メルヴィル・デイヴィスン・ポーストの『ムッシュウ・ジョンケルの事件簿』を読む。ポーストといえばやはりアブナー伯父シリーズが有名だが、他にも悪徳弁護士のランドルフ・メイスンやロンドン警視庁のヘンリー・マーキス卿、アメリカ情報部のウォーカー部長など、いくつものシリーズを残している。本書もそんなシリーズのひとつで、パリ警視総監のムッシュウ・ジョンケルを探偵役にした短篇集。マイナーどころではあるが、書かれた時代を考えると一応はホームズのライヴァルと呼んで差し支えないのだろうか。
収録作は以下のとおり。解説によると意外と戦前から『新青年』などの雑誌で翻訳されていたようで、収録作のほぼ半数は既訳、残り半分が本邦初訳らしい。中でも「大暗号」は代表作で、ポケミスの『名探偵登場』や創元推理文庫の『暗号ミステリ傑作選』にも採られており、これは既読の人も多いだろう。
管理人も「大暗号」こそ読んでいたものの、探偵役のジョンケルについては一切記憶に残っておらず、本書でようやくシリーズの全貌やキャラクターについて知ることができた。これは版元に感謝である。
The Great Chipher「大暗号」
Found in the Fog「霧の中にて」
The Alien Corn「異郷のコーンフラワー」
The Ruined Eye「失明」
The Haunted Door「呪われたドア」
Blïcher's March「ブルッヒャーの行進」
The Woman on the Terrace「テラスの女」
The Triangular Hypothesis「三角形の仮説」
The Problem of the Five Marks「五つの印」
The Man with Steel Fingers「鋼鉄の指を持つ男」
The Mottled Butterfly「まだら模様の蝶」
The Girl with the Ruby「ルビーの女」

なるほど。頭抜けたところはないけれども、なかなか独特の魅力はある。
アメリカ人の著者があえてパリの警視総監を主人公にしたのは、読み物として謎解きにプラスアルファの意味でエキゾティシズムを取り入れたかったようなのだが、キャラクターの個性ともあいまってまずまず成功しているように思う。残念ながら今となってはエキゾティシズムとしての部分はさほどではないけれども、娯楽読み物としては悪くない。
特に印象に残ったのはストーリー構成である。捜査の途中だったり、けっこう思い切ったところから幕を開ける作品が多く、それを回想や会話で補いつつ、一気にどんでん返しに持っていくという寸法。読者にペースをつかませないまま一気に驚かせる狙いがあるのだろうか。
ただ、たまになら面白いのだが、毎回それでやられると、読みにくさが先に立ってむしろマイナスに感じられるのが惜しいところだ。
探偵役のムッシュウ・ジョンケルはそこまでアクが強いわけではなく、温厚な紳士という感じ。訳者あとがきで書かれているように(外見はまったく異なるが)、言動などにポアロっぽい雰囲気が強いのだが、これは訳者がポアロを意識しながら訳したせいではないのかな(笑)。
ミステリとしてはそこまで驚くようなものはないけれど、時代を考えると十分に健闘しているとは思う。おすすめはやはり「大暗号」。暗号ミステリはポオ「黄金虫」のように普通に暗号の解き方で読ませる場合と、暗号という存在そのものを仕掛けに使う場合、その両方をミックスさせた場合があると思うのだが、本作はミックスのパターンをアレンジしたような作りで、そこに感心する。ほかでは「失明」「ブリュッヒャーの行進」「鋼鉄の指を持つ男」あたりも好み。