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 連城三紀彦の『青き犠牲(いけにえ)』を読む。ギリシャ悲劇のオイディプス王の伝説をモチーフとした初期の長篇である。

 まずはストーリー。有名な彫刻家、杉原完三を父にもつ高校生・鉄男。同級生の順子とは恋人同だが、順子はここ最近、鉄男の様子がおかしいことに悩んでいた。無気力や無関心さが目立ち、ときには他者に対し激しく反抗的な態度を見せることもある。
 そんなある日、鉄男の父・完三鉄男が自宅兼アトリエから姿を消してしまう。仕事で面識のあった編集者が失踪した状況に疑問を抱き、警察に届け出たことで事件が明るみとなった。やがて完三の遺体が発見され、容疑は鉄男に向けられたが……。

 青き犠牲

 そもそもオイディプス伝説ってなんだという話だが、これは実の父を殺害し、実の母と親子婚を行った人物、オイディプス王についての物語である。エディプス・コンプレックスという心理学用語にも採られているとおり、男子にとっては一種の通過儀礼でもあるのだが、ただし、これはこじらせるとタチが悪い。
 本作はそのオイディプスの悲劇をそのまま落とし込んだストーリーとなっている。すなわち鉄男が父・完三殺害の容疑者として浮上し、その背景には鉄男と母・沙衣子の関係が……というわけだ。物語の前半はこの家族の屈折した心理が、著者ならではの湿度&密度の高い文章で描かれていく。
 ところが中盤。事件に至る過去の経緯が徐々に明らかになるにつれ、その様相はがらりと変わってくる。連城三紀彦の作品だからそれぐらいは十分想定の範囲内のはずなのだが、前半の密度が濃いだけにすっかり犯罪心理を描いた物語を読んでいるような気になってしまい、そのタイミングを計ってガツンとくる。この展開は軽い衝撃でなかなか心地よい。
 ただ、連城三紀彦はそれだけでは済まさない。オイディプス伝説だけでは収まりきらない事実をぶちこみ、よりいっそう複雑な男女や親子の心情を展開する。その結構やトリックは他の傑作に勝るとも劣らないレベルであり、こちらとしては唸るしかない。

 惜しむらくは真相がほぼ告白によってなされることだろう。プロットは練られているものの、ストーリー自体にそれが反映されておらず、驚愕の事実もこれでは効果半減。非常に惜しいと感じる部分だ。
 とはいえ、トータルでは文句なしの良作。著者の作品の中では比較的とりあげられることの少ない本作だが、見過ごすにはもったいない作品であることは確か。機会があればぜひどうぞ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 連城三紀彦の短編集『夜よ鼠たちのために』を読む。もとは新潮文庫で出たものだが長らく品切れ状態。いったんはハルキ文庫で三編をプラスして復刊されたが、何とまたもや品切れに。それが『このミステリーがすごい! 2014年版』の「復刊希望! 幻の名作ベストテン」で一位に輝いたことをきっかけに、宝島社が再度復刊したものである。
 以下、収録作。

「二つの顔」
「過去からの声」
「化石の鍵」
「奇妙な依頼」
「夜よ鼠たちのために」
「二重生活」
「代役」
「ベイ・シティに死す」
「ひらかれた闇」

 夜よ鼠たちのために

 内容は相変わらずハイレベルである。軒並み傑作揃いの『戻り川心中』とまではいかないけれど、いくつかの作品はそれに匹敵するレベルで、満足度は非常に高い。

 巻頭を飾る 「二つの顔」は掴みが素晴らしい。妻を殺害したばかりの画家に一本の電話が入る。それは警察からの電話で、あるホテルで画家の奥さんの死体が発見されたというのだ……。
 登場人物が限られていることもあるが連城作品にしては比較的シンプル。そのため真相を予想しやすいところはあるが、冒頭の謎は魅力的だし、完成度も決して低くはない。

