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 連城三紀彦『私という名の変奏曲』を読む。
 世界的ファッションモデルとして活躍する美織レイ子。しかし彼女は十八歳のとき交通事故で顔に大怪我を負い、アメリカでの整形手術によって完璧な美貌を手に入れた過去をもつ。そんな彼女が今もなお憎む七人の男女がたが、その七人もまたレイ子を激しく憎んでいた。
 そしてあるとき。レイ子は七人の誰かによって自分を殺させるという計画を実行に移す……。

 私という名の変奏曲

 これはまた何というか(笑)。連城三紀彦の超絶技巧が炸裂する一作ではあるが、あまりの力技に読後はしばし呆然という感じである。
 導入からかなり引き込まれる。モデルのレイ子がマンションにある人物を招いている。その目的は、なんと訪問者に自分を殺害させるためなのだ。なぜそのような状況が発生しているのか、この時点ではまだ詳細は不明だが、緊迫した雰囲気だけはヒシヒシと伝わってくる。これはもしかしてフランス風の心理サスペンスな感じかと思いきや、章が変わって警察視点や容疑者視点に移ると、その予想はまったく的外れであることがわかる。
 驚くべきことに、レイ子を恨む七人の男女全員が、自分が犯人だと思っているのである。ストーリーはそうした容疑者たちの語りと騙りで展開する。もうあざとさの極致である(苦笑)。

 この大技を許容できるかどうかが本作評価の分かれ目だろう。正直、管理人としては本作はやりすぎの感が強く、著者の他の作品よりは無理があると感じた次第。とにかく凝りすぎるあまり、仕掛け自体に「やられた」という爽快感があまり感じられないのである。
 美しくもあり儚くもあるドラマの豊かさ、文章の美しさ+巧さには相変わらず唸らされるので、もちろん十分に素晴らしい作品ではあるが、今回は少々好みから外れた感じだ。


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 連城三紀彦が恋愛小説へと移行する契機ともなった作品集『恋文』(現在は『恋文・私の叔父さん』に改題)を読む。何を今さらの一冊ではあるのだが、恥ずかしながら連城三紀彦の恋愛小説を読むのはこれが初めて。とりあえず本書は直木賞受賞作でもあリ、世評も高いことから、まあ最適だろうということで手に取ってみた。
 収録作は以下のとおり。

「恋文」
「紅き唇」
「十三年目の子守歌」
「ピエロ」
「私の叔父さん」

 恋文

 恋愛小説集に“面白い”という感想もなんだが、面白いものは面白い。もともと連城三紀彦はミステリ作品でも恋愛要素をふんだんに盛り込むし、抒情性の豊かな作品を書く作家だから、恋愛小説でもそこまで違和感がないだろうと予想してはいたが、まったくその予想どおりである。
 あくまで恋愛小説集と謳っているせいか、いつもの連城ミステリにあるような、様相を逆転するほどの強烈な仕掛けはない。しかし、恋愛小説としての魅力を生かす形、極論すれば恋愛小説としてのスタイルを邪魔しない程度には、ミステリ的テクニックや味付けがしっかり練り込まれているのである。これはこれで実に心地よい案配である。

 たとえば表題作の「恋文」。共働きの夫婦、美術教師をしている竹原将一と出版社勤務の郷子は子供も一人いて、それなりに幸せにやっている。将一が年下で掴みどころのない性格ということもあり、郷子は常に自分がしっかりしなければと意識している。
 そんなある日、将一は元彼女の江津子が白血病で余命半年と宣告されたことを聞き、彼女の願いを聞いて死ぬまで面倒を見ることにする。郷子はそんな将一を許してしまい、自らも江津子と交流するようになる。だが、やがて将一は、江津子と結婚式を上げるため、郷子と離婚したいと切り出すのだ……。
 設定自体は突飛な印象も受けるが、著者は将一を掴みどころのない憎めないキャラクターとして造形することで、ストーリーは大きな起伏もなく淡々と進めていく。読者は一応、被害者ともいえる郷子に感情移入するだろうが、彼女は彼女で悶々とはするけれども爆発するようなことはない。物語全体がどこか吹っ切れない状態で、なんとも言えないふわふわした心理描写に引き込まれる。
 ここに著者が持ってくる結末は予想できないこともないが、基本的には意表をつくものであり、そこで読者はあらためて将一と郷子の恋愛観を考えさせられるという構造である。惰性で読んでいると腑に落ちないことは必至であり、この辺の匙加減は著者の巧いところだ。とはいえ本作のミステリ度は比較的、低い方だろう。

