕を下ろそうとは誰が予測できたか。
レース後のあの為末選手の顔は当分忘れられそうにない。腕の立つ作家なら、この為末の表情だけで、短篇の一本や二本は書けるはずである。
久々の読了本はフィリップ・マクドナルドの『ライノクス殺人事件』。六興キャンドルミステリーズの一冊として、長らく絶版状態だったものを、創元推理文庫で復刻したもの。

F・X・ベネディックが社長を務めるライノクス社は、経営の危機に陥っていた。しかし、ここさえ乗り切れば経営は波に乗る、そう信じるベネディックは精力的に行動するが、折も折、彼に恨みを抱くマーシュという男が現れる。そしてベネディックが自宅でマーシュとの面談を約束した夜、ベネディックは凶弾に倒れてしまう……。
幻の一冊などというものは、たいていが腰砕けに終わるものだが、これはそれほど悪くない。技巧派として知られる……といいつつも往々にして企画倒れになることも多いフィリップ・マクドナルドが、ワンアイディアをきれいにまとめた一作である。
オビにも謳っているように、本作は「結末で始まり発端に終わる」。章ごとに中心人物を変えたり、章扉に作者の語りが挿入されたり、ときには書簡や文書などで構成したりと、ゲーム性も非常に高い。だが、そういうことをせずとも、本作は十分に成り立つ出来で、むしろ作中から滲み出るユーモアやヒューマニズム、スポーツマンシップなど、そういった部分がこの作品を支えているように思う。
現代の複雑なミステリに比すのはさすがに分が悪いけれど、上に挙げた味わいやこの簡潔さ、後味の良さも含めれば、決して退屈はしない読み物だ。クラシックミステリが好きな人ならぜひ。