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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

梶龍雄『若きウェルテルの怪死』(講談社ノベルス)

 「トクマの特選!」が今月は『若きウェルテルの怪死』を復刊するというので、手持ちの中から掘り出してひと足お先に読んでみる。

 こんな話。若手編集者の“私”は、上野近辺の小さな飲み屋で金谷という老人と知り合いになり、ある時、若い頃に推理小説になりそうな体験をしたと聞かされる。その頃の日記があるというので、“私”はさっそくそれを読ませてもらったが……。
 ということで、本編では金谷青年が語り手となり、ある事件の顛末が語られる。金谷は当時、仙台にあった
旧制二高に入学し、寮生活を送っていた。特に親しくしていたのは同級生の掘分、そして掘分の下宿先である大平先生の一家や知人であった。ところがある日、掘分の自殺事件が起こり……というのが序盤の展開だ。

 若きウェルテルの怪死

 著者の青春ミステリは多いけれども、とりわけ旧制高校やその時代を舞台にした作品は傑作が揃っており、本作もなかなか悪くない。
 掘分の死の背後にあるものは何か。時代ゆえの思想や政治的な問題が見え隠れするものの、それは作品に厚みを与えつつも、実は著者の狙うところではないだろう。むしろ素直に、複雑な時代に生きた若者の葛藤や悩みを描くことに著者の目は注がれているのではないか。
 主人公の金谷は旧制高校の生徒には珍しく、意外にノンポリ系で、しかも純朴さがまだ残っている。そんな彼が時代の波に洗われ、次第に社会の裏を知り、大人になっていく様子(けどなりきれない)が鮮やかに描かれ、梶龍雄の巧さを再認識させてくれる。

 謎解きミステリとしては、他の旧制高校シリーズに比べると、やや落ちるかもしれない。
 青春ミステリではあるけれど、登場人物に学生は意外に少なく、歴史学者の大平一家を中心にした上流階級と労働者、官憲などさまざまな立場、思想の人々が登場する。そして表面だけではわからない各人の正体が少しずつ明らかになり、物語の展開によって徐々に排除されていくため、ミステリとしてはどうしても先が読みやすくなってしまうのである。
 構図的にはもともとシンプルなので、本格ミステリという観点では少し物足りなさが残った。

 だが先に書いたように、不穏な時代を生きる青年を描いた青春ミステリとしては悪くない。ストーリーとしては動きもあって面白く読めるし、主人公も変に熱血的・政治的なキャラクターに設定されていないため(それがもどかしいところでもあるのだが)、読者としては共感しやすい。何より主人公の設定がストーリー的にうまく機能している。この主人公だからこそ、このストーリーが生きたという感じである。
 ラストのちょっとしたサプライズも後味がよく、読んで損はない一冊。カジタツファンであればもちろん必読である。

 なお、日記の部分と金谷老人の補足部分が一行空きぐらいで流されるのは、けっこう紛らわしい。文体が変わるとはいえ、最初はちょうど詩まで挿入されたりするものだから、うっかり日記のつもりでしばらく読んでしまったよ(笑)。復刻される徳間文庫では罫線入れるとか、多少何か処理されていると親切かも。まあ、原作の形を崩すわけにはいかないから、それは無理な注文か。


梶龍雄『清里高原殺人別荘』(徳間文庫)

 一時期は梶龍雄作品も集中して読んでいたが、あまりに入手難が多すぎていつの間にか中断してしまった。もちろんネット上で探せばあるにはあるが、バカみたいにプレミアがついてしまっている。
 思えば不遇な作家で、必読級の作品がいくつもあるというのに、生前はそこまでブレイクすることもなく、没後はそれなりに再評価が進んだかと思いきや、すでにほとんどの作品が絶版品切れという状態。おかげで古書価は暴騰。乱歩賞を取った『透明な季節』やそれに続く初期の作品は部数も多いだろうからそれほどでもないが、1983年以降になると大手版元からの出版がガクンと減ったせいか、一気にレア作品だらけとなり、価格もなかなか大変なことになっている。