 「紅き唇」は亡き妻の義母と暮らす主人公と、その恋人や義母との関係が興味深い。しみじみとするラストに感動していると、著者に足元を救われる。大した事件も起こらないけれど、この読後感は確かにミステリのそれなんだよなぁ。

 ある日、旅行に出かけた母親が男を連れて帰ってきた。しかも俺より四歳も若い男を……という導入の「十三年目の子守歌」。まさかの真相が待っているが、それでいて何となくユーモラスでしみじみとした余韻が勝っていて面白い。

 「ピエロ」は悲しい。いわゆる髪結いの亭主を地でいく物語だが、著者お得意の“様相の逆転”の使い方が実にきれいで巧み。これは好みだなぁ。

 「私の叔父さん」は本書中でも一番の出来か。まあ、代表作と言われるだけのことはある。叔父と姪の禁じられた愛を描いているが、ヒロインの魅力も大きいし、写真の件は実に鮮やかで印象的だ。

 ということで、本書は恋愛小説ファンにもミステリファンにもオススメの一冊。この内容であれば、著者の恋愛小説ももう少し読んでみようか。


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 連城三紀彦の『敗北への凱旋』を読む。なんでも来月、創元推理文庫で本作が復刊されるということで、手持ちのものを掘り出してみた次第。作品自体初期の代表作といわれているので、いいきっかけを作ってもらった感じである。

 こんな話。戦後まもない頃のクリスマスイブ。痴情のもつれか、安宿で隻腕の男が女に射殺されるという事件が起こる。容疑社は中国人女性の玲蘭。彼女は男の情婦をも殺し、自分も海へ身を投げてしまう……。
 それから二十年以上が過ぎた。作家の柚木桂作は、優れた才能をもちながら戦争に身を投じ、最後は不遇の死を遂げたピアニスト・寺田武史をモデルに小説に描こうとするが……。

 敗北への凱旋

 抒情性とトリッキーさが融合した、いかにも連城三紀彦らしい一作。
 基本的には、戦後に殺された寺田武史という人物の生涯を、当時の関係者からの聞き取りや残された遺品などをもとに解明するという展開であり、しかも、謎の中心となるのは寺田が残したと思われる暗号である。ストーリーとしてはかなり地味な部類に入るだろう。
 しかし、冒頭の太平洋戦争の終戦日の情景——真紅の夾竹桃が雨のように降って来るというシーン、さらにはそこから数年後の売春地区で起こったある殺人事件という流れはかなり印象的で、上に挙げた謎への興味を十分に持続させてくれるのが、連城三紀彦ならではの語りの巧さだ。
 そして物語で提示される情報の数々が、一体何を意味していたのか、どんでん返しも含めて明らかになるラストにはかなり驚かされる。それはトリック云々もあるけれど、どちらかといえば事件の背後にあった様々な背景、なぜこのような事件が起こったのかという事情によるもので、それが本作の読後感をより深いものにしている。
 大作という感じではないが、著者の特長が存分に発揮された佳品といえるだろう。

 惜しいのは、本作の大きなアイデアの一つが、過去に前例のあることだろう。有名なネタなのでトリックにこだわるような読者はどうしても「二番煎じ」であることが気になるだろう。とはいえ本作の設定やそれまでの流れで一気に持っていっているところもあり、個人的には残念というほどではなく、むしろ普通に驚かされたし、楽しめた。
 あと、本作の欠点としてよく言われることだが、暗号の難易度の高さがある。こちらは確かに素人にはまず解読不可能なレベルで、管理人もそこは諦めて斜め読みで済ませてしまった(苦笑)。

