ハインリヒ・フォン・クライストの短編集『チリの地震』を読む。収録作は以下のとおり。
Das Erdbeben in Chili「チリの地震」
Die Verlobung in St. Domingo「聖ドミンゴ島の婚約」
Das Bettelweib von Locarno「ロカルノの女乞食」
Der Findling「拾い子」
Die Heilige Cäcilie oder Die Gewalt der Musik「聖ツェツィーリエあるいは音楽の魔力」
Der Zweikampf「決闘」
「話をしながらだんだんに考えを仕上げてゆくこと」(エッセイ)
「マリオネット芝居について」(エッセイ)

著者のハインリヒ・フォン・クライストは18世紀から19世紀にかけて活躍したドイツの劇作家にして小説家。
と書いてしまうと、これがあまり正しくなくて、クライストは生前やることなすことがまったく上手くいかず、活躍というには程遠い人生を歩んだ。
では単に不遇だったのかというと実はそんなこともなくて、ナポレオンを一人で暗殺するという野望をもっているなど、まあ、とにかくアレな人だったらしく、自業自得の部分もずいぶんあったようだ。挙げ句、愛人を拳銃で射殺し、その直後に自殺を遂げているというから、すこぶる強烈な個性の持ち主だったことは間違いない。しかも、そのときクライストわずか三十四歳。生涯をざっと聞くだけでも疲れる御仁である。
そのクライストが残した小説はわずか八篇。ほとんどが叙事詩的作品で、地震やペスト、火災、暴動といった極限状況ばかりを選び、そのなかで本能を剥き出しにして対立する人々の悲惨な運命を描いている。ハッピーエンドなどはほとんど期待できず、不遇だった自分の人生の恨みを叩きつけるかのような内容である。構成などは粗いが、とにかくテンションが高い。
例えば表題作の「チリの地震」は、牢獄に監禁されていた男が地震のおかげで脱走し、恋人のもとへ向かうというストーリー。やっとのことで愛する女性と再会するが、災害で暴徒と化した住民たちに惨殺されるという展開はひたすら酷い。
いわゆる心地よい小説などは眼中になく、かといってパニック状態の人間心理を描こうとしているわけでもない。クライストの描く人はむしろデフォルメされており、神話的ですらある。そこでは個はそれほど重要ではなく、世界を動かしている何かしらの「真理」「運命」といったものにこそ興味が置かれているのだ。
もしかするとクライストは、天変地異や人間の存在そのものを含め、万物を支配する仕組みをこそ知りたかったのかもしれない。
なお、心理描写の類が非常に少なく、ほぼストーリーの展開のみが語られている文章も魅力的。内容は激しいけれど、描写はどこか淡々としており、しかも緊密なイメージ。この文章もまた本書の楽しみのひとつであり、難しいことを考えずにただただ語りに身を任せるのもよいだろう。