 そんな状況が「トクマの特選!」によって、どうやら改善される方向に向かっているのはありがたい。すでに笹沢左保など傑作がガンガン復刊されているが、このラインナップに梶龍雄も加わったのである。管理人も古書価が高すぎて躊躇していた『清里高原殺人別荘』を、この度ようやく読むことができた。ああ、本当に大枚叩いて買わないでよかった(苦笑)。

 清里高原殺人別荘

 さて『清里高原殺人別荘』だが、こんな話である。
 シーズンオフで雪積もる清里。その外れにある静かな別荘に、五人の大学生がやってきた。しかし、そこは彼らの物でも、借りた物でもない。彼らはある人物からの連絡を待つための拠点として、持ち主不在のその別荘に、勝手に忍び込んだのである。
 ところが彼らの予想しないことが起こる。別荘の持ち主の娘と名乗る女性が滞在していたのである。そればかりか、一人、また一人と何者かによって殺害されてしまう……。

 なるほど、これはお見事。
 クローズドサークルでの連続殺人を描く、文字どおり「吹雪の山荘もの」ではあるのだが、実はすべてがある目的のための伏線であったという、とんでもない仕掛けが用意されている。まったく思いもよらない方向から真相が明かされるので、その衝撃は半端ではない。そして、前のページを読み返し、その巧みな描写に唸らされる。

 だいたいクローズドサークルものは、サスペンスの盛り上げに関しては文句なしの趣向ではあるが、登場人物や舞台などさまざまな要素が限定されるため、意外に真相自体は辿りつきやすいという弱点がある。しかも被害者が増えると同時に容疑者は絞られる一方なので、決してハードルは低くないのだ。
 また、ミステリ的な部分だけでなく、極限状態での登場人物の描写に不満が残ることも多い。これは作者の描写力の問題ではあるが、ストーリーに登場人物をはめすぎるきらいがあって、不自然な行動、納得できない行動をする登場人物も少なくないのだ。
 本作が素晴らしいのは、そうした弱点も多少は抱えているにせよ(特に人物描写は著者の初期の作品に比べるとかなり辛い)、それらをまったく気にさせない驚くべき真相を用意していることなのだ。

 ともあれ、このような傑作が復刊されたことは実に喜ばしい。梶龍雄は次に『若きウェルテルの怪死』が予定されているようだが、個人的には『灰色の季節』もぜひ復刊してほしいところである。


梶龍雄『リア王密室に死す』(講談社ノベルス)

 梶龍雄の『リア王密室に死す』を読む。こんな話。

 舞台は戦後間もない京都。個性豊かな旧制三高の面々は、勉学に遊びにと、それぞれのエネルギーを注いでいた。そんなある日のこと、リア王という綽名での三高生・伊場が、密室状態となった下宿先で死体となって発見される。
 容疑は部屋の鍵を持っており、アリバイがはっきりとしない同居者のボン・木津武志に向けられたが、三高の仲間たちは武志の無実を信じ、推理を巡らせる。

 リア王密室に死す

 著者には 『透明な季節』『海を見ないで陸を見よう』『ぼくの好色天使たち』という戦争直後を舞台にした青春ミステリの三部作があるけれども、本作も基本的にはその系譜につながる作品である。
 したがって味わいもそれらの作品とかなり近いものがあり、戦後の風俗描写、そして主人公(木津武志)をはじめとする当時の若者の気質が鮮やかに描かれているのがいい。
 とりわけ旧制高校の学生という当時のエリート候補たちが、将来や友情、恋愛、時代の流れに翻弄されつつも自分を見つけていく姿は、当時ならではの純粋さであり、羨ましくもある。