 ちなみに創元推理文庫で復刊される予定の本作だが、管理人の読んだ本も以前にハルキ文庫から復刊されたもので、他にも講談社ノベルス版、講談社文庫版などで刊行されている。
 良作だからこんなに復刊されるのだろうし、それはいいことなのだが、これは裏を返せば出すたびにすぐ品切れや絶版になるということだから、気持ちとしては複雑だよなぁ。



 久々の連城三紀彦である。まだ未読が多いのでもう少しペースをあげたいところだが、最後に読んだのがもう四年前とは嫌になる。その間に新刊もけっこう出ているしなぁ。
 だいたい昭和の作家はメジャーどころだけでも多岐川恭や笹沢左保、泡坂妻夫、中町信、松本清張、結城昌治、梶龍雄、陳舜臣、小泉喜美子、土屋隆夫や、天藤真、戸川昌子、中井英夫、西村京太郎、海渡英祐などなど、読みたい作家が目白押しで、うっかりしていると、すぐに何年ぶりとかになってしまう(苦笑)。もちろん当ブログでおなじみの戦前作家や海外のミステリもまだまだ読みたいわけで、もうキリがない。ああ、毎日、本だけ読んで給料もらえないかなぁ〜(ずんの飯尾風に)。


 どうでもいい枕を振ったところで『運命の八分休符』である。連城三紀彦には珍しいシリーズ探偵ものの連作短編集で、ユーモアと恋愛要素をふんだんに盛り込んでいるのが特徴だ。まずは収録作。

「運命の八分休符」
「邪悪な羊」
「観客はただ一人」
「紙の鳥は青ざめて」
「濡れた衣装」

 運命の八分休符

 探偵役の主人公は田沢軍平という青年。分厚い丸眼鏡をかけ、髪は薄く、がに股で、着ている服はみすぼらしく、おまけに定職にも就かず、安アパートで暮らしている。何もここまでしなくとも、というような設定だが、性格的には極めて繊細で温厚。意外なことに空手という特技もある。
 そんな青年がなぜか毎回、美女にモテモテで、難事件も解決するという趣向の連作。恋愛成分がかなり高めで、単品で読むぶんには楽しめるが、同じ主人公で続けて読まされると少々しつこい感じは否めない。個人的には異なる主人公や味つけで読みたかった作品もあるが、まあ、そこは好みの問題か。
 ただ、恋愛成分高めとはいえ、ひと皮むけば本格として相当にハイレベルに仕上がっているのは、さすが連城ブランド。その期待は決して裏切られない。

 以下、各作品のコメントを。

 表題作の「運命の八分休符」は魅力的なアリバイ崩しであるだけでなく、タイトルの意味にやられる。ついでにいえば最初の作品なので、恋愛要素も気にならず、むしろそれ込みで楽しめる。

 「邪悪な羊」は見事な誘拐もので、これは後の作品の元になってるのかもしれない。恋愛ものとしてはベタな設定だが、それがまたなかなか染みる。

 「観客はただ一人」は、恋多き女優が自分の過去つきあった男たちを集め、一夜限りの自伝的舞台を演じるという導入に魅了される。もちろんその舞台は予想どおり殺人劇となってしまうのだが、最終的にいろいろな意味で反転する構図にやられる。この辺から恋愛要素が鼻につく(笑)。

 構図の逆転と叙情性が色濃く出た「紙の鳥は青ざめて」は、地味ながら、ある意味でもっとも著者のよさが出た作品。軍平が男前に脳内変換される(笑)。

 “構図の逆転”の安売りはしたくないけれど、これまたそうとしか言いようがない「濡れた衣装」。ミステリとしてはチョイと強引な感じではあるが、昭和の香りを感じられる雰囲気が好きだなぁ。


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 連城三紀彦の『青き犠牲(いけにえ)』を読む。ギリシャ悲劇のオイディプス王の伝説をモチーフとした初期の長篇である。

