『ミステリマガジン』の12月号を購入。今月の特集はなんと英国帆船小説だ。残念ながらそっち方面にはそれほど興味がないのだけれど(苦笑)、それでもラミジ艦長とかホーンブロワーとか人気シリーズがあることは知っているし、こういう特集を読むこと自体が好きなのでまったくノープロブレム。この手の入門ガイド自体そうそうあるとも思えないので、今月の特集はなかなか好企画といえるのではないだろうか。
先週のことになるが、ディーヴァーの新作『スリーピング・ドール』(なんと主役はキャサリン・ダンス!)を買ったはいいが、帰宅途中でどこかに置き忘れる。基本的に落とし物の類をしないことには絶大なる自信を持っているので、かなりへこむ。しかし、これが新刊でまだよかった。貴重な古本とかだと一週間は立ち直れなさそうだ。
読了本はポール・アルテの『七番目の仮説』。
ある夜のこと。ロンドン市警の巡査が巡回中に、異様な格好をした男たちを目撃する。中世風の衣装に身を包み、白い仮面をつけ、二十センチはあろうかという鳥のような長いクチバシをもつ男たち……その姿はまさしく中世にペストの治療にあたった医者の姿であった。ほどなくして起こる奇怪な事件。空っぽのはずのバケツから現れた死体、人々の目前で消え失せるペスト患者、そして殺人……だが、その奇怪な事件すら、さらなる大事件の序章に過ぎなかったのだ。

ミステリにおけるケレンは嫌いではない。だが得てしてそのケレンが幼稚なレベルであったり、著しくリアリティが欠落した形で発揮されることもままあるわけで、個人的にはその時点で一気に熱が冷めてしまう。殊に本格探偵小説では、そのケレンが重要であるにもかかわらず、使い方を誤る作家の何と多いことか。カーですら外してるなぁと思うこともしばしば。
アルテも例外ではなく、初期の作品ではトリックや設定等にかなり空回りが感じられたものである。ただ巻が進むにつれ、その辺の処理がずいぶん上手くなってきたという印象がある。
そこへ本作である。ある意味、本格探偵小説のゲーム性という部分を思い切りクローズアップしたような作品であり、ケレンの使い方という点においては、最近の安定感はどこへやら。特に前半の対決シーンはどう考えてもやり過ぎで、ここまでやる必要性がどう考えても理解できない。果てしなく著者との温度差を感じるわけである。また、ペストという題材も導入では活かされているので、そのまま怪奇性をキープしてくれればいいのに、あっというまにネタを割ってしまうのも腰砕け気味であろう。何ともはや前半のちぐはぐさはどうしたことか。
ただし。ただしである。
それらいくつかの欠点にさえ目をつぶれば、本書はなかなかの力作であることも確かなのだ。本格におけるルールを遵守し、細部まで伏線等もうまく張られている(とりわけ鉄球ネタは好み)。これだけ突飛な設定を扱いながら、すべての謎を一点に収斂させるという手際・構成も巧みである。さらには事件解決後のエピソードも、この作家には珍しい余韻の残し方で、これにはハッとさせられた。
とまあ長所短所が入り交じる内容ではあるが、本格好きであればやはり見逃すことのできない一作といえるだろう。