 ちなみに旧制高校は高校とはいっても現代の高校とはまったく意味が異なる。
 というのも、旧制高校はいまでいう大学の教養課程にあたり、六年間の小学校、五年間の旧制中学(ここが現代の中学・高校にあたる)を経て、受験によって入学する。
 旧制高校では文系理系を問わず、古文から外国語、哲学、文学、歴史、数学、物理など幅広い“教養”を三年間みっちりたたきこまれる。特に外国語はかなりの比重をとっていたようで、ドイツの哲学書や文学などを原書で読むのが当たり前だったらしい。まさに同世代の1パーセントぐらいしかいないエリート集団であり、彼らは卒業と同時に全国の旧帝大へ無試験で入学することができ、そのときに学部もある程度自由に選べたらしい。
 そのため旧制高校に入ったあとも勉強は一応大変だが、大学入試の苦労がない彼らにとって、この三年間はまさに青春を謳歌できる期間、自分の将来を考える期間、良い意味でのモラトリアム期間となったのである。

 ちょっと話がそれたが、つまりは旧制高校という制度、そしてその制度の中で生きる学生たちには、独特の時間が流れていたわけである。梶龍雄が巧いのは、そういう独特の世界を描いて、単純に物語の雰囲気を際立たせるだけではなく、その描写のなかに事件の動機や伏線を巧みに溶け込ませたことにある。
 『海を見ないで陸を見よう』などでもその成果は素晴らしいものだったが、本作でもそれにひけをとらず、関係者の行動にどこか腑に落ちないところもあるのだが、それがなかなか見切れない。ラストの種明かしでようやくそういうことだったかと納得し、同時に事件関係者それぞれの心情がしみじみと伝わってくるのである。

 ミステリとしての驚きも十分満足いくものだろう。タイトルの密室については物理的なものだし、まあこんなものかという気はするけれど、それでもやはり世界観にマッチしていて悪くはない。
 そもそも本作については、密室はメインのトリックというわけではなく、実はよりインパクトのあるトリックが待ちかまえている。ロジックで解き明かせるかとなるとちょっと厳しい気もするが、伏線はもうふんだんに張られているので、我ながらこれに気づかないかなと呆れるほどである。

 なお、本作は実は二部構成。時を隔てて真相が解き明かされるという二重構造である。それほどボリュームもないせいかスムーズに解決まで進みすぎて、ちょっと構成的にバランスの悪さを感じてしまった。
 完全に誰かの回想とかにして収めるか、あるいはもっとボリュームを増やして調査の試行錯誤を含めた展開にしたほうがよかったのではないだろうか。

  そういうわけで少し不満もないわけではないが、本作はこれまで読んだ梶龍雄作品でも十分上位にくる出来だろう。といっても、まだ十作ぐらいしか読んでないけれど 。
 旧制高校を舞台にした作品は他にもまだ三作あって、本作に比べるとやや出来は落ちるらしいのだが、それでも読むのが楽しみである。


梶龍雄『連続殺人枯木灘』(トクマノベルズ)

 久々に梶龍雄を一冊。ものは『連続殺人枯木灘』。
 太平洋戦争末期のこと。焼津港から前線に向かう貨物船が消失した。陸軍司令部からの密命を受け、新開発の武器や研究員を積載していたが、その存在も極秘にされていたため、敵潜水艦あるいは機雷による沈没と判断され、その事実も歴史に埋もれていった。
 それから三十年後。和歌山県枯木灘の山中で、ある昆虫マニアが何者かに襲われて命を落とす事件が起こる。友人の宇月与志雄は事件現場を訪れ、関係者から村の人々から話を聞いて回るが、その周囲に不穏な動きが起こる……。

 連続殺人枯木灘

 梶龍雄の作品を読むのはおそらくこれが九作目だが、これまでの作品の中ではけっこう異色作の部類だろう。なかには『大臣の殺人』などという正真正銘の異色作もあるが、まあ、あそこまではいかないにしても、知らずに読めば梶作品とは思えない一作だった。

