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 梶龍雄の『リア王密室に死す』を読む。こんな話。

 舞台は戦後間もない京都。個性豊かな旧制三高の面々は、勉学に遊びにと、それぞれのエネルギーを注いでいた。そんなある日のこと、リア王という綽名での三高生・伊場が、密室状態となった下宿先で死体となって発見される。
 容疑は部屋の鍵を持っており、アリバイがはっきりとしない同居者のボン・木津武志に向けられたが、三高の仲間たちは武志の無実を信じ、推理を巡らせる。

 リア王密室に死す

 著者には 『透明な季節』『海を見ないで陸を見よう』『ぼくの好色天使たち』という戦争直後を舞台にした青春ミステリの三部作があるけれども、本作も基本的にはその系譜につながる作品である。
 したがって味わいもそれらの作品とかなり近いものがあり、戦後の風俗描写、そして主人公(木津武志)をはじめとする当時の若者の気質が鮮やかに描かれているのがいい。
 とりわけ旧制高校の学生という当時のエリート候補たちが、将来や友情、恋愛、時代の流れに翻弄されつつも自分を見つけていく姿は、当時ならではの純粋さであり、羨ましくもある。

 ちなみに旧制高校は高校とはいっても現代の高校とはまったく意味が異なる。
 というのも、旧制高校はいまでいう大学の教養課程にあたり、六年間の小学校、五年間の旧制中学(ここが現代の中学・高校にあたる)を経て、受験によって入学する。
 旧制高校では文系理系を問わず、古文から外国語、哲学、文学、歴史、数学、物理など幅広い“教養”を三年間みっちりたたきこまれる。特に外国語はかなりの比重をとっていたようで、ドイツの哲学書や文学などを原書で読むのが当たり前だったらしい。まさに同世代の1パーセントぐらいしかいないエリート集団であり、彼らは卒業と同時に全国の旧帝大へ無試験で入学することができ、そのときに学部もある程度自由に選べたらしい。
 そのため旧制高校に入ったあとも勉強は一応大変だが、大学入試の苦労がない彼らにとって、この三年間はまさに青春を謳歌できる期間、自分の将来を考える期間、良い意味でのモラトリアム期間となったのである。

 ちょっと話がそれたが、つまりは旧制高校という制度、そしてその制度の中で生きる学生たちには、独特の時間が流れていたわけである。梶龍雄が巧いのは、そういう独特の世界を描いて、単純に物語の雰囲気を際立たせるだけではなく、その描写のなかに事件の動機や伏線を巧みに溶け込ませたことにある。
 『海を見ないで陸を見よう』などでもその成果は素晴らしいものだったが、本作でもそれにひけをとらず、関係者の行動にどこか腑に落ちないところもあるのだが、それがなかなか見切れない。ラストの種明かしでようやくそういうことだったかと納得し、同時に事件関係者それぞれの心情がしみじみと伝わってくるのである。

 ミステリとしての驚きも十分満足いくものだろう。タイトルの密室については物理的なものだし、まあこんなものかという気はするけれど、それでもやはり世界観にマッチしていて悪くはない。
 そもそも本作については、密室はメインのトリックというわけではなく、実はよりインパクトのあるトリックが待ちかまえている。ロジックで解き明かせるかとなるとちょっと厳しい気もするが、伏線はもうふんだんに張られているので、我ながらこれに気づかないかなと呆れるほどである。

 なお、本作は実は二部構成。時を隔てて真相が解き明かされるという二重構造である。それほどボリュームもないせいかスムーズに解決まで進みすぎて、ちょっと構成的にバランスの悪さを感じてしまった。
 完全に誰かの回想とかにして収めるか、あるいはもっとボリュームを増やして調査の試行錯誤を含めた展開にしたほうがよかったのではないだろうか。

  そういうわけで少し不満もないわけではないが、本作はこれまで読んだ梶龍雄作品でも十分上位にくる出来だろう。といっても、まだ十作ぐらいしか読んでないけれど 。
 旧制高校を舞台にした作品は他にもまだ三作あって、本作に比べるとやや出来は落ちるらしいのだが、それでも読むのが楽しみである。


