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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ミステリー文学資料館/編『古書ミステリー倶楽部III』(光文社文庫)

 ミステリー文学資料館が編んだ『古書ミステリー倶楽部』は、その名のとおり古書をテーマにしたアンソロジー。なかなか好調なようで、この春に三巻目『古書ミステリー倶楽部III』が発売されたので読んでみた。まずは収録作。

江戸川乱歩「口絵」
宮部みゆき「のっぽのドロレス」
山本一力「閻魔堂の虹」
法月綸太郎「緑の扉は危険」
曽野綾子「長い暗い冬」
井上雅彦「書肆に潜むもの」
長谷川卓也「一銭てんぷら」
五木寛之「悪い夏 悪い旅」
小沼丹「バルセロナの書盗」
北村薫「凱旋」
野村胡堂「紅唐紙」
江戸川乱歩「D坂の殺人事件」〔草稿版〕

 古書ミステリー倶楽部III

 同一テーマで三巻目ともなるとさすがに苦しいものがある。扱うテーマを拡大したり、そもそもミステリではない作品も混ざっていたりという具合で、内容的にも一般向けなものとマニアが喜びそうなものが混在している。迷走気味というか苦労している感じが伝わってくるラインナップである。
 個々の作品でいえば見逃せないものもあるのだけれど、全体的にややバランスの悪い一冊といえる。
 以下、簡単に作品ごとのコメントなど。

 「のっぽのドロレス」は自殺した妹のマンションを整理しにきた姉が、本の置かれた場所から妹の死に疑問を抱いて……という話。宮部みゆきらしく姉の心の流れは読ませるが、謎のレベルがイージーすぎてものたりない。ポケミスをギミックとして使うのもむしろ興ざめ。

 「閻魔堂の虹」は時代物の人情噺。嫌いな作品ではないけれど、まったくミステリではないのが困ったものである。

 法月綸太郎ものの一編「緑の扉は危険」は古書マニアをネタとした密室殺人。アンソロジーのテーマにこれ以上ないぐらいピッタリの内容だが、悲しいかなトリックがつまらなすぎる。

 「長い暗い冬」は各種アンソロジーで有名な作品。これもミステリとは言い難いが、怪奇小説としては文句なしの傑作。未読のかたはぜひどうぞ。

 「書肆に潜むもの」は井上雅彦らしい凝りまくった造りが微笑ましい。著者の稚気炸裂の一編。

 「一銭てんぷら」もミステリというよりは幻想小説の範疇に入る。似たような作品はけっこう多いのだが、全体的に漂うノスタルジーとコミカルさがなんとなく気に入った。

 またまた非ミステリの「悪い夏 悪い旅」は懐かしや五木寛之の作品。スナックでアルバイトをする学生がふとしたことからお客の女性と関係をもち、北海道へ大麻を求めて旅をしようと計画するが……という物語。ふわっとした学生の意識とヒロインの感覚が合いそうで合わない。このすれ違いがいかにも五木寛之っぽくていい。

 小沼丹「バルセロナの書盗」は内容的には面白い。ただ、すでに同じミステリー文学資料館/編の『名作で読む推理小説史 ペン先の殺意 文芸ミステリー傑作選』で収録されているんだよねえ。

 「凱旋」は安定株の北村作品。と言いながら既読作品はあまりないのだけれど、これは印象的な作品であった。

 「紅唐紙」は野村胡堂『奇談クラブ』からの一作。銭形平次の作者というだけではないことは以前に『野村胡堂探偵小説全集』を読んで理解していたが、こちらも捨て難い味がある。そのうち読んでみよう。

 「D坂の殺人事件」〔草稿版〕は資料的に重要であることはもちろんなのだが、あえて本書に収録する必要があったのかは疑問。最初に書いたように本書の収録作はバランスが悪く、読者の想定がややぶれているようにも感じた次第である。


ミステリー文学資料館/編『古書ミステリー倶楽部II』(光文社文庫)

 連休を利用して遅めの夏休み。軽井沢まで足を伸ばしたが、相変わらず、いやますますペット連れにやさしい環境になっていて非常に助かる。
 現地では今さら観光でもないので、パワーアップした駅前のショッピングモールで買い物をしたり、旧軽で美味しいものを食べたりと、わりと通常の週末の延長のような感じ(苦笑)。車を走らせること自体が好きなので、いい気分転換にはなったけれど。


