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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ピエール・ヴェリー『絶版殺人事件』(論創海外ミステリ)

 ピエール・ヴェリーの『絶版殺人事件』を読む。著者は『サンタクロース殺人事件』で知られるフランスのミステリ作家で、本書は初めて書いた長編ミステリとのこと。

 イングランド東部ニューマーケットでのこと。ある人物がカーブで速度を落とした列車に本と手紙を投げ入れ、その後、首を吊ってしまうという出来事が起こる。
 その三年後。スコットランドの港町に停泊するアルデバラン号で毒殺事件が起こった。船長とその友人夫妻による痴情のもつれの結果の犯行かと思われたが、意外にも捜査は難航し、たまたま同地を訪れていた謎解きマニアのトランキルという男が警察を手伝うことになり……。

 絶版殺人事件

 これはまたなんと言いますか。本作ではプロローグこそ意味深だが、基本的には二つの殺人事件を軸に警察と探偵役の捜査と推理で物語が進み、最後にはしっかりした謎解きがあって大団円を迎える。原作の刊行年も1930年と、まさに本格探偵小説黄金期。結構をとっても要素をとっても文句なしの本格ミステリといっていいはずなのだが、どこか違和感がある。
 具体的にそう感じるポイントを挙げてみよう。たとえばフランスの作品なのにスコットランドを舞台にし、登場人物もほぼ英国人であるということ。ポアロを少し彷彿とさせる、だがそれ以上に奇矯な変人を探偵役にしていること。探偵役以外の登場人物もかなりカリカチャアされていること。二つの殺人事件の関連性。犯人の動機などなど。
 一つひとつを見ていくとそこまで気にするところではないのだが、それらが合わさることで独特のユーモアや雰囲気を醸し出している。それが通常の英米の本格ミステリとは異なる違和感に繋がったのだが、そこでふと思いついたのが、これはつまりパロディなのではないかということ。当時、英米で発展を遂げた本格探偵小説というものに対するパロディ作品である。
 意図的なものかどうかはわからない。しかし、著者はのちに『サンタクロース殺人事件』という、これまたファンタジックなミステリも書いたぐらいなので、パロディというつもりはなかったにせよ、従来の探偵小説とは違うアプローチを試みたことは想像に難くないだろう。

 ということで最初に違和感と書いた部分、それらを込みで楽しむのが本作の味わい方といえるだろう。本格ミステリに対するアンチな部分も意外に漂っていたりして、このクセをこそ楽しみたい。
 ただ、そういうところを抜きにして、普通の本格ミステリとして読んでも、割と楽しめることは最後に付け加えておきたい。
 

ピエール・ヴェリー『サンタクロース殺人事件』(晶文社)

 新年明けましておめでとうございます。本年も『探偵小説三昧』何卒よろしくお願いいたします。
 正月はおせちとお酒、ときどき初詣という典型的な寝正月。Twitterの方でぼそぼそつぶやいてますんで、気になる方はそちらで(いや、別に大したこと書いてないんだけど)。


 では、今年一冊目の読了本。ものはピエール・ヴェリーの『サンタクロース殺人事件』。
 なぜ正月からクリスマスものを読むのかというツッコミはなしの方向で。手に取ったのはクリスマス直後だったのだが、そのまま年末年始のバタバタで、結局読み終えたのが正月だったというだけの話である。まあ、夏に読むよりはいいでしょ(笑)。こういうタイトルの本はどうしてもその時期に読まなきゃという気持ちにはなるのだが、逆にその時期を逃すと、自動的に積ん読確実なのがつらいところだ。
 
 どうでもいい話はこれぐらい。『サンタクロース殺人事件』に戻る。
 舞台はフランス東部にあるおもちゃ製造で有名な町、モルトフォン。クリスマスも近いこの町で、主任司祭のフュックス師は、教会にある聖ニコラの聖遺物が盗まれるのではないかという心配を抱えていた。そんな中、クリスマスイヴの夜に、なんとサンタクロースが殺害されるという事件が起きる……。

 サンタクロース殺人事件

 著者のピエール・ヴェリーは1930年代に活躍したフランスのミステリ作家。年代的には十分クラシックの範疇で、意外にトリッキーな作品が多いらしいのだが、英米の同時期の作家に比べると、そのイメージはほとんどない。
 本作も1930年の作品ながら、予想以上にしっかりしたトリックを盛り込んでいるし、謎解きシーンまでちゃんとある。けれど、何か違う。
 つらつら考えてみるに、その大きな理由はユーモア満載の作風にあるのではないか。笑いの質が日本と違うから、思ったより笑えないのは仕方ないとしても(笑)、ユーモアを構成するための仕掛けにこだわりすぎている嫌いはある。本筋以外の要素が過剰すぎて、作り物めいた印象が強くなり、ミステリとしての成立がかなり危うくなっているのである。ぶっちゃけ本書の読後感は、ミステリというより、ファンタジーのそれに近い。

 本書はミステリの形を借りてはいるけれども、おそらく著者の探しているものは、普通の英米のミステリ作家とは違うのだ。だからこそ本書の印象は英米のクラシックとは大きく異なるのである。この違和感を拭えないことには、おそらく本書は楽しめないのだろう。
 個人的には残念ながら最後までのることはできなかった。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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