 「過去からの声」は誘拐もの。警察を二年で辞めた青年が元の先輩刑事にあてた手紙というかたちをとっている。わざわざ手記というスタイルにしなくてもよい気はするが、内容自体はとてつもない。
 それ単体でも十分いける仕掛けを、贅沢にも二つ重ねる大技が見事すぎて、連城三紀彦の誘拐ものといえば長篇の『人間動物園』があるが、個人的にはこちらのを推したい。本書中でも一、二を争う傑作。

 トリッキーさでは 「化石の鍵」も負けていない。父、母、娘の特殊な三竦みは恐れ入る。ただ、管理人のおばさんと息子がなんとなく事件にそぐわない感じでその分マイナスといったところか。

 「奇妙な依頼」はプロットの勝利か。まあ、連城作品でしょぼいプロットなんてそうそうないけれど。
 興信所の探偵の新たな仕事は妻の浮気調査だった。ところが尾行調査を始めた探偵にその妻が……。二転三転する状況のなか、まったく意外なところに最終的な着地点が設けられている。

  表題作の「夜よ鼠たちのために」も凄い。 施設で育った少年は、同じ施設の友人に秘密に飼っていた鼠を殺されてしまう。少年は逆上して友人を殺そうとする が、周囲に取り押さえられ病院送りとなる。やがて退院した少年はすっかり矯正され、友人とも仲直りする。やがて少年は成長し、恋人と結婚し、家庭もできた のだが……。
 実にトリッキーで思わず読み返したほど凝ったプロットに仕上がっている。ただ、読み直すと若干苦しい部分もあり。しかし、この切なさ。やるせなさも加味して、本書のベスト候補である。

 「二重生活」は不倫関係とトリッキーさがミックスされた、いかにも連城三紀彦らしい作品。シンプルながら一気に構図を一変させるテクニックはさすがである。ラストに明かされる犯罪者の動機というか心理がまた凄くて、シンプルながらも見逃せない。

 「代役」はなかなか奇妙な設定だ。俳優がある目的のために自分そっくりの男を探している。ようやくアメリカから呼び寄せた男に依頼したのは、なんと妻との不倫だった。しかも妻公認である……。
 などと書くとただのエロ小説と変わりないのだが、もちろん俳優そっくりの男を探す理由があるわけなのだが、ここから物語が二転三転して読者をさらに煙に巻き、最終的な真相はさらに構図を逆転させるもので、いやはやお見事。

 刑務所を出所した主人公は自分を裏切った弟分と愛人の元を尋ねるが……。
 ヤクザ者を主人公にした犯罪小説風の「ベイ・シティに死す」はもちろん犯罪小説ではなく、むしろ叙情あふれる悲しい物語である。こんな渋いストーリーにトリッキーな要素を違和感なく練り込んでしまう、そのテクニックに驚嘆する。

  「ひらかれた闇」は一転して、不良たちのたまり場で発生した殺人事件を扱う学園風ミステリ。なぜか彼らに慕われている若い女性教師が探偵役だが、いまひと つ世界観がずれている気がして好みではない。動機が肝なのだが、それを活かす世界観がいまひとつ構築しきれていない印象である。
 正直、これは追加しなくてもよかったのではないか。

 さて総括。『戻り川心中』にあって『夜よ鼠たちのために』にないのは、やはりロマンチズムの香りであろう。トリックと詩情が渾然一体となったそのスタイルは秀逸であり、連城作品の中でもそういうタイプの作品が管理人としては好みである。
 本書でもそういう味わいのものが個人的には評価が高くなり、ベストは「過去からの声」、次点で「夜よ鼠たちのために」といったあたりか。
 ともあれ 「ひらかれた闇」はやや辛いけれど、基本的には外れなし。間違いなくおすすめの一冊である。


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 連城三紀彦の『人間動物園』を読む。著者の誘拐ものの傑作として知られる作品だが、恥ずかしながらこれが初読である。

 記録的な大雪に都市機能が麻痺する中、埼玉県西北部の外れに住むある女性から誘拐事件の知らせがあった。その女性は前日に犬の誘拐を通報してきた経緯があるため、警察も半信半疑で通報先へ向かう。だが、今回は紛れもなく人間の誘拐事件、しかも誘拐されたのは大物政治家の孫娘であった。
 問題はそれだけではなかった。被害者の自宅には至るところに盗聴器が仕掛けられていたのだ。警察の動きは著しく制限され、被害者の母親が精神的に追いつめられていく……。