 一般に梶作品の魅力は謎と論理に忠実な本格であることが挙げられるだろう。加えて初期のものは過去の出来事、とりわけ戦争が現代に暗い影を落としているものが多く、代表作といわれるものほど叙情性も豊かである。
 本作も戦争を扱っており、その意味ではお得意のパターンといえないこともないのだが、その絡み方は『透明な季節』や『海を見ないで陸を見よう』などとはまったく違う。
 ぶっちゃけ本格ミステリというより、謀略小説や冒険小説のノリなのである。前半はそれでも本格風といえなくもないが、後半ではある計画がスタートすることで一気に弾け、いったい梶先生どうしたのかと思うほどだ。

 ただ、事件の鍵を握る部分では、きちんとトリックや意外な真犯人を用意しており、結局これがやりたかったから、謀略小説や冒険小説の衣を借りたのだろうとは推察できる。
 とはいえ序盤で少々風呂敷を広げすぎであり、この物語にそこまで謀略小説的な設定が必要だったのかは疑問である。
 結果としてなんともちぐはぐな印象が強く、駄作とまではいわないが、トータルでは他の傑作に一歩も二歩も譲る出来となった。



梶龍雄『殺人リハーサル』(講談社)

 梶龍雄の長篇八作目にあたる『殺人リハーサル』を読む。まずはストーリーから。

 芸能週刊誌記者の栗田は今やテレビのワイドショーレポーターも務める売れっ子。そんな彼の元にお互いが駆け出しの頃に懇意にしていた演歌歌手、川村鳥江から連絡が入る。ムショ上がりの松森という男から電話があったことで相談したいというのだ。
 栗田には思い当たる節があった。かつて鳥江が売り出し中の頃、刑務所に服役する松森からファンレターが届いたことがあり、栗田はそれを美談に仕上げ、記事として発表したことがあったのだ。しかし、実は栗田の記事は取材を行わない、ほとんどでっちあげの記事だった。
 松森の目的は不明だが、相手の素性が素性なだけにこじれると面倒だ。栗田はつい逃げ腰になってしまうが、そんなとき鳥江の自宅に暴漢が入る。鳥江は危ういところで難を逃れることができたものの、犯人は不可能な状況下で消え失せ、捜査は難航する。
 果たして犯人は松森なのか、そしてどのように脱出することができたのか。謎が明らかになる間もなく、再び鳥江を狙う事件が発生した……。

 殺人リハーサル

 世評はそれほどでもないようだが、これはまずまずよくできた本格ミステリである。
 本作では鳥江を狙う事件が実は三度も発生する。そのいずれもが犯人消失などについての不可能犯罪を扱っているのがまず楽しい。犯行現場の見取り図が毎度掲載されていたり、アリバイや手がかりの追求についても事件ごとに説明されていたり、きちんとした本格を書こうとする意図も随所にうかがえて好感度大。
 機械的なトリックの弱さなどはあるだろうが、プロットやメインのネタも悪くない。今ではやや古さも感じられるし、正直、予想どおりだったところは多いのだけれど(苦笑)、見事にまとめきったという印象だ。
 とりわけ終盤の謎解き部分は本格ファンにはたまらない見せ場だろう。なんせ探偵役として一人が謎解きを終えたとたんに、すぐ次の探偵役がそれをくつがえすのである。真相が二転三転するこの展開はなかなか面白い。

 芸能界やマスコミという華やかな世界の裏側を見せるというか、それこそワイドショー的な興味を設定として盛り込んだのは、好き嫌いの分かれるところだろう。通俗的に過ぎるというか、当時の芸能マスコミにありがちな軽薄さを前面的に出したキャラクターたちが登場人物の大半を占めるので、生理的に受けつけない人もいそうである。
 世評がいまいちなのも、もしかしたらミステリ部分よりそういう設定に原因があるのかもしれない。