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 久々に梶龍雄を一冊。ものは『連続殺人枯木灘』。
 太平洋戦争末期のこと。焼津港から前線に向かう貨物船が消失した。陸軍司令部からの密命を受け、新開発の武器や研究員を積載していたが、その存在も極秘にされていたため、敵潜水艦あるいは機雷による沈没と判断され、その事実も歴史に埋もれていった。
 それから三十年後。和歌山県枯木灘の山中で、ある昆虫マニアが何者かに襲われて命を落とす事件が起こる。友人の宇月与志雄は事件現場を訪れ、関係者から村の人々から話を聞いて回るが、その周囲に不穏な動きが起こる……。

 連続殺人枯木灘

 梶龍雄の作品を読むのはおそらくこれが九作目だが、これまでの作品の中ではけっこう異色作の部類だろう。なかには『大臣の殺人』などという正真正銘の異色作もあるが、まあ、あそこまではいかないにしても、知らずに読めば梶作品とは思えない一作だった。

 一般に梶作品の魅力は謎と論理に忠実な本格であることが挙げられるだろう。加えて初期のものは過去の出来事、とりわけ戦争が現代に暗い影を落としているものが多く、代表作といわれるものほど叙情性も豊かである。
 本作も戦争を扱っており、その意味ではお得意のパターンといえないこともないのだが、その絡み方は『透明な季節』や『海を見ないで陸を見よう』などとはまったく違う。
 ぶっちゃけ本格ミステリというより、謀略小説や冒険小説のノリなのである。前半はそれでも本格風といえなくもないが、後半ではある計画がスタートすることで一気に弾け、いったい梶先生どうしたのかと思うほどだ。

 ただ、事件の鍵を握る部分では、きちんとトリックや意外な真犯人を用意しており、結局これがやりたかったから、謀略小説や冒険小説の衣を借りたのだろうとは推察できる。
 とはいえ序盤で少々風呂敷を広げすぎであり、この物語にそこまで謀略小説的な設定が必要だったのかは疑問である。
 結果としてなんともちぐはぐな印象が強く、駄作とまではいわないが、トータルでは他の傑作に一歩も二歩も譲る出来となった。



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 梶龍雄の長篇八作目にあたる『殺人リハーサル』を読む。まずはストーリーから。

 芸能週刊誌記者の栗田は今やテレビのワイドショーレポーターも務める売れっ子。そんな彼の元にお互いが駆け出しの頃に懇意にしていた演歌歌手、川村鳥江から連絡が入る。ムショ上がりの松森という男から電話があったことで相談したいというのだ。
 栗田には思い当たる節があった。かつて鳥江が売り出し中の頃、刑務所に服役する松森からファンレターが届いたことがあり、栗田はそれを美談に仕上げ、記事として発表したことがあったのだ。しかし、実は栗田の記事は取材を行わない、ほとんどでっちあげの記事だった。
 松森の目的は不明だが、相手の素性が素性なだけにこじれると面倒だ。栗田はつい逃げ腰になってしまうが、そんなとき鳥江の自宅に暴漢が入る。鳥江は危ういところで難を逃れることができたものの、犯人は不可能な状況下で消え失せ、捜査は難航する。
 果たして犯人は松森なのか、そしてどのように脱出することができたのか。謎が明らかになる間もなく、再び鳥江を狙う事件が発生した……。

 殺人リハーサル

 世評はそれほどでもないようだが、これはまずまずよくできた本格ミステリである。
 本作では鳥江を狙う事件が実は三度も発生する。そのいずれもが犯人消失などについての不可能犯罪を扱っているのがまず楽しい。犯行現場の見取り図が毎度掲載されていたり、アリバイや手がかりの追求についても事件ごとに説明されていたり、きちんとした本格を書こうとする意図も随所にうかがえて好感度大。
 機械的なトリックの弱さなどはあるだろうが、プロットやメインのネタも悪くない。今ではやや古さも感じられるし、正直、予想どおりだったところは多いのだけれど(苦笑)、見事にまとめきったという印象だ。
 とりわけ終盤の謎解き部分は本格ファンにはたまらない見せ場だろう。なんせ探偵役として一人が謎解きを終えたとたんに、すぐ次の探偵役がそれをくつがえすのである。真相が二転三転するこの展開はなかなか面白い。

 芸能界やマスコミという華やかな世界の裏側を見せるというか、それこそワイドショー的な興味を設定として盛り込んだのは、好き嫌いの分かれるところだろう。通俗的に過ぎるというか、当時の芸能マスコミにありがちな軽薄さを前面的に出したキャラクターたちが登場人物の大半を占めるので、生理的に受けつけない人もいそうである。
 世評がいまいちなのも、もしかしたらミステリ部分よりそういう設定に原因があるのかもしれない。

 ただ、先にも書いたように本格ミステリとしてはツボを押さえた作りで、ラストの意外性もある。拾いものといってはなんだが、古書価もそんなにしないはずなので、お手頃価格で見かけた際はぜひどうぞ。


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 梶龍雄の『殺人者にダイアルを』を読む。
 『天才は善人を殺す』に登場した探偵小説マニアの大学生グループが活躍するシリーズの続編である。『天才は善人を殺す』がいまひとつだったので、本作も最初からあまり期待はしていなかったのだが、さて、その結果は?

