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 『混沌の王』の付録小冊子として付いてきた「怪狼フェンリル」を読む。
 本編同様、こちらも雪密室もの。雪の降り積もった朝のこと、狼の仕業としか思えない婦人の死体が発見され……という一席。
 雪の山荘的な舞台装置といい、けっこうな数の登場人物といい、さらっと流してはいるが、しっかり書き込めば長編でも通用しそうな贅沢な作りである。フェンリルを用いた雰囲気作りもよくて、トリックこそずばぬけたものではないにせよ、全体的にうまく収まった感が気持ちよい。個人的な好みではあるが、アルテはやりすぎないくらいでちょうどいい。

 怪狼フェンリル

 ところで行舟文化のアルテ作品にはこうして毎回、付録小冊子がついてくる。これはもともと出版社立ち上げと、その小さな版元がアルテ本を連続して刊行すること、この二つを軌道に乗せるためのロケットスタートという意味合いが強かったように思う。
 効果がどの程度あったのか、それは当の版元ではないので不明だが(でもアルテ本が順調に出ているので成功したと思いたい)、もうそろそろ止めてもいいのでは、とちょっと思ってしまった。
 もちろん読者としては本当に嬉しいサービスなのだが、もともと定価も抑えた本だし、それに付録小冊子をつけてビニールで梱包して売るのは、ずいぶん手間も費用もかかるのではないかと、人ごとながら心配になってしまったのだ。短篇は本編に一緒に収録する手もあるし、ファンだってそれでも十分ボーナストラックとして喜んでくれるのではないか。
 「いやいや、小冊子にするから売上が伸びるのだし、負担なんて大したことない。それに最後に小冊子の短篇をまとめて短篇集にすることだってできる」」というのならもちろんガッツリやってもらってOK。ただ、コツコツがんばってくれている出版社さんなので、あまり無理しないで、ちゃんと利益を出してもらいたいなと素直に思った次第である。
 まあ、よけいなお世話としかいいようがないのだけれど(苦笑)。


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 ポール・アルテの『混沌の王』を読む。美術評論家のアマチュア探偵オーウェン・バーンズものの第一作。

 こんな話。両親の事故死をきっかけにイギリスに帰国したアキレス・ストック。彼はひょんなことからオーウェン・バーンズと知り合い、探偵仕事を手伝うよう懇願される。それはロンドン郊外の村に住むマンスフィールドという一家を訪ね、そこで起こっている事件の調査をするというものだった。
 二世紀も前のこと、マンスフィールドの一族ではクリスマスのたびに「混沌の王」という道化師役を選び、馬鹿騒ぎをする習慣があった。しかし、あるとき「混沌の王」役の若者が命を落としてしまい、それ以来、毎年のように変死事件が起こるようになる。そこでこの習慣もいつしか取りやめとなり、「混沌の王」にまつわる因縁は一族の伝説となっていった。
 ところが四年前、「混沌の王」が目撃され、再び変死事件が毎年起こるようになる。一家の長女シビルと婚約したサミュエルの妹キャサリンは兄の身を案じ、オーウェンに相談したのだった。アキレスはキャサリンの婚約者として一家に潜入するが……。

 混沌の王

 ううむ、これはまたアンバランスな。恐ろしく凝ったネタではあるのだが、小説としては全体にかなりあっさり目で、どこかチグハグなものを感じる。
 シリーズ一作目ゆえオーウェンと語り手アキレスの出会いの描写はあるが、アキレスが無茶な頼みをひき受けるほど親しくなったようには見えないし、怪奇な事件の割には雰囲気作りもおざなり(場面によってメリハリがありすぎ)。事件と謎の数は多いけれど説明は決して多くない(むしろネタが多すぎたせいか)。そしてラストの謎解きももう一つサラッとしてどうにも盛り上がらない(確かに最後の一行は効いているがヒント出し過ぎ)。
 真相そのものにはかなり驚かされるのだ。雪の密室や事件現場の見取り図、交霊会、夢遊病、呪いの伝説、白面の怪人など、ギミックにも事欠かず、アルテが好きな要素を詰め込みまくっているのも微笑ましい。普通に読めばこれは力作としか言いようがないのだけれど、先にあげた欠点とごちゃ混ぜになって、素直に傑作とは言いにくい作品になってしまった。