 三週間ほど前に読んだ『古書ミステリー倶楽部』がなかなか楽しかったので、続巻の『古書ミステリー倶楽部II』を読んでみる。もちろんビブリオミステリーを集めたアンソロジーという点は同じだが、収録作はやや新しいものが多い。

江戸川乱「口絵」
坂口安吾「アンゴウ」
泡坂妻夫「凶漢消失」
横田順彌「姿なき怪盗」
北原尚彦「愛書家倶楽部」
皆川博子「猫舌男爵」
山田風太郎「春本太平記」「随筆 ある古本屋」
土屋隆夫「異説・軽井沢心中」
乾くるみ「亡き者を偲ぶ日」「林雅賀のミステリ案内」
中井英夫「橅館の殺人」「随筆 カーの欠陥本」
菊池秀行「欠陥本」
逢坂剛「五本松の当惑」

 古書ミステリー倶楽部II

 巻頭を飾る坂口安吾の「アンゴウ」は、古書に挟まっていた便箋が妻と友人の不倫疑惑を招くが、ラストには感動的な結末が待っている。ミステリ的な楽しみはもちろんだが、魂の救済と人間の存在について考えさせるのがさすがである。

 SFであろうがファンタジーであろうが、一定の世界観やルールを構築してあるなら、どんな物語でも本格として成立するという実例のひとつが「凶漢消失」。ただし、あまりに変化球すぎる本作においては、「やられた」という感じは受けず、人によっては駄作扱いかもしれない。管理人としてはぎりぎり許容範囲(笑)。

 正に古書店でなければ成立しない"事件"を描く好篇が「姿なき怪盗」。ミステリではなく"事件”と書いたのは、最終的に最大の謎が明らかにされないまま終わり、ミステリとしては読めないから。読後感は良いけれども、消化不良な感も残る。

 「愛書家倶楽部」はシャーロキアンにして古書収集家としても知られる北原尚彦の作品。狙いはすごく面白いが、狂気の部分がそれほど伝わってこなくて、少々物足りない。語り口等がクリアすぎて、奇妙な味やホラーになりきれていない印象。

 皆川博子の「猫舌男爵」は初読。そもそも皆川博子をあまり読んでいないので、こんなものを書いていたのかという驚きがまずあるのだが、それにしても馬鹿をやるならここまでやらなければという徹底ぶりがすごい。

 この手の作品なら山田風太郎も負けてはいない。「春本太平記」はパッとしない作家や絵描きが金のために書いたエロ本の引き起こす騒動の顛末。面白いが山風にしてはちょっと落ちるか。

 「異説・軽井沢心中」は有島武郎の心中事件をネタにした一篇。題材は興味深いのだけれども、書かれた時代等を顧慮しても期待するほどの驚きはなく、やや物足りない。

 乾くるみの「亡き者を偲ぶ日」は蒼林堂古書店シリーズから。古書の買い取りから浮かび上がった謎にはちょっぴり感動的な真相が……という一篇。いわゆる日常の謎だが、その割りには作為的すぎてあまり入り込めない。

 「橅館の殺人」は小品だがとにかくセンスがいい。下手な作家がこういうものを書くと自己満足に終わってしまいがちだが、さすが中井英夫。そのうちしっかり読んでみたい作家さんである。

 菊池秀行という名前にまず驚かされるわけで、スーパーバイオレンスホラーの巨匠が古本をネタに小説を書いていたのかというこの衝撃(苦笑)。「欠陥本」はお得意の超自然要素も取り入れつつ、コミカルな面やハートウォームな面もそれぞれ含めて楽しめた。それにしても久しぶりに菊池秀行の作品を読んだなぁ。ン十年ぶり。

 逢坂剛も久しぶりに読む作家だが、デビューの1980年から90年半ばぐらいまでは全作読んでいたぐらいお気に入りであった。もちろん当時は冒険小説やハードボイルド系の作家として認識していたが、本書収録の「五本松の当惑」はライトな警察小説という趣き。どうやらシリーズらしく、警察署の面々のキャラクターに馴染みがあればもっと楽しめたか。でも悪い作品ではない。

 前巻同様、全体としては十分に楽しめるが、どちらかというと日常系かつラストがさわやかな作品が多い印象。特に古本ということでなく、書物を愛する人全般におすすめできる一冊である。
 個人的には「アンゴウ」「猫舌男爵」が突出している感じで楽しめた。


