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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

R・D・ウィングフィールド『フロスト始末(下)』(創元推理文庫)

 R・D・ウィングフィールドの『フロスト始末』読了。
 著者の遺作にしてフロスト警部シリーズの最終作ということで、もしやこれまでの作風とは少し趣も変わるかなと予想していたのだが、――実際、フロストの転勤というそれらしいサイドストーリーの展開、そして亡き妻の思い出というこれまでにない過去の回想シーンがあったりもするのだが――終わってみれば、やはりいつものフロスト警部シリーズであり、十分に楽しむことができた。

 フロスト始末(下)

 一番の魅力はやはりフロストをはじめとする登場人物と、彼らのやりとりにある。事件そのものへの興味より、捜査を通じて彼らが見せるドタバタに笑い、時折見せる人情ドラマにほろりとくる。
 ただ、そんな面白さを支えるのは、登場人物たちをそういった状況に誘ってくれるモジュラー型の警察小説というスタイルであり、それをなし得るプロットの緻密さであるといってよい。おそらく一本道のストーリー、単独の事件というだけでは、ここまで面白い物語にはならないはず。

 モジュラー型の警察小説は別にウィングフィールドの専売特許というわけではなく、もちろん過去に他の作家も書いてはいる。しかしながらウィングフィールドはフロスト警部シリーズでその分野を極めたといってもよく、モジュラー型警察小説の頂点という地位を不動のものにした印象である。
 警察小説にもいろいろあって、主人公は一応、警察官ではあるが、その実は本格というようなタイプ(たとえばコリン・デクスターのモース警部のような)もあれば、一匹狼の刑事が自分の信念で突っ走るハードボイルドに近いもの(たとえばマイクル・コナリーのボッシュもののような)、あるいは主人公を一人に限定するのではなく、警察のチームによる捜査に主眼を置いたもの(たとえばエド・マクベインの87分署のような)など、さまざま。
 まあ、一般には警察官が主人公であることは大前提としても、本当の意味での警察小説は、物語の根幹に警察という組織や警察官という職業にスポットをあてていることがポイントである。そういう意味ではモースやボッシュのシリーズは、決して警察小説ではない。
 その点、チーム捜査によるモジュラー型を採用したフロスト警部シリーズは、実は警察小説としてはもっともリアル志向であり、王道といっても良いわけである。

 ただ、このスタイルを駆使して作品を書き続けるというのはさぞや大変だったろう。
 ひとつひとつの事件はそこまで複雑ではないけれども、事件同士の絡みやつながりがとにかく見事で、バランスや展開の仕方は圧巻である。よく収束できるものだと毎回感心するところで、ただ面白いだけの物語ではないと強調しておきたい。

 なお、本作は年末の各種ミステリランキングでほぼ上位入賞を果たしているようだ。本作は確かに傑作なのだけれど、パターン自体はそれほど初期作品から変わらないだけに、いまだに一位とかに挙げるのはどうなんだろうなぁという気持ちになるのも事実。
 まあ、遺作ということで、有終の美、みたいな意味合いで投票した人も多いのだろうが。


R・D・ウィングフィールド『フロスト始末(上)』(創元推理文庫)

  R・D・ウィングフィールドの『フロスト始末』をとりあえず上巻まで。おなじみデントン署のダメ警部フロストを主人公にしたシリーズだが、ご存知のように作者のウィングフィールド氏は2007年で亡くなっているため、本作はシリーズ最終作にして遺作となる。

 フロスト始末(上)

 しかし最終作とはいっても、特別、作風やスタイルが変わるわけではない。フロストやマレット署長をはじめとしたレギュラー陣のやりとりは絶妙だし。ストーリーもいつもどおりのモジュラー型ということで、そのカオスっぷりも相変わらず。
 そういうわけで上巻を読んだかぎりでは、いつもどおり盤石の出来といえそうなのだが、最終作ならではと思われる場面もちらほら。それがフロスト警部のいつになく弱気な発言や過去の回想シーンだ。
 事件もさることながら、このあたりが下巻でどのように巻き取られるのか、気になるところである。


R・D・ウィングフィールド『冬のフロスト(下)』(創元推理文庫)

