どうにも読書が進まない中、ようやっとルイス・ベイヤードの『陸軍士官学校の死(下)』を読み終える。ブログも久々の更新。
ニューヨーク州にある陸軍士官学校を舞台に起こった士官候補生の自殺事件。さらにその死体から心臓が盗まれるという事態が発生。調査にあたるのは、元警官のガス・ランダー、そして若き日のエドガー・アラン・ポオ。

とにかく描写がいい。だいたいポオのイメージといえば、憂いを帯びた目にたるんだ肌、どことなく生気に欠ける雰囲気の神経質そうな小男。要は
こんな感じなのだが、これはおそらく30歳以降の酒に溺れていた頃の姿である。
正直、本作で描かれるような二十歳の頃の健康なポオとなると、なかなか想像は難しいのだが、それがガス・ランダーを通して語られると、確かにこういう人物だっただろうという錯覚に囚われる。それほどまでに本作のポオは瑞々しく、リアリティに満ちた存在だ。
加えて語り手のガスもまた、静かだが深い印象を残す。学がないといいながらもポオの詩を感じるセンス、そして確かな知性を感じさせるその語り口は、いうまでもなく若きポオを導く父親的な存在としてある。事件を通じてこの二人が出会い、ぶつかり、理解し、再びぶつかり……。ベイヤード、巧い。
いうまでもなく作者のベイヤードはポオを十分に研究している。だからこそ、ここまで書くことができるわけだが、実はその成果はキャラクター造型だけに活かされているわけではない。ベイヤードは作中でポオの文体模写を披露し、さらにはポオの有名な作品の名場面やアイディアなども作中に取り込むというテクニックを見せる。もちろんそういったシーンも読みどころのひとつといえるだろう。
とまあ、魅力的なキャラクターに支えられた本作だが、読み進むうち気になったのは、この物語、意外に底が浅いのではという疑惑である。描写は優れているけれど結局はキャラクターで読ませる物語であり、ミステリとしてはいまひとつではないかという疑惑。上下巻の割には登場人物も多くないため先は読みやすい。オカルトチック、サイコチックな展開に不安は増し、その予想はラストにきて的中する、ううむ、何とありきたりな結末。これではせいぜい65点どまりか。
……と思いきや、作者は最後の最後で見事な仕掛けを用意していた。
すっかり油断していたこちらが悪いのか。本作はポオを主人公にした小説ではあるが、同時に優れたミステリでもあったのだ。要所を読み返すと、あちらこちらに伏線が張り巡らされており、あらためて作者ベイヤードの狙いに気づく始末。すべては計算どおり。脱帽である。
ポオのファンなら迷わず飛びつくべきだし、ポオの作品なんて読んだことない、という人にもぜひ勧めたい一冊。あ、上下巻だから二冊か。