ミステリー文学資料館/編『古書ミステリー倶楽部』(光文社文庫)

 ビブリオミステリーを集めたアンソロジー『古書ミステリー倶楽部』を読む。まずは収録作。

江戸川乱歩「口絵」
松本清張「二冊の同じ本」
城昌幸「怪奇製造人」
甲賀三郎「焦げた聖書」
戸板康二「はんにん」
石沢英太郎「献本」
梶山季之「水無月十三幺九」
出久根達郎「神かくし」
早見裕司「終夜図書館」
都筑道夫「署名本が死につながる」
野呂邦暢「若い沙漠」
紀田順一郎「展覧会の客」
仁木悦子「倉の中の実験」

 古書ミステリー倶楽部

 読書が好きなのだから本好きなのは当たり前なのだけれど、ミステリ好きには殊に本好きが多い気がしてならない。書物にちなんだミステリをビブリオミステリというが、わざわざビブリオSFとかビブリオ歴史小説という言い方はあまりしないものなぁ。
 ただ、近年は『ビブリア古書堂の事件手帖』とか『図書館戦争』の影響もあるのか、少しこのジャンルの認知度が広がった気もする。気のせいか。
 それはともかく『古書ミステリー倶楽部』。ビブリオミステリというポイントを除いたとしても、なかなか充実した一冊である。

 松本清張「二冊の同じ本」は、知人が所有していた二冊の同じ古書を手に入れた主人公が、その書き込みの秘密を探るうちに……というお話。事実だけを追いすぎて、やや味わいの少ない文章になってしまっているが、清張らしい綿密なプロットで読みごたえは十分。

 城昌幸の「怪奇製造人」はお馴染みの一作で、さすがに今となっては驚きも少ないが、初めて読む人なら楽しめるか。

 意外にも健闘しているのが甲賀三郎の「焦げた聖書」。露天で手にしたある聖書に秘められた謎を追う話だが、雰囲気も展開も魅力的で、著者が甲賀三郎であることを忘れさせてくれるぐらいだ(笑)。
 それだけにラストの急展開と説明的すぎる告白が、惜しいといえば惜しい。ここだけ急に甲賀三郎クオリティに戻るのが玉に瑕である。

 戸板康二の「はんにん」は、ミステリ小説の登場人物紹介欄に「はんにん」という書き込みがあり……というミステリあるあるのような話。他愛ないけれど、著者の視線が優しくてよい。

 石沢英太郎「献本」は文芸同人誌の世界を垣間見せてくれるダークな話。最初は楽しいはずの趣味の集まりなのに、その壊れていく様が興味深い。ラストは上手いというよりは、ちょっと余計な印象もあり。

 「水無月十三幺九」は梶山季之の「せどり男爵数奇譚」からの一篇。先入観をもたずに読んでほしいが、責任は持ちません(苦笑)。

 「神かくし」はショートショート。短いながらも余韻は悪くない。大人のためのメルヘン。

 ジュニア小説の書き手、早見裕司の作品はおそらく初めて読む。それが「終夜図書館」でよかったと思える一作。
 作者自身を思わせる主人公が、昔のジュニア小説を求めて、ある図書館にやってくる。そこはかつてないほどのジュニア小説を完全収集した図書館だった。しかし、この図書館の最大の秘密は……。
 著者のジュニア小説愛に溢れるだけの話かと思っていたが(それだけでも十分楽しめるのだが)、ミステリ的なオチもきちんと用意されている。これは見事。

 「署名本が死につながる」はキリオン・スレイもの。なぜぼろぼろの古本を新しいものに変えていったのか……という導入の謎で引っ張る。安定したレベルはさすが都筑道夫。

 野呂邦暢は純文学畑の作家。「若い沙漠」はミステリとしては薄味ながら、叙情性豊かに読ませる。こういうのが混じるとアンソロジーに奥行きや幅が出てよいね。

 古書ミステリといえばやはり紀田順一郎を忘れてはならない。「展覧会の客」もさすがの一作で、古書マニアの業がひしひしと伝わってくる。

 「倉の中の実験」も傑作。老人問題、若者の異常心理、思春期の少女の微妙な精神状態など、読みどころが多く、読んでいる間は常に不安な気持ちにさせられる。仁木悦子ならではの怖さ。これが気に入った方は出版芸術社の『子供たちの探偵簿』をぜひどうぞ。