 人間動物園

 なるほど。連城三紀彦が誘拐ものを書いていたということで、相当トリッキーな作品だろうとは予想していたが、こうきたか。
 本作も二重三重に驚かせてくれる作品であり、その仕掛けを支えるいつもどおりの精緻なプロット。いやいや相変わらず見事である。しかもただ驚かせるのではなく、誘拐ものとしてのオリジナリティもかなりのものだ。
 ストーリーも悪くない。誘拐犯からの連絡を待つという展開はともすれば動きに欠け、やや退屈な流れに陥りがちだが、著者はここで試行錯誤する警察の捜査や推理を細かく見せていくことで、逆に読者に濃密な時間を与えてくれる。小説としての読みどころはむしろこちらにこそあると、あえて言っておこう。

 引っかかる点もないではない。特に前半に顕著なコミカルな味付けは、犯人像から連想される社会派的なテーマともうひとつイメージが一致せず、なぜこういうノリでまとめたのかが気になった。特にラストなどはかなりアナーキーなオチを持ってきているので、余計その感を強くした。
 まあ、そこまで連城作品を読んでいるわけではないので確かなことは言えないが、「陽だまり課事件簿」の例もあるように、コミカルな要素を落とし込むことが単に不得意なだけかもしれない。

 そういうわけで多少のクセはあるものの十分読み応えある一冊。誘拐ミステリを語る上で、本作はマストの一冊と言えるだろう。


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 連城三紀彦の『黄昏のベルリン』を読む。
 叙情溢れるミステリや男女の機微を描くことに定評ある著者が書いた国際謀略小説。その意外性もあったのか、1988年の文春ミステリーベスト10で見事1位に輝いた作品なのだが、恥ずかしながらこれが初読。

 冒頭からして魅せる。
 リオデジャネイロでは娼婦を殺害するハンスと呼ばれた男。ニューヨークの空港では裏の顔を互いに隠し、偽りの友情を演じる二人の男。東ベルリンでは愛する人に再会するため決死の覚悟で検問所を突破する若者。パリでは第二次大戦に思いを寄せる元ナチの老女。
 そして東京。大晦日の夜、ホテルのバーで恋人を待つ画家の青木。だがその前に現れたのは恋人ではなく、謎のドイツ人女性エルザだった。青木の出自について語り始めた彼女の目的は?
 一見なんの脈絡もなさそうなエピソードで幕を開ける物語は、やがてベルリンを舞台に、ある大きな陰謀の姿を炙り出してゆく。

 黄昏のベルリン

 いまでこそ一つに統一されたドイツだが、第二次大戦での敗北によって領土は分割され、長らく西ドイツと東ドイツに分かれた時代があった。とりわけ特殊だったのは首都ベルリンも西と東に分断され、文字どおり壁によって隔てられたことである。それは正に東西冷戦の象徴であり、資本主義と共産主義の対立を具現化したものでもあった。
 一方で、ドイツはナチスとヒトラーを生んだ国でもある。ネオ・ナチなどという言葉もあるように、今でも密かに(あるいは大っぴらに)ナチズムを賞賛する人々もおり、何かと問題になることも少なくない。
 先頃のワールドカップでみごと優勝し、そのパワーを見せつけたばかりのドイツではあるが、本書が書かれた二十五年ほど前までは、世界の火薬庫といっていいほどの、実にホットな場所だったのである。

 そういうわけでひと頃のスパイ小説や謀略小説といえば、たいていは東西の対立を扱ったものかナチものという状況であった(ちょっと大げさだけど)。それだけ魅力的な素材だったということだが、読む前は若干の不安もないではなかった。なんせこれまで著者が書いてきたものとはあまりにもかけ離れている。
 しかし、さすがは連城三紀彦。何の違和感もないどころか、きちんと自分流の謀略小説に落とし込んでいることにまず驚く。

