ネレ・ノイハウスの『穢れた風』を読む。今やドイツを代表する警察小説、オリヴァー主席警部とピア上級警部を主人公にしたシリーズの第五作である。我が国では第三作が最初に刊行され、その後、4→1→2という順番で紹介されてきたため、本作でようやく順番どおり読めるようになった由。
風力発電の施設建築を進める会社で警備員の死体が発見される。だが、事件を取り巻く状況は奇妙なことだらけだった。ビルに何者かが侵入した形跡があり、社長のデスク上にはハムスターの死骸。警備員の死体には蘇生術を施した痕跡。そして監視カメラには社長自身の姿が。
事件の背景に浮かび上がったのは風力発電所の建設をめぐり、対立する会社と地元住民。だが遺産相続やエネルギーに関する国家的な陰謀までが浮かび上がる……。

なかなか見所の多い作品で、いろいろな意味で気になるところが目白押しである。
いい意味で気になったのはプロットとストーリーの巧さ。警備員の死体が発見される導入から、風力発電所建設を巡るさまざまな人間模様、そしてその背後に絡んでくる陰謀など、無駄な登場人物がいないのではないかと思えるぐらい緊密な構成が素晴らしい。序盤は頻繁なカットバックがちょっと鬱陶しいところもあるけれど、ひととおり主要人物が頭に入ると、個々のキャラクターが立っていることもあってとにかく読ませる。
登場人物のほとんど全員に裏の面と表の面を持たせているのも心憎い。このシリーズはドイツの歴史における光と闇を描くという側面が強いが、同時に登場人物のドラマを通じて人間の光と闇をも描いている。完全な善人、完全な悪人という者などいない、その双方を併せ持つのが人間という生き物なのだと。いや、それどころか人間はもともとダメな存在なのだと、繰り返し言っている気がしてならない。
そしてそれを事件関係者だけでなく、レギュラーの面々にまで当てはめていくのが著者のすごいところだ。歳をとったせいか、個人的には、正直、長いシリーズものが苦手になってきているのだが(苦笑)、本作はレギュラーたちのドラマの加減が巧くてついつい先が気になってしまう。
ただ、肝心のオリヴァーが主人公と思えないほど迷走を見せており、次作はけっこう著者の勝負どころという気もする。シリーズ化することで表現できるものもあるし、固定ファンを掴む手段として必要なのはわかるが、あまりに過度な展開はギャグと紙一重にすらなってしまう恐れもあり、むしろ逆効果のように思える。
意外だったのは風力発電や市民運動に関する著者の見方である。
風力発電というとわが国ではより環境に優しいエコなエネルギーとして扱われることがほとんどだろう。ところが本作では、発電所建設に絡む環境破壊などで、日本における原発並みの反対運動が行われていることを教えてくれる。
まあ、それはよいとして、問題はその描き方だろう。ドイツ日本を問わず、こういう物語に会社側や国側に利権を巡る動きを加味することはまあ小説の常套手段。ただ、本作では対する市民運動の側の内情についても相当に酷い描き方をしており、著者がそういう運動に対してかなり含むところがあるのではないかと想像してしまう。
できれば真っ向からエネルギーや環境の問題として事件を扱ってほしかったが、著者は組織における負の部分ばかり、つまりは人間の弱さにばかり目が向くようだ。このあたりのバランスもあまり過度に崩れると警察小説からだんだん遠のいてしまうため、そういう点も含めて次作は要チェックだろう。
全般的には上質の警察小説だが、著者の今後のスタンスが気になる一作ではあった。