 三十三歳の若さで銀行の副支店長を務めていた間宮信夫が、軽井沢で服毒自殺をした。時を置かずして、恋人の上草千秋までもが東京で後追い自殺を図る。銀行での横領事件の疑惑もあったことから、警察では双方共に自殺で決着をみていたが、そこへ入ってきたのが千秋の他殺を指摘するタレコミ電話だった。警察では念のため坂坊刑事を調査に向かわせるが……。
 一方、千秋と同じバーでアルバイトをしていた女子大生の藤川京子。葬儀の手伝いで荷物を取りに千秋のアパートへ戻ったとき、部屋に侵入していた何ものかによって頭を殴打されてしまう。京子が所属する鶴瀬大学推理小説クラブの面々は、千秋の死に怪しいところがあるとみて、調査を開始することにした。

 殺人者にダイアルを

 本作の大きな特徴は二つある。ひとつは捜査する側が警察と大学探偵団の競争になっていること。いわば知恵比べというストーリー構成による面白さである。
 もうひとつは、自殺と思われていた事件の背景に、思いがけない組織的陰謀が潜んでいたという題材の面白さ。
 それぞれ見どころはあるのだけれど、このふたつが実は上手く噛み合っていないというか、相性が極めて悪い。事件自体は時代に即した経済犯罪であり、社会派的なアプローチすら可能なのだが、それに対するミステリの側が一昔前の青春推理小説ノリでいくため、互いに味を潰しあっているのが残念だ。

 特に気になったのは、それなりの大きな目的を持った組織犯罪の割には、やることなすことが素人すぎること。そもそもこのシリーズはベースがコミカルなので、ある程度はカリカチュアされるのは仕方ないとしても、組織犯罪を描くならもう少しそれに合った設定を作るべきではなかったか。
 また、ラストのどんでん返しは本来ならかなりのインパクトなのだが、何というか急にそこだけマジになられても、といった気分になってしまって、素直に驚けないのが辛い。

 結論。著者がこのシリーズをなぜもう一作書こうという気になったかは不明だが、『天才は善人を殺す』よりはまあいいとしても、全体的にはすこぶる低調。バランスの悪さ、焦点の不確かさで、これまで読んだ初期七長編(ジュヴナイル除く)の中ではブービー賞といったところである。


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 コロンビアの作家ガルシア=マルケス氏が亡くなったようだ。先月から急に調子が悪くなり、しばらく入院したのち、自宅静養を続けていたらしい。八十七歳という年齢では致し方ないところもあるだろうが、それにしても残念。
 文学史に大きな足跡を残したことは言うまでもないのだけれど、日本でも南米文学やマジックリアリズムのブームを巻き起こし、ご多分に漏れず管理人も脳みそをぐちゃぐちゃにされた口である。あの頃は確か筒井康隆がエッセイとかにもしょっちゅう取りあげていて、その影響もあったかな。
 とりあえず『百年の孤独』や『族長の秋』は頭が柔軟な若いうちにぜひチャレンジしていただきたい本ではある。ただし、最初から挫折する可能性なきにしもあらずなので、『予告された殺人の記録』『エレンディラ』あたりから入るのもよいかも。

 
 読了本は梶龍雄の『ぼくの好色天使たち』。『透明な季節』、『海を見ないで陸を見よう』と並び、青春三部作と呼ばれる一冊である。
 三部作と呼ばれるからにはもちろんそれなりの理由があって、まずはいずれも戦時から戦後間もない頃を扱っているということ。次に旧制中学や高校に通う男子が主人公であること。しかもその主人公は本来いいところのお坊ちゃんなのだが、早くに父を亡くし、今はむしろ質素な生活を送っていること。生活や価値観が混沌とする時代において、そんな主人公が何を感じ、どう成長していくか、そういったものが叙情性豊かに描かれているところも共通である。
 そして何よりも、それら文学的アプローチがミステリの部分と非常にうまく融合しているところこそ、最大のポイントといえるだろう。