 以上、ミニコメ。マイ・フェイバリットを挙げるとすると、「焦げた聖書」「終夜図書館」「倉の中の実験」の三作か。全体的にレベルの高いアンソロジーだが、たまたまなのか編者の好みなのか、全体的にえぐい作品が多い気がした。対象が何であれ偏執狂的な愛を描くとこういう結果になるということか(苦笑)。


ミステリー文学資料館/編『「宝石」一九五〇 牟家殺人事件』(光文社文庫)

 『「宝石」一九五〇 牟家殺人事件』を読む。ミステリの変遷を年代で区切り、その作品から時代を読み解こうというミステリ・クロニクルの第二弾である。まずは収録作。

魔子鬼一「牟家殺人事件」
江戸川乱歩「「抜打座談会」を評す」(評論)
木々高太郎「信天翁通信」(随筆)
宮原龍雄「首吊り道成寺」
岡沢孝雄「四桂」
椿八郎「贋造犯人」
岡田鯱彦「妖奇の鯉魚」

「宝石」一九五〇牟家殺人事件

 文字通り1950年の「宝石」から採られたアンソロジーだが、長篇「牟家殺人事件」をはじめとしてレアどころがずらり。ただ、コンセプト的にはいわゆる「探偵小説芸術論」が置かれているようなのだが、収録作そのものに直接関係のある作品というわけではなく、前作『悪魔黙示録「新青年」一九三八』に比べると、そこが弱いといえば弱い。まあ、珍しい作品が読めるだけでも十分ありがたいのだが、せっかくの企画系アンソロジーなのだからもう少し練ってもよかった気がする。
 以下、各作品のの簡単な感想など。

 魔子鬼一「牟家殺人事件」は長篇ということもあるし、やはり一番の注目作だろう(ちなみに「むうちゃあさつじんじけん」と読みます)。北京の金持ち一家を舞台にした連続殺人を描く作品で、当時の中国の風俗などを知る分には興味深い。だが事件に捜査・推理が追いつかず、本格の体をとっているわりには大事なところが抜けている感じ。
 また、中国の風俗や暮らしはリアルなのだろうが(ただし上流階級)、登場人物の言動がどうにも日本人くさくて気になった。地の文が普通に日本の探偵小説の雰囲気そのままなので、ここはもう少し変化をつけてほしかったところだ。
 なお、文章自体は平易で読みやすいのだけれど、人名地名の類がすべて現地読みなので、とにかく覚えるのに難儀した。巻頭の登場人物リストや初出時だけでなく、毎回ルビを振ってもよかったのではないかなぁ。

 宮原龍雄「首吊り道成寺」は芝居の一座を舞台にした短編で、設定やどろどろした人間模様が面白い。しかし、あまりにページ数が少ないところにネタを詰め込んでいるためか、粗筋を読んでいるのかと思わんばかりの走り方をしており、実にもったいない。これは長篇でじっくり読んでみたかった。

 岡沢孝雄「四桂」は再読。棋士の世界を巧みに落とし込んでおり、出来だけなら本書中でも一番。ただ、これは他のアンソロジーでも読めるから、ありがたみはやや落ちる。

 椿八郎「贋造犯人」は正直好みではないけれど、まあごく軽い読み物なのでそこまで腐す必要もないか(苦笑)。

 岡田鯱彦「妖奇の鯉魚」も再読で、確か扶桑社版『薫大将と匂の宮』で読んだはず。新釈雨月物語の系列の一作で、一風変わった幻想譚だが、オチにミステリ味を効かせていて悪くない。


ミステリー文学資料館/編『名作で読む推理小説史 ペン先の殺意 文芸ミステリー傑作選』(光文社文庫)

 先週に読んだ『文豪怪談傑作選 幸田露伴集 怪談』の余韻を引きずっているせいか、もう少しこの手のものが読みたくなって、『名作で読む推理小説史 ペン先の殺意 文芸ミステリー傑作選』に手を出す。ミステリー文学資料館の編纂によるテーマ別アンソロジー・シリーズの一冊だが、そのものずばりの文芸ミステリー集である。

 名作て#12441;読む推理小説史 ヘ#12442;ン先の殺意 文芸ミステリー傑作選

谷崎潤一郎「柳湯の事件」
芥川龍之介「疑惑」
大岡昇平「お艶殺し」
佐藤春夫「女人焚死」
松本清張「記憶」
坂口安吾「選挙殺人事件」
小沼丹「バルセロナの書盗」
山川方夫「ロンリー・マン」
曾野綾子「競売」
倉橋由美子「警官バラバラ事件」
遠藤周作「憑かれた人」
五木寛之「ヒットラーの遺産」
井上ひさし「鍵」
村上春樹「ゾンビ」

