論創海外ミステリからレックス・スタウトの『黒い蘭』を読む。ネロ・ウルフものの中編集で、収録作は以下の三作品+エッセイが一編という構成。
Black Orchids「黒い蘭」
Omit Flowers「献花無用」
Counterfeit for Murder「ニセモノは殺人のはじまり」
Why Nero Wolfe Likes Orchids「ネロ・ウルフはなぜ蘭が好きか」 エッセイ

古今東西を問わず、ミステリは長編と短編が主流であり、中編は書かれることが少ない。おそらくは雑誌掲載や出版事情による都合からだとは思うのだが、レックス・スタウトのネロ・ウルフものは数少ない例外のひとつで、非常に中編が多く書かれているのが面白い。
さらにいうと逆に短編は非常に少なく、長編は比較的短いものが多い。
つまり中編から短めの長編というのがネロ・ウルフものの主流なのである。これらはストーリーのテンポやユーモアを最大限に活かすために出した、スタウトなりの結論なのだろう。実際、本書を読んで、その中編という長さが非常に適している印象を受けた。
「黒い蘭」はフラワーショーが舞台。イベントでピクニック風景を再現している最中に、出演モデルが殺害されるという事件が発生する。出品されている珍種の蘭を手に入れるため、いつもと違う醜態をさらけだすウルフが楽しい。
犯行トリックは可もなく不可もなくといった程度なのだが、その取り巻く状況作りが巧い。
友人の依頼で、ウルフがレストランチェーンの御家騒動に巻き込まれた元シェフを救うお話が「献花無用」。金にうるさいウルフが友人のためならと、珍しく男気を見せる。
ウルフの事務所に関係者全員を集めるところまでは悪くなかったが、そこでスパッと決めてくれた方が物語としてはまとまったように思う。
「ニセモノは殺人のはじまり」は、ウルフの事務所に立て続けに現れた二人の女性が事件の発端となる。物語が進むと、一人は被害者、一人は容疑者となるのだが、この容疑者となる女性キャラクターが秀逸。
警察とシークレット・サービス、ウルフの三すくみの構図から仕掛けるウルフの策略も楽しく、ミステリとしては弱めながら、個人的には本作中の満足度ナンバーワンである。
上の繰り返しになるが、スタウトの作風がこの中編というボリュームに非常にマッチしている。訳者あとがきによると、ウルフものの三大要素である蘭・グルメ・美女を中心に作品を選んだということだが、それもあって内容もバラエティに富んでおり、非常に手軽に楽しめる一冊である。
このシリーズの楽しみ方を考えると、本格ミステリという括りに入れるのは、そろそろ改めた方がいいのかもしれないなぁ。