 ただ、著者のやりたいことはよくわかった。
 オーウェン・バーンズのシリーズが書かれる以前、著者はすでにH・M卿やフェル博士を意識したツイスト博士を主人公とする本格ミステリのシリーズを書いていた。それなのにあえて同じ本格のオーウェン・バーンズものを書いた意図がこれまであまりピンときていなかったのだが、本作でようやくその辺のつかえが落ちてスッキリした。
 というのもオーウェンものでは、ただクラシカルな本格を目指すのというのではなく、犯罪を芸術として捉え、その構築の美しさや可能性を極めようとしているように思えたからだ。本格探偵小説はもともと娯楽だから現実味や倫理面などはひとまず横に置いておき、まずはトリックだったり論理性だったりゲーム性を重視する面が強い。そこにあるのは「不可解な謎を解く」ことであり、基本的に犯人と探偵という対決構造である。一種の競技性といってもよい。一方、芸術としてみた場合、その犯罪の完成度、美しさそのものが問われ、それが探偵に解かれることはどちらでもよい。
 したがって極端なことを言えば、オーウェン・バーンズ・シリーズは著者が考えた完全犯罪を披露するためのシリーズなのである。そのためストーリーや登場人物は、その芸術作品を披露するための入れ物や台座であり、必要ではあるけれども、著者にとってはそこまで重視されないのだろう。そういう見方で既刊のシリーズ作を読むと、また印象は変わるのかもしれない。特に『金時計』『殺人七不思議』あたりは。

 ともあれアルテ本の未読はツイスト博士ものの『死まで139歩』が残っているので、そういうところも注意して読んでみることにしよう。


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 ポール・アルテの『殺人七不思議』に付いてきた短篇一話収録の小冊子『粘土の顔の男』を読む。
 長編ばかりが紹介されているアルテだが、もちろんそれが悪いわけではないけれど、アルテの本領はむしろワンアイデアをサクッと活かす短篇にこそあるのではないかと思っている。そういう意味で行舟文化のアルテ新刊についてくる付録の短篇は、いつも楽しみなのだ。いずれ一冊にまとめてくれるとありがたい。

 粘土の顔の男

 さて、本作は例によってオカルト趣味全開&密室ものの一作。メインのネタがどこかで読んだようなものなので、これまでの特典よりはやや落ちるかなという印象だが、トータルではまずまず面白く読めた。
 しかし本編だけでも十分いけるのに、わざわざ事件の持ち込み方にワトスン役を絡めたり、解決にタイムリミットを設けたりするのがアルテらしいといえばアルテらしい。サービス精神といえば聞こえはいいが、必要以上にゴテゴテさせてしまうのはアルテの悪い癖だよなぁ。
 なお、“粘土の顔の男”の正体は、昨今の風潮を考えると、やや際どい感じ。特典冊子だからまだいいけれど、売り物だとどうだろう。自分が編集だったら、例えばこれを雑誌に掲載するのはちょっと躊躇いそうだ。

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 ポール・アルテの『殺人七不思議』を読む。版元を行舟文化に移しての三冊目で、美術評論家のオーウェン・バーンズ・シリーズの一冊である。
 ちなみに過去、行舟文化から出たアルテのオーウェン・バーンズものは、一冊目がシリーズ四作目の『あやかしの裏通り』で2005年の作、二冊目『金時計』はシリーズ七作目で2019年の作、そして三冊目の本作はシリーズ二作目で1997年の作となっている。
 見事なまでにランダムだが、これは何か理由があるのだろうか。こういう場合、普通はファンを獲得できるよう面白いものから出していることが多いのだけれど、ここまでランダムなのも逆に珍しい。アルテを復活させてくれたのはありがたいが、欲を言えば発表順で全作を読みたいものである。

 それはともかく。まずは本作のストーリーから紹介してみよう。
 世間を騒がせる不可能犯罪が立て続けに発生した。ひとつは誰もが侵入した形跡のない灯台で、灯台守の男が焼死した事件。もうひとつは友人たちとアーチェリーの練習中に、誰もいないはずの草地で矢を撃たれて死んだ男の事件である。どちらの事件にも犯行を予告する油絵が警察へ届いていたため、二つの事件の犯人は同一人物だと思われた。
 やがて三つ目の事件が発生するに及び、ロンドン警視庁のウェデキンド警部がオーウェン・バーンズに助力を申し出る。バーンズはこれらの殺人が、美を追求する者の仕業ではないかと考えるが、そこへ一連の事件の犯人を知っているという男が現れた……。

