『数学的にありえない』の下巻読了。まずはおさらいということで、全体の粗筋をさくっと。
神経失調に悩まされる数学者のケインには、もうひとつの大きな悩みがあった。ギャンブル中毒である。ある日、いつものように向かった賭博場で、彼は大勝負に負け、莫大な借金を背負い込んでしまう。悪いことに神経失調も悪化の一途、今や教壇に立つことすらままならない。そう、破滅は目の前に迫っていた。
だが、ケインの神経失調には、本人にも気がつかない、ある「能力」が秘められていた。その能力の研究を秘かに進めていた政府の秘密機関《科学技術研究所》が、ケインの存在を知ったとき、運命は大きく動き出す。ギャングに追われ、秘密機関に追われ、まさに四面楚歌のケイン。さらには謎の女スパイまでが登場。そしてケインの力が開花したとき、物語は一気に加速する。

ううむ。面白いことは面白い。
クライトンやダン・ブラウンに代表されるような、豊富な情報や知識を味付けにしたノンストップサスペンスというやつである。数学者を主人公に据え、確率論等の数学的蘊蓄を披露しながら、それこそありえないホラ話をきれいにまとめている。まずはアイディアの勝利といっていいだろう。
ただし、大絶賛するほどのものか、という気がするのも確か。
「能力」や陰謀の正体がわからない前半ではそれなりにリーダビリティも高いし、中盤でその謎が解明されていくくだりも実に引き込まれる。ところが下巻では単なるSFアクション映画的な展開に終始しており、それはそれで面白いけれど、やはり拍子抜けの感は否めない。
まあ、題材こそ確率論や統計学なので非常に新鮮な印象は受けるが、その中身はむしろオーソドックスなサスペンスなのである。しかも作者は主人公の「能力」をフル活用することで、都合のいいようにストーリーを進めてしまうから、読んでいる間は一応爽快感はあるのだけれど、してやられたという意外性や、ガツンと響くような小説のコクというものはあまり感じられない。
また、せっかく確率論や統計学で幕を開ける物語なのだから、やはり決着も数学で締めてもらいたかった、というのが率直な気持ちである。後半は完全にSF(というか伝奇小説だな、これは)の世界に行ってしまって、着地点はあまり数学とは関係なくなっているのが残念だ。
というわけで個人的には後半の失速が気にはなるが、逆にそういう展開がお好みの人もいるだろうから、そこは判断に迷うところ。とりあえず変な期待さえしなければ普通に楽しめることは間違いないので、暇つぶし程度であれば十分に元はとれる一冊である。