 さて、本作の主人公は浪人生の伊波弘道である。池袋の闇市で、ある復員兵に絡まれたことをきっかけに娼婦らと知り合い、闇市の住人たちと交流するようになる。これまでの暮らしとはまったく縁の無かったいわゆる裏の世界。だが、そこで暮らす人々もまた、彼らなりのルールや価値観をもって生きていた。
 新しい価値観を学びながらも、ともすると目標を見失いがちになる弘道。だが、あるとき娼婦の一人が殺害されるという事件が起こり、そんな日々も終わりを告げようとしていた……。

 ぼくの好色天使たち

 これは傑作。『透明な季節』、『海を見ないで陸を見よう』との共通項は確かに多いのだが、モノクロームで静謐なトーンの前二作と違い、本作は原色的かつ猥雑なイメージで迫ってくる。
 闇市を闊歩する男女の活き活きとした姿は圧倒的だし、そんな彼らが垣間見せる陰の部分もまた魅力的だ。タイトルにもある”好色天使たち”はもちろん娼婦を指すわけだが、彼女たちと主人公の交流もまた読みどころのひとつである。

 まあ、静かであろうが騒がしかろうが、どちらにしても結局は描写力のなせる技なのだが、この描写が効いているからこそ、よりミステリの部分が生きてくるのは前作同様である。
 人物描写が深くなればなるほど、実はミステリとしてのハードルが上がってくる。動機や性格をいちいち忠実に説明していては、意外性の欠片もなくなってしまうのは自明の理。梶竜雄はそこを怖れずに踏み込んでいくのが素晴らしい。

 そんな描写の細やかさをカモフラージュする手段として、本作ではフラッシュバックを巧みに放り込んでくるのが特徴だ。主人公や登場人物の一人ひとりを際立たせる目的もあるのだろうが、実は時系列をひっくり返すことで、上手く伏線を散らしたり、紛れ込ませているのがわかる。
 まあ著者のよくやる手ではあるのだが、これもプロットがしっかりしているからこその技。
 加えて最終章では、そういった複雑なプロットを鮮やかに収斂させてくれるわけで、しかもそこでもさらに一捻り加え、ただの謎解きに済ませないのもお見事である。

 ひとつ難を上げるとすれば動機の問題か。
 その有効性もさることながら、物語にマッチしていない印象なのである。ここに関しては伏線らしい伏線もほとんどなかったはずで、物語にほぼ落とし込めておらず、最後の最後で釈然としない部分が出るのはもったいない。だからこそ動機はよりわかりやすいものにした方がよかった。

 とはいえ、トータルではベストテン級の見事な一作。例によって絶版ではあるのだが、もし古書店で見かけたら迷わずどうぞ。


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 トム・クランシーが10月1日に亡くなった。『レッド・オクトーバーを追え』で華々しくデビューし、あっという間に世界的ベストセラー作家に登りつめたことはまだ記憶に新しいが、その最大の功績はハイテク軍事小説とでもいうべきジャンルを確立させたことにある。
 もちろん彼の登場以前にも軍事小説は多く書かれていたが、それらはあくまで冒険小説としての側面が強かった。トム・クランシーはそこに情報小説というエッセンスをぶちこんだ。近代の戦術やハイテク兵器など、軍事マニアが喜びそうなネタを徹底的に詰め込み、新しい時代の軍事小説を展開してみせたのである。キャラクターがステロタイプ、アメリカ礼賛が鼻につくなどの批判もあったが、初期のいくつかの作品は間違いなく傑作であり、このジャンルの先駆者として忘れるわけにはいかないだろう。
 まだ六十六歳という若さであり、死因が公表されていないこともあって何やらきな臭い感じもあるが、何はともあれご冥福をお祈りしたい。



 気分を変えて読了本の感想を。梶龍雄の長篇第五作目にあたる『龍神池の小さな死体』。

 おまえの弟は殺されたんだよ——母親が臨終の間際に残した言葉に、建築工学の教授、仲城智一はショックを受けた。弟の秀二は小学生の頃、学童疎開先の千葉は鶴舞で水死したはずだったのだ。智一は大学の休みをとり、真相を探るべく秀二のかつての同級生らを訪ね、そして鶴舞にある龍神池へと向かったが……。