 まずはストーリー。有名な彫刻家、杉原完三を父にもつ高校生・鉄男。同級生の順子とは恋人同だが、順子はここ最近、鉄男の様子がおかしいことに悩んでいた。無気力や無関心さが目立ち、ときには他者に対し激しく反抗的な態度を見せることもある。
 そんなある日、鉄男の父・完三鉄男が自宅兼アトリエから姿を消してしまう。仕事で面識のあった編集者が失踪した状況に疑問を抱き、警察に届け出たことで事件が明るみとなった。やがて完三の遺体が発見され、容疑は鉄男に向けられたが……。

 青き犠牲

 そもそもオイディプス伝説ってなんだという話だが、これは実の父を殺害し、実の母と親子婚を行った人物、オイディプス王についての物語である。エディプス・コンプレックスという心理学用語にも採られているとおり、男子にとっては一種の通過儀礼でもあるのだが、ただし、これはこじらせるとタチが悪い。
 本作はそのオイディプスの悲劇をそのまま落とし込んだストーリーとなっている。すなわち鉄男が父・完三殺害の容疑者として浮上し、その背景には鉄男と母・沙衣子の関係が……というわけだ。物語の前半はこの家族の屈折した心理が、著者ならではの湿度&密度の高い文章で描かれていく。
 ところが中盤。事件に至る過去の経緯が徐々に明らかになるにつれ、その様相はがらりと変わってくる。連城三紀彦の作品だからそれぐらいは十分想定の範囲内のはずなのだが、前半の密度が濃いだけにすっかり犯罪心理を描いた物語を読んでいるような気になってしまい、そのタイミングを計ってガツンとくる。この展開は軽い衝撃でなかなか心地よい。
 ただ、連城三紀彦はそれだけでは済まさない。オイディプス伝説だけでは収まりきらない事実をぶちこみ、よりいっそう複雑な男女や親子の心情を展開する。その結構やトリックは他の傑作に勝るとも劣らないレベルであり、こちらとしては唸るしかない。

 惜しむらくは真相がほぼ告白によってなされることだろう。プロットは練られているものの、ストーリー自体にそれが反映されておらず、驚愕の事実もこれでは効果半減。非常に惜しいと感じる部分だ。
 とはいえ、トータルでは文句なしの良作。著者の作品の中では比較的とりあげられることの少ない本作だが、見過ごすにはもったいない作品であることは確か。機会があればぜひどうぞ。


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 連城三紀彦の短編集『夜よ鼠たちのために』を読む。もとは新潮文庫で出たものだが長らく品切れ状態。いったんはハルキ文庫で三編をプラスして復刊されたが、何とまたもや品切れに。それが『このミステリーがすごい! 2014年版』の「復刊希望! 幻の名作ベストテン」で一位に輝いたことをきっかけに、宝島社が再度復刊したものである。
 以下、収録作。

「二つの顔」
「過去からの声」
「化石の鍵」
「奇妙な依頼」
「夜よ鼠たちのために」
「二重生活」
「代役」
「ベイ・シティに死す」
「ひらかれた闇」

 夜よ鼠たちのために

 内容は相変わらずハイレベルである。軒並み傑作揃いの『戻り川心中』とまではいかないけれど、いくつかの作品はそれに匹敵するレベルで、満足度は非常に高い。

 巻頭を飾る 「二つの顔」は掴みが素晴らしい。妻を殺害したばかりの画家に一本の電話が入る。それは警察からの電話で、あるホテルで画家の奥さんの死体が発見されたというのだ……。
 登場人物が限られていることもあるが連城作品にしては比較的シンプル。そのため真相を予想しやすいところはあるが、冒頭の謎は魅力的だし、完成度も決して低くはない。

 「過去からの声」は誘拐もの。警察を二年で辞めた青年が元の先輩刑事にあてた手紙というかたちをとっている。わざわざ手記というスタイルにしなくてもよい気はするが、内容自体はとてつもない。
 それ単体でも十分いける仕掛けを、贅沢にも二つ重ねる大技が見事すぎて、連城三紀彦の誘拐ものといえば長篇の『人間動物園』があるが、個人的にはこちらのを推したい。本書中でも一、二を争う傑作。