 殺人七不思議

 『金時計』が相当ぶっ飛んだ一作だったけれど、本作『殺人七不思議』もかなりの異色作。そもそもタイトルからしてけっこう地雷臭を感じさせるだけに、読む前はちょっと警戒していたのだ。しかし、いざ読み始めると不可能犯罪のオンパレードであり、“殺人七不思議”という胡散臭いフレーズも、文字どおり“世界七不思議”をなぞったものであることがわかり、これはアルテ先生大きく出たぞと嬉しくなり、一気に引き込まれる。
 ところがそれも束の間。世間を驚愕させるほどの予告殺人+見立て殺人+不可能犯罪+連続殺人というスペシャルな事件なのに、物語の広がりがまったくなく、ある一家の恋愛にまつわるトラブルに収束してゆく。加えて七つの不可能犯罪の謎解きもまるで推理クイズのように片付けられ、しかもそのトリックも無理やりだったり、イージーすぎる始末。とにかく拍子抜けの感が強い。

 ラストの犯人像や事件全体の構図についても、狙い自体は実はかなり面白いと思うのだが。もったいないことに著者はこれらに対しても深堀りするわけではない。
 とにかくすべてをさらっと流し過ぎなのだろう。さまざまな要素があり、多くの可能性を秘めているはずの作品なのに、どの要素にも注力がされておらず、終わってみればなんだか梗概を読まされている感じの一冊だった。次作での挽回に期待したい。


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 行舟文化が刊行を続けているポール・アルテの作品には、予約特典として短編を収録した小冊子がつけられているが、本日の読了本もそのひとつ。先月読んだ『金時計』の特典『花売りの少女』である。

 こんな話。十二月のある日のこと、美術評論家にして名探偵のオーウェン・バーンズは、レストランで知り合った劇作家の男から、かつてクリスマスの夜に起こったという不思議な話を聞かされる。
 それはケチで冷酷な大富豪から店をクビにされた親子に起こった奇跡の物語。クリスマスのパーティをしている大富豪たちの眼前で、サンタクロースが実在したとしか思えない出来事が……。

 花売りの少女

 おお、これはいいぞ。ファンタジー色を強く出しつつも、基本的には100パーセント純粋な本格ミステリで、味わいは実にハートウォーミング。まさに王道を行くクリスマス・ミステリである。
 トリックはまずまずといったところだが、擬似密室的なネタをふたつも放り込み、そのうちひとつはサンタクロースによる不可能犯罪というのだからこりゃ楽しすぎる。設定や演出の勝利といってもいいだろう。何よりアルテってこういうお話も書けるんだという驚きがある。
 今後、クリスマス・ミステリを語るうえで、忘れてはならない一作といえるだろう。
 
 前回の小冊子『斧』も良かったし、アルテはもっと短編で勝負した方がいいのかもなぁ。

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 ポール・アルテの『金時計』を読む。日本での版元が行舟文化に変わっての二冊目だが、なんと本作は本国で今年出たばかりの最新刊だ。というか、実は本国フランスより日本での刊行が先になったとかで、どういう事情があったかは知らないが、とりあえず日本のファンとしては嬉しい一冊である。

 まずはストーリー。
 1911年の冬のこと。織物輸入会社の社長ヴィクトリア・サンダースは、双子の弟のダレン、副社長のアンドリューとアリスの夫妻、秘書のシェリルを別荘に招待する。しかし、ダレンは猟色家、シェリルは傲慢、加えてアンドリューとシェリルが浮気をしているのではとアリスが疑い、ダレンとシェリルに互いに惹かれている様子。そんな一触即発のなかで、サンダースが死体で発見される。しかも現場は雪の密室状態であった……。
 時代は変わって1991年。劇作家のアンドレ・レヴェックは子供の頃に観た映画を思い出せず、これを解明することが自身のスランプを脱する手段だと考えていた。妻のセリアの勧めで、アンドレは近所に住む哲学者で映画マニアのモロー博士を訪ね、精神分析を応用した映画探しを試みるが……。