 面子は以上のとおり。ミステリ・プロパーはせいぜいが松本清張ぐらいで、ほぼ文学畑の作家を中心にまとめられている。とはいえ専門分野のみならずミステリや幻想小説などでも実績のある作家がほとんどなので、収録作のアベレージは決して悪くない。ただ、さすがに純粋なミステリは少なく、犯罪や犯罪心理を扱った文学、幻想小説などが多かった。ちなみに既読率もけっこう高くて、半分ぐらいは再読である。

 以下、簡単ながら印象に残った点など。
 まずは谷崎潤一郎「柳湯の事件」、芥川龍之介「疑惑」、佐藤春夫「女人焚死」。このあたりはやはり迫力が違う。もうミステリとして弱いのは仕方がない。それは認める。でもそれを補ってあまりある人間心理への洞察というかアプローチの巧みさが見事。堪えられない。
 犯罪者の心理に加え、動機そのものの面白さという点では坂口安吾「選挙殺人事件」も絶妙。若干、腑に落ちない部分もあるけれど、今読んでもこの発想は捨てがたい。
 小沼丹「バルセロナの書盗」と遠藤周作「憑かれた人」は共に古本ミステリ。本がネタというだけで面白さは50%アップ。
 曾野綾子「競売」と村上春樹「ゾンビ」はショートコントの世界。面白いけれど、いかんせん本書中ではやや物足りなく思えてしまう。
 倉橋由美子の「警官バラバラ事件」はむちゃくちゃいい。っていうか怖い。扱う事件は警官殺しであり、実は夫殺しでもある。犯人の心理と残虐な犯行が、終始、無機質なトーンで語られる。本書中のベスト。
 井上ひさしの「鍵」も予想以上にいい。実は本書中でもっともミステリ的マインドにあふれた作品で、ある大作家の出世作を彷彿とさせるトリックなのだが、それを書簡形式で読ませるという凝りよう。鮮やか。

 最後に蛇の足。
 ミステリ・アンソロジーで村上春樹が収録された本はかなり珍しいんじゃないだろうか。もしかしてこれが初?


ミステリー文学資料館/編『悪魔黙示録「新青年」一九三八』(光文社文庫)

 これまでも「甦る推理雑誌」とか「幻の探偵雑誌」とか、光文社文庫から数々の傑作アンソロジーを企画してきたミステリー文学資料館。今度は年代でミステリを区切り、その変遷を辿っていくらしい。
 その名もミステリー・クロニクル。第一弾がこの夏に出版された本書『悪魔黙示録「新青年」一九三八』である。

 まずセレクトされた年代が1938年とはなかなか挑戦的だ。第二次世界大戦こそまだ勃発していなかったが、日本は中国との交戦状態にあり、欧米列強との緊張状態の真っ只中である。国による様々な管制が敷かれるなか探偵小説も例外ではなく、欧米文化の入手はもとより国内の探偵小説も風俗壊乱の名目で取り締まりが厳しくなっていく。とはいえ地方によってはまだまだのんびりしているところもあるなど、非常に微妙な時代でもあったのだ。
 そんな頃に書かれたミステリとはいったいどんなものだったのか。

 悪魔黙示録「新青年」一九三八

城昌幸「猟奇商人」
渡辺啓助「薔薇悪魔の話」
大阪圭吉「唄わぬ時計」
妹尾アキ夫「オースチンを襲う」(随筆)
井上良夫「懐かしい人々」(随筆)
大下宇陀児「悪魔黙示録について」(随筆)
赤沼三郎「悪魔黙示録」
横溝正史「一週間」
木々高太郎「永遠の女囚」
蘭郁二郎「蝶と処方箋」