 トリッキーさでは 「化石の鍵」も負けていない。父、母、娘の特殊な三竦みは恐れ入る。ただ、管理人のおばさんと息子がなんとなく事件にそぐわない感じでその分マイナスといったところか。

 「奇妙な依頼」はプロットの勝利か。まあ、連城作品でしょぼいプロットなんてそうそうないけれど。
 興信所の探偵の新たな仕事は妻の浮気調査だった。ところが尾行調査を始めた探偵にその妻が……。二転三転する状況のなか、まったく意外なところに最終的な着地点が設けられている。

  表題作の「夜よ鼠たちのために」も凄い。 施設で育った少年は、同じ施設の友人に秘密に飼っていた鼠を殺されてしまう。少年は逆上して友人を殺そうとする が、周囲に取り押さえられ病院送りとなる。やがて退院した少年はすっかり矯正され、友人とも仲直りする。やがて少年は成長し、恋人と結婚し、家庭もできた のだが……。
 実にトリッキーで思わず読み返したほど凝ったプロットに仕上がっている。ただ、読み直すと若干苦しい部分もあり。しかし、この切なさ。やるせなさも加味して、本書のベスト候補である。

 「二重生活」は不倫関係とトリッキーさがミックスされた、いかにも連城三紀彦らしい作品。シンプルながら一気に構図を一変させるテクニックはさすがである。ラストに明かされる犯罪者の動機というか心理がまた凄くて、シンプルながらも見逃せない。

 「代役」はなかなか奇妙な設定だ。俳優がある目的のために自分そっくりの男を探している。ようやくアメリカから呼び寄せた男に依頼したのは、なんと妻との不倫だった。しかも妻公認である……。
 などと書くとただのエロ小説と変わりないのだが、もちろん俳優そっくりの男を探す理由があるわけなのだが、ここから物語が二転三転して読者をさらに煙に巻き、最終的な真相はさらに構図を逆転させるもので、いやはやお見事。

 刑務所を出所した主人公は自分を裏切った弟分と愛人の元を尋ねるが……。
 ヤクザ者を主人公にした犯罪小説風の「ベイ・シティに死す」はもちろん犯罪小説ではなく、むしろ叙情あふれる悲しい物語である。こんな渋いストーリーにトリッキーな要素を違和感なく練り込んでしまう、そのテクニックに驚嘆する。

  「ひらかれた闇」は一転して、不良たちのたまり場で発生した殺人事件を扱う学園風ミステリ。なぜか彼らに慕われている若い女性教師が探偵役だが、いまひと つ世界観がずれている気がして好みではない。動機が肝なのだが、それを活かす世界観がいまひとつ構築しきれていない印象である。
 正直、これは追加しなくてもよかったのではないか。

 さて総括。『戻り川心中』にあって『夜よ鼠たちのために』にないのは、やはりロマンチズムの香りであろう。トリックと詩情が渾然一体となったそのスタイルは秀逸であり、連城作品の中でもそういうタイプの作品が管理人としては好みである。
 本書でもそういう味わいのものが個人的には評価が高くなり、ベストは「過去からの声」、次点で「夜よ鼠たちのために」といったあたりか。
 ともあれ 「ひらかれた闇」はやや辛いけれど、基本的には外れなし。間違いなくおすすめの一冊である。


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 連城三紀彦の『人間動物園』を読む。著者の誘拐ものの傑作として知られる作品だが、恥ずかしながらこれが初読である。

 記録的な大雪に都市機能が麻痺する中、埼玉県西北部の外れに住むある女性から誘拐事件の知らせがあった。その女性は前日に犬の誘拐を通報してきた経緯があるため、警察も半信半疑で通報先へ向かう。だが、今回は紛れもなく人間の誘拐事件、しかも誘拐されたのは大物政治家の孫娘であった。
 問題はそれだけではなかった。被害者の自宅には至るところに盗聴器が仕掛けられていたのだ。警察の動きは著しく制限され、被害者の母親が精神的に追いつめられていく……。