 ただ、先にも書いたように本格ミステリとしてはツボを押さえた作りで、ラストの意外性もある。拾いものといってはなんだが、古書価もそんなにしないはずなので、お手頃価格で見かけた際はぜひどうぞ。


梶龍雄『殺人者にダイアルを』(徳間文庫)

 梶龍雄の『殺人者にダイアルを』を読む。
 『天才は善人を殺す』に登場した探偵小説マニアの大学生グループが活躍するシリーズの続編である。『天才は善人を殺す』がいまひとつだったので、本作も最初からあまり期待はしていなかったのだが、さて、その結果は?

 三十三歳の若さで銀行の副支店長を務めていた間宮信夫が、軽井沢で服毒自殺をした。時を置かずして、恋人の上草千秋までもが東京で後追い自殺を図る。銀行での横領事件の疑惑もあったことから、警察では双方共に自殺で決着をみていたが、そこへ入ってきたのが千秋の他殺を指摘するタレコミ電話だった。警察では念のため坂坊刑事を調査に向かわせるが……。
 一方、千秋と同じバーでアルバイトをしていた女子大生の藤川京子。葬儀の手伝いで荷物を取りに千秋のアパートへ戻ったとき、部屋に侵入していた何ものかによって頭を殴打されてしまう。京子が所属する鶴瀬大学推理小説クラブの面々は、千秋の死に怪しいところがあるとみて、調査を開始することにした。

 殺人者にダイアルを

 本作の大きな特徴は二つある。ひとつは捜査する側が警察と大学探偵団の競争になっていること。いわば知恵比べというストーリー構成による面白さである。
 もうひとつは、自殺と思われていた事件の背景に、思いがけない組織的陰謀が潜んでいたという題材の面白さ。
 それぞれ見どころはあるのだけれど、このふたつが実は上手く噛み合っていないというか、相性が極めて悪い。事件自体は時代に即した経済犯罪であり、社会派的なアプローチすら可能なのだが、それに対するミステリの側が一昔前の青春推理小説ノリでいくため、互いに味を潰しあっているのが残念だ。

 特に気になったのは、それなりの大きな目的を持った組織犯罪の割には、やることなすことが素人すぎること。そもそもこのシリーズはベースがコミカルなので、ある程度はカリカチュアされるのは仕方ないとしても、組織犯罪を描くならもう少しそれに合った設定を作るべきではなかったか。
 また、ラストのどんでん返しは本来ならかなりのインパクトなのだが、何というか急にそこだけマジになられても、といった気分になってしまって、素直に驚けないのが辛い。

 結論。著者がこのシリーズをなぜもう一作書こうという気になったかは不明だが、『天才は善人を殺す』よりはまあいいとしても、全体的にはすこぶる低調。バランスの悪さ、焦点の不確かさで、これまで読んだ初期七長編(ジュヴナイル除く)の中ではブービー賞といったところである。


梶龍雄『ぼくの好色天使たち』(講談社文庫)

 コロンビアの作家ガルシア=マルケス氏が亡くなったようだ。先月から急に調子が悪くなり、しばらく入院したのち、自宅静養を続けていたらしい。八十七歳という年齢では致し方ないところもあるだろうが、それにしても残念。
 文学史に大きな足跡を残したことは言うまでもないのだけれど、日本でも南米文学やマジックリアリズムのブームを巻き起こし、ご多分に漏れず管理人も脳みそをぐちゃぐちゃにされた口である。あの頃は確か筒井康隆がエッセイとかにもしょっちゅう取りあげていて、その影響もあったかな。
 とりあえず『百年の孤独』や『族長の秋』は頭が柔軟な若いうちにぜひチャレンジしていただきたい本ではある。ただし、最初から挫折する可能性なきにしもあらずなので、『予告された殺人の記録』『エレンディラ』あたりから入るのもよいかも。

