スチュアート・ネヴィルの『ベルファストの12人の亡霊』を読む。
ここのところ意識して今年の話題作を読んでいるのだが、設定の面白さではピカイチの一作。
ゲリー・フィーガンはかつて北アイルランド共和派のテロリストとして怖れられた男。だが、特赦によって社会に戻った今、酒浸りの日々を送っていた。その原因は、彼につきまっとって離れない12人の亡霊たちだった。
彼らはみなテロの犠牲者であり、願いはその復讐のみ。ゲリーは苦しみから逃れるため、亡霊たちが指差すままに復讐を代行する。だがその対象はかつてのテロ工作の指導者や仲間だった。ゲリーがひとり、またひとりと命を奪うたび、亡霊の姿も消えてゆく。だがその結果、ギリギリのところで保たれていた各勢力の均衡もまた崩れ始めていた……。

最初に書いたが、本書の胆は設定の面白さだ。ローレンス・ブロックの殺し屋ケラーものも相当奇妙なタイプだが、スチュアート・ネヴィルのゲリーは、亡霊につきまとわれてその呪縛から逃れるために人を殺してゆくのだから、一歩間違えば馬鹿馬鹿しさだけが先に立つ危険はある。
そこをグッと締めているのが、北アイルランド問題である。
詳細は
wikiあたりでご覧いただくとして、このイギリスが抱える最大の政治問題、テロ問題を背景に据えることで、破天荒な設定も意外とリアルに受け入れられる。非情な現実社会の在り様を緩衝材にしているといえばいいか。
そのうえでゲリーと亡霊の関係に目を向けると、これが何ともいえずいい。亡霊は基本、何もしない。ただ、殺すべき相手を指差してゲリーに教えるだけだ。それが受け入れられないと彼らはゲリーにしか聞こえない声で泣き叫ぶ。ところが物語が進むうち、ゲリーと亡霊の関係が、どうやらそれだけではないということもわかってくる。この加減はもちろん作者の計算尽くであり、ラストに至っての効果は絶大。
ただ気になる部分もないではない。特に引っかかったのは、物語全体を覆うトーンやキャラクターの性格設定が徹底されていない嫌いがあるということ。
例えば、前半はゲリーの苦悩、亡霊の不気味さ、殺伐としたシーンがストレートに押し出され、とにかく暗い。だがその語り口は意外に淡々としており、これが独特のシュールな味わいを醸し出しているのである。しかし、後半はストーリーが激しく動き、普通のアクションものやサスペンスのような雰囲気になってしまうのが個人的には残念。本作ならではのアクションシーンもあり、これはこれで十分楽しめるのだが、ここは思い切って前半のシュールなノリでそのまま引っ張った方がよかったのではないか。
キャラクターにしても、けっこう重要な人物の性格が、場面場面で別人に思えたりするぐらい不安定な場合も。これなんかはストーリーありきで物語を進める副作用みたいなものだろう。おそらく長いものを書き慣れていないことが原因か。
というわけで、いくつか残念なところもあるのだが、それでもこの独創性は間違いなく買い。意外なことに爽快感もけっこうあるという代物で、今年のベストテンには『陸軍士官学校の死』や『愛おしい骨』と同様、絡んできそうな気配である。
ちなみに本国では続編も既に上梓されているそうなので、これはぜひ出してほしいものだ。