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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

スコット・フィツジェラルド『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(角川文庫)

 現在、ブラッド・ピット主演で公開されている映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』だが、この原作を書いたのが、あのフィッツジェラルド(角川文庫のフィツジェラルドはどうも馴染めん)だと知った当時はなかなか驚いたものだ。
 なんせ、生まれたときが老人で、年をとるにつれ若くなっていく男の物語である。まず驚くのはフィッツジェラルドがそういう幻想譚みたいなものを書いていたのかという事実。しかも、ものの本によると、フィッツジェラルドにはそういうファンタジーやミステリの著作も少なからずあるという。
 本書はそんなエンターテインメント寄りの作品を集めた短編集。これはもう読むしかないではないか。

 ベンジャミン・バトン

The Curious Case of Benjamin Button「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」
The Mystery of the Raymond Mortgage「レイモンドの謎」
Shaggy’s Morning「モコモコの朝」
The Last of the Belles「最後の美女」
The Dance「ダンス・パーティの惨劇」
One Trip Abroad「異邦人」
Outside the Cabinet-Maker’s「家具工房の外で」

 収録作は以上。ジャンルで集めただけあって、やや玉石混淆の感はある。
 まず石で言うと、「レイモンドの謎」と「ダンス・パーティの惨劇」の両ミステリにはがっかり(笑)。特に十三歳にして書き上げたといわれるデビュー作「レイモンドの謎」はかなりきつく、ほんとに話の種程度にしかならない。
 一方、玉で言うと表題作「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」はやはり悪くない。映画と違って精神も肉体も老人から始まり赤ん坊に至る人生で(映画では、肉体は逆行するものの精神は普通どおり成長していくらしい)、ちょっと『アルジャーノン~』を思い出した。赤ん坊であろうが老人であろうが、人生の黄昏時というのは結局一人に還ってしまうというのがもの悲しい。淡々とした語り口で、短い話にまとめたところがかえって効果的に思う。
 「最後の美女」と「異邦人」にはどちらも妻ゼルダを連想させる人物が登場し、堪らない喪失感を誘う。とりわけ「異邦人」のイメージは強烈で、ラストはまったく意表を突く形で落としどころをもってきている。個人的には本書のベストであり、以上の三作で本書の元は十分とれるはずだ。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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