 龍神池の小さな死体

 梶龍雄の代表作として語られることが多い本書だが、それも納得。
 序盤はどちらかといえば退屈なぐらいなのだが、主人公が鶴舞を訪れるあたりから物語が少しずつ動き始め、中盤を過ぎると一気にたたみかける。これがまったく思いがけない方向からやってくるので、こちらが態勢を立て直す間もあらばこそ、二転三転する事実が常に読者の先をいく。
 成功の要因はとにかく緻密なプロットと巧妙な伏線だろう。ラストの真相はかなり意外なもので、それだけにややプロットが強引かとも感じたが、ここまでやってくれれば固いことは言いますまい。あれもこれもすべてに意味があったのかと、その徹底的な伏線の作り込みには心底脱帽である。

 なお、ところどころで顔を見せる社会派ミステリ的なメッセージや主人公の生き様を云々するような描写はけっこう気になった。
 ストーリー上は確かにあってもおかしくないのだけれど、本書はあくまで本格寄りに力点を置いたミステリである。『海を見ないで陸を見よう』のような叙情性そのものが意味を持つミステリではないのだから、こういった部分を強調させるような描写は、全体のバランスを悪くしているように感じてしまった。決着のつけ方も同じ意味で気になった次第。

 ともあれそれらを差し引いても、本書は間違いなくおすすめ。これを絶版にしてはだめでしょ。


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 久々に梶龍雄を一冊。長篇第四作目にあたる『天才は善人を殺す』。

 芝端敬一の父は会社で服毒自殺をして亡くなった。親戚から借金をした直後に大金を騙し取られたことが原因だと思われた。父の後妻であり、敬一には義母となるめぐみは、その死を忘れるため、敬一に金を騙し取った犯人を一緒に捜してくれるよう懇願する。
 義母にほのかな恋心を抱いていた敬一は、大学の友人であるお京や四辻、探偵小説マニアの高村らと調査に乗り出すが、その前にキャッシュカードの問題が立ちはだかり、そして父の死に隠された真相が徐々に浮かび上がる……。

 天才は善人を殺す

 主人公が若者ということで、デビュー作の『透明な季節』や二作目の『海を見ないで陸を見よう』が連想されるが、これらは過去を舞台にしたリリカルな作品だった。ところが本作では舞台を現代におき、しかも若者の風俗をかなり盛り込んで思いのほかコミカルな雰囲気でまとめている。
 加えて探偵小説マニアを登場人物に配することで、積極的に推理する過程を物語の芯に据えたり、随所に探偵小説談議を展開するなど、随分とゲーム性・娯楽性を前面に押し出したスタイルになっている。

 当時、『透明な季節』や『海を見ないで陸を見よう』などが探偵小説的な味に乏しいという批判もあったようで、本作は著者なりの挑戦あるいは回答なのであろう。
 だがその挑戦は正直、それほど効を奏していない。そもそもこれが本当に著者のやりたかったことなのかという疑問がある。
 というのもバリバリの謎解きメインの本作においても、著者は主人公敬一の父に対する想い、義母への愛情を絡めた三角関係など、これまでの作品のテーマに通じるような題材をもきっちりと盛り込んでいるからである。だが先述のとおりいかんせんコミカルな作風の本作において、それらの要素はどうしてもただの添え物にすぎず、見事な融合を見せていた『透明な季節』や『海を見ないで陸を見よう』には及ぶべくもないのだ。

 それでも本格探偵小説として強烈な何かがあれば話は別だが、こちらもパンチ不足。密室をはじめいろいろなネタを仕込んではいるのだけれど、仰天の真相というには程遠い。梶龍雄ならとにかく何でも読んでやろう、という人向けか。


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 世間はクリスマスイヴで賑わしいが、こちらは大掃除のラストスパートで忙しい。本日は水回りをほぼ終えて、これであとは窓掃除ぐらい。でもこれがけっこう面倒なんだよなぁ。
 とはいえ人並みのことは少しだけやっておこうと、夜はチキンとシャンパンで晩ご飯。けっこう飲み過ぎてしまい、ヘロヘロとしたまま読了本の感想書きなど。