 収録作は以上。
 城昌幸や横溝正史あたりは既読だが、さすがに珍しいところを拾ってくれているのは嬉しいかぎり。ただ、1938年というキーワードで読んだにしては、思いのほか淡白な作品が揃っている印象である。
 戦時色の濃いミステリとしては海野十三の作品などをそこそこ読んでいるので、予想としてはそういう戦意高揚タイプが多いと思っていたのだが、意外や意外その手の作品はほとんどない。ただし、タイトルから想像するようなエログロというか、風俗を乱すようなものもこれまた少ない。考えたら時節柄そういうものは避ける傾向があるのは当たり前なのだが、結果的に探偵小説というより端正な犯罪小説やユーモア小説のようなものが多くなったのは興味深い。
 本書中でも一番の注目作、赤沼三郎の「悪魔黙示録」にしても、記者を主人公にしたトラベル・ミステリーの趣きすらあるほどで、全般的に楽しめはするのだが、ちょい刺激不足の感があってやや物足りない。もともとはこれの倍近い分量があったということなのだが、そちらがどういうテイストだったのか気になるところではある。

 ともあれ、このミステリー・クロニクル、狙いも面白いし探偵小説マニアには目が離せないことは確かである。今後どういう方向を攻めていくのか、まずはそちらを見守ることにいたしましょう。


ミステリー文学資料館/編『江戸川乱歩と13の宝石 第二集』(光文社文庫)

 先日読んだ『江戸川乱歩と13の宝石』はハイレベルなアンソロジーだったが、引き続き編まれた『江戸川乱歩と13の宝石 第二集』も十分な出来。個人的には既読率が少々高いのはあれだけれど、これでしか読めない作品も多く、質も全体的に高い。前巻同様、トータルでは文句なしのおすすめアンソロジー。
 以下、収録作とコメント。さすがにこちらにまで乱歩の未発表原稿は載っていないが、松本清張と乱歩の対談がいいアクセントである。

仁木悦子「粘土の犬」
山村正夫「獅子」
土屋隆夫「重たい影」
城昌幸「ママゴト」
対談 松本清張、江戸川乱歩「これからの探偵小説」
渡辺啓助「寝衣(ネグリジェ)」
土英雄「切断」
島田一男「屍臭を追う男 泥靴の死神」
竹村直伸「似合わない指輪」
楠田匡介「完全脱獄」
樹下太郎「お墓に青い花を」
大藪春彦「夜明けまで」
佐野洋「金属音病事件」

 江戸川乱歩と13の宝石 第二集

 「粘土の犬」は仁木悦子のダークな部分がほどよく発揮された佳作。特殊な少年心理にスポットを当てて謎を解明するあたりが秀逸。一度は読んでおくべき。
 山村正夫は何となく軽さ(コミカルとかいう意味の軽さではなく)を感じて、これまで積極的には読んでいない作家だったが、本作は文句なし。古代ローマという設定、プロットが魅力的で仕掛けも実に鮮やか。
 「重たい影」は土屋隆夫らしい湿っぽさがよく出ている倒叙もの。心理描写や雰囲気はいいけれど、ラストも見えるし意外性もいまひとつ。本書中では落ちる方か。
 「ママゴト」は読んで損なし。ショートショートの名手、城昌幸による「奇妙な味」の傑作。
 「これからの探偵小説」は、非常に珍しい松本清張と江戸川乱歩による対談。清張の自信満々振りというか、読者すら見下す感じの話し方が鼻につくが、話す内容は興味深い。『点と線』すら習作とみるストイックさはいやはや何とも。
 「寝衣(ネグリジェ)」は渡辺啓助版「屋根裏の散歩者」といった趣。着想は面白いが、終盤の謎解きはややドタバタした印象で、ちょっと損をしている。
 土英雄の「切断」は時間物のサスペンス。設定がオリジナリティに富んでいて、短い話なのに臨場感や緊張感が半端ではない。
 「屍臭を追う男 泥靴の死神」は島田一男らしいスピーディーな展開が魅力。言ってしまえばバカミスと紙一重だが、ラストの意外性は相当なものだ。
 竹村直伸はおそらく初めて読む作家。だいそれたトリックなどはないけれど、「似合わない指輪」は本書中で最も印象深い作品である。最初はセンスだけで読ませるのかと思っていたら、これはけっこう考えられたプロットである。なんとか他の作品とまとめて論創社あたりで一冊にしてもらえないものだろうか。
 楠田匡介の「完全脱獄」は河出文庫で読めるじゃん、とか思っていたら、そちらはとっくに入手困難らしい。こんないい作品集が……。
 「お墓に青い花を」は大人のメルヘン。後のサラリーマン小説に通じる、樹下太郎らしい軽さ(こちらはコミカルという意味でOK)が魅力。ま、他愛ない話ではあるが。
 「夜明けまで」は短いけれど、大藪春彦の魅力がしっかり詰まった佳作。ある程度はラストの想像がついたけれど、作者は最後にもうひとつ読者の上をいっている。
 「金属音病事件」も相当有名なのだが、これも入手難なのか。SF的設定をSF的と思わせないその語りは、必ずしも効果的とはいえないのだが、見事に本格ミステリと融合させきってしまった。オチも実にいい。


