ジェラルディン・ブルックス『古書の来歴』を読む。翻訳者が選ぶ第二回翻訳ミステリー大賞受賞作ということで、ややハードル上げ気味で読み始めた一冊。こんな話。
100年にわたって行方知れずだった稀覯本「サラエボ・ハガダー」。それは500年も前に中世スペインで作られた、実在する最古のハガダーとも言われていた。ハガダーとは、ユダヤ教の「過越しの祭り」で使われるヘブライ語で祈りや詩篇が書かれた書のこと。ユダヤ教があらゆる宗教画を禁じていた時代ながら、サラエボ・ハガダーには美麗な細密画が多数描かれており、その存在は歴史的にも宗教的にも非常に価値のあるものだった。
鑑定依頼を受けた古書修復士のハンナはサラエボに向かい、その鑑定と修復に臨む。やがてハガダーから確認された蝶の羽の欠片、留め金のために刻まれた溝、ワインの染み、塩の結晶、白い毛……。それぞれの痕跡にはどんな意味があったのか、そしてどのようなドラマが隠されていたのか……。

おおおお、これはいいじゃないか。
物語は大きく二つのパートに分かれている。一つは、現代を舞台に修復士ハンナがサラエボ・ハガダーを鑑定し、その謎を探っていくパート。もう一つはサラエボ・ハガダーが歩んできた歴史を遡るパートであり、時代ごとにそれぞれ主人公が異なるという趣向。
これらが交互に展開する構成は少々懲りすぎの感もあり、ややとっつきは良くない。加えてあまりミステリ要素も強くないんだけれど、本に残された僅かな痕跡をベースにして語られるサラエボ・ハガダーの不思議な運命、さらにはハガダーに翻弄される人々の運命は実にスリリングであり、ただただ引き込まれる。まさに「古書の来歴」による物語であり、読む者の宗教観や人生観を問うていく。
これを単なる歴史小説として、時代にそって著すこともできただろう。しかしながら、あえてまずは現代を舞台にし、修復士の女性ハンナを狂言回しのごとく起用したことで、歴史のパートが引き立っている。しかも最終的にハンナは狂言回しなどではなく、しっかりサラエボ・ハガダーの物語の一部として描かれることで、いっそうの奥行きを増しているように思える。
少々懲りすぎの構成と書いたが、このプロットがあるからこそ本書はミステリ的な楽しみもできるのである。そういう意味では、逆にラストの一見ミステリ的とも思えるエピソードは、安っぽくていただけない。本書に不満があるとすれば、正にこの一点。
ちょい硬めの文体も好みで、トータルでは十分楽しめた一冊であった。
ちなみに本の内容とはあまり関係ないが、本書は通常の小説等で使われる紙に比べ、かなり薄手のものを使っているようだ。コストダウンのためだろうが、その結果として見た目よりはけっこうな読みごたえがある。おそらくこのぐらいの厚みだと普通は350ページぐらいのボリュームかと思うのだが、なんと実は500ページを越えるのである。
ネットで感想をみると、(自分も含め)最初はノレなかった、みたいなことを書いている人が意外に多くて、もしかするとこの点が影響しているのかも。つまり、ぱっと見で、あまりページが進んでいないと思ってしまうわけだ。まあ、だからどうした、という話ではありますが。
個人的には、紙を薄くしたことで気持ち紙の腰が弱く感じられ、最初はページをめくるのに何となく違和感があって気になった。まあ、これも慣れればどうということはないんだけど。
なお、版元の竹田ランダムハウスジャパンがいつもこの紙を使っているのか、あるいはこの本だけ特別だったのかどうかは未検証。手抜きですまん。