 梶龍雄の『大臣の殺人』を読む。ジュヴナイルをのぞけば、これが長篇第三作。デビューから『透明な季節』『海を見ないで陸を見よう』と、戦時戦後を舞台にした青春小説的なものを書いてきた梶龍雄だが、この三作目はなんと明治を舞台にした異色本格ミステリ。意欲的な作品を書き続けるところにまずは好感が持てるわけだが、内容も相変わらずのハイレベルでとにかく嬉しくなってくる。

 時は明治初頭。体制が大きく変わり、世の中にはまだまだ騒然とした気配が残っている時代。才ありながら身を持ち崩していた元旗本の結城真吾は、新たに創設された警視庁の探偵として働いていた。
 そんなる日、結城真吾は詳細を知らされぬまま、北海道からやってきた殺人犯の捜索を命じられる。だが、彼が捜査を始めた途端、目の前で次々と殺害される重要証人たち。事件の陰に、後の首相となる黒田清隆の絡む事件があることを突き止めた結城真吾だったが……。

 大臣の殺人

 序盤はとにかく意外さだけが先に立つ。なんせ明治を舞台にし、実際の歴史や実在の人物を盛り込んだ警察小説である。山田風太郎の明治物をはじめとして、古くは日影丈吉の『ハイカラ右京探偵全集』、最近では高城高の『函館水上警察』あたりを彷彿とさせるが、テイスト自体はけっこうハードボイルドチックであり、捕物帖的でもある。
 なるほど今作は謎解き要素薄めで、ストーリーやキャラクターで読ませるのかと思いきや、これがしっかり終盤で本格として機能してくるから見事。しかも前作、前前作と同様に、この時代、この設定、この雰囲気でなければ描けないネタを仕込んでいる。
 この物語自体が伏線やトリックにつながるというパターンは、叙述ミステリと似ていながらまったく非なるもので、書き手に相当の描写力がなければ為し得ない技。それがそのまま文学味にも通じており、満足度はすこぶる高い。

 もうたまらんね。今年は梶龍雄の実力を知っただけでもよかった。というか、この作家を読み残していたのは痛恨の極みである。リアルタイムでなくてもよかったから、せめて古書価が安いうちに出会うべきだった(笑)。


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 梶龍雄の『海を見ないで陸を見よう』を読む。
 著者の長篇第一作『透明な季節』の主人公、高志が、その数年後に遭遇した事件を綴る一作。ただし、シリーズや続篇というイメージではない。主人公の性格設定や激変する時代の流れを考えると、一応は順番に読んだ方が理解はしやすいだろうが、ストーリー自体に関連はないし、『透明な季節』の事件にも一切触れられていないので、どちらから読んでも特に問題はないだろう。

 こんな話。
 『透明な季節』の物語から数年後。戦争は終わったが、街には進駐軍がなだれ込み、人々は物資や食料の不足に悩んでいる時代。旧制中学に通っていた芦川高志も今では十九才、大学予科三年生となっていたが、生活のためにアルバイトは欠かせない日々であった。
 そんな高志を遊びに来ないかと誘ってくれたのが、愛知県は知多半島に住む伯父の一家。東京に比べてはるかに潤沢な食料事情につられてやってきた高志は、そこで小さい頃に遊んだことのある戸張姉妹に再会する。やがて高志は妹の津枝子と親しくなったが、ある日、彼女は岬で溺死体となって発見される。
 今更ながらに津枝子に特別な感情を抱いていたことに気づく高志。だが、悲しみに暮れる高志の前に一人の刑事が現れた……。

 海を見ないで陸を見よう

 おお、これもいいぞ。路線としては『透明な季節』同様、青春小説としての味わいを前面に出した、叙情豊かなミステリ。青春小説的な部分とミステリ的な部分が、前作よりさらにきれいに癒合しているといった印象だ。
 『透明な季節』もいい作品だったが、ミステリとしての弱さがやや目立った。それは意外な犯人や驚きのトリックに欠けるとかいう問題ではなく、そもそもミステリ的なアプローチに乏しかったことが大きな要因。本作でも大きなトリックなどはないのだけれど、フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットそれぞれの謎が盛り込まれており、事件そのものに興味が収斂している点がいい。

 とはいえ、やはり描写の多くは、高志の回想や心情など、青春小説寄りに割かれている。本作が素晴らしいのは、そういった部分が実はミステリを構成する大きな仕組みにもなっていることなのだ。叙述トリックなどとは違うのだけれど、伏線が鮮やかなまでに散りばめられており、それが犯行の動機などともリンクするに及んで、もう圧倒的。
 ともすると『透明な季節』では、著者はメッセージを伝えるための手段として、ミステリというツールを使ったのではないかという疑問もないではなかった。それが本作では、青春小説的なお膳立てがあるからこそミステリとしても映えるという、相乗効果を生んでいる。

