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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ポール・ギャリコ『ほんものの魔法使』(ちくま文庫)

 昼はインボイスSEIBUドームへ「スーパードッグカーニバル」を見物しにいく。知り合いが出店しているので陣中見舞いもかねて。

 帰宅後はDVDで『スクール・オブ・ロック』視聴。ロック版『スイング・ガールズ』とでもいうような内容だが、こちらの方が音楽に対する情熱がストレートに出ていてより楽しめる。まあ、完全にジャック・ブラックのための映画ではあるが、子供たちも良い味だしているので、意外とファミリーで楽しむのも悪くない。ロック好きにはもちろん。

 読了本はポール・ギャリコの『ほんものの魔法使』。
 世界中の魔術師が集う街に本物の魔法使いがやってきた。生活権を脅かされるのではと慌てふためく魔術師たちのてんやわんやと、本当に大事な事が何かを知る少女の物語。
 奇術師の世界という、なかなか変わった世界を設定しつつも、実はそれが現実社会の鏡であり、主人公の魔法使いや少女を通して真に大事なことを訴えるという手法は、ややベタながらも相変わらず見事。魔法使いのキャラクターがやや見えにくいのが難点で、ラストにもう一度彼の見せ場があっても良かったかな、とは思う。


ポール・ギャリコ『恐怖の審問』(新樹社)

 あれほどしつこかった梅雨がいきなり明け、ようやく夏に突入した模様。暑いのは苦手だが、湿度が低くなるのはありがたい。少しは読書もはかどるか?

 読了本はポール・ギャリコの『恐怖の審問』。
 無鉄砲だが、野心に燃え、正義感にあふれた凄腕のアメリカ人新聞記者。彼は「鉄のカーテン」の向こうに潜入を果たすべく、ウィーンへ渡る。目的は無実の人間に罪を自白させるという、恐るべき共産主義国家の法廷の内幕を暴くことだ。潜入はうまくいったかに見えたが……。
 ジャンルとしてはスパイ小説といえるのか。形としては共産主義国家の恐ろしさ、洗脳の恐怖というものが前面に出ており、エンターテインメントとしてはまず申し分のないところだろう。だが、そこはギャリコ。単なる娯楽物語に終わらせず、強烈なヒューマニズムを打ち出すことによって、ストーリーとは異なる次元で読者に宿題を課している感じだ。このほろ苦い結末にしばし息がつまる思いである。
 なお、本作と同じ年に『雪のひとひら』も発表されている。一見するとまったくテイストの異なる両作品だが、根底に流れる本質は、案外同じところにある。『雪のひとひら』系統のギャリコしか読んだことのない人には、ぜひとも本作をお勧めする次第。


ポール・ギャリコ『七つの人形の恋物語』(王国社)

 おそらくは今年最後の読了本となる、ポール・ギャリコの『七つの人形の恋物語』。タイトルからファンタジックな物語を予想していただけに、このストーリーにはかなり驚いた。ネタバレとまではいかないけれど、ヘタに予備知識があると本書の楽しみが大いに減ってしまうと思うので、こればっかりは何も言わずに読んでもらいたい。まじ、おすすめ。

 なお、これが今年百五十冊目の読了本となるが、昨年が百六十六冊だから十六冊減という結果。今年はいっそう仕事が忙しくなって、ますます本が読めなくなっているのは感じていたが、ううむ、それにしても少ないなぁ。別に数読みゃいいというわけでもないが、読書が自分の生活の張りになり、ストレス解消にもなっているので、もう少し読まないと。本が読めないと、逆に仕事も頑張れない体質になっていたりするし。
 ちなみに買った本は四百七十冊なり。


ポール・ギャリコ『ハリスおばさんパリへ行く』(講談社文庫)

 寓話の名手といった感があるポール・ギャリコ。本日の読了本『ハリスおばさんパリへ行く』は、通いのメイドさんを主人公にした心温まる物語。

 陽気で働き者のハリスおばさん。夫に先立たれ、今は通いのメイドとして慎ましやかに暮らしていたが、ある日、仕事先の家でディオールのドレスを見て、たまらなく欲しくなってしまう。節約してなんとかお金をつくり、パリへ渡ったおばさんは、とうとう憧れのドレスを手に入れるが……。

