スティーヴ・ハミルトン『解錠師』を読む。既にネット上ではあちらこちらで評判上昇中の本書だが、最初は「え?」と思ったのも確か。
というのも、管理人の記憶する作者スティーヴ・ハミルトンの作品のイメージが、それほどよいものではなかったからだ。
ハミルトンはデビュー作『氷の闇を越えて』でMWA最優秀処女長編賞を受賞、ハヤカワ文庫でもけっこう賑々しく刊行されたと記憶する。ところが当時の書評では、及第点には達しているが優等生的で面白みのないハードボイルド、あるいは欠点の少ない、いかにもコンテスト狙いの作品、といったネガティヴなものが多かった。そのためすぐに読むこともなかったのだが、そういった書評の影響もあってか世間でもそれほど人気は上がらず、いつしか翻訳も途絶え、日本では忘れられた作家となってしまった。
そんな作家の作品が、いきなりネットを賑わしている。新装カバー以降とりわけ優れた作品が目立つポケミスというのも気に掛かる。で、今回は乗り遅れることのないよう、何とか忘れないうちに手に取ってみたわけである。
主人公のマイケルは、八歳のときに体験したある出来事のため、一切ものを話せなくなってしまった。自然、彼は孤独な少年時代を送るようになるが、そのうち絵の才能に目覚め、少しずつ若者らしい生活を取り戻そうとする。
彼にはもうひとつの隠された才能があった。それが解錠だった。退屈さを紛らわすため手に取ったシリンダー錠に魅了され、次第に腕を上げるマイクル。だが、同級生たちにそそのかされ、いたずらに入った屋敷で捕まったとき、彼の人生は大きく変わってゆく……。

素晴らしい。これは文句なく年間ベストテン級の一作である。
読む前は『解錠師』というタイトルから、金庫破り系ハードボイルドもしくは犯罪小説だと予想していたのだが、まあ、ある程度は予想どおり。こちらの予想を超えたのは、主人公がまだ二十歳前の少年~青年だったということ。しかも、その主人公は絵の才能にも恵まれ、そして何より最大の特徴は、口がきけない、ということなのである。
このように非常に特殊な設定のキャラクターだから、普通は作りすぎの嫌いが出てしまい、嘘くさい話になりがちである。ところが作者はそういうひとつひとつの設定を見事に融合させて、実に自然な流れで主人公の生き様や心理を描いてゆく。
決して明るい話ではない。そもそもはトラウマ故の状態だから、主人公の抱える苦悩はとてつもなく深い。そこに絵や解錠、そしてアメリアという恋人が絡む。解錠という才能があっても、それは必ずしもプラスにはならず、かえってトラブルを生むこともある。正に人生は一歩進んで二歩下がる、そんな日々の繰り返しだ。それでも少しずつ、少しずつ、人生には大切な何かがあることを知り、それを手に入れたいと願う。
ラスト、主人公はまだまだハッピーとは程遠い状態なのだけれど、非常に爽やかな余韻を残すのは、やはりそこに希望があるからだ。もちろん、それこそが作者のメッセージでもある。
念のために書いておくと、ミステリとしての読みどころも十分にある。いわゆるどんでん返しやトリックとは無縁な作品だが、ハミルトンは基本的にハードボイルド作家なので、それを望むのはそもそも間違っている。
読みどころは犯罪小説としての味わい。町のチンピラの羽目外しが、やがて組織犯罪に手を染めるまでに至る過程はなかなか読ませる。そして何といっても解錠や金庫破りの描写。ここまで鍵の開け方を具体的に、あるいは感覚的に描いた作品はあまり記憶がない。
こういった部分だけでも十分に面白いのに、ここに惜しみなく主人公のドラマをミックスさせたことが本作最大の成功の要因だろう。
ちなみに、本書は主人公の回想というスタイルをとっている。ただし、普通に過去から遡るのではなく、ターニングポイントとなる時期を平行して進めるというやり方。このスタイルそのものが、主人公を明らかにするための鍵という構成と考えるのは穿ちすぎだろうか。