 ナチをテーマにした謀略小説ということで、察しのいいファンなら途中でネタは読めるかも知れない。しかし実は胆はそこではない。
 いや、ミステリに免疫がない読者ならそれでも十分に破壊力はあるのだけれど、むしろミステリとしてのポイントは全体的な構図を鮮やかにひっくり返してみせることにある。著者の短篇ではしょっちゅうお目にかかる荒技だが、本作では注意を完全に別方向にそらされていたため、まったく油断していたころをガツンとやられる。実に巧い。
 加えてミステリ読者をニヤリとさせる、某有名トリックも取り入れるところがまた憎い。普通にやられても単なる二番煎じで終わるところだが、舞台設定への組み込み方が秀逸で、ああ、このトリックはこの作品のために作られたのかと思わず勘違いしそうになるほど見事なのだ。

 また、とりあえず謀略小説と書いてはいるが、実は本作は恋愛小説として読むことも可能だ。むしろ謀略小説の衣を借りた恋愛小説といっても良い。娯楽要素としての味つけとかではなく、きちんと恋愛を主題にしても読めるのである。
 そして何より恐れ入るのは、この恋愛要素がなければ、本作はミステリとして成立しないということである。小説として十分に味わい深く、しかもその味わい深さゆえに、ミスリードが最大の効果を上げていると言えるだろう。

 緻密なプロット、きめ細やかな描写力。蓋を開けてみればいつもながらのハイレベルな技術に裏打ちされた連城ミステリである。謀略小説と聞いて食わず嫌いの人もいるかもしれないが、やはりこれは読んでおくべきだろう。傑作。


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 連城三紀彦の短編集『宵待草夜情』を読む。収録作は以下のとおり。

「能師の妻」
「野辺の露」
「宵待草夜情」
「花虐の賦」
「未完の盛装」

 宵待草夜情

 収録作のどれもが女性を主人公にし、その特殊な恋愛模様を著者ならではの美麗な文章でまとめた傑作短編集である。『戻り川心中』にほぼ匹敵する出来とみていいが、あちらほどのトリッキーさはなく、むしろ女たちの情念や生き様により深くアプローチした恰好か。
 その情念の行きつく果てに悲劇が待ち構えていると予想するのは特に難しいことではないが、その悲劇に秘められた真実がこちらの予想を遙かに超えるものであることは『戻り川心中』と同様である。あちらほどのトリッキーさはないと書いたが、それは連城三紀彦クラスの話であって、一般的には十分トリッキーなので念のため。以下、感想。

 「能師の妻」はいつぞやコメントでおっさん様に教えていただいたとおり、本来は〈花葬〉シリーズで発表してほしかった一篇。銀座で発掘された人骨から語り手が妄想を膨らませ、とある能師に後妻として嫁いだ女の半生と一家の悲劇を綴っていく。
 女が能師の死後、流派が絶たれることのないよう繼子に演目をおしえてゆくが、その怖ろしいまでのしごきが徐々に愛憎の特殊な形、まあ要はSMなのだが(苦笑)、それに変容していく流れが見どころ。もちろんラストで待ち受ける悲劇の真相もまた圧巻である。

 「野辺の露」は純情な青年とその義姉による道ならぬ愛の物語。女の純粋な愛に応えようとした青年は最後に身をひくが、ある悲劇をきっかけに、その裏に隠された女の企みと底知れぬ情念に気がつくのである。この後味の悪さは半端ではない。

 表題作の「宵待草夜情」は本書の中ではやや異色作。ミステリとしての仕掛けはそれほど強くはないのだが、ヒロインと宵待草の儚いイメージが見事にオーバーラップすること、青年の成長物語を絡ませたこと、珍しく清々しいラストで締めていることなどが相まって、珍しく希望に満ちた一篇である。

 「花虐の賦」は演劇の主宰の自殺、そして看板女優の後追い自殺という、扇情的な事件を扱う。女優は愚直なまでに主宰に尽くし、主宰もその女性の献身ぶりに満足している。そして二人の関係を描いたと思われる新作が大評判を呼んだ絶頂のさなか、なぜか主宰が自殺する。真相と二人の関係を鮮やかなぐらいひっくり返してみせる逆転の構図が素晴らしい。

