今さらながらヴィカス・スワラップの『ぼくと1ルピーの神様』を読む。
2008年に公開された映画『スラムドッグ$ミリオネア』の原作でもある本書は、インドの現役外交官による作品。映画はアカデミー賞8部門を初めとし、数々の映画賞を総なめにしたほどの傑作だったようだが(未見)、原作本も十分期待に応える一冊である。
インドのテレビクイズ番組で、見事、全問正解を果たし、10億ルピーという大金を勝ち取ったラム・ムハンマド・トーマス少年。だが、ウェイターでなんとか飢えをしのいでいる、何の教養もないはずの少年が、そんな難問に答えられるはずがない。番組の制作会社は警察に通報し、彼は逮捕されてしまう。警察の訊問に耐えきれず、思わずインチキをやったと認めてしまいそうになる寸前、見知らず女性弁護士が現れ、窮地を救う。
少年は弁護士に問われるまま、どのようにして自分がすべてのクイズに答えられたのかを話し始める。それは彼の過酷な半生の物語でもあった……。

ううむ、これはよくできた小説だ。
なぜ、彼は難解なクイズに全問正解することができたのか。なぜ、ストリートチルドレン上がりで教養のなさそうなウェイターの少年に、そんな奇蹟を為し遂げることができたのか。そこには確固たる理由があったのだ。
本作はクイズの一問ごとに一章が充てられている。その一章ごとにラム少年がクイズの知識をどのようにして得たかが明らかになり、同時に彼の人生の断片が語られる。
クイズの答えは重要ではない。本作の肝は、その答えを知るに至ったラム少年の過酷な人生にあり、同時にそのような境遇を生み出しているインドの様々な社会問題にある。貧富の差、階級社会、殺人、強奪、幼児虐待、宗教問題……。インドが抱える諸問題が生々しく、ときには残酷に描かれる。
ただ、表向きは悲惨な内容なのだが、誇張や戯画化のバランスがよく、非常に面白く読めることが不思議。しかも主人公の生き方、決して勇敢でもなく強くもないが、苦境に立ちながらも前を向き続ける姿勢が、読者の共感を誘う。思わず応援したくなる健気さがあるのだ。とりわけ困難な場面では、1ルピーコインの裏表で人生を賭けることもあるのだが、実はこの行為にすら主人公のしたたかさが隠されている。
ミステリ的な仕掛けが効果的に使われているのも面白い。章が時系列に並んでないことやラストのどんでん返しなどにそれが顕著。もちろんただ驚かせるのではなく、それなりの意味を持たされている。ネタバレになるので詳しくは書かないが、それらが読後感の良さにも通じているのがいい。
これが処女作ということだが、よくぞこれだけ技巧的な小説が書けたものだ。しかも元氣が出る。文句なしにおすすめの一品である。
ちなみに著者のヴィカス・スワラップは現役外交官ということだが、現在はなんと在大阪インド総領事館総領事として日本に赴任しているという。