本日の読了本は深草淑子の『愛国者』。
マイナーなミステリではあるが、刊行されたのは2004年と比較的新しく、ネット上では当時それなりに話題になったのでご記憶の方もあるだろう。
この本が話題になったのはもちろん相応の理由があるわけで、その一つは、著者の深草淑子が、なんと甲賀三郎の次女ということ。そしてもう一つは、本書が七十九歳にしての処女作であるということ。いやービックリ。
甲賀三郎の娘さんがミステリを書いたというだけでも相当なインパクトなのに、しかもそれが七十九歳でのデビュー。七十九歳っすよ、七十九歳。
もしかしたら昔に書いておいた物が、何らかの理由でようやく出ることになったという可能性もあるわけで、まあ、そういった出版の経緯など本来なら解説等で記しておいてほしいところだが、残念ながら解説・あとがきの類は一切無し。詳しい話は関係者がそのうち発表してほしいものである。
それはさておき、中身の方を。
司法試験を目指して浪人中の恋人を持つ主人公のサイコ。彼女は彼との冷却期間を置くために、たまたま雑誌で目にした、住み込み家庭教師のアルバイトに応募する。期間は三ヶ月、場所は長崎、雇い主はなんとアジアの某小国の王家の一族。国元で発生したクーデター騒ぎが治まるまで日本に避難しているということらしい。採用が決まって喜ぶサイコだったが、その日から奇妙な出来事が周囲で起こり始める。不安を覚えながらも、サイコは遂に住み込み先の長崎の孤島へと出発したのだった……。

著者の年齢や『愛国者』という題名から、てっきり大戦中の話とか思想などが絡んでくるのかと思っていたが、いやいや実にまっとうな、娯楽に徹したミステリである。ネタにしても、アジアの小国のクーデターに日本の相撲を絡ませるという、オリジナリティ溢れる素材で勝負しており、これが七十九歳のデビュー作とは思えないほどしっかりした内容である。
ただ、主人公が二十代の女性だったり、舞台を現代にもってきているので、どうしても文章や描写にギャップが出るのは致し方ないところか。
特に気になったのは、著者が仁木悦子の文章や作風をかなり意識しているのではないかということ。著者は1925年生まれなので、ちょうど仁木悦子の活躍をリアルタイムで見ていたはずで、影響を受けているとしても不思議ではない。それぐらい印象は似ている。
ただし、仁木悦子の文体等もそれほど古くささは感じないのだが、それは書かれた時代を考慮してのこと。21世紀の現代にもってきては、やはり厳しいものがあるだろう。年齢を考えるとかなり頑張っているとは思うが、ここは主人公の設定を、もう少し無理のないところに持ってきてもよかったのではないだろうか。
また、本格テイストを匂わせつつも(というか伏線がわかりやすすぎ)結局はサスペンスとして帰結するのも物足りない。主人公のサイコはもちろん、弟サトシ、刑事などが大挙して推理するのに、ラストがあれでは消化不良の感も強い。
まあ、瑕はそれなりにあるのだが、帯に謳っている「甲賀三郎生誕111周年記念出版」がすべてという気もするし、ここはあえて好事家必読、と締めておきたい(笑)。