 人間動物園

 なるほど。連城三紀彦が誘拐ものを書いていたということで、相当トリッキーな作品だろうとは予想していたが、こうきたか。
 本作も二重三重に驚かせてくれる作品であり、その仕掛けを支えるいつもどおりの精緻なプロット。いやいや相変わらず見事である。しかもただ驚かせるのではなく、誘拐ものとしてのオリジナリティもかなりのものだ。
 ストーリーも悪くない。誘拐犯からの連絡を待つという展開はともすれば動きに欠け、やや退屈な流れに陥りがちだが、著者はここで試行錯誤する警察の捜査や推理を細かく見せていくことで、逆に読者に濃密な時間を与えてくれる。小説としての読みどころはむしろこちらにこそあると、あえて言っておこう。

 引っかかる点もないではない。特に前半に顕著なコミカルな味付けは、犯人像から連想される社会派的なテーマともうひとつイメージが一致せず、なぜこういうノリでまとめたのかが気になった。特にラストなどはかなりアナーキーなオチを持ってきているので、余計その感を強くした。
 まあ、そこまで連城作品を読んでいるわけではないので確かなことは言えないが、「陽だまり課事件簿」の例もあるように、コミカルな要素を落とし込むことが単に不得意なだけかもしれない。

 そういうわけで多少のクセはあるものの十分読み応えある一冊。誘拐ミステリを語る上で、本作はマストの一冊と言えるだろう。


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 連城三紀彦の『黄昏のベルリン』を読む。
 叙情溢れるミステリや男女の機微を描くことに定評ある著者が書いた国際謀略小説。その意外性もあったのか、1988年の文春ミステリーベスト10で見事1位に輝いた作品なのだが、恥ずかしながらこれが初読。

 冒頭からして魅せる。
 リオデジャネイロでは娼婦を殺害するハンスと呼ばれた男。ニューヨークの空港では裏の顔を互いに隠し、偽りの友情を演じる二人の男。東ベルリンでは愛する人に再会するため決死の覚悟で検問所を突破する若者。パリでは第二次大戦に思いを寄せる元ナチの老女。
 そして東京。大晦日の夜、ホテルのバーで恋人を待つ画家の青木。だがその前に現れたのは恋人ではなく、謎のドイツ人女性エルザだった。青木の出自について語り始めた彼女の目的は?
 一見なんの脈絡もなさそうなエピソードで幕を開ける物語は、やがてベルリンを舞台に、ある大きな陰謀の姿を炙り出してゆく。

 黄昏のベルリン

 いまでこそ一つに統一されたドイツだが、第二次大戦での敗北によって領土は分割され、長らく西ドイツと東ドイツに分かれた時代があった。とりわけ特殊だったのは首都ベルリンも西と東に分断され、文字どおり壁によって隔てられたことである。それは正に東西冷戦の象徴であり、資本主義と共産主義の対立を具現化したものでもあった。
 一方で、ドイツはナチスとヒトラーを生んだ国でもある。ネオ・ナチなどという言葉もあるように、今でも密かに(あるいは大っぴらに)ナチズムを賞賛する人々もおり、何かと問題になることも少なくない。
 先頃のワールドカップでみごと優勝し、そのパワーを見せつけたばかりのドイツではあるが、本書が書かれた二十五年ほど前までは、世界の火薬庫といっていいほどの、実にホットな場所だったのである。

 そういうわけでひと頃のスパイ小説や謀略小説といえば、たいていは東西の対立を扱ったものかナチものという状況であった(ちょっと大げさだけど)。それだけ魅力的な素材だったということだが、読む前は若干の不安もないではなかった。なんせこれまで著者が書いてきたものとはあまりにもかけ離れている。
 しかし、さすがは連城三紀彦。何の違和感もないどころか、きちんと自分流の謀略小説に落とし込んでいることにまず驚く。

