ジョー・ゴアズの『スペード&アーチャー探偵事務所』を読む。あの『マルタの鷹』の前日譚であり、ゴアズがハメットの遺族の依頼に応じて書いたものだ。

ゴアズといえば何といってもあの『ハメット』を書いた作者だし、非常にハメットに対して造詣が深いことは知られているので、それほどひどいものにはならないだろうと思っていたが、いやあ、ここまで見事にやってくれるとは。
先日観た映画の『シャーロック・ホームズ』じゃないけれど、パロディだろうがパスティーシュだろうが、原典があるものに対してそれを発展させる仕事というのは、難しい仕事であることに変わりはない。どうあがいてもオリジナリティという点では原典を超えることができず、労多くして……という結果になるのは容易に想像できる。ゴアズだってどれだけいいものを書いても、ハメットを超えることは不可能だ。ハメットは単に傑作を書いただけでなく、ひとつのジャンルを確立させた男なのだ。
それでもゴアズはできる範囲で最高の仕事をやったように思う。
もっとも感心したのは、主要な登場人物の肉付けだ。『マルタの鷹』は意外に不明な点も多い作品で、例えばアーチャーとスペードがどのように事務所を協同でやることになったか? そもそも二人はどういう関係なのか? また、アイヴァとスペードの不倫関係はどのようなものだったのか? 秘書のエフィはなぜ『マルタの鷹』でああもブリジッドをかばったのか?などなど。ゴアズはしっかりと登場人物を描きこむことで、そういういくつかの疑問をかなりのところで解消してくれる。
ストーリーはもう練りに練った感じ。三部構成の連作形式にして、レギュラー格の人物が少しずつ顔を出すやり方もうまくて、第一部はお世辞抜きでページをめくる手が止まらない。常套手段ではあるが、『マルタの鷹』にあるエピソードを、効果的に利用しているのもさすが。特にフリットクラフトをまともに取り上げたのはちょっと驚いてしまった。
そしてラストシーンは、そのまま『マルタの鷹』のオープニング。若干予想はしていたが、これは心憎い演出である。
ハメットの熱烈なマニアやファンはどういうか知らないが、いや個人的には十分にハメットの世界を堪能させてもらえる一冊であった。