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 アーナルデュル・インドリダソンの『声』を読む。
 『湿地』、『緑衣の女』が各種年間ベストテンを賑わし、日本での人気もすっかり定着した感があるアイスランドのミステリ作家、アーナルデュル・インドリダソン。本作は彼の代表的シリーズであるエーレンデュル警部ものの五作目にあたる。ただし、日本ではシリーズの三作目から紹介されているので、我が国ではこれが第三弾ということになる。

 まずはストーリー。
 クリスマスシーズンのさなか、観光客で賑わうレイキャビクのホテルで殺人事件が発生する。被害者はホテルのドアマン、グドロイグル・エーギルソン。彼は住み込みの従業員としてホテルの地下室で暮らしていたが、その狭い地下の一室で、サンタクロースの扮装をしたまま、ナイフのようなものでメッタ刺しにされていた。
 捜査に訪れたエーレンデュル警部はさっそくホテル関係者に聞き込みを開始する。ところが二十年あまり住み込みで働いていたにしては、誰もグドロイグルの詳しい素性を知らない。しかし、エーレンデュルは彼らが知らないのではなく、何かを隠しているような印象も受ける。
 そんななか、ひとつの手がかりが浮かぶ。宿泊客であるレコード収集家のイギリス人から、グドロイグルが子供の頃、有名なボーイソプラノの歌手だったことを知らされたのだ……。

 声

 これは絶品。じわじわくる。過去二作品と比べても遜色なく、いやむしろこれまでのベストではないだろうか。

 のっけから少し話が逸れてしまうが、個人的な北欧ミステリのざくっとした印象をいうと、"社会問題に起因する犯罪を扱い、これに主人公や登場人物など個人の問題も絡ませて、多重的にその国が抱える課題や人の在り方について追求していくミステリ”といったところである。
 もちろん他にも多様なミステリはあるだろうけれど、今の日本で人気を博している北欧ミステリは、だいたいがこの類ではなかろうか。
 本作ではかなり個に寄った印象を受けるものの、インドリダソンの作品もまた、この範疇から外れてはいない。
 こんな風に書くと、退屈な作品という印象を与えてしまうかもしれないが、それは誤解である。確かに事件はいたって地味なものだし、表面的なストーリーの起伏も少ない。まあ、もともと地味なシリーズではあるが、本作はとりわけ地味。なんせ舞台はほぼホテルに限られ(捜査の間、エーレンデュルまでホテルに泊まる始末である)、ストーリーなどほとんど聞き込み捜査に終始している。
 そんな作品なのに、これが凄いのである。インドリダソンはこの一見地味なストーリーを、恐ろしく高いレベルで物語として昇華させ、静かな感動を与えてくれるのだ。

 元スターだった被害者はなぜ人生を転落し、哀れな最期を遂げたのか。彼の素顔と人生が明らかになると同時に、彼の抱えていた闇もまた明らかになってゆく。しかもその過程で関係者に秘められた様々な問題も浮き彫りになるのだが、それらをつなぐキーワードが家族である。
 被害者グドロイグルの家族、サブ事件として同時進行する家庭内暴力事件の家族、ホテルの従業員の家族、刑事たちの家族……そして極めつきはエーレンデュル警部の家族。様々な家族の物語がときには重なり、ときには比較されて語られてゆく。ストーリーは地味だが、プロットは計算され、重層的である。
 インドリダソンを褒めるとき、どうしてもその雰囲気や世界観に目を向けてしまうが、決してセンスだけで勝負している作家ではない。

 特に本作で秀逸なのは、エーレンデュル警部自身の物語を強烈に放り込んできたことだろう。
 エーレンデュルとその娘の関係は過去二作で明らかになっており、本作でも危うい状況は決して変わっていない。歩み寄れない理由は娘のせいだけではなく、娘の前にどこかガードを固めてしまうエーレンデュルにも原因はあるのだが、その原因がどこにあるのか、彼本人も自覚していないのである。
 本作ではそんなエーレンデュル自身が抱える闇について、これまでは比較的曖昧な説明にしていた彼と家族の障害となっていたものの正体を明らかにする。それはエーレンデュルが子供の頃の、やはり”家族の物語”だったのだ。

 エーレンデュル警部もまた、本作の被害者同様、過去に縛られている人間なのである。
 インドリダソンはエーレンデュルを通して、過去に何があったのかを読者の前に提示する。それが今にどうつながり、これからどう向かっていくべきか。簡単なことではないけれど、インドリダソンは一作ごとに少しずつその答えを導き出そうとしている。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 今年に入って平井和正に陳舜臣という二人の作家の訃報があった。

 陳舜臣はミステリの方でも知られているが、一般的には歴史作家としての方が有名だろう。個人的にも曹操の側から三国志を描いた『秘本三国志』が印象に残っており、これが初めて読んだ三国志でもあった。
 読んだ方ならご存知だろうが、圧倒的に有名な吉川英治の『三国志』とはキャラクター解釈がずいぶん異なり、当時は曹操と劉備のどちらが正義であるのかけっこう混乱した覚えがある。
 立場や視点が変われば、また歴史の事実すら変わるものなのだと、変なところで納得したものだ(苦笑)。