 
 読了本は梶龍雄の『ぼくの好色天使たち』。『透明な季節』、『海を見ないで陸を見よう』と並び、青春三部作と呼ばれる一冊である。
 三部作と呼ばれるからにはもちろんそれなりの理由があって、まずはいずれも戦時から戦後間もない頃を扱っているということ。次に旧制中学や高校に通う男子が主人公であること。しかもその主人公は本来いいところのお坊ちゃんなのだが、早くに父を亡くし、今はむしろ質素な生活を送っていること。生活や価値観が混沌とする時代において、そんな主人公が何を感じ、どう成長していくか、そういったものが叙情性豊かに描かれているところも共通である。
 そして何よりも、それら文学的アプローチがミステリの部分と非常にうまく融合しているところこそ、最大のポイントといえるだろう。

 さて、本作の主人公は浪人生の伊波弘道である。池袋の闇市で、ある復員兵に絡まれたことをきっかけに娼婦らと知り合い、闇市の住人たちと交流するようになる。これまでの暮らしとはまったく縁の無かったいわゆる裏の世界。だが、そこで暮らす人々もまた、彼らなりのルールや価値観をもって生きていた。
 新しい価値観を学びながらも、ともすると目標を見失いがちになる弘道。だが、あるとき娼婦の一人が殺害されるという事件が起こり、そんな日々も終わりを告げようとしていた……。

 ぼくの好色天使たち

 これは傑作。『透明な季節』、『海を見ないで陸を見よう』との共通項は確かに多いのだが、モノクロームで静謐なトーンの前二作と違い、本作は原色的かつ猥雑なイメージで迫ってくる。
 闇市を闊歩する男女の活き活きとした姿は圧倒的だし、そんな彼らが垣間見せる陰の部分もまた魅力的だ。タイトルにもある”好色天使たち”はもちろん娼婦を指すわけだが、彼女たちと主人公の交流もまた読みどころのひとつである。

 まあ、静かであろうが騒がしかろうが、どちらにしても結局は描写力のなせる技なのだが、この描写が効いているからこそ、よりミステリの部分が生きてくるのは前作同様である。
 人物描写が深くなればなるほど、実はミステリとしてのハードルが上がってくる。動機や性格をいちいち忠実に説明していては、意外性の欠片もなくなってしまうのは自明の理。梶竜雄はそこを怖れずに踏み込んでいくのが素晴らしい。

 そんな描写の細やかさをカモフラージュする手段として、本作ではフラッシュバックを巧みに放り込んでくるのが特徴だ。主人公や登場人物の一人ひとりを際立たせる目的もあるのだろうが、実は時系列をひっくり返すことで、上手く伏線を散らしたり、紛れ込ませているのがわかる。
 まあ著者のよくやる手ではあるのだが、これもプロットがしっかりしているからこその技。
 加えて最終章では、そういった複雑なプロットを鮮やかに収斂させてくれるわけで、しかもそこでもさらに一捻り加え、ただの謎解きに済ませないのもお見事である。

 ひとつ難を上げるとすれば動機の問題か。
 その有効性もさることながら、物語にマッチしていない印象なのである。ここに関しては伏線らしい伏線もほとんどなかったはずで、物語にほぼ落とし込めておらず、最後の最後で釈然としない部分が出るのはもったいない。だからこそ動機はよりわかりやすいものにした方がよかった。

 とはいえ、トータルではベストテン級の見事な一作。例によって絶版ではあるのだが、もし古書店で見かけたら迷わずどうぞ。


梶龍雄『龍神池の小さな死体』(ケイブンシャ文庫)