 金時計

 ええと、これはなんと言っていいのか。結論からいうと、えらく変なものを読まされたという感じである(苦笑)。
 以下、ややネタバレ気味になってしまうので未読の方はご注意ください。

 本作最大のポイントは、過去と現代、二つのパートで構成されているという点だ。シリーズ探偵の美術評論家オーウェン・バーンズが殺人事件を解決する1911年パート、そして劇作家のアンドレが過去の秘密を探ろうとする1991年パートで、この二つが章ごとに交互に語られてゆく。
 1911年パートはストーリー紹介でも書いたように、女性社長の殺害事件が描かれている。現場は野外だが、降雪のために擬似密室を構成しているのがミソ。密室も悪くはないが、プロットがそれ以上に良くて、意外な真相が読みどころである。
 一方の1991年パートはサスペンス調。アンドレが探しているのは映画だが、実はその映画を通じて、過去の忌まわしい出来事が明らかになるのでは……という展開。終盤はサイコサスペンスの香りを漂わせつつ、こちらもけっこう上手くできている。

 ということで、どちらのパートもそれなりに面白く読めるのだが、問題はこのパートのつなぎ方である。
 これがぶっちゃけ輪廻転生とかを持ち出してくるものだから、正直、二つのパートに対する興味との乖離がありすぎて、驚きや感動にはかなり乏しい。
 複数のパートで構成される作品の場合、興味はおのずと各パートがどのように関連するかにかかってくるわけだが、なぜこのような奇妙な形をとってしまったのか。まあ、意欲作とはいえないこともないのだが、各パートの内容は悪くないだけに惜しまれる。

 なお、過去と現代、二つのパートで見せるやり方は今時珍しくもない手だが、過去パートにシリーズ探偵を使うというのは。ちょっと贅沢な感じであった。


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 フランスでは珍しい本格ミステリを追求している作家ポール・アルテ。初紹介時は日本でもかなり人気を集めたようだが、セールスの不振からか、ここ数年はしばらく翻訳が途絶えてしまい、それを復活させたのが行舟文化という小さな出版社だった。
 本日の読了本『斧』は、その行舟文化が『あやかしの裏通り』の予約特典としてつけた小冊子で、短編「斧」を収録している。

 斧

 美術評論家にして探偵のオーウェン・バーンズが友人とクラブで過ごしていたときのこと、一人のアメリカ人と知り合いになった。アメリカ人はオーウェンが難事件をいくつも解決していることを知ると、自分の体験談を話し始めた。
 今から三十年も前の話である。コロラド州に住むマーカス・ドレイクはある悪夢を見た。それは友人のベンじいさんが椅子でうたた寝をしていると、何者か斧を持って近づき、ベンじいさんを殺害するというものだった。マーカスは目覚めるとベンじいさんの安否が心配でならなくなり、いそいで列車に飛び乗った。
 しかし、ベンじいさんの住む駅のひとつ前の駅に列車が着いたとき、マーカスは我が目を疑った。夢の中に出てきた殺人者が、ホームにいたのである。マーカスは男に詰め寄り、保安官も騒ぎを聞きつけて現れたが、何はともあれベンじいさんの訪ねてみようということになったのだが……そこで見たものはマーカスが夢で見たとおりの殺人現場だった。

 いいねぇ。悪夢と現実をつなぐカギは何なのか。ポイントはほぼ一点のみなのだが、そこを悟らせない語り口というか、ミスリードが巧みである。心理的なトリックといえるだろうが、やはり同じ不可能犯罪でもこういうほうが楽しめるかな。
 とはいえ材料そのものは多くないので、諸々の状況を考慮し、消去法で考えれば、真相にたどり着くのはそれほど難しいわけではない。
 扱うのが予知夢みたいな話なので、その不可思議な雰囲気も含めて楽しむのがよろしいかと。

