フリードリヒ・デュレンマットの『ギリシア人男性、ギリシア人女性を求む』を読む。
著者はスイスを代表する作家・劇作家だが、ミステリ系の作品も残している。その代表作といわれる
『約束』を読んだことがあるが、ミステリの手法を借りてはいるものの純粋なミステリというわけではなく、この人の興味はあくまで社会の矛盾や不条理に振り回される人間を描くところにあるようだ。
そこで本作だが、白水Uブックスから出ていることからもわかるように、まったくミステリではないのだが、読んでみるとこれがまたミステリ的な興味で引っ張る作品で、なかなか楽しめた。
こんな話。主人公は異国で暮らすギリシア人の血を引くアルヒロコス。四十代にして独身、仕事は大企業の下っ端経理マン。ごくつぶしの弟に金をせびられ、自身もうだつの上がらない暮らしぶりである。しかし、酒も煙草もやらず、女性経験すらない生真面目すぎる生活を送り、尊敬できる人々にはランキングをつけては倫理的秩序を維持するという妙なところもあった。
そんなアルヒロコスが、あるときカフェの夫婦に勧められ、結婚広告を出す。すると彼の前には目の覚めるような美女クロエが現れ、そのときから彼の生活は一変する。
面識のない高貴な人々がアルヒロコスに親しげに近づき、出社すれば大昇進、豪華なお城までが手に入り……いったい彼に何が起こっているのか?

それこそ舞台を見ているような面白さがある。カリカチュアされた人々によって演じられる寓話の類の面白さともいえる。
貧しいながらも絶対的倫理観に裏打ちされた主人公アルヒロコスの生き方は、果たして本当の人間らしい生き方なのか。境遇が一変することで自身の価値観は変わるのか。幸福な出来事が次々と起こることで、逆にある種の怖さを感じてしまう、そこが著者お得意の“奇妙な味"を醸し出す。
主人公の状況がどんどん悪くなるパターンの小説なら山ほどあるが、それとは反対にどんどん幸せになるというパターンは珍しく、それによって見えてくる真実を描くというのはありそうでなかった。
そしてミステリ好きには、この幸福の連鎖がなぜ起こっているのか、その理由こそもっとも知りたいところだが、まあ、ここはミステリ的興味として納得できる解釈ではないので念のため。ただし、寓話としては面白い。
著者はここでもカルカチュアされた、しかも逆説的な事実を見せてくれる。それこそアルヒロコスにとっては再び世界が逆転するようなダメージを与えるのであり、彼の考える倫理や人生の価値が最終的に問われることになる。
ひとつ気になったのはラストである。実は本作、正反対の二種類の結末が用意されている。試み自体は面白いが、むしろ著者自身が思うところをバシッと見せてくれた方がテーマがぼやけずに良かったと思うのだが。