 とにかく読みどころは、ユーモラスに語られるハリスおばさんと周囲の人たちとの交流だ。素朴で純粋なおばさんの存在が、周囲の人々の心を溶かし、本来持っていた素晴らしい部分を引き出してゆく。
 ハリスおばさんも人生の悲哀を味わい、ラストはそれなりに皮肉な試練が待っている。もちろんそれはそれで重要な意味を含んでいる。人生は楽しいことばかりではないが、さりとて辛いことばかりでもなく、トータルしたらそう捨てたもんでもない。ただし、人生にとって何が大切なのか、それを知っていることが前提なのだね。

 なお、原題はFlowers for Mrs Harris(ハリスおばさんに花束を)。読んだ人ならわかると思うが、このタイトルは見事です。


ポール・ギャリコ『雪のひとひら』(新潮文庫)

 体調不良につき会社を休む。先日の徹夜があまりよくなかったようで、一気に消耗。昔はこれぐらい屁でもなかったのになあ。歳はとりたくないもんです。
 で、一日中ベッドでゴロゴロしながら読んだのがポール・ギャリコの『雪のひとひら』。これもロングセラーのひとつとして有名な作品だが、恥ずかしながら読むのは初めて。

 「雪のひとひら」はその名前のごとく、「雪のひとひら」である。雲のなかから生まれた瞬間から、長い旅を終えて、雲に帰っていくまでを描いた大河小説的小編。

 なんと簡単な粗筋紹介だ。実際短い話なのでこれで大枠はつかめるが、中身の濃さは半端ではない。
 本作は解説で矢川澄子さんが書いているとおり、ファンタジーという形式を用いて平凡な女性の一生を描いている。この世に生まれ、結婚し、子供をつくり、夫に先立たれ、やがて子供は独立し、一人老いて死んでゆく……。こう書くと悲しい話のようにも思える。しかし、日々のほとんどは平穏に過ぎてゆくし、辛いことがあってもそれを支える家族があり、また、女性自身のけなげな意志がある。
 女性は平凡な一生ながら、ときおり自分というものが何なのか、振り返る。これがよい。自分は何のために生まれてきたのか、自分は何をすべきなのか、神は自分に何をさせようとしているのか。直接何かに結びつくわけではないが、それが女性の生き方を美しく感じさせ、実りのあるものにする。

 最後に女性は一人旅立つ。彼女の疑問は答の出るものではないが、「ごくろうさまだった、小さな雪のひとひら。さあ、ようこそお帰り」というどこからともなく響き渡る声に、彼女は今までの苦労が報われ、充実した一生だったことを確認するのだ。私は不覚にも涙腺が緩んで緩んでしょうがなかった。


ポール・ギャリコ『スノーグース』(新潮文庫)

 先日読んだ『雪の死神』の主人公は、障害にめげず前向きに生きようとするヒロイン。陰惨な事件を扱いながら、どことなく清々しい印象を受けるのも、キャラクターの魅力によるところが大きい。一方、本日読了したポール・ギャリコ『スノーグース』の主人公ラヤダーは、障害のために人との接触を嫌って隠遁生活を送る男である。
 全然ミステリーじゃないし、しかも何を今さらって感じの本ですが、一応あらすじを紹介すると……。

 障害を持つ画家ラヤダーは、美術と動物を愛する穏やかな性格ではあるが、その容姿ゆえに人との関わりを嫌い、灯台小屋でひっそりと日々を送っている。そんな彼の元へ、傷ついたスノーグースを治してもらいに少女がやって来た。
 女性との接触は最も苦手とするラヤダーだが、スノーグースの治療をきっかけにその少女との間に交流が生まれ、治癒したスノーグースが旅立つ季節が訪れるころ、彼と少女の交流も確かなものに変化してゆく。
 しかし時は戦時中。二人にも戦争の悲劇が襲いかかる。ラヤダーは敵に包囲された兵隊を救うため、命をかけて救援に旅立つのだ。一羽のスノーグースと共に……。

 まさに大人の童話。大人のためのファンタジー。
 渡り鳥の目印のために羽先を切って飛べなくした鳥を飼うなど、「おいおい、それが動物好きのすることか」って、ツッコミをいれたくなるところもあるが、細かいことはいいでしょう、この際。これは生きることの価値や真実の愛を高らかに謳う美しい物語なのである。
 スノーグースはラヤダーと少女をつなぐ絆であり、二人の心を表す象徴でもある。最後にスノーグースが空高く舞うシーンなど絵がまざまざと心に浮かぶようで、何とも詩的で絵画的な作品。
 人殺しの話ばかりじゃなく、たまにゃ心洗われる物語もいいもんです。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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