ピーター・チェイニーの『この男危険につき』を読む。
チェイニーといえば、英国出身ながら一貫してアメリカ的なギャングの世界や犯罪者を描いたハードボイルド作家、というのが定着したイメージ。ところが本書の解説によると、泥棒ものやスパイものなど、思った以上に幅広い作風だったようだ。
だが、本書は1936年に発表された著者のデビュー作。作風が広がる前の、完全無敵な通俗ハードボイルドである。こんな話。
ニューヨークのギャングたちの間では、最近めきめき売り出し中と評判のレミー・コーション。その彼が資産家の遺産相続者ミランダのあとを追い、はるばるロンドンまでやってきた。目的は身代金目当ての誘拐だったが、彼の目の前に現れたのは、ギャングの親玉シーゲッラ。彼もまたミランダ誘拐を企み、レミーに協力を持ちかける。だが、そこへさらに対立するグループが現れ……。

ハメットによって誕生したハードボイルドは、多くの追従者や模倣者を生むわけだが、その影響の仕方もさまざまである。
例えばチェイニーの場合、その興味は専ら暴力による抗争や男女の機微に向けられているように思える。要は、ハードボイルでもとりわけわかりやすく楽しめる要素、すなわちアクションやスリル、お色気、粋な会話などなど。これら単純に楽しめる部分だけをピックアップし、そこからストーリーやキャラクターを作り上げている印象だ。ま、当時のニーズに素直に応えているわけだから、ある意味、正当な進化ともいえる。
無論そんな話にミステリとしての感動を求めても仕方ないわけだが、ただ、一時の娯楽として見るなら、これがなかなか悪くない。ギャングの抗争や裏のかきあいが意外に複雑なのに、これをきちっとまとめて見せるところはお見事だし、主人公レミーをはじめとするキャラクター造型もいい。特にレミーを取り巻く美女たち。これが強烈な個性の悪女ばかりで、彼女たちの活躍?もまた要注目である。
終盤ではちょっとしたミステリ的仕掛けもあるし、軽ハードボイルドが好きな人なら騙されたと思ってお試しを。