先日、Twitterで論創社さんが論創ミステリ叢書の四十巻以降の売上げランキングを発表してくれた。そうそう見られる結果でもないのでちょっと転載しておこう(問題あるようなら削除しますのでお知らせください)。
現時点では、1位:高木彬光、2位:宮原龍雄、3位:狩久、4位:瀬下耽、5位:大阪圭吉、6位:角田喜久雄、7位:木々高太郎、8位:水谷準とのこと。そこそこ有名どころが並ぶ四十番台である。現在では入手しにくい作家が強いだろうとは予想していたものの、傾向としては本格強しというイメージ。
ちょっと面白かったのは高木彬光の1位と大阪圭吉の5位か。最近の大阪圭吉人気とかを考えると、この二人の順位は逆だったとしても全然不思議じゃないのに、意外な結果である。まあ、通巻での1位がダントツ横溝正史だったという話なので、やはり何だかんだ言ってもビッグネームが強いということか。しかし、この手の本って、固定ファンがほぼすべてを買っていると思っていたのだが、そうでもないんだなぁ。これも意外。
個人的には宮野村子がイチ押しなんだけど、あれもセールス的にはどうだったのだろう。
さて、本日の読了本は、やはり論創ミステリ叢書からの一冊『大倉燁子探偵小説選』。レア度は相当のもので、実際に店頭で見るまではなかなか信じられなかったほどだが、まずはこの快挙に拍手。でも、おそらく順位的にはあまり伸びなさそうな気もする(笑)。
ま、それはおいといて、まずは収録作。
■創作篇
「妖影」
「消えた霊媒女(ミヂアム)」
「情鬼」
「蛇性の執念」
「鉄の処女」
「機密の魅惑」
「耳香水」
「むかでの跫音」
「黒猫十三」
「鳩つかひ」
「梟の眼」
「青い風呂敷包」
「美人鷹匠」
「深夜の客」
「鷺娘」
「魂の喘ぎ」
「和製椿姫」
「あの顔」
「魔性の女」
「恐怖の幻兵団員」
■随筆篇
「心霊の抱く金塊」
「素晴しい記念品」
「蘭郁二郎氏の処女作――「夢鬼」を読みて――」
「今年の抱負」
「最初の印象」
「アンケート」

大倉燁子は戦前の数少ない女性探偵作家のひとり。もともとは二葉亭四迷や夏目漱石に師事した純文学の書き手であったことも関係してか、ガチガチの本格ではなく、人間の心理を掘り下げるような作風のイメージがあった。これまでアンソロジーに収録されたものをいくつか読むかぎりでも、それは変わらなかったのだが、こうしてまとめて読むとやはりまた違った印象である(論創ミステリの感想っていつもこんな書き出しだな、反省)。
特に「諜報もの」「スパイもの」が意外に多いのは驚きであった。「S夫人」という私立探偵を主人公とするシリーズがあり、これもまた国際的な事件を多く扱っている。この辺りは元外交官夫人という経歴が活かされているのだろうが、それでいて文学的なアプローチも忘れてはいないので、当時の他の探偵作家(男性作家も含め)にはない独特の味が感じられて悪くない。いや、そんな消極的な言い方では足りないな。正直、予想以上の作品群で、探偵小説史的な意味だけでなく、少なくとも古い探偵小説が好きな人には十分に楽しめる作品ばかりである。
解説によると、防諜ものは戦前に多く、戦後は心霊趣味(これもまた大倉子独特の嗜好である)や異常心理を扱った犯罪小説風のものが中心だそうだが、本書ではそういったものからほどよくバランスをとりつつ収録しているので、大倉燁子入門書としても最適である。っていっても手軽に読めるのはこれしかないけれど(笑)。
お好みはいろいろあるが、死んだ妻を忘れられない男の異常心理を描く「消えた霊媒女(ミヂアム)」、兄弟と一人の女性の悲運が重い「鉄の処女」、過去の因縁が鷹匠という形で犯罪を誘発する「美人鷹匠」、著者を自己投影したと思われる「和製椿姫」、夫婦の特殊な確執を描いた「魔性の女」など。
好感が持てたのは、深みに落ちていく人間を描きつつも、それを単なる心理小説に終わらせず、ちゃんと探偵小説っぽくまとめているところだろう。オチなどもできるだけ考えているようで、著者のお好みがビーストンいうのも頷ける。もともと探偵小説プロパーでないにもかかわらず、きちんとしたスタンスで探偵小説に向き合っている感じがするところは相当ポイントが高い。当時の探偵小説の状況を考えれば、これはなかなかのことではないだろうか。
逆に気になったのは、構成がいまいち弱い作品が目立つところ。ミステリ仕立てにすることが裏目に出ている場合もあるようで、妙に回りくどい筋立ても少なくない。
とはいえ、それぐらいの欠点は目をつぶれる範囲。何十年ぶりかで出たせっかくの大倉燁子の著書。国産クラシックミステリのファンなら必読といっておこう。決して歴史的価値だけの作家ではない。