 ナチをテーマにした謀略小説ということで、察しのいいファンなら途中でネタは読めるかも知れない。しかし実は胆はそこではない。
 いや、ミステリに免疫がない読者ならそれでも十分に破壊力はあるのだけれど、むしろミステリとしてのポイントは全体的な構図を鮮やかにひっくり返してみせることにある。著者の短篇ではしょっちゅうお目にかかる荒技だが、本作では注意を完全に別方向にそらされていたため、まったく油断していたころをガツンとやられる。実に巧い。
 加えてミステリ読者をニヤリとさせる、某有名トリックも取り入れるところがまた憎い。普通にやられても単なる二番煎じで終わるところだが、舞台設定への組み込み方が秀逸で、ああ、このトリックはこの作品のために作られたのかと思わず勘違いしそうになるほど見事なのだ。

 また、とりあえず謀略小説と書いてはいるが、実は本作は恋愛小説として読むことも可能だ。むしろ謀略小説の衣を借りた恋愛小説といっても良い。娯楽要素としての味つけとかではなく、きちんと恋愛を主題にしても読めるのである。
 そして何より恐れ入るのは、この恋愛要素がなければ、本作はミステリとして成立しないということである。小説として十分に味わい深く、しかもその味わい深さゆえに、ミスリードが最大の効果を上げていると言えるだろう。

 緻密なプロット、きめ細やかな描写力。蓋を開けてみればいつもながらのハイレベルな技術に裏打ちされた連城ミステリである。謀略小説と聞いて食わず嫌いの人もいるかもしれないが、やはりこれは読んでおくべきだろう。傑作。


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 連城三紀彦の短編集『宵待草夜情』を読む。収録作は以下のとおり。

「能師の妻」
「野辺の露」
「宵待草夜情」
「花虐の賦」
「未完の盛装」

 宵待草夜情

 収録作のどれもが女性を主人公にし、その特殊な恋愛模様を著者ならではの美麗な文章でまとめた傑作短編集である。『戻り川心中』にほぼ匹敵する出来とみていいが、あちらほどのトリッキーさはなく、むしろ女たちの情念や生き様により深くアプローチした恰好か。
 その情念の行きつく果てに悲劇が待ち構えていると予想するのは特に難しいことではないが、その悲劇に秘められた真実がこちらの予想を遙かに超えるものであることは『戻り川心中』と同様である。あちらほどのトリッキーさはないと書いたが、それは連城三紀彦クラスの話であって、一般的には十分トリッキーなので念のため。以下、感想。

 「能師の妻」はいつぞやコメントでおっさん様に教えていただいたとおり、本来は〈花葬〉シリーズで発表してほしかった一篇。銀座で発掘された人骨から語り手が妄想を膨らませ、とある能師に後妻として嫁いだ女の半生と一家の悲劇を綴っていく。
 女が能師の死後、流派が絶たれることのないよう繼子に演目をおしえてゆくが、その怖ろしいまでのしごきが徐々に愛憎の特殊な形、まあ要はSMなのだが(苦笑)、それに変容していく流れが見どころ。もちろんラストで待ち受ける悲劇の真相もまた圧巻である。

 「野辺の露」は純情な青年とその義姉による道ならぬ愛の物語。女の純粋な愛に応えようとした青年は最後に身をひくが、ある悲劇をきっかけに、その裏に隠された女の企みと底知れぬ情念に気がつくのである。この後味の悪さは半端ではない。

 表題作の「宵待草夜情」は本書の中ではやや異色作。ミステリとしての仕掛けはそれほど強くはないのだが、ヒロインと宵待草の儚いイメージが見事にオーバーラップすること、青年の成長物語を絡ませたこと、珍しく清々しいラストで締めていることなどが相まって、珍しく希望に満ちた一篇である。

 「花虐の賦」は演劇の主宰の自殺、そして看板女優の後追い自殺という、扇情的な事件を扱う。女優は愚直なまでに主宰に尽くし、主宰もその女性の献身ぶりに満足している。そして二人の関係を描いたと思われる新作が大評判を呼んだ絶頂のさなか、なぜか主宰が自殺する。真相と二人の関係を鮮やかなぐらいひっくり返してみせる逆転の構図が素晴らしい。