 最終章で明らかになるタイトルの意味、切ないが希望に満ちた幕切れもよく、これは満足の一冊。絶版ではあるが、幸い古書価もそれほどではないので、古書店で見かけたらぜひ。トマス・H・クックの記憶シリーズあたりが好きな人だったらなおよし。


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 1957~1987年といえば、ちょっとディープなミステリファンにとっては国内本格ミステリ冬の時代としてよく知られているところ。とはいえ、別に本格ミステリが死滅していたわけではない。「本格ミステリ」の商業価値が落ちていただけの話であり、その時代に活躍していた作家は決して少なくない。
 『本格ミステリ・フラッシュバック』刊行のおかげで、そうした作家や作品が少しは知られるようになったと思うのだが、梶龍雄も正しくその一人である。近年とりわけ再評価が進んでいるようだが、本日の読了本はそんな彼の長篇第一作『透明な季節』。

 太平洋戦争末期の東京。旧制中学に通う高志少年たちは、新しく学校に配属将校としてやってきた諸田少尉に悩まされていた。その体躯からポケゴリとあだ名をつけられた諸田だが、その立場と鉄拳による徹底した恐怖政治で、学校中を統率していく。
 だが、そんな諸田が神社の境内で死体となって発見される。死因は銃殺。状況から容疑者は学校関係者限られてはいたが、諸田が誰からも憎まれていたことや戦時という時節柄、捜査は予想以上に難航する。
 一方、たまたま殺害時刻に神社近くを歩いていたため、刑事から事情聴取を受けた高志。彼は事件を通して知り合った、諸田の妻・薫に惹かれ、捜査の進展を彼女に報告するようになるが……。

 透明な季節

 本作が梶龍雄の長篇第一作ということは上でも書いたが、実は作家デビューはそこから二十年以上も前にさかのぼる1952年。当時はまだ勤め人であり雑誌に短篇を発表する程度だったが、ついには会社を辞めて作家一本の生活へ。ただ、その後も児童小説や翻訳といったところが中心であり、1977年にこの『透明な季節』が第23回江戸川乱歩賞を受賞したことで、ようやくその名を広く知られるようになった。いわば大器晩成型といったところだろう。

 とまあ、このようなことを書いたのも、本作が実に達者な小説だったからである。
 乱歩賞はどうしても新人登竜門のようなイメージだから、本作も若書きのような先入観をもって読み始めたのだが、いやいやどうして。これはもう熟練の技ではないですか。
 読みどころは何といっても主人公、高志が体験する「透明な季節」である。旧制中学の学生たちの日常、しかも戦時における日常が、非常に瑞々しく描かれているのがまず素晴らしい。ややステレオタイプにおさまりがちな登場人物もいないではないが、戦争を知らない世代の想像をひとつ越えた描写も多く、非常にリアルさを感じさせる。それもそのはず、梶龍雄は正に高志と同じ年の頃に、この時代を生きていたのである。高志が著者の分身といえるかどうかは不明だが、著者の体験が高志たちの言動に活かされていることは間違いないだろう。
 価値観が画一化された時代にあっても、多感な若者たちはなお心のなかでそれぞれの人生の意味を求め、それぞれの青春を謳歌している。特にストーリーをひっぱる高志と年上の女性の淡い恋模様は鮮やかだ。
 そして、それら日常の中で徐々に大きくなってくる戦争の影。青春小説的な味わいのなかで、物資の不足や知人の死、破壊される街の描写が重ねられ、すべてがカタストロフィに向かって進んでいる。そういった時代がつまりは「透明な季節」なのである。

 惜しむらくは、それらの要素に比して、ミステリとしてはやや弱いところ。殺人事件は起こるし、捜査や推理といった要素もある。真相の意外性もそれなりにある。しかしながら青春小説や歴史小説といったムードが強すぎるせいか、読んでいる間はなかなかミステリとして意識しにくいのが弱点。
 とはいえ事件の真相や動機、殺害方法に至るまで、すべては戦争という状況が密接に関係しており、著者の狙いは十分に成功しているといえるだろう。絶版ではあるが古書店では比較的よく目にするし、お値段の相場も手頃。安く見かけたらぜひお試しを。


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