ジョン・J・ラムの『嘆きのテディベア事件』を読む。
普段はコージーミステリのようなほのぼのとした路線の話はあまり読まないのだけれど、これはテディベアをネタにした作品ということで興味をもった一冊。
というのも、実は管理人の嫁さんがそちらの趣味(集める方も作る方も)にどっぷり浸かっていて、その影響で管理人までテディベアについては少々うるさくなってしまったからである。そう、要は本作の主人公、ブラッドリー・ライオンとその奥方アシュリーと同じパターンである。
こんな話。主人公は元殺人課の腕利き刑事ブラッドリー・ライオン。だがある事件で足を撃たれ、その怪我の影響で刑事を続けることができなくなり警察を退職。今はテディベア作家の妻アシュリーと、妻の実家がある田舎町でのんびり暮らす毎日だ。
だが、そんな平和そうな田舎町にも事件は起こる。テディベア・フェスティバルに出店するため準備を進めていた二人の家で、死体が発見されたのだ。ブラッドリーはいくつかの状況から殺人と判断したが、なぜか保安官は事故と断定。さらにはブラッドリーに対して圧力や警告が発せられるに至り、ブラッドリーはアシュリーと共に捜査に乗り出してゆく。

いわゆるコージーとは違い主人公がマッチョ系の男性、しかもハードボイルド風な語り口と展開なので、最初に警戒(苦笑)していたよりは思いのほか馴染みやすく、それなりに楽しめる一冊だった。
ハードボイルド風と書いたが、実際、謎解き要素は薄く、関係者への聞き込みから様々な事情や事実が浮かび上がってくるという展開。良くも悪くも登場人物たちの掛け合いで読ませるといった感じである。推理ドラマというよりは人情派刑事ドラマと思っていただければわかりやすい。
ただし、登場人物たちの肉づけや掘り下げにそれほどの深みがあるわけではない。あくまで軽い読み物としてのレベルである。悪い奴は悪そうに、いい人はあくまで善人に描写する。とはいえ、だからこそ魅力的に思えるキャラクターが多いのも事実。主人公などは元刑事だけあってかなりタフな言動も多いのだが、同時に奥さんには今でもメロメロの甘々であり、このギャップが楽しい。
なお、謎解き要素は薄いけれど、推理や捜査はきちんと理詰めで進めていくし、警察捜査に関する蘊蓄なども十分盛り込まれており、そういう意味では下手な警察小説よりよほどしっかりしている。
基本はそれでもコージーだとは思うけれど、ハードボイルドや警察小説のテイストがあったり、しかもネタはテディベアというような、こういうアンバランス加減が、この作者の個性なのかなとも思った次第。ただ、解説を読むと作者自身が元警察官で、かつ奥さんがテディベアマニアということだから、これはそういう線を狙っているというより、作者自身の体験や知識を素で出しているだけっぽいけれど(笑)。
最後に野暮を承知で重箱の隅を突いておくと……。
本書に採り上げられている「嘆きのテディベア」というのは実在するのだが、その最大の特徴は、黒目の縁が――本来なら白目の部分――これが赤くなっていることにある。このテディベアはタイタニック号の犠牲者追悼のために作られたもので、その犠牲者を思って泣きはらしたために目が赤くなっているという設定。だから本書のカバー絵のクマの目が、黒目に黄色い縁というのは大きな間違いである。
もうひとつ。206ページで、ブラッドリーが帰宅すると愛犬のキッチがボディスラムで出迎えてくれるという記述。「ボディスラム」はプロレスの技で、相手を抱えこむようにして持ちあげて投げるという技。だから犬がこの技で主人公を迎えるというのは流石にない(笑)。おそらく犬が喜んで体ごと飛び込んできたという意味だろうから、これは「ボディアタック」あたりが正解だろう。これは原文が間違っている可能性もあるかも。