ダフネ・デュ・モーリアの短編集『いま見てはいけない』を読む。
早川書房の異色作家短編集にもラインナップされている作家なので、どうしてもそういう文脈で語られることが多い作家だが、本書を読んで、それほど異色作家というわけでもないのかなという気がしている。
もちろん異色作家にありがちな奇妙な味、見事などんでん返し、なんともいえない恐怖など、お決まりの要素を含んだ作品ももちろんあるのだが、デュ・モーリアの場合、あまりその路線を意図しているわけではなく、なんというか人生におけるちょっとしたボタンの掛け違いを皮肉な調子で見せてくれるような、そんな感じを受けるのである。
だから他の異色作家に比べるとインパクトは弱いし、なかにはほぼ何の事件も起きないような作品まであったりするのだけれど、そこはかとない不安やむずむずした落ちつかなさがじわじわきて、結果的には、いや上手い作家だな、となる。まあ、そういう味があるから逆に「異色作家」に含まれることになるのかもしれないが(苦笑)。
Don't Look Now「いま見てはいけない」
Not After Midnight「真夜中になる前に」
A Border-Line case「ボーダーライン」
Tha Way of the Cross「十字架の道」
The Break Through「第六の力」

この短編集は旅と異郷のエキゾチズムをテーマに編まれたようで、すべての作品で主人公が旅をする物語になっている。著者にとっての旅は地理的なだけでなく、精神的にも異空間であることが想像できる。旅先で主人公が感じる開放感・疎外感が何かの扉を開くのである。
以下、軽くコメントなど。
「いま見てはいけない」は、娘を亡くした夫婦が旅先のヴェネチアで体験した幻想譚。夫婦はレストランでの食事中に奇妙な姉妹と出会うが、その姉の方が霊的な力をもっており、夫婦のすぐそばで亡くなった娘が幸せそうにしていると語る。奥さんは喜ぶが、夫のほうはその話に不吉なものを感じ、二人のあいだに微妙な溝が生まれ……。
ヴェネチアの闇と影の描写も雰囲気を盛り上げるが、その先に何が待っているのか、不安の煽りかたが絶妙である。後味も悪く、実にいやーな話。
「真夜中になる前に」は休暇でギリシャのクレタ島に訪れた絵画が趣味の教師の話。こちらも旅先で知り合う夫婦が曲者で、平々凡々たる教師がのみ込まれてゆく“何か"は、教師の心の闇でもある。
見舞にいった娘の前で父が亡くなり、娘は父と最後に見ていたアルバムに移っていた場所を訪ねてゆくのが「ボーダーライン」。
中身のほうは本書でも一番、著者らしさが出ており、ロマンスの絡め方、ボーダーラインの重層的な意味など、出来映えも一番か。
「十字架の道」は聖地エルサレムを訪れたイギリスのツアー客の顛末。代理でガイドを務めることになった神父に次々と降りかかる災難とは?
旅を終えたあとツアー客の何かが変わったというのは、考えたらすごくありきたりの物語なのだけれど、ドラマの設定や人物描写が巧くて群像劇としても秀逸。好みでいえば本書中ナンバーワン。
ラストを飾るのは「第六の力」。なんとSF仕立てで、とある研究所に長期出張することになった科学者の体験談。序盤はマッドなものを予想させるが、けっこう斜め上をゆく展開が面白いといえば面白い。でも本書中ではちょい落ちるほうだろう。
ということで、なかなか悪くない短編集である。積んであるもうひとつの短編集『人形』も早めに読むべきか。