少し前に文庫落ちしたJ・G・バラードの『殺す』を読んでみる。
単行本での刊行当時はバラードが書いたミステリということでそこそこ話題になり、気になっていた本ではある。最近ではすっかりご無沙汰だが、中高の頃はけっこうSFも読んでいて、バラードの本はそれ以来かもしれない。
こんな話。
ロンドンの高級住宅地において、住人三十二名が惨殺されるという事件が起こる。殺されたのはすべて大人。しかも残されたはずの十三名の子供たちについては何の痕跡もなく、すべて行方不明となっていた。犯人も、子供の居場所も、事件の目的すらわからぬまま時は過ぎ、内務省は事件の分析を警察で精神医学の顧問を務めるドクター・リチャーズに依頼する。
リチャーズは現場を訪れ、かつての幸福なはずだった現場やビデオを見てまわるうち、ある一つのことに気づく……。

一応はミステリ仕立ての本書だから、文庫化した時点で、創元推理文庫ではなく創元SF文庫としてしまったのが、実は最大のネタバレではないか(笑)。ついでにいうとカバー写真もあまりいただけないぞ(笑)。
てのは冗談としても、本書をミステリとして読み解くと、さほどのものではない。ある意味コミュニティともいえる閉鎖的高級住宅地において、住民がまるまる惨殺され、子供がすべて消え失せるという大事件である。作中でもあらゆる可能性が挙げられてはいるが、すれたミステリマニアなら、「なぜその線を追求しない」という疑問はすぐに出てくるはずで、実際、真相はそのとおりでもある。
ただ、物理的には可能でも、あまりに現実的ではない真相なのは確か。要はなぜそんなことが起こってしまったのか、重要なのはその動機であり、バラードの真意ももちろんそこにある。
人が羨むほどの成功を収めた者たち。その家族が安心して暮らせる、セキュリティ等の徹底的に完備された閉鎖的高級住宅地。彼らはそこで絵に描いたような幸福を手に入れているはずだったが、いったい何が間違っていたのか。ポイントはここだ。
本書で残された謎は多く、バラードの危惧はより拡散していくようにも思える。これは大いなる物語の序章に過ぎないのかもしれないのだ……と、思ったら、解説でも触れているように、いろいろ姉妹作が出ている模様。これは読んでみたいな。