金曜日は久しぶりに平日休みをとって家族サービス。昇仙峡で紅葉を観たい&お宿は山中湖、ということだけは決まっていて、それ以外は適当。結局は昇仙峡から河口湖、山中湖、大涌谷、御殿場という縦ルートでドライブ。紅葉の時期の昇仙峡は初めてだっただけれど、切り立った岩肌や富士山が紅葉とコラボして、さすがに絶景である。仕事ではPCやゲーム等でデジタルまみれ、趣味では殺伐とした小説や映画ばかりに触れているので、たまにはこうして心を洗濯しなければ(苦笑)。
で、心もきれいに洗われたので、またミステリを読む日々に舞い戻る。本日はロバート・バーの『ウジェーヌ・ヴァルモンの勝利』を読了。
ロバート・バーといえば、創元推理文庫の『世界短編傑作集1』に収録されている「放心家組合」(本書では「うっかり屋協同組合」)が非常に有名だが、逆にいうと、ロバート・バーで知っている作品はこの一作ぐらいしかない。正直な話、「放心家組合」ですらほとんど内容を覚えちゃいないわけで(苦笑)。まあポケミス等のアンソロジーでいくつか他の短篇も読めないことはないのだが、数も少ない。歴としたホームズのライバルの一人でありながら、他の探偵さんに比べると長らく不遇な扱いを受けていたわけだ。
そこへ突然降って湧いたロバート・バーの短編集出版のニュース。もちろん日本初である。これはもう読むしかないでしょう。

基本はホームズ譚をなぞったもので、今読む限り、ミステリとして驚くようなものはさすがに少ない。時代を考慮すれば、そもそもミステリとしての体裁をきちんと整えているだけでも十分評価されるべきだろうし、この辺は十分に想定内。
むしろ三十年ぶりぐらいに再読した「うっかり屋協同組合」の出来を、再認識できたのが収穫だった。このネタ、今で言う振り込め詐欺に近いものがあって、その手口をこの時代に確立しているところなど見事としか言いようがない。オチも含めていろいろと考えさせられる作品である。
本書で特に注目したいのは、舞台をイギリスにしながら、主人公をフランス人にしていること。主人公のウジェーヌ・ヴァルモンはことある度にイギリスとフランスの捜査の違いについて比較するのだが、それが英仏の国民性や民族的な違いまでをも想起させて楽しい。ホームズとルパンの邂逅を例に出すまでもなく、英仏間の対立構造は昔から枚挙に暇がないほどだが、警察捜査を通しての比較は珍しいのではないか。
そういう捜査や司法システムの違いが描かれているとおりであるとすれば、それらはミステリの発達にも大きな影響を与えたはずで、実際に英仏のミステリの特色を考えると非常に興味深いところだ。例えばルルーの『黄色い部屋の秘密』やルパン、メグレのシリーズは、やはりフランスだからこそ生まれた作品と思えるわけで、それは警察の在り方にも一因があったと考えるのはなかなか面白い。
探偵自身のキャラクターも魅力的だ。自信家であり独善的な性格は、そのままフランス人を強く劇画化したようなタイプで、解説ではポアロの原型と紹介されている(個人的にはギデオン・フェル博士やH・M卿といった印象だが)。このキャラ造型がとにかく際だっており、最初はアクが強すぎる嫌いもあるけれど、時代がかった雰囲気を上手く醸し出していていいのである。
同時代の他の探偵が意外に個性に乏しく、職業や推理法といった部分で個性付けをしていることが多いのに比べ、ウジェーヌ・ヴァルモンはキャラクターそのものに味がある。ここもポイント高し。
そんなこんなで個人的には大変楽しめたが、人に勧めるとなると「クラシック好きなら」という但し書きが付くのは致し方ないところか。純粋にミステリ要素だけで見ると弱いのは否めない。ただ、最近の作品にはない独特の味わい、テンポなど、こういう小説を楽しむ余裕も、ときには必要だと思うのだけれど。いやホント。