連城三紀彦の短編集『夜よ鼠たちのために』を読む。もとは新潮文庫で出たものだが長らく品切れ状態。いったんはハルキ文庫で三編をプラスして復刊されたが、何とまたもや品切れに。それが『このミステリーがすごい! 2014年版』の「復刊希望! 幻の名作ベストテン」で一位に輝いたことをきっかけに、宝島社が再度復刊したものである。
以下、収録作。
「二つの顔」
「過去からの声」
「化石の鍵」
「奇妙な依頼」
「夜よ鼠たちのために」
「二重生活」
「代役」
「ベイ・シティに死す」
「ひらかれた闇」

内容は相変わらずハイレベルである。軒並み傑作揃いの『戻り川心中』とまではいかないけれど、いくつかの作品はそれに匹敵するレベルで、満足度は非常に高い。
巻頭を飾る 「二つの顔」は掴みが素晴らしい。妻を殺害したばかりの画家に一本の電話が入る。それは警察からの電話で、あるホテルで画家の奥さんの死体が発見されたというのだ……。
登場人物が限られていることもあるが連城作品にしては比較的シンプル。そのため真相を予想しやすいところはあるが、冒頭の謎は魅力的だし、完成度も決して低くはない。
「過去からの声」は誘拐もの。警察を二年で辞めた青年が元の先輩刑事にあてた手紙というかたちをとっている。わざわざ手記というスタイルにしなくてもよい気はするが、内容自体はとてつもない。
それ単体でも十分いける仕掛けを、贅沢にも二つ重ねる大技が見事すぎて、連城三紀彦の誘拐ものといえば長篇の『人間動物園』があるが、個人的にはこちらのを推したい。本書中でも一、二を争う傑作。
トリッキーさでは 「化石の鍵」も負けていない。父、母、娘の特殊な三竦みは恐れ入る。ただ、管理人のおばさんと息子がなんとなく事件にそぐわない感じでその分マイナスといったところか。
「奇妙な依頼」はプロットの勝利か。まあ、連城作品でしょぼいプロットなんてそうそうないけれど。
興信所の探偵の新たな仕事は妻の浮気調査だった。ところが尾行調査を始めた探偵にその妻が……。二転三転する状況のなか、まったく意外なところに最終的な着地点が設けられている。
表題作の「夜よ鼠たちのために」も凄い。 施設で育った少年は、同じ施設の友人に秘密に飼っていた鼠を殺されてしまう。少年は逆上して友人を殺そうとする が、周囲に取り押さえられ病院送りとなる。やがて退院した少年はすっかり矯正され、友人とも仲直りする。やがて少年は成長し、恋人と結婚し、家庭もできた のだが……。
実にトリッキーで思わず読み返したほど凝ったプロットに仕上がっている。ただ、読み直すと若干苦しい部分もあり。しかし、この切なさ。やるせなさも加味して、本書のベスト候補である。
「二重生活」は不倫関係とトリッキーさがミックスされた、いかにも連城三紀彦らしい作品。シンプルながら一気に構図を一変させるテクニックはさすがである。ラストに明かされる犯罪者の動機というか心理がまた凄くて、シンプルながらも見逃せない。
「代役」はなかなか奇妙な設定だ。俳優がある目的のために自分そっくりの男を探している。ようやくアメリカから呼び寄せた男に依頼したのは、なんと妻との不倫だった。しかも妻公認である……。
などと書くとただのエロ小説と変わりないのだが、もちろん俳優そっくりの男を探す理由があるわけなのだが、ここから物語が二転三転して読者をさらに煙に巻き、最終的な真相はさらに構図を逆転させるもので、いやはやお見事。
刑務所を出所した主人公は自分を裏切った弟分と愛人の元を尋ねるが……。
ヤクザ者を主人公にした犯罪小説風の「ベイ・シティに死す」はもちろん犯罪小説ではなく、むしろ叙情あふれる悲しい物語である。こんな渋いストーリーにトリッキーな要素を違和感なく練り込んでしまう、そのテクニックに驚嘆する。
「ひらかれた闇」は一転して、不良たちのたまり場で発生した殺人事件を扱う学園風ミステリ。なぜか彼らに慕われている若い女性教師が探偵役だが、いまひと つ世界観がずれている気がして好みではない。動機が肝なのだが、それを活かす世界観がいまひとつ構築しきれていない印象である。
正直、これは追加しなくてもよかったのではないか。
さて総括。『戻り川心中』にあって『夜よ鼠たちのために』にないのは、やはりロマンチズムの香りであろう。トリックと詩情が渾然一体となったそのスタイルは秀逸であり、連城作品の中でもそういうタイプの作品が管理人としては好みである。
本書でもそういう味わいのものが個人的には評価が高くなり、ベストは「過去からの声」、次点で「夜よ鼠たちのために」といったあたりか。
ともあれ 「ひらかれた闇」はやや辛いけれど、基本的には外れなし。間違いなくおすすめの一冊である。