ミステリのガイドブックや入門書が昔から好きだ。山ほどミステリを読んできた今でも、目の前にそういうガイドブックがあればついパラパラと眺めてしまう。思えば子供の頃から周囲にミステリのファンがほとんどおらず、ことミステリに関しては誰の教えを受けることもなく独力で読み続けてきた。ミステリの面白さを教えてくれたのは、紛れもなくミステリのガイドブックであった。
ポー、ドイルから始まり、黄金期の本格、倒叙、そしてサスペンスからハードボイルド、法廷もの等々と、それこそ教科書をなぞるように読む。あるときはジャンル別、またあるときは系統立てて。ときにはネタバレ満載の地雷本もあったが(笑)、概ねミステリで大切なことはすべてガイドブックで教わったといってよい(いや、ちょっと嘘w)。
と、そんなことを書いてみたのも、書店の店頭でたまたまこんな本を見つけたからだ。洋泉社の『ロマンスの王様 ハーレクインの世界』。
題名どおり「ハーレクインロマンス」を題材にしたガイドブックである。おお、まさかこんな本が出ていたとは。
ハーレクインそのものは、実は一冊も読んだことはないのだけれど、これは気になった。というのも、ひとつのジャンル文学として、ロマンスとミステリはそれほど遠い関係ではないと思っていたからだ。どちらもストーリーの枠組みや構成等に一定のコードがある文学である。いわゆる職人タイプの作家が、そのコードさえきちんとマスターしていれば、どちらも巧みに書けるのではないか。実際、ハーレクインの書き手からミステリに進出する作家も大勢いる(ジャネット・イヴァノヴィッチもそうじゃなかったか)。

ええと、あまり固い話にするつもりはないのだが、要は何が言いたいかというと、この『ロマンスの王様 ハーレクインの世界』というガイドブックが、むちゃくちゃ面白いのである。繰り返すがハーレクインを読んだことは一冊もない。でもこの本はミステリ好きならおそらく楽しめるはずだ。
先ほど書いたように、構造的に両者には共通点が多いせいか、そのガイドブックとしてのアプローチもとにかく似ている。例えばミステリの用語解説であれば、密室や毒薬、動機、探偵、殺人といった語句などが紹介されるだろうが、これがロマンスでは、牧場やシーク、ワイルド、貴族、家庭教師といった言葉が並ぶ。しつこく繰り返すが、それらのキーワードを解説するという行為が、既にミステリと非常に近いのである。
ジャンルがミステリ以上に細かく分かれているところも要注目。「愛人契約」や「一夜の恋」、「オフィス」なんてのは全然普通で、中には「シークレットベビー」や「オークション」「シークとの恋」なんていうのもある。なんだよ、オークションって。ちなみに「シークとの恋」とはアラブの富豪との恋を描いた内容。それがなんと一ジャンルを作っているのである(笑)。すごい、すごすぎるよ。
もちろんハーレクインのガイドブックだから、作者の紹介やハーレクインの歴史という真っ当な特集も多く、加えて読者アンケートや初代編集長へのインタビュー、座談会等々と実に盛りだくさん。いやあこれは楽しい。
この表紙をレジへ出すことが恥ずかしくないのなら、どうか騙されたと思って一度目を通してもらいたい。いや、騙されたと思っても責任はとれないけど。