
黒羽英二の短編集『十五号車の男』を読む。
昨年の夏頃に出版された本だが、当時はそれほど話題にならず、濃いめのミステリサイトがいくつか取り上げた程度だったように記憶する。まあ相当なミステリファンでも、この黒羽英二という名前をもともと知っている人はあまりいないんじゃないだろうか。
かくいう自分も本書で初めて知ったわけだが、それもそのはず。著者はミステリ作家ではなく純文学畑、しかも小説以上に詩や戯曲のほうで活躍されている作家なのだ。
だが、単なる純文学作家というわけではない。
黒羽英二は鉄道の廃線跡に魅入られた人である。長らく趣味で鉄道廃線跡の探索を続け、それを創作活動に昇華させてきた。いわば超筋金入りの鉄ちゃんであり、鉄道文学の第一人者なのである。
本書はその集大成ともいうべき鉄道小説集で、幻想小説や純文学、旅行記といったスタイルを駆使した作品が収められている。そして中には、著者が純文学で知られるようになる以前、「利根安理」名義で『宝石』の懸賞小説に応募し、見事佳作入賞した作品「月の光」も収録されている。これは乱歩がお気に入りだったらしく、本書を読んだのもそれが一番の理由だ。
その他の収録作品は以下のとおり。
「月の光」
「十五号車の男」
「幽霊軽便鉄道(ゴーストライトレイルウエイ)」
「カンダンケルボへ」
「古い電車」
「母里(もり)」
「子生(こなじ)」
「成田」
ひととおり読んでみたが、やはり「月の光」は悪くない。乱歩が好きな理由も読めばすぐに理解できる、ある種の妖しさを備えた作品。
その他では「古い電車」もいい。ミステリでも幻想小説でもないが、作中の老人と孫、子供の関係が多重構造で語られ、余韻が実に美しい。
表題作の「十五号車の男」はけっこうシュールもしくはサイコな方向に持っていくのかなと思っていたら、着地がいまひとつ。惜しい。
印象に残ったのはこれぐらいか。質自体は低いとは思わないが、全般的にもっと幻想的な作品が多いと思っていたのでちょっと拍子抜け。やはりこれは鉄道小説集なのだと再認識したわけだが、そもそも帯のキャッチが誤誘導しすぎなのだ。やられた。