 ちなみに今後のアルテの作品にもすべて予約特典がつくようだから、最後にはアルテの短編集としてまとめてほしいものだ。

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 日本では八年ぶりの新刊となるポール・アルテの『あやかしの裏通り』を読む。
 刊行時はネット上でちょっとした騒ぎになったのも記憶に新しい。単に久しぶりの邦訳ということだけではなく、版元がこれまでの早川書房から、なんと福岡で設立して間もない行舟文化という小さな出版社に変わっていたからだ。しかも経営者は中国出身、夫婦共同の張舟というペンネームで創作や翻訳をされている方のようで、それもまた異色。行舟文化というちょっと変わった社名もなるほどという感じである(今後は中国ミステリも紹介する予定らしい)。
 話題のタネはそれだけではない。予約購入をした人にはアルテの短編「斧」収録の小冊子、行舟文化ホームページもしくはヤフーショッピングで購入した人にはアルテが物語の場面を描いた、四枚のオリジナルイラストポストカード付きというから驚いた(ちなみにアルテは本書のカバーイラストも手掛けている)。
 おまけに予約販売の人には、抽選でアルテのサイン本が送られるガチャ要素まであったり、まあ何とも意気込みがすごいというか商売上手というか(笑)。
 得てしてこういう大盤振る舞いは逆に嫌みだったりすることもあるものだが、twitterでの書き込みを拝見したり、翻訳者にポケミス時代から担当する平岡敦氏を起用したり、さらには解説に芦辺拓氏を起用しているところなど、全般的に読者の目線に立った誠実な印象があり、そういうところも好意的に受け取られたのではないか。

 あやかしの裏通り

 さて、前置きが長くなったけれどもまずはストーリー。
 美術評論家にして探偵としても有名なオーウェン・バーンズ。ある夜のこと、彼は友人アキレスと自宅で寛いでたが、外では何やら騒がしい様子。どうやらかつてオーウェンが逮捕に協力した極悪犯ラドクリフが逃走中のようなのだ。そこへ飛び込んできた一人の男。それはラドクリフに似てはいたが、旧友の外交官ラルフの姿だった。
 そしてラルフが語ったのは、何とも奇妙な話だった。自分はクラーケン・ストリートという裏通りで奇妙な殺人を目撃したのだが、いったん通りを出て戻ってみると、クラーケン・ストリートが消え失せていたのだという……。

 本作はポケミスでおなじみのツイスト博士シリーズではなく、アルテが生み出したもう一人の名探偵、オーウェン・バーンズのシリーズである。このシリーズの特徴はまず本格ミステリであること、そして舞台を現代ではなく、二十世紀初頭のロンドンに置いていることだ。要はホームズの時代、クラシックミステリを徹底的に意識した作りになっているのである。
 ある意味、ツイスト博士シリーズ以上にマニアックさを増し、本格ミステリという娯楽に徹している感じがいい。冒頭のちょっとしたドタバタ騒ぎから、裏通りでのラルフ奇妙な体験、そして裏通りそのものが消えるという魅力的な謎……のっけから不可能犯罪趣味全開であり、この時代がかった雰囲気がたまらない。

 正直、この手の謎&トリックは短編の方が向いているのではないかと思ったのだが、本作は裏通り消失というトリックもさることながら、実は事件の真相と犯人がそれ以上に工夫されている。最後まで読めば本作は決してトリックだけを楽しむ作品ではなく、伏線も踏まえてトータルで本格ミステリのエッセンスを味わう作品であることを思い知らされる。
 また、本作の真相や仕掛けは、この時代だからこそ生きるものであり、このシリーズが単なる懐古趣味でクラシック調にしているわけではないことも同時に理解できる。

 ともあれ、この水準なら大歓迎。版元はシリーズ全作を刊行する旨、発表しているようなので、今後の楽しみがまたひとつ増えた感じだ。


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 ポール・アルテ、久々の新刊『殺す手紙』を読む。ただし、本作はノン・シリーズ作品。いつものような密室もなければツイスト博士も登場しない。なんと戦時中のロンドンを舞台にしたスパイ・サスペンス小説である。

 主人公のラルフは妻を空襲で亡くしたあと、就職もままなららず、無気力な生活を送っていた。たまの気晴らしと言えば友人と酒を飲むぐらい。そんなある日、ラルフは親友のフィリップから奇妙な手紙を受け取る。「ある物置小屋へ行き、指定の時刻にランタンを灯せ、続いて通りがかった車の運転手と会話し、その後にある屋敷を訪ね、相手に話を合わせて臨機応変に対応しろ」という。正気を疑いつつも、指示に従うラルフ。
 だが物置小屋には警官が踏み込み、訪ねた屋敷には死んだはずの妻がおり、さらにはスパイに間違えられ、挙げ句の果てに殺人事件と遭遇する。いったい何が起こっているのか? そしてラルフの運命は?

