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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ダシール・ハメット『マルタの鷹』(ハヤカワ文庫)

 あの名作、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』を読む。
 久々の再読で、通算ではもう四回目ぐらいになるか。今回の再読のきっかけは、昨年暮れに早川書房から出たジョー・ゴアズの『スペード&アーチャー探偵事務所』。これがなんと『マルタの鷹』の前日譚というわけで、そのまま読んでも良いけれど、やはりここは予習を万全にしておこうということで。

 ちなみに『マルタの鷹』を初めて読んだのは中学の頃だった。ミステリのガイドブックを参考に名作を次々と読んでいた頃で、どの本も本格の次はだいたいハードボイルドを紹介していたように思う。そこで登場するのがハメットの『マルタの鷹』で、とはいえトリックや意外な真相ばかりに目がいっていた中学生に、その魅力が理解できるはずもない。
 個人的にハードボイルドや冒険小説の魅力に取り憑かれたのは、確か二十代前半。とっかかりはネオ・ハードボイルドの探偵たちだった。現代的にアレンジされた探偵たちの活躍は比較的入りやすく、それまでのミステリとはまったく違った価値観で構築されていることにようやく気がついた次第だ。その後、ハメットやチャンドラーも読み直しつつ、どっぷりとハードボイルドにはまる時代があり、今では結局ハードボイルドだろうが本格だろうが、もうミステリならなんでもという境地に至る(ただ、恥ずかしながらロスマクはあまり読めていない)

 マルタの鷹(H文)

 さて『マルタの鷹』。一応、いつものとおりストーリーから。
 サム・スペードとマイルズ・アーチャーの共同経営する私立探偵事務所に、ある日、ワンダリーという女が訪ねてきた。妹の駆け落ち相手サーズビーを尾行して、妹の居所をつきとめてほしいというのだ。簡単そうに思えたその仕事を引き受けたアーチャーだが、彼はその夜、何者かに殺され、サーズビーもまた射殺される。アーチャー殺しの容疑をかけられたスペードは自らも捜査に乗り出すが、やがてその背後にある、黄金の鷹の像を巡る争いに巻き込まれてゆく……。

 『マルタの鷹』の魅力は何といってもキャラクターの造型にあるわけだが、それを際だたせているのは、もちろんその文体である。人物の心理や著者の目から見た説明は加えず、客観的で簡潔な描写に徹している。
 これは本来ハードボイルドすべてにおける必要要件だと思うのだが、意外ときっちり守られている作品は少なく、残念なかぎり。その点、本書はストーリー自体はシンプルなので読者は事実を追うことは出来るけれども、その裏にある真実を追うのは容易ではない。ま、これは登場人物のほとんどが信用できない者ばかりということもあるのだが。
 よく勘違いされるが、男の生き方を描くとか、そういうものがハードボイルドなのではない。ハードボイルドはあくまで小説のスタイルを指すものであり、ハメットはそのスタイルで暴力の世界に生きるサム・スペードという男を描こうとしたのである。そしてそのスタイルは実にそのテーマに合っていたというべきだろう。
 パートナーを殺された私立探偵としてのプライド、ラストでの真犯人の扱い、権力者や犯罪者とのやりとり、そして何より問題になるフリットクラフトのエピソード。これらを通してスペードという男が炙り出されてくる。そこに魅力があるのだ。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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