 ラストを飾る「未完の盛装」は比較的ミステリ風味を強く打ち出した作品。長めの短編ながらけっこうな詰め込み方で、プロットが秀逸。

 ミステリ的興味と文学的興味の双方を同時に高いレベルで満たすという、著者最大の特徴は微塵も失われておらず、収録作すべてが佳作といっていいだろう。強いていえば動機の意外性で「花虐の賦」を推すが、究極の愛(と書くと安っぽいけれど)を裏表で描いたような「能師の妻」「宵待草夜情」も好み。
 連城ファンやミステリファンだけでなく、広くオススメできる一冊である。


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 花葬シリーズでまとめられた『戻り川心中』を読んだら、やはり残りも続けて読んでおきたくなり、『夕萩心中』に取りかかる。

 夕萩心中

「花緋文字」
「夕萩心中」
「菊の塵」
陽だまり課事件簿
「第一話 白い密告」
「第二話 「四つ葉のクローバー」」
「第三話 鳥は足音もなく」

 収録作は以上。このうち花葬シリーズに含まれるのは「花緋文字」「夕萩心中」「菊の塵」の三作。陽だまり課事件簿シリーズの三作はユーモア・ミステリである。
 最初に書いておくと、個々の作品のレベルは十分なのだが、このテイストのあまりに異なる二つのシリーズの作を、半分ずつ収録した編集意図がよくわからない。連城三紀彦という作家が備える二面性を出したかったのか、あるいは本として出すために手っ取り早く頭数を合わせたかったのか。
 どちらにしても結果としては、明らかに失敗。とにかく花葬シリーズの余韻を「陽だまり課事件簿」が見事にぶちこわしている。カバー絵だって、どう見ても花葬シリーズ寄りなのだし、もう少しなんとかできなかったものかな。

 ただ、先にも書いたけれど、作品自体は陽だまり課事件簿も決して悪くない。さすがに花葬シリーズほどの大技は使われていないけれど、人間の錯覚を利用したトリックなどが効果的に使われ、本格としての胆は外していない。シリーズキャラクターも個性的で作品毎の人間関係の変化なども楽しめる。
 むしろ気になるのは、著者が好む落語のテイストを取り入れた連城式ドタバタである。これが生理的に受け入れられるかどうかで、陽だまり課事件簿シリーズの評価は変わるのだろう(笑)。

 順番が逆になったが、花葬シリーズの方は『戻り川心中』のレベルそのままで、やはり傑作揃いである。
 生き別れの妹と再開した主人公だったが、その妹と女たらしの友人がいつしか恋仲となり……。「花緋文字」はいきなり大技炸裂。前半、妹への思いを切々と語る兄だけに、その妹を不幸に陥れた友人への復讐譚へと変わるのは自然な流れなのだが、その語りに引き込まれていると、いきなりガツンとやられてしまう。伏線も見事。

 政治家の妻と書生の道ならぬ恋の果ては心中であった……。表題作の「夕萩心中」は、薄ヶ原で起こった有名な心中事件に子供の頃遭遇した語り手が、その真相を探り当てるという筋書き。衝撃度では「花緋文字」に一歩譲るが、イメージの豊かさや耽美的な恋愛小説がいつしか本格ミステリになっていたというその融合具合が素晴らしく、トータルでは甲乙つけがたい。

 「菊の塵」。陸軍将校が自害した。軍人としての不甲斐なさを恥じるあまりの行動と思われたが、その妻の存在が、事件の影に潜む何かを感じさせていた……。〈花葬〉シリーズのその他の作品でもいえることだが、動機が非常に重要な役割を果たすことが多く、本作の動機もとりわけ秀逸である。しかも明治という時代を非常に上手く活かしている。

 なお、本書は講談社文庫版だが、後に復刊された光文社文庫ともども今は絶版。〈花葬〉シリーズ八作を収録したハルキ文庫版ももちろん絶版のため、やはりこれは先日のコメントでおっさん様に教えていただいた「夜の自画像」「能師の妻」と合わせ、どこかが〈花葬〉シリーズ全集を出すべきではないだろうか。
 これだけの傑作が気軽に読めない日本のミステリ事情というのはやはり問題があるよなぁ。