 殺す手紙

 巻き込まれ型のスパイ小説、サスペンス小説とは聞いていたが、読んでみればアルテの嗜好性はいつもどおりである。確かに本格仕立てではないけれど、構成は緻密だし伏線も張り放題。最初こそベタベタなサスペンスのノリなので、古いスパイ小説のパロディでもやっているのかと思ったが、そういう定番を逆手にとったアルテ流のスパイ小説なのである。しかもけっこう真面目にやっている。
 ただ、いつもの怪奇趣味に彩られた本格ならまだしも、巻き込まれ方のサスペンスでこれは少々やりすぎ。物語や仕掛けがあまりに人工的すぎるので、ある程度リアリティが必要なサスペンス小説においては全然説得力が感じられないのだ。当然ながらハラハラドキドキの欠片もない。
 終盤でたたみかけるどんでん返しも、楽しんでるのは作者だけ。ここまでやると真相などどうでもよくなってしまう始末で、マニア上がりの作家の悪い部分が全面的に出た一作といえるかもしれない。
 個人的には邦訳されたアルテの中でもワーストレベル。

 なお、内容とは関係ないが、本書はポケミス初の本文一段組である。ポケミスといえば黄色の小口と二段組みが最大の特徴。数十年続けてきた伝統を変更するのはそれなりに抵抗もあったと思うのだが、ファンの反応はどうなんだろう。
 確かに最初は物足りない感じは受けたんだけど、活字が少し大きくなったこともあって、読みやすいっちゃ読みやすいんだよな、これが。中年にはフレンドリーだ、うん(苦笑)。


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 GWに本格的に突入したわけだが、海外は新型インフルエンザの流行、国内は高速道路料金値下げのせいで激混みということで(そもそもまだETC予約待ち)、おそらく近場でうだうだゴロゴロの予定。せいぜい積んである本とDVDを消化せねば。


 本日の読了本は、フランスのカーの異名をとるポール・アルテの『虎の首』である。こんな話。
 レドンナム村とロンドン駅で、立て続けにスーツケースから女性の手足が発見された。事件を担当するハースト警部だが捜査は混迷を極め、休暇から戻ったツイスト博士を駅まで出迎える。ところがツイスト博士が自分のスーツケースを開けると、そこには……。
 一方、事件の発端となったレドンナム村では、奇妙な連続盗難事件が発生。その謎も解明されぬまま、今度は密室殺人までが起こる……。

 虎の首

 小さな村での複雑な人間模様をベースにし、そこでインド魔術によって為されたかのような密室殺人を絡めていく。まるでカーにクリスティを足して割ったような舞台設定。これだけでも要素としては十分なはずだが、ここにスーツケースのバラバラ殺人事件、奇妙な連続盗難事件、その他諸々のエッセンスを盛り込み、中盤まではまったく飽きさせない。
 ただ、メインとなる各事件の真相がいまいち。特に密室殺人はひどい。動機や犯行機会などを考えると、ほとんど犯人も絞られるし、魔術的要素なんていつぞやの作品にもあったような噴飯もののトリックである。盛り込むのはよいが、それだけにひとつひとつがあまり練り込まれていない印象。
 ところが本作にはそれよりまずい点がある。それは各事件の関連性だ。偶然性に頼りすぎているという部分も強いし、そもそもこういう処理が許されるなら何でもありではないか。本格で高い水準を維持するのはなかなか大変なことだとは思うが、小器用な作家ならこのパターンでいくつでも書けるのでは? 残念ながらそんなわけで個人的にはシリーズ中でもワースト。

 なお、同じ仏作家のピエール・シニアックに『ウサギ料理は殺しの味』(中公文庫)という作品がある。やや読みにくさはあるけれど、事件の関連性や因果関係という点をここまで茶化して書いた作品はなく、超おすすめ。『虎の首』にがっかりした人はどうぞ。
 ただし絶版ゆえ入手は古書店で(ネット古書店で簡単に見つかるはずです)。


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