ブライアン・グルーリーの『湖は餓えて煙る』を読む。およそ一年半ほど前に出た本だが、ポケミスの装丁がリニューアルされて二番目の本にあたる。ちなみに新装第一弾は『卵をめぐる祖父の戦争』だったが、あちらに比べると本書はあまり話題にならなかった記憶がある。タイトルも装丁も若干地味目、厚さもかなりのものだから、やや敬遠されてしまったのだろうか。
かくいう管理人も買ってはいたが、そんなこんなでこれまで放置プレイ。先日、なんとなく手にとって読んでみたのだが、うわああ、やっぱりね外見じゃわかりませんよ本は。『卵をめぐる祖父の戦争』にだって決してひけを取らないぐらいの面白さなのだ、これが。
地元の少年アイスホッケーチームでキーパーとして活躍していたガス。だが彼は大事な試合で痛恨のミスを犯し、逃げるように町を出た。やがて新聞記者として力を発揮するが、ピューリッツア賞を目前にしながら、またもトラブルに見舞われ、退社する羽目になる。そして今では帰郷し、地元の新聞社で当たり障りのない記事を書く毎日だった。
そんなある日のこと。湖に打ち上げられたスノーモービルが、十年前に事故死したアイスホッケーコーチのものであることが判明する。ガスにアイスホッケーを教えたばかりか、町全体をアイスホッケーチームの活躍で興隆させた伝説のコーチ、ジャックだ。恩人の死に不審な点があったのか、軽い気持ちで取材を始めたガスは、やがて町とコーチの闇を垣間見ることになる……。

著者のブライアン・グルーリーはこれがデビュー作だけれど〈ウォール・ストリート・ジャーナル〉の支局長を務めているだけあって、さすがに並の新人作家とはレベルが違う。特別、目新しい要素はないのだけれど、いい題材をしっかりと自分のものにして料理している印象。ちょっと書き込みすぎの嫌いはあるけれど、人物やアイスホッケー、そして斜陽の町の様子など、描写も鮮やかだ。
見どころはいろいろあるのだが、やはりハードボイルド好きとしては、冴えない主人公が事件を通して失った自信を取り戻していくという構図を、一番に挙げておきたい。前半はほんとに煮え切らないタイプに描かれているので、余計に立ち直りの兆しを見せる後半が生きる。この流れが自然で巧い。スーパーマンでもなく、本当のダメ人間でもなく、要は普通の男なのだ、でもホントはやればできるヤツ、でもなかなかやれない。絶妙な匙加減である。
まあ主人公に限らず、人物造形は全般的に達者である。舞台は一生をほとんど顔つき合わせて暮らす、地方の閉鎖性の強い社会なのである。ガスを取り巻く人間たちも、ときには仲良くときには敵対し、結局はなあなあの関係を保つ。できれば臭いものには蓋をしたい。そんな人々の複雑な距離感や空気が伝わってくる。
ミステリとしても完成度は決して低くない。さすがにトリックとかで読ませる本ではないが、読者にはきちんと餌をまいておいて、それに引っかかったところで二弾三弾とたたみかける終盤などは見事としかいいようがない。
しかも前半にいろいろと描かれるエピソードの数々が、味つけにとどまらず、きちんと伏線として機能させてくるところなどは、どこのベテラン作家かと思うほどだ。
強いて難をいえば前半の長さか。事件もほとんど動かず、回想も多い。これらが伏線に活かされるから仕方ないとはいうものの、それでもこのボリュームでこのスローテンポは少々きついだろう。
逆にいえば、ここさえ乗り切れればあとは一気である。至福の時が待っているはずなので、お時間がある方はぜひチャレンジを。