 トム・クランシーが10月1日に亡くなった。『レッド・オクトーバーを追え』で華々しくデビューし、あっという間に世界的ベストセラー作家に登りつめたことはまだ記憶に新しいが、その最大の功績はハイテク軍事小説とでもいうべきジャンルを確立させたことにある。
 もちろん彼の登場以前にも軍事小説は多く書かれていたが、それらはあくまで冒険小説としての側面が強かった。トム・クランシーはそこに情報小説というエッセンスをぶちこんだ。近代の戦術やハイテク兵器など、軍事マニアが喜びそうなネタを徹底的に詰め込み、新しい時代の軍事小説を展開してみせたのである。キャラクターがステロタイプ、アメリカ礼賛が鼻につくなどの批判もあったが、初期のいくつかの作品は間違いなく傑作であり、このジャンルの先駆者として忘れるわけにはいかないだろう。
 まだ六十六歳という若さであり、死因が公表されていないこともあって何やらきな臭い感じもあるが、何はともあれご冥福をお祈りしたい。



 気分を変えて読了本の感想を。梶龍雄の長篇第五作目にあたる『龍神池の小さな死体』。

 おまえの弟は殺されたんだよ——母親が臨終の間際に残した言葉に、建築工学の教授、仲城智一はショックを受けた。弟の秀二は小学生の頃、学童疎開先の千葉は鶴舞で水死したはずだったのだ。智一は大学の休みをとり、真相を探るべく秀二のかつての同級生らを訪ね、そして鶴舞にある龍神池へと向かったが……。

 龍神池の小さな死体

 梶龍雄の代表作として語られることが多い本書だが、それも納得。
 序盤はどちらかといえば退屈なぐらいなのだが、主人公が鶴舞を訪れるあたりから物語が少しずつ動き始め、中盤を過ぎると一気にたたみかける。これがまったく思いがけない方向からやってくるので、こちらが態勢を立て直す間もあらばこそ、二転三転する事実が常に読者の先をいく。
 成功の要因はとにかく緻密なプロットと巧妙な伏線だろう。ラストの真相はかなり意外なもので、それだけにややプロットが強引かとも感じたが、ここまでやってくれれば固いことは言いますまい。あれもこれもすべてに意味があったのかと、その徹底的な伏線の作り込みには心底脱帽である。

 なお、ところどころで顔を見せる社会派ミステリ的なメッセージや主人公の生き様を云々するような描写はけっこう気になった。
 ストーリー上は確かにあってもおかしくないのだけれど、本書はあくまで本格寄りに力点を置いたミステリである。『海を見ないで陸を見よう』のような叙情性そのものが意味を持つミステリではないのだから、こういった部分を強調させるような描写は、全体のバランスを悪くしているように感じてしまった。決着のつけ方も同じ意味で気になった次第。

 ともあれそれらを差し引いても、本書は間違いなくおすすめ。これを絶版にしてはだめでしょ。


梶龍雄『天才は善人を殺す』(徳間文庫)

 久々に梶龍雄を一冊。長篇第四作目にあたる『天才は善人を殺す』。

 芝端敬一の父は会社で服毒自殺をして亡くなった。親戚から借金をした直後に大金を騙し取られたことが原因だと思われた。父の後妻であり、敬一には義母となるめぐみは、その死を忘れるため、敬一に金を騙し取った犯人を一緒に捜してくれるよう懇願する。
 義母にほのかな恋心を抱いていた敬一は、大学の友人であるお京や四辻、探偵小説マニアの高村らと調査に乗り出すが、その前にキャッシュカードの問題が立ちはだかり、そして父の死に隠された真相が徐々に浮かび上がる……。

 天才は善人を殺す

 主人公が若者ということで、デビュー作の『透明な季節』や二作目の『海を見ないで陸を見よう』が連想されるが、これらは過去を舞台にしたリリカルな作品だった。ところが本作では舞台を現代におき、しかも若者の風俗をかなり盛り込んで思いのほかコミカルな雰囲気でまとめている。
 加えて探偵小説マニアを登場人物に配することで、積極的に推理する過程を物語の芯に据えたり、随所に探偵小説談議を展開するなど、随分とゲーム性・娯楽性を前面に押し出したスタイルになっている。

