小説好きの裏をかくようなラインナップ。そんなイメージが定着した光文社の古典新訳文庫から、アルフレッド・エドガー・コッパードの『天来の美酒/消えちゃった』を読む。これもよく出せたな、という一冊である。
そもそもコッパードと言えば、ジャンル的には一応、幻想小説や恐怖小説の範疇。既刊本としては国書刊行会の『郵便局と蛇』があるのみで、その他で読めるものは創元推理文庫の『恐怖の愉しみ』をはじめとしたアンソロジーや雑誌程度、それも大半は絶版品切れだ。当然ながら一般的知名度はずいぶん落ちると思っていたのだが、ネット上で見たかぎりでは意外にファンは多いようである。
まあ、その理由は想像できないこともない。コッパードはあくまでコッパードであり、他の作家には代えられない魅力がある。
小説作法は独学で身につけたということで、小説としては粗っぽかったり平易すぎたりといったマイナスの印象も受ける。それらは時として、意味不明なユーモアだったり、読み手を煙に巻いたりもするのだが、これらを(おそらく)計算尽くでやっていないところが最大の武器だろう。「え、それで?」と思わせる作品こそがコッパードの真骨頂であり、型にはまらない良さがあるのだ。そして、その積み重ねの中に人生の真理が見える。
表題作でもある「消えちゃった」などはその最たる作品。旅行者が文字通り消失するという出来事の裏に何があったのか、ハッキリした説明がまったくないところがミソ。結局、理由は何でもいいわけで、こういう日常に潜むエアポケットというか、怖さや不条理さが感じられればいいのだ。「ロッキーと差配人」の落としどころの奇妙さ、「おそろしい料理人」のやりすぎ感とラストシーンのギャップもそういう意味で◎。
いわゆる奇妙な味が好きな人なら絶対おすすめである。

Gone Away「消えちゃった」
Jove’s Nectar「天来の美酒」
Rocky and the Bailiff「ロッキーと差配人」
Old Martin「マーティンじいさん」
Dunky Fitlow「ダンキー・フィットロウ」
The Almanac Man「暦博士」
The Princess of Kingdom Gone「去りし王国の姫君」
The Martyrdom of Solomon「ソロモンの受難」
Father Raven「レイヴン牧師」
A Devil of a Cook「おそろしい料理人」
Ring the Bells of Heaven「天国の鐘を鳴らせ」