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 今回も追悼読書。連城三紀彦の「花葬」シリーズを集めた短編集『戻り川心中』を読む。
 本当は「花葬」シリーズをすべて収録したハルキ文庫版でいきたかったのだが、あいにく積ん読の山から発掘することができなかったので本日は講談社文庫版で。収録作は以下のとおり。

「藤の香」
「桔梗の宿」
「桐の柩」
「白蓮の寺」
「戻り川心中」

 戻り川心中

 いやあ、やはりこれは凄い。
 管理人としては二十年ぶりぐらいの再読になるのだが、傑作とはいえ多少は思い出補正がかかっているかと思いきや、いま読んでも文句なしのオールタイムベスト級である。
 その最大の魅力は言うまでもなく、豊かな文学性と驚愕のトリックの融合にある。詩情溢れる文体、ロマンチズムに彩られた世界観……美しさ、哀しさ、妖しさなどが渾然一体となって語られる物語はそれだけでも素晴らしいのに、終盤でその物語が根底から覆されたとき、知的なカタルシスと深い感動が同時に襲ってくるという、このうえない贅沢を味わえる。しかも収録された作品がほぼすべて傑作といってよいレベル。正に奇跡的な一冊である。

 以下、作品ごとの感想など。
 「藤の香」は色街で起きた連続殺人事件を扱う。犯人は語り手の愛人が住む長屋の隣に住む代書屋と思われたが……。色街と代書屋という、当時ならではの設定の活かし方が見事。真相には驚かされるが、切ない余韻もまた味わい深い。
 「桔梗の宿」も色街での殺人事件。死体の手には桔梗の花が……というイメージが鮮やか。プロットの妙を堪能できる作品だが、こちらもまたラストでのどんでん返しが哀しみをいっそう深くする。
 ハードボイルド風味の「桐の柩」は下っ端ヤクザによる語り。兄貴の命ずるままに殺人を犯すが、その兄貴の動機が秀逸。ヤクザのしのぎと奇妙な三角関係を織り交ぜ、独特の世界を構築しているのも素晴らしい。
 「白蓮の寺」はトリッキーという意味だけなら本書中でもトップクラス。語り手の少年時の記憶だけを拠りどころとして、なぜこれだけの驚くべき真相に持っていくことができるのか。物語の重ね方が鮮やかすぎる。もちろんトリッキーなだけではなくて、その隠された動機が非常に心を揺さぶるのである。
 表題作の「戻り川心中も凝りに凝っている。二度の心中事件を起こし、最終的には自害した近代の天才歌人・苑田岳葉。彼の生涯を小説にしようとした語り手は、苑田岳葉の残した歌、そして関係者らへの聞き込みで、苑田岳葉の心中事件と自殺の真相に気づいてゆく……。

 その昔、木々高太郎と甲賀三郎の間で勃発した探偵小説芸術論争というものがあったが、当時、連城三紀彦がいれば、そんな論争などほぼ無意味だったような気がする。それぐらい本書は文芸とミステリの垣根をやすやすと越えた大傑作なのである。未読の方はぜひ。


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 連城三紀彦の長篇デビュー作『暗色コメディ』を読む。
 今では幅広い作風を誇り、一概にミステリ作家とも言い切れない連城三紀彦だが、デビュー段階ではバリバリの本格派。だが彼の武器はそれだけではなく、確かな文章力や表現力の豊かさも同時に備えていた。
 驚くべきことにこの長篇デビュー作においても、その実力はいかんなく発揮されている。

 物語は四人の奇妙な体験で幕を開ける。デパートでもう一人の自分と浮気している夫を目撃する妻。トラックに飛び込み自殺したものの、そのトラックがなぜか消えてしまった絵描き。夫と暮らしながらも、その夫が事故で死んでいると思いこんでいる主婦。妻がいつのまにか別人とすり替わっていると信じ込む医者。
 何が事実なのか、どこまでが狂気なのか。ありえない出来事を結びつける真実がおぼろげに浮かぶとき、また新たな悲劇が……。