 ラストを飾る「未完の盛装」は比較的ミステリ風味を強く打ち出した作品。長めの短編ながらけっこうな詰め込み方で、プロットが秀逸。

 ミステリ的興味と文学的興味の双方を同時に高いレベルで満たすという、著者最大の特徴は微塵も失われておらず、収録作すべてが佳作といっていいだろう。強いていえば動機の意外性で「花虐の賦」を推すが、究極の愛(と書くと安っぽいけれど)を裏表で描いたような「能師の妻」「宵待草夜情」も好み。
 連城ファンやミステリファンだけでなく、広くオススメできる一冊である。


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 花葬シリーズでまとめられた『戻り川心中』を読んだら、やはり残りも続けて読んでおきたくなり、『夕萩心中』に取りかかる。

 夕萩心中

「花緋文字」
「夕萩心中」
「菊の塵」
陽だまり課事件簿
「第一話 白い密告」
「第二話 「四つ葉のクローバー」」
「第三話 鳥は足音もなく」

 収録作は以上。このうち花葬シリーズに含まれるのは「花緋文字」「夕萩心中」「菊の塵」の三作。陽だまり課事件簿シリーズの三作はユーモア・ミステリである。
 最初に書いておくと、個々の作品のレベルは十分なのだが、このテイストのあまりに異なる二つのシリーズの作を、半分ずつ収録した編集意図がよくわからない。連城三紀彦という作家が備える二面性を出したかったのか、あるいは本として出すために手っ取り早く頭数を合わせたかったのか。
 どちらにしても結果としては、明らかに失敗。とにかく花葬シリーズの余韻を「陽だまり課事件簿」が見事にぶちこわしている。カバー絵だって、どう見ても花葬シリーズ寄りなのだし、もう少しなんとかできなかったものかな。

 ただ、先にも書いたけれど、作品自体は陽だまり課事件簿も決して悪くない。さすがに花葬シリーズほどの大技は使われていないけれど、人間の錯覚を利用したトリックなどが効果的に使われ、本格としての胆は外していない。シリーズキャラクターも個性的で作品毎の人間関係の変化なども楽しめる。
 むしろ気になるのは、著者が好む落語のテイストを取り入れた連城式ドタバタである。これが生理的に受け入れられるかどうかで、陽だまり課事件簿シリーズの評価は変わるのだろう(笑)。

 順番が逆になったが、花葬シリーズの方は『戻り川心中』のレベルそのままで、やはり傑作揃いである。
 生き別れの妹と再開した主人公だったが、その妹と女たらしの友人がいつしか恋仲となり……。「花緋文字」はいきなり大技炸裂。前半、妹への思いを切々と語る兄だけに、その妹を不幸に陥れた友人への復讐譚へと変わるのは自然な流れなのだが、その語りに引き込まれていると、いきなりガツンとやられてしまう。伏線も見事。

 政治家の妻と書生の道ならぬ恋の果ては心中であった……。表題作の「夕萩心中」は、薄ヶ原で起こった有名な心中事件に子供の頃遭遇した語り手が、その真相を探り当てるという筋書き。衝撃度では「花緋文字」に一歩譲るが、イメージの豊かさや耽美的な恋愛小説がいつしか本格ミステリになっていたというその融合具合が素晴らしく、トータルでは甲乙つけがたい。

 「菊の塵」。陸軍将校が自害した。軍人としての不甲斐なさを恥じるあまりの行動と思われたが、その妻の存在が、事件の影に潜む何かを感じさせていた……。〈花葬〉シリーズのその他の作品でもいえることだが、動機が非常に重要な役割を果たすことが多く、本作の動機もとりわけ秀逸である。しかも明治という時代を非常に上手く活かしている。

 なお、本書は講談社文庫版だが、後に復刊された光文社文庫ともども今は絶版。〈花葬〉シリーズ八作を収録したハルキ文庫版ももちろん絶版のため、やはりこれは先日のコメントでおっさん様に教えていただいた「夜の自画像」「能師の妻」と合わせ、どこかが〈花葬〉シリーズ全集を出すべきではないだろうか。
 これだけの傑作が気軽に読めない日本のミステリ事情というのはやはり問題があるよなぁ。


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