先日読んだ『死の谷を越えて―イキトスの怪塔―』は読めただけでもありがたいし、見るべきところも多々ある作品だが、いろいろと欠陥も多い作品だったから、消化不良感がないといえば嘘になる。ならばというわけで、もう一冊続けて橘外男を読むことにした。ミステリ珍本全集の第6巻として刊行された『私は呪われている』である。
橘外男というだけでも十分お腹いっぱいになるところへ、ミステリ珍本全集(日下氏編集)というフィルターが入るわけだから、これは相当期待してよいはずである。かの時代の探偵小説に過大な期待は禁物なのだが、いや、これは期待するなという方が無理でしょ。

「私は呪われている」
「双面の舞姫」
「人を呼ぶ湖」
「ムズターグ山(ムズターグアタ)」
「魔人ウニ・ウスの夜襲」
「雨傘の女」
収録作は以上。「私は呪われている」は戦後に書かれた長編。「双面の舞姫」と「人を呼ぶ湖」はジュヴナイルの長編、中編。残りの三作は短編で、これまで単行本に未収録だった作品である。
ミステリ珍本全集に採られるぐらいだからどれもレアどころだし、これまで復刊や書籍化されてこなかった原因や理由はもちろんあるのだが、読み物としてはどれも予想を上回る面白さである。
まず表題作の「私は呪われている」。これは伝奇小説あるいはホラー小説の類であり、より具体的に言うなら化け猫小説である。
発端は山陰地方にやってきたある学生が目撃したという化け猫の事件。地元警察の多田署長は馬鹿らしいと思いながらもひととおりの調査を行うが、それらしい事実は認められなかった。だがその学生が帰省後に不審な死を遂げてしまう。時を同じくして水戸では若きエリート警察署長が妹殺害事件を引き起こす。二つの事件に共通する老坂村の存在が気になった多田署長は、自らその村を訪ねるが、そこで事件につながる過去の因縁話を老僧から聞かされることになる……。
この老僧の話、すなわち幕末を舞台にした時代もののパートがいわば本編となる。ざくっとまとめると、元城主の父の悪行によって逆恨みされた若殿が、その汚名をすすぐべく奮闘するも報われず、逆にだまし討ちにあって命を落とす。その仇を討つは若殿を慕う大猫であった、という一席。
橘外男の過剰なまでのテンションは伝奇小説にこそよくマッチする。しかも外国を舞台にした物語より、こういう日本を舞台にしたおどろどろしい雰囲気にこそ最適なのかもしれない。時代がかった大仰な語り口が時代物に合うというのもあるし、読み手に見せ場やクライマックスをきちんと予測させ、カタルシスを与えるよう書けるのはさすがの技術である。
本作でも時代もののパートでは救われない感じを受ける人もあるだろうが、凄惨な内容とユーモラスな味付けがバランス良く配合されていて、リーダビリティはすこぶる高い。特に大猫が活躍する場面は圧巻で、いまの特撮技術で映画化してもらいたいぐらいの気持ちである。
残念なのは前後を挟んだ現代のパートがあまりうまく消化されていないことだ。正直、時代物のパートだけで完結させてよかったのではないかと思うぐらいで、橘外男の構成力があまりあてにならないことは最近よくわかってきたのだが(笑)、こういう長めの話になってくるとよりその弱点が顕著になってくる。猫の怨念が現代に蘇ったのか、あるいは連綿と祟りが続いていたのか、この辺りはもう少し親切にやってほしかったところ。
それでも表題作として十分務めは果たしており、個人的にもお気に入りの一作である。
表題作以上にインパクトがあったのは 「双面の舞姫」。
物語は大富豪の老紳士が警視庁を訪れる場面から幕を開ける。老紳士の娘は十五年前に旅行先で行方不明になっており、手がかりすら掴むことはできなかった。 その行方不明の娘が、大晦日の夜、突然、家へ戻ってきたという。しかし、その姿は黒い布ですべて覆われ、体からは異臭が発せられていた。やがて娘は失踪当時の状況やこれまでの経緯を説明するが、それは恐るべき内容であり、老紳士はその出来事を報告しにきたのだった。
ううむ、これはやばい。ジュヴナイルといえば、それこそ盛林堂さんの『死の谷を越えて―イキトスの怪塔―』を読んだばかりだが、あちらはテンションをキープしつつもさすがに諸々はジュヴナイル仕様ではあった。ところが本作は根本的にものが違う。
もともとは海外を舞台にした大人向けの作品「青白き裸女群像」であり、それを日本を舞台にした児童向けに改作したのが本作。根っこにはある病気を扱っているのだが、当時の理解不足やそこからくる差別問題等の絡みで非常に問題の多い内容になってしまっている。しかもヒロインを襲う悲劇とか悪の組織の設定とかが強烈すぎて、いや当時(1953年)はともかく、よくこれがいま出版できたものだ。
そういった内容は置いておいて、小説の技術的なところに目をやると、これも構成的にはやや強引。エピソーごとのインパクトはあるが、全体を通しての盛り上げはぎこちなく、風呂敷をたたむのはやはり苦手という印象だった。
「人を呼ぶ湖」も児童向けである。 「双面の舞姫」の後ではさすがに分が悪いが、水死体のイメージに関する描写は上手い。
短編 「ムズターグ山(ムズターグアタ)」と「魔人ウニ・ウスの夜襲」はほぼ同じ設定の物語で、橘外男の改稿癖を知るための作品としては面白い。
というわけで非常に充実の一冊であった。ちなみにミステリ珍本全集は本書をもって第一期終了らしいが、ご存知のようにすでに第二期が大河内常平『九十九本の妖刀』でスタートしている。これも大変楽しみな一冊であり、こちらの感想もそのうちに。