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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ロジャー・スポティスウッド『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』

 久々に007シリーズをDVDで視聴。十七作目の『007 ゴールデンアイ』を観たのが昨年の8月だったから、ほぼ一年ぶり。ずいぶん間が空いてしまったが、ようやくゴールも見えてきたし、もう少しペースを上げねばなぁ。

 さて、シリーズ十八作目は『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』。ボンド役は五代目のピアース・ブロスナン、監督はロジャー・スポティスウッドという布陣。スポティスウッド監督は日本での知名度はいまひとつだが、パトリシア・ハイスミスの『贋作』を映画化した『リプリー 暴かれた贋作』なども撮っている人である。

 まずはストーリー。
 英国諜報部のMI6はロシアと共同で、ロシア国境沿いにある武器市場を調査していた。現地に潜入したジェームズ・ボンドは世界中の危険人物がいることを確かめ、MI6は直ちにミサイル攻撃を行う。しかし、このときアメリカ人テロリストのヘンリー・グプタを逃してしまう。
 後日、南シナ海で英国海軍のフリゲート艦と中国空軍のミグ戦闘機が公海上で交戦するという事態が起こる。一触即発ともいえる状況のなか、その事件をいち早く伝えたメディアがあった。イギリスのメディア王・エリオット・カーヴァーが発行する新聞「トゥモロー」である。この事実に着目した英国諜報部のMはボンドをカーヴァーの主催するパーティーに派遣させる……。

 007トゥモロー・ネバー・ダイ

 前作『007 ゴールデンアイ』からピアース・ブロスナンをボンドに据え、大幅リニューアルを図った007シリーズだが、本作でもメディア王という存在を敵に据えたり、バイクやヘリによるスタントなど、現代的なスパイアクションを見せたいという意志は強く感じる。
 まあ、現代的とはいっても1997年の作品なので、インターネットがまだまだ一般的ではない時代。新聞や雑誌、テレビを支配することで世界も支配しようというのは、今観るとさすがに無理がある。ただ、一昔前までは確かに世論はテレビや新聞によって形成されていたわけで、情報操作することの危険や影響力といった本質的なところは、今の時代とそれほど外れているわけではないだろう。 

 気になったのは敵のボス、メディア王・カーヴァーの存在。まるでスティーブ・ジョブズとかビル・ゲイツを連想させるようなキャラクターである。根っからの犯罪者ではなく、こういうある種の子供っぽさを備えた、言い換えると成熟していないゆえの危険性を孕んだ敵、さらに言い換えると要は大富豪のオタクというのが、なかなか目新しい。
 ただ、いろいろな策略や技術は打ち出すのだが、強さや怖さがまったく感じられないのは致命的であろう。チャレンジとしてはわかるが、結果的にはやはり失敗だろうな(苦笑)。

 他にもカンフー使いの中国人女スパイ、バイクのスタント・シーン、携帯で操縦するボンド・カーなど、新要素とまではいかないものの随所にパワーアップした見所はあるので、120分は比較的あっという間である。
 強いて言えば終盤の盛り上がりがいまひとつで、これも結局は敵の弱さに大きな原因があるため、ここがもう一工夫あれば、それなりの傑作になったのではないだろうか。
 まあ新味には欠けるけれども、トータルではバランス良く仕上がっていることもあり、個人的には65点ぐらいは差し上げたい。


マーティン・キャンベル『007 ゴールデンアイ』

 先日観たDVDの感想をひとつ。おなじみ007シリーズから第十七作目の『007 ゴールデンアイ』である。前作から六年もの沈黙の後、1995年に公開された作品で、ジェームズ・ボンド役は五代目ピアーズ・ブロスナンにバトンタッチされた。

 本作はボンド役だけでなく、キャストや設定が一新されたことでも知られている。制作者や監督が替わり、Mは女性に変更。話全体の流れもティモシー・ダルトン・ボンド登場以前にリセットされている。
 大幅な変更となった理由もいろいろあるようだが、制作やキャスティングの事情といったところに加え、冷戦の終結などボンド映画をとりまく世情が変わったことも大きいだろう。同時代のアクション映画に比べ007シリーズが古さを感じさせるのはムーア・ボンドの後半あたりからけっこう言われていたことなので、コンテンツを再生すべく刷新を図ったというところか。
 結果、リニューアルは見事に当たり、内容的にも最新のアクション映画として甦り、興行的にも大成功を収めた一本となった。

 さてストーリー。オープニングの舞台はまだ崩壊する前のソ連である。時期的には1980年代後半といったあたりか。ボンドはソ連の化学兵器工場爆破の任務を受け、006ことアレックと共に侵入する。しかしアレックはソ連側のウルモフ大佐の銃弾に倒れ、工場破壊という任務は成功するものの、ボンドはやむなく飛行機で脱出する。
 それから9年。ソ連は既に崩壊し、ロシアでは「ヤヌス」という犯罪組織が暗躍していた。ボンドはヤヌスの一員であるゼニアをマークしていたが、彼女は対電磁波装甲を施したNATOの最新鋭戦闘ヘリ・タイガーを奪って逃走する……。

 007ゴールデンアイ

 実は本作をちゃんと観るのはこれが初めてだったりするのだが、まずまず楽しめる作品ではあった。
 上で書いたように製作者たちの意気込みはけっこう感じられ、特にアクションシーンではそれが顕著だったように思う。オープニングのロープでの下降シーン、街中での戦車を使ったカーアクション、お馴染みの飛行機でのアクションなど、見どころは少なくない。
 また、ピアーズ・ブロイスナンのボンドも若々しく、個人的にはもっと無骨なボンドの方がイメージなのだが、まあ、制作サイドが長年オファーを送っていただけのことはあって、実に正統派二枚目のスマートなボンドである。

 もう少し気を配ってほしかったのはストーリー。今さら007シリーズにそれを求めるか?という声も聞こえてきそうだが、本作ではボンドの盟友006が敵に寝返るという設定であり(ネタバレごめん)、その友情や愛国心、裏切りなど、いくらでも描き方はあると思うのだが、これがまあもったいないことに、ちょっと観客を驚かせたいぐらいの扱いに終始しており、薄っぺらいことこの上ない。
 シリーズにいつも言