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 ううむ、一発目の長篇でここまでやっていたのか。まったく恐れ入る作家である。
 上で書いたように、本作では四つのエピソードが同時に進行する。常識では考えられない出来事が起こり、それぞれの主人公は(そして読者も)状況を理解できないまま次第に闇の奥底へと導かれていくのである。
 やがて舞台にはある精神科の病院が登場する。何やらこの病院を中心に物語が集約されそうな気配を見せつつ、それでもなお着地点が見えてこないもどかしさ。そして募る不安感。この静かな煽りが巧いのである。ワッと驚かすのではなく、細かな疑惑を繰り返し重ねていき、これがボディブローのように効いてくる。
 フランスミステリのサスペンスものではときどきお目にかかる手ではあるが、本作の場合、これを四つ同時進行させるから凄まじい。しかも連城三紀彦は心理描写が丁寧なのでよけいに効果的。酩酊感すら味わえる。

 もちろん本書はホラーではないから、最後には合理的な解釈が待っているのだけれど、惜しむらくはその強引さであろう。っていうか、かなりの離れ技に挑戦しているせいで、あちらこちらに無理が出てくるわけである。
 ネタバレになるため詳しくは書かないが、犯人がここまでする理由、あるいは読者相手の仕掛けという点では、納得できないところも少なくない。
 また、探偵役が真相へ近づくための手段も意外にカタルシスがなく、この辺はもう少しドラマティックに展開してもよかったのではとも思う。終盤の流し方が実にもったいない。

 というわけで傑作と断言するにはちょいと苦しい本書だが、緻密なプロットや数々の仕掛けは、力作というには十分すぎるほどであり、やはり一度は読んでおきたい一冊といえるだろう。何より著者のチャレンジ精神に脱帽である。


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 久しぶりに連城三紀彦を読んでみる。ものは光文社文庫の『変調二人羽織』。著者のデビュー誌でもある雑誌「幻影城」に掲載された作品を中心に編んだ短編集。
 今ではミステリーという枠で括れない作風となった連城三紀彦だが、そのデビューはガチガチの探偵小説専門誌。さまざまな仕掛けや趣向を駆使し、それを叙情詩絵溢れる文体で鮮やかにカモフラージュする、といったイメージである。本書はそんな初期連城の特徴と魅力が最大限に発揮された一冊だ。収録作は以下のとおり。

「変調二人羽織」
「ある東京の扉」
「六花の印」
「メビウスの環」
「依子の日記」

 変調二人羽織

 とにかくどの作品も設定が凝っている。
 デビュー作でもある表題作「変調二人羽織」は落語家が高座の真っ最中に殺されるという話。その事件自体も興味深いが、冒頭で語られる都会を飛んでいった鶴のエピソードの絡め方がうまい。各種アンソロジーにも多く採用されているが、トリックだけでなくこういう趣きがあればこそであろう。

 「ある東京の扉」は編集者と作家の会話で構成されたアリバイ崩しもの。売れない作家が小説のネタをもちこみ、編集者に話して聞かせているという趣向だが、そのやりとりが面白く、ラストのオチが効いている。

 「六花の印」。時代も場所も違う二つのエピソード、ただし、何となく似たようなお話が平行して語られる。どちらの話も語りが実に魅力的で、その雰囲気に浸っていると最後に驚きの結末が待っている。これは凄い。傑作揃いの本書中でもイチ押し。

 「ねえ、きのうの晩、あなた、わたしを殺そうとしなかった?」という書き出しが秀逸な「メビウスの環」。夫婦の間に芽生えた疑惑は終着点がまったく見えない。真相もさることながら心理描写やサスペンスの盛り上げもお見事。

 「依子の日記」も「メビウスの環」同様、心理描写とサスペンスで読ませる一作。山中の一軒家で繰り広げられる冷たい三角関係、といえば安っぽいが、連城三紀彦はレベルが違う。

 なお、本書の解説を「幻影城」の元編集長、島崎博氏が書いているのも嬉しい。連城三紀彦のファンだけでなく探偵小説ファンにも広くおすすめしたい。


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