実に久々のブログ更新。三週間ぶりか?
読書時間や感想を書く時間がないことはないんだけれど、仕事が終わるとなんとなく気持ちが切れるというか、集中力が続かない。そういう前向きな部分は全部仕事に持っていかれてしまっている今日この頃です(笑)。
ま、そんなことをいっていてもしょうがないので、そろそろギアを一段上げて復活宣言(ほんとか)。
読了本はちくま文庫から出ている『黒岩涙香集 明治探偵冒険小説集1』。収録作は長篇の『幽霊塔』に加え、短編の「生命保険」という構成である。
黒岩涙香といえば日本探偵小説の祖ともいうべき御仁。海外のミステリを、日本人向けに大幅に再構築した「翻案」という形で発表し、明治時代に絶大なる人気を博した作家である。
作品発表の舞台は主に新聞だったが、娯楽の少なかった当時は新聞のセンセーショナルな特集や小説が、その購読数にも大きく影響したという。長篇小説の場合はもちろん連載が前提だから、何より読者の興味を持続させるための努力が必要だった。そこで涙香はかなり意図して筋書きのテンポを速め、さらには作中にいくつもの謎を散りばめるといった形で、読者に飽きられないよう工夫していたようだ。
さて、本書に収録されている『幽霊塔』は、後に乱歩や西條八十らがリライト版を出すほど人気のあった、涙香の代表作である。
ことの起こりは、時計塔を備えた古い屋敷が売りに出されたことだった。元検事の叔父の命で、その買い付けの下調べを任された主人公、丸部道九郎が現地に赴く。そこで道九郎が遭遇したのは、時計塔の操作をする灰色の着物を着た美しくもミステリアスな女性の姿だった。道九郎には浦子という許嫁の女性がいたが、浦子の性格の悪さに辟易しており、瞬く間にその灰色の着物の女性に惹かれていく。だが、やがて屋敷のなかで怪事件が発生し……という物語。

おお、意外にいいではないか。スピーディーな展開の上に散らばる数多の謎。まさに上で挙げたような特徴がてんこ盛りの一作で、スリリングな伝奇小説という趣き。
もちろん相当に下駄を履かせた感想ではある。著者は真面目に大風呂敷を広げているものの、結末は十分予想されるものだし、あっと驚くようなトリックが待っているわけでもない。なんせ連載されていたのは1899~1900年。今の物差しで比べるのがどだい酷な話であって、いわゆるミステリにおける反則技も山ほど使用されている。
とはいえ、ミステリアス謎の提示とその論理的?解決という大筋は芯が通っているし、なによりその謎の提示方法が巧いのである。美女の正体、美女がひた隠す左手の秘密、暗号の謎、謎の虫屋敷、謎の毒薬、宝の秘密などなど。いやまあ、これだけ矢継ぎ早に魅力的なギミックを繰り出して興味をかき立てる腕前がまず見事だし、それにプラス、オカルト趣味やアクション要素、恋愛要素でもつなげていくわけだから、物語る力は尋常ではない。当時の読者は相当楽しめたはずである。
謎の落としどころは確かに厳しい。端正なミステリと言うには確かにほど遠いのだけれど、娯楽読み物に対する当時の情熱みたいなものはすごく感じられるわけで、これは最近にない読書体験であった。
以下、蛇の足。
その一 この『幽霊塔』のもととなったA・M・ウィリアムソンの『灰色の女』が論創海外ミステリとして刊行されているので、こちらもいずれ読み比べてみたい。
その二 翻案なので登場人物などはほぼ日本人に置き換えられているが、地名は倫敦など海外のまんまというのが少し気持ち悪い。
その三 興味はあるけれど、あの文語体が嫌という人はご安心。『幽霊塔』以後の作品は口語体に変えており、読みやすさはかなりアップ。