 R・D・ウィングフィールドの『冬のフロスト』下巻を読了。
 デントン市内で起きた数々の事件は未だほとんどが未解決。マレット署長からは経費の節約と逮捕率の向上を口やかましく言われ続けるなか、フロスト警部は部下モーガンの失敗をかばいつつ、なんとか捜査を進めている。
 そのなかで最後まで混迷を極めるのが、悪質さではピカイチの少女誘拐事件と売春婦殺害事件。ついには女性刑事を使った囮捜査を開始するが、そこでまたもやモーガンが痛恨のミスを犯し、デントン署はは最大のピンチにみまわれる……。

 冬のフロスト(下)

 まずは安定した出来映えで、十分にフロストワールドを楽しむことができた。
 パターン自体はいつものとおりで、ミステリとしての仕掛けは特別大きなものもないのだけれど、複数の事件を同時進行させて、その絡み具合やドタバタを楽しむというスタイル。相変わらずプロットをしっかり作り込み、ストーリーにきちんと落とし込んでいるのはさすがである。
 このあたりは初期の作品より後の作品ほどこなれている印象がある。

 そしてそれを彩るキャラクターの魅力的なことよ。マレット署長とフロストのやりとりはいつもどおり笑えるし、今回はフロストから「芋兄ちゃん」と呼ばれるフロスト以下のダメ刑事・モーガンが大活躍。
 とはいえ本作では正直、やりすぎの嫌いもないではなく、ここまでダメな刑事をかばうフロストの心情がもうひとつ伝わりにくいのが難点か。
 フロストシリーズの魅力として、普段は勘に頼った行き当たりばったりの捜査しかできない下品オヤジのフロストが、ここぞというところでは自分を押し通し、人間味を見せるところがある。やはり根本は人間賛歌なのである。そこが読者の共感を呼びにくいエピソードになってしまうと、素直に笑えなくなってしまう難しさ。
 本作ではモーガン痛恨のミスが、まさにその状況を生んでしまい、その部分では不満が残るところだ。
 もしかすると次作というか最終作『フロスト始末』でフォローや違った展開があるかもしれないので、そこは期待したいところである。

 ともあれそんな気になる点も含みつつ、全体では十分に合格点。さあ、次はいよいよ最終作『フロスト始末』か。


R・D・ウィングフィールド『冬のフロスト(上)』(創元推理文庫)

 R・D・ウィングフィールドの『冬のフロスト』を上巻まで。
 今月末にはいよいよフロスト警部シリーズの最終作『フロスト始末』が出るようなので、さっさと未読の一作を消化しておこうという目論見である。まあ、十分に面白いシリーズだし、すべて順番に読んできてはいるのだが、個人的には本書の分厚さが少々ハードルになっていて、気づけば四年間も放りっぱなし。『フロスト始末』刊行の知らせに、ようやくその気になった次第である。

 冬のフロスト(上)

 さてフロスト警部シリーズといえば、ユーモアを味付けにしたモジュラー型の警察小説。フロスト警部を初めとするデントン署の個性的な面々が、次から次へと管内で発生する大小とりまぜたいくつもの事件を同時進行で捜査する。その目一杯詰め込んだドタバタぶりと、それが最後にはきちんとクリアされる読後感の良さが最大の魅力だろう。
 本作でも冒頭から、少女誘拐事件、売春婦殺害事件、コンビニ強盗、怪盗”枕カヴァー”、大量の酔っ払いなど、とにかく事件のオンパレード。これがどういうふうに繋がるのか、関係あるのかないのか。ひとつひとつはややこしい事件でもないが、過剰なまでの事件数が、すこぶる状況を悪化させ、そして読者を楽しませてくれる。

 本作も上巻まで読んだところではすこぶる快調。すでにいくつもの伏線が回収され、解決された事件もあるが、メインとなる事件はまだまだ混迷を極めている。
 フロストは、そして著者はこれをどうやって収束させるのか、下巻にも期待である。


R・D・ウィングフィールド『フロスト気質(下)』(創元推理文庫)

 R・D・ウィングフィールド『フロスト気質(下)』ようやく読了。
 人には一気に読むのがコツです、とか言っておきながら上巻読了時から十日あまりもかかる始末、お恥ずかしい。理由は単に仕事が立て込んでいるためであり、完全に読書自体が中断してしまっていたわけで、もごもご。

 フロスト気質(下)

 おさらい、というわけでもないが、まずはストーリー。
 ハロウィーンの夜のこと、新米の巡査がゴミ山の中から少年の死体を発見したことがすべての発端だった。デントン署には行方不明になった少年の捜索依頼が届けられており、当然、死体はその少年だと思われた。ところが行方不明の少年と死亡した少年は別人であることが判明し、事件は混迷の様相を呈してくる。さらには少女の誘拐事件、幼児の刺傷事件などが前後して起こり、休暇中のフロスト警部もあっという間に最前線へ駆り出されることとなる。

 フロスト警部シリーズの特徴のひとつに、モジュラー型の結構を備えていることは先日書いたが、本作も例外ではない。
 モジュラー型といっても、複数の事件が完全に独立しているケース、実は事件同士に関連があるケースの2種類に分けられると思うのだが、フロストの場合は主に後者。しかも本作では子供を対象とした事件をいくつも重ねているだけに、その事件がどのように絡み合っていくことになるのか、真相を予見するのは並大抵ではないだろう。
 本作の素晴らしいところは、この絡み具合を実に鮮やかにまとめているところで、よくもまあ、ここまで緻密な構成を築けるものだと感心する。そして絡んだ謎をすべて解き明かしてゆく終盤は圧巻の一言。新作の度にこのスタイルを貫いていた著者のウィングフィールドは正に才人であった。

 正直、このスタイルだけでも十分評価に値するのだが、ウィングフィールドの凄いところは、これに加え、魅力的なキャラクターや人間ドラマを描けるところにある。事件の流れを縦軸とするなら、横軸は人間模様といってよいだろう。この両軸が恐ろしいほど高いレベルで両立する。
 例えば本書では部下となる出世欲丸出しの二人の刑事とフロストの関係が面白い。
 一人は子供をひき逃げ事件で亡くし、その捜査がフロストの担当で迷宮入りになったことから、公私ともにフロストを恨むキャシディ刑事。事情を考えれば同情したいところなのだが、なんせこの男、性格が悪すぎるため、そうは簡単にいかない。
 もう一方は、同じく野心丸出しの女性刑事リズ・モード。こちらも最初はキャシディに勝るとも劣らないキレッぷりを見せるのだが、フロストと行動を共にするうち微妙な心境の変化が見られる辺りが見どころ。もちろんこの二人以外にもマレット署長とかお馴染みの面々もおり、彼らとフロストのやりとりが事件に彩りを添えていく。子供を対象にした嫌な事件が舞台ではあるが、こういった要素を盛り込むことで毒も中和もされるしリーダビリティがいっそう高くなっていることは間違いない。見事。

 というわけで、本書も過去の三作品に勝るとも劣らない傑作。すでに早川書房の『ミステリが読みたい!』でベストテン入りしているが、おそらくは『このミス』でもランクインは確実だろう。食わず嫌いの方はこの機会にぜひ。


R・D・ウィングフィールド『フロスト気質(上)』(創元推理文庫)

 R・D・ウィングフィールドの『フロスト気質』を上巻まで読み終える。
 今さら説明の要もあるまいと思うのだが、不幸にしてこのシリーズを読んだことがないという人のために、一応書いておく。
 主人公にして探偵役は、下品で粗野なフロスト警部。その言動で周囲の顰蹙を買いながらも、お得意のひらめきで場当たり的な捜査を進め、数々の事件を解決するというユーモア満載の警察小説である。いわゆるモジュラー型の結構を備え、所轄のデントン警察署に持ち込まれる複数の事件を同時進行で描いていくのも大きな特徴。
 年末を賑わす数々のベスト10企画でも常にトップグループに食い込んでくる人気シリーズだが、残念なことに著者のウィングフィールドは昨年他界。本作を含めると残された作品はあと三作ということで、楽しみながらも心して読みたい一作である。

 フロスト気質(上)

 とりあえず上巻まで読んだところでは上々な仕上がりで、キャラクターの立ち方や混沌としたストーリー展開は相変わらず絶妙である。本来であれば感情移入しにくい主人公、しかも決して読みやすくはない構成、加えて今回の事件の陰惨さを考えれば、とてもここまで魅了されることはないはずなのに、それでもかつグイグイと読者を引き込む力があるのは流石としか言いようがない。
 詳しくは下巻読了時に書くけれど、おそらく本書も傑作の予感。ああ、仕事さえ忙しくなければもっと早く読めるのに。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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