ミステリー文学資料館/編『江戸川乱歩と13の宝石』(光文社文庫)

 長らく積ん読にしていたミステリー文学資料館/編『江戸川乱歩と13の宝石』を読む。
 戦後の探偵小説の中心的存在だった探偵雑誌『宝石』。だが徐々に経営は悪化の一途を辿り、遂に昭和三十二年、江戸川乱歩が編集に乗り出すこととなる。乱歩の威光とコネクションによって探偵作家はもとより純文学の書き手も協力を惜しまず、『宝石』は盛り返しをみせたわけだが、本書はその掲載作から編まれたアンソロジー。

日影丈吉「飾燈」 
火野葦平「詫び証文」
宮野村子「手紙」
鷲尾三郎「銀の匙」
高城高「ラ・クカラチャ」
徳川夢声「歌姫委託殺人事件」
山田風太郎「首」
星新一「処刑」
小沼丹「リヤン王の明察」
久能啓二「玩物の果てに」
香山滋「みのむし」
飛鳥高「鼠はにっこりこ」
江戸川乱歩「薔薇夫人」

 江戸川乱歩と13の宝石

 そこらのアンソロジーと本書が大きく異なるのは、当時の掲載作に加え、乱歩が書いた推薦文(ルーブリック)を同時に収録していること。そして、何より乱歩の未発表にして未完の原稿「薔薇夫人」が収録されていることだ。この二点だけでも本書は絶対に「買い」ではあるが、その他の収録作もかなりいい。しかも予想以上に初読の作品も多くて、さらにご満悦。以下、作品ごとに簡単なコメントなど。

 日影丈吉「飾燈」は前振りが長くて、一見するとバランスの悪い構成に思えるのだが、実はその長い前振りが真相を非常に効果的にしている美しい一作。「かむなぎうた」などに通じる著者の持ち味が十分に生きている。
 火野葦平の「詫び証文」は探偵小説プロパーじゃないからこそ書ける遊び心に満ちた作品。でも正直、マニア臭が強すぎて好みではない。やりすぎだよ(笑)。
 「手紙」は、実に宮野村子らしい詩情豊かなサスペンス。他に書ける作家を思いつかないぐらい素晴らしい。
 鷲尾三郎「銀の匙」もすごい。ウォルポールの「銀の仮面」の本家取りということだが、いやあ下手するとパクリレベルかも(苦笑)。でもこの怖さは日本の農村の方が生きる気がする。一読の価値あり。
 徳川夢声「歌姫委託殺人事件」は連載エッセイの一篇だが、本作はノンフィクション風味。あまり興味わかず。
 高城高「ラ・クカラチャ」&山田風太郎「首」は今さら言うまでもない傑作。未読ならとりあえず読んどけの一作。
 小沼丹の「リヤン王の明察」は、紀元前三世紀の東洋を舞台にした歴史物。創元推理文庫の『黒いハンカチ』で初めて読んだ作家だが、あちらはニシ・アズマ先生シリーズ。ノン・シリーズでもこういう作品があったとは。コン・ゲーム的な楽しさに溢れた作品。
 久能啓二「玩物の果てに」もいい。一見、犯人当てのスタイルだが、結局、犯人の名前を出さないまま終えているところに作者のメッセージが伺える。
 「みのむし」は香山滋ならではの変態作品(笑)。主人公が魔性に取り込まれて終わり、というありきたりの流れに乗せないところが、さすが香山滋である。
 飛鳥高「鼠はにっこりこ」は、出来そのものはちょっと落ちるか。とはいえ未読作品がまだまだあるので、こうして読めるだけでもありがたい。
 江戸川乱歩の「薔薇夫人」は、ほんとにごく一部だけの状態なので、さすがに感想の書きようがない。一応、二つの大きな流れがあって、それぞれのドラマが錯綜していくのだろうという予想はできる。と同時に、どちらの流れもけっこうエログロ系展開が予想されるのもまた楽しからずや(笑)。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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