 当時、『透明な季節』や『海を見ないで陸を見よう』などが探偵小説的な味に乏しいという批判もあったようで、本作は著者なりの挑戦あるいは回答なのであろう。
 だがその挑戦は正直、それほど効を奏していない。そもそもこれが本当に著者のやりたかったことなのかという疑問がある。
 というのもバリバリの謎解きメインの本作においても、著者は主人公敬一の父に対する想い、義母への愛情を絡めた三角関係など、これまでの作品のテーマに通じるような題材をもきっちりと盛り込んでいるからである。だが先述のとおりいかんせんコミカルな作風の本作において、それらの要素はどうしてもただの添え物にすぎず、見事な融合を見せていた『透明な季節』や『海を見ないで陸を見よう』には及ぶべくもないのだ。

 それでも本格探偵小説として強烈な何かがあれば話は別だが、こちらもパンチ不足。密室をはじめいろいろなネタを仕込んではいるのだけれど、仰天の真相というには程遠い。梶龍雄ならとにかく何でも読んでやろう、という人向けか。


梶龍雄『大臣の殺人』(中公文庫)

 世間はクリスマスイヴで賑わしいが、こちらは大掃除のラストスパートで忙しい。本日は水回りをほぼ終えて、これであとは窓掃除ぐらい。でもこれがけっこう面倒なんだよなぁ。
 とはいえ人並みのことは少しだけやっておこうと、夜はチキンとシャンパンで晩ご飯。けっこう飲み過ぎてしまい、ヘロヘロとしたまま読了本の感想書きなど。


 梶龍雄の『大臣の殺人』を読む。ジュヴナイルをのぞけば、これが長篇第三作。デビューから『透明な季節』『海を見ないで陸を見よう』と、戦時戦後を舞台にした青春小説的なものを書いてきた梶龍雄だが、この三作目はなんと明治を舞台にした異色本格ミステリ。意欲的な作品を書き続けるところにまずは好感が持てるわけだが、内容も相変わらずのハイレベルでとにかく嬉しくなってくる。

 時は明治初頭。体制が大きく変わり、世の中にはまだまだ騒然とした気配が残っている時代。才ありながら身を持ち崩していた元旗本の結城真吾は、新たに創設された警視庁の探偵として働いていた。
 そんなる日、結城真吾は詳細を知らされぬまま、北海道からやってきた殺人犯の捜索を命じられる。だが、彼が捜査を始めた途端、目の前で次々と殺害される重要証人たち。事件の陰に、後の首相となる黒田清隆の絡む事件があることを突き止めた結城真吾だったが……。

 大臣の殺人

 序盤はとにかく意外さだけが先に立つ。なんせ明治を舞台にし、実際の歴史や実在の人物を盛り込んだ警察小説である。山田風太郎の明治物をはじめとして、古くは日影丈吉の『ハイカラ右京探偵全集』、最近では高城高の『函館水上警察』あたりを彷彿とさせるが、テイスト自体はけっこうハードボイルドチックであり、捕物帖的でもある。
 なるほど今作は謎解き要素薄めで、ストーリーやキャラクターで読ませるのかと思いきや、これがしっかり終盤で本格として機能してくるから見事。しかも前作、前前作と同様に、この時代、この設定、この雰囲気でなければ描けないネタを仕込んでいる。
 この物語自体が伏線やトリックにつながるというパターンは、叙述ミステリと似ていながらまったく非なるもので、書き手に相当の描写力がなければ為し得ない技。それがそのまま文学味にも通じており、満足度はすこぶる高い。

 もうたまらんね。今年は梶龍雄の実力を知っただけでもよかった。というか、この作家を読み残していたのは痛恨の極みである。リアルタイムでなくてもよかったから、せめて古書価が安いうちに出会うべきだった(笑)。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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