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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

A・E・コッパード『郵便局と蛇』(ちくま文庫)

 アルフレッド・エドガー・コッパードの短編集『郵便局と蛇』を読む。コッパードを読むのは光文社の古典新訳文庫で出た『天来の美酒/消えちゃった』以来だが、相変わらず満足度の高い読書を満喫できた。
 まずは収録作。国書刊行会版の文庫化だが、ちくま文庫版には「アラベスク 鼠」がボーナス収録されている。

Silver Circus「銀色のサーカス」
The Post Office and the Serpent「郵便局と蛇」
Simple Simon「うすのろサイモン」
The Fair Young Willowy Tree「若く美しい柳」
The Field of Mustard「辛子の野原」
Polly Morgan「ポリー・モーガン」
Arabesque: The Mouse「アラベスク 鼠」(ちくま文庫版のみ収録)
The Drum「王女と太鼓」
A Little Boy Lost「幼子は迷いけり」
Marching to Zion「シオンへの行進」

 郵便局と蛇

 生前、コッパードは誰も書いたことがない物語を書きたかったと話していたらしいが、まさしく本書に収録されている作品は、オリジナリティが極めて高いものばかりだ。一読すると、神話や民話、宗教的な寓話みたいな話が多いのだけれど、もちろんそれは表面的なスタイルの話であって、着地点はそれらの物語とはずいぶん異なっている。

 また、オチが鮮やかだとか、キレがあるとかいうのとも違う。確かにこちらの予想を外してはくれるのだが、コッパードの場合、それを狙っているのではなく、自然な流れのなかで結果的にそうなったに過ぎないという印象である。だからときとしてモヤモヤばかりが残ってしまうのだが、実はそのモヤモヤが心地よかったりするわけである。
 管理人などはついついそんな味わいを「奇妙な味」とまとめてしまいがちなのだが、実はこれもちょっと違う。無理やりいうなら、コッパードの作品を読むことは、コッパードの意識を読むことに等しいのだ。ときには意図が読み取りにくい作品もあったりするが、それも含めてコッパードの短編を読む楽しみといえるだろう。

 どれも非常に味わい深い作品ばかりだが、あえてベストを挙げるなら、電信柱と柳の木の恋愛と人生を描いた「若く美しい柳」に一票。


コッパード『天来の美酒/消えちゃった』(光文社古典新訳文庫)

 小説好きの裏をかくようなラインナップ。そんなイメージが定着した光文社の古典新訳文庫から、アルフレッド・エドガー・コッパードの『天来の美酒/消えちゃった』を読む。これもよく出せたな、という一冊である。
 そもそもコッパードと言えば、ジャンル的には一応、幻想小説や恐怖小説の範疇。既刊本としては国書刊行会の『郵便局と蛇』があるのみで、その他で読めるものは創元推理文庫の『恐怖の愉しみ』をはじめとしたアンソロジーや雑誌程度、それも大半は絶版品切れだ。当然ながら一般的知名度はずいぶん落ちると思っていたのだが、ネット上で見たかぎりでは意外にファンは多いようである。
 まあ、その理由は想像できないこともない。コッパードはあくまでコッパードであり、他の作家には代えられない魅力がある。
 小説作法は独学で身につけたということで、小説としては粗っぽかったり平易すぎたりといったマイナスの印象も受ける。それらは時として、意味不明なユーモアだったり、読み手を煙に巻いたりもするのだが、これらを(おそらく)計算尽くでやっていないところが最大の武器だろう。「え、それで?」と思わせる作品こそがコッパードの真骨頂であり、型にはまらない良さがあるのだ。そして、その積み重ねの中に人生の真理が見える。
 表題作でもある「消えちゃった」などはその最たる作品。旅行者が文字通り消失するという出来事の裏に何があったのか、ハッキリした説明がまったくないところがミソ。結局、理由は何でもいいわけで、こういう日常に潜むエアポケットというか、怖さや不条理さが感じられればいいのだ。「ロッキーと差配人」の落としどころの奇妙さ、「おそろしい料理人」のやりすぎ感とラストシーンのギャップもそういう意味で◎。
 いわゆる奇妙な味が好きな人なら絶対おすすめである。

 天来の美酒/消えちゃった

Gone Away「消えちゃった」
Jove’s Nectar「天来の美酒」
Rocky and the Bailiff「ロッキーと差配人」
Old Martin「マーティンじいさん」
Dunky Fitlow「ダンキー・フィットロウ」
The Almanac Man「暦博士」
The Princess of Kingdom Gone「去りし王国の姫君」
The Martyrdom of Solomon「ソロモンの受難」
Father Raven「レイヴン牧師」
A Devil of a Cook「おそろしい料理人」
Ring the Bells of Heaven「天国の鐘を鳴らせ」


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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