『文豪怪談傑作選 幸田露伴集 怪談』を読む。言わずとしれた近代文学の大御所だが、果たして今の若い人がどれだけ読んでいるのか。などと問題提議っぽく書き始めたものの、かくいう管理人もこれまで『五重塔』ぐらいしか読んでいないのだが、それですらン十年前だ、すんません。
それをなぜ急に読む気になったのかといえば、もちろん〈文豪怪談傑作選〉の一冊だから。
近代文学を支えた文豪たちが、これだけ怪談や幻想小説に手を染めているという事実がまず嬉しいが、幸田露伴などはそもそも幻想系の作品でブレイクし、後も一定のペースでその種の作品を書き続けた作家。いわば本シリーズの真打ちといっても過言ではない。
収録作は以下のとおり。小説だけでなく「魔法修行者」以下のエッセイなども多く収録している。
「幻談」
「観画談」
「対髑髏」
「夢日記」
「土偶木偶」
「新浦島」
「魔法修行者」
「怪談」
「支那に於ける霊的現象」
「神仙道の一先人」
「聊斎志異とシカゴエキザミナーと魔法」
「東方朔とマンモッス」
「今昔物語と剣南詩藁」
「蛇と女」
「金鵲鏡」
「ふしぎ」
「伝説の実相」
「それ鷹」
「扶鸞之術」

上で「期待は大きい」などと書いたが、ひとつだけ気になるのがその文体。要は文語体って読みにくいよねという話なのだが、本書でも多くが文語体の作品だ。
ところが実際に読んでみると、これが予想以上に面白い文章である。ひとつのセンテンスがけっこう長かったりするし、語句の選び方も独特、地の文と会話文の区別もないので、最初は多少しんどい。だがそれに慣れてくるとと、次第に流れるようなリズムとテンポの良さを感じることができて、これが心地よい。試しに音読してみれば、それをより実感できるはず。
それに比べると物語そのものは比較的おとなしい。本書には「怪談」というタイトルがつけられているが、正しく怪談としかいいようのないクラシックな話が多い。もちろんそれがつまらないわけではなく、むしろ引き込まれる。
例えば、露伴の出世作とも言われる「対髑髏」は、山中の一軒家で一夜を世話になった男の体験談。美しく教養も感じられる妙齢の女が、なぜこんな山中で一人で暮らしているのか。主人公はその女に対し、惹かれると同時に薄気味悪さも感じる。女が親しげにすればするほど、その裏が怖いわけで、でもやっぱり惹かれる。そんな主人公と女のやりとりや駆け引きが本編の大部を占めるわけで、これが滅法面白い。
ときには艶っぽく、ときには哀しく。匂い立つような描写とでもいえばいいのか、直接の会話文でもないのに、実に生々しく響く。それが終盤にふわぁーと夢から覚めるようなラストを迎えるわけで、この持っていき方がまた実に鮮やかなのだ。
「観画談」もいい。これも旅人の一夜の体験談だが(やはり怪談はこうでなくては)、こちらは「対髑髏」以上に枯れた物語。療養のために諸国を旅している苦学生が、ある山寺に世話になる。ところが大雨が降ってくるというので、少し離れた小山の上に草庵があるからそちらへ避難せよというのである。もうほとんど事件らしい事件は起こらない。ぶっちゃけ暗い雨の夜道を苦労して移動し、ついた先の草庵である山水画を見るという、それだけの話。
ただ、それまで勉学一筋に生きてきて価値観がガチガチに固まり、挙げ句に病に倒れた主人公には、その山道の体験と山水画の与える影響はとてつもないものだったのだ。若干、説教臭いけれど、これも描写が凄いのでぐいぐい引き込まれる。語りのレベルが違うのである。
怪談としてはそれほど怖くもないし、物語も今時のものから比べればいたって平凡。それでもこれだけのインパクトを受けるのは、すべて幸田露伴の巧みの技のおかげである。ある意味、物語ではなく、技術を楽しむための読書といってもいい。
学問的にはどうか知らんが、露伴入門書としても悪くない一冊ではなかろうか。