 平井和正についてはもう言葉すら見つからない。学生時代に知って、一時期はどっぷりハマった作家である。死霊狩り三部作なんて大傑作だし、ウルフガイや幻魔大戦シリーズなどはあまりの面白さに一日三冊ぐらいのペースで読んだものだ。
 ウルフガイにしても幻魔大戦にしても恐ろしく中毒性のある作品だった。初期はエンタメ系ながら徐々に宗教的な要素が入ってきて、作品に異様な世界観を与えていた。ウルフガイでは観念的なものだったからまだ良かったが、幻魔大戦などはカルト教団を描くような内容になってしまい、遂には一線を超えてシリーズは完全に破綻をきたしてしまっていた。
 ただ、それは平井和正という作家にとって大きなターニングポイントだったように思う。結局はのめり込みすぎておかしなことになってしまったが、一時期の作品の魅力は大きく増した。
 個人的にはその後の作品を追うのはやめてしまったが(ウルフガイ再開あたりまでだったか)、幻魔大戦とかウルフガイとか、ラストは一体どうなったのか今でも気になる。それとも結局完結はしていないのかな。


 本日の読了本はアーナルデュル・インドリダソンの『緑衣の女』。
 前作『湿地』で一気に日本のミステリファンにも知られるようになったアイスランドのミステリ作家インドリダソンだが、本作はその第二弾である(捜査官エーレンデュルのシリーズとしては四作目)。

 こんな話。住宅の建築現場で人骨が見つかった。レイキャヴィク警察のエーレンデュルをはじめとする面々は、さっそく現場へと向かったが、どうやら死体が埋められたのはかなり昔のことらしい。かつてこの付近にはサマーハウス、そして米軍や英軍のバラックもあったというが、果たしてそれらとの関係は? そして捜査を進めるうち浮かび上がってきた緑衣の女とは?

 緑衣の女

 うむ、前作同様のレベルで期待をまったく裏切らない。とにかく人間の業の深さを描かせるとインドリダソンは絶品である。日本ではまだ二作目の紹介ではあるが、インドリダソンはすでに安定感ある実力派とみなしても、まったく問題ないだろう。

 まず冒頭の一文がいい。
”床に座った子どもがしゃぶっているものを見て、若者はすぐにそれが人間の骨だとわかった”
 これが実に効いている。なんせ子どもが人骨をしゃぶっている絵面である。そんなイメージをいったん頭のなかに浮かべてしまった日にはもう後戻りはできない。読者は何とも言えない落ち着かなさを抱いたまま、先を読み急ぐしかないわけで、この時点でもう作者の術中にはまったも同然。
 そして、この事件と密接な関係がありそうな過去の出来事、さらには主人公エーレンデュルの私生活が並行して語られ、それらがアイスランドの抱える社会問題とオーバーラップする。この幾重にも重ねられた構造がまた絶妙のバランスで成り立っている。

 ただ、実際に読んでいるとあまりの重苦しさに、正直、楽しいという気持ちは芽生えない。社会問題を色濃く反映した警察小説はもはや北欧ミステリの十八番みたいになっているが、本作などはまさにその極北。DVや若者のヤク中などの描写も執拗であり、幸せな登場人物などほとんどいない。加えてミステリとしての仕掛けがあるわけでもなく驚くべき結末もない。
 しかし、しかしである。本作は間違いなく傑作である。この負の要素だらけの物語だからこそ、人は逆に希望を見出そうとするのであり、もちろん著者インドリダソンもそれは同じ。一度読み始めると真の救いが見えるまで読み続けるしかない、そんな物語とも言えるだろう。
 あ、もしかするとこれも中毒性が高い作品なのかもしれない。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』シリーズがヒットして以来、北欧ミステリの紹介が相次いでいるが、そのどれもがなかなか評判よろしいようで。まあ、本当につまんない作品はそもそも翻訳されないだろうから、粒が揃っているのは当たり前といえば当たり前。ましてやこれまで紹介が遅れていた国々のミステリだから、良い作品が出待ち状態ともいえる。
 本日の読了本は、その中でもとりわけ評判がよろしいアーナルデュル・インドリダソンの『湿地』。しかも北欧でもひときわ珍しいアイスランド産ミステリである。

 寒さが厳しくなりつつある十月のレイキャビク。”北の湿地”と呼ばれる地にあるアパートで老人の死体が発見された。物取りの気配はなく、突発的な激情にかられての犯行、ずさんで不器用、いかにもアイスランド的な犯行だと思われた。だが捜査官エーレンデュルは現場に残された意味不明のメッセージに惹きつけられる。やがて、被害者の過去が明らかになるにつれ、事件は不吉な様相を見せ始めていく……。

 湿地

 おお、これは好みだ。この暗さ、この渋さ。これぞ北欧ミステリ。破天荒なトリックもド派手なアクションもないけれど、これが実に面白いのである。
 そもそも北欧ミステリというと、社会問題を背景におきつつ、自身も問題を抱える刑事が主人公の警察ミステリ、というイメージがすっかり定着してしまっている。本作もまた例外ではなく、もはや定番とすら言えるようなその設定に食傷気味ではあったが、いざ読み始めるともう全然レベルが違うのである。とにかく語り口が上手いというか興味の繋ぎかたが上手いというか。

 だいたい北欧は高福祉社会といわれているけれど、その反面、システムの弊害による犯罪などマイナスの側面も多く抱えており、決してバラ色の地などではない。本作でも正にアイスランドならではの社会問題が取りあげられており、地道な捜査によって、その暗黒面が事件の真相と共に明らかになる。この過程こそが読みどころで、上質なミステリとして成立する大きな要因となっている。
 さらには主人公のエーレンデュル刑事も個人的な悩みを抱えており、これもまたアイスランド的な問題のひとつである。若者の非行、中絶、ドラッグなど、単なる一家族の問題とは思えない激しさだが、このエーレンデュルの生活と事件が交互に描かれることで、本書のテーマがじわーっと浮かび上がってくる。
 真相も決して愉快なものではないが、ラストに描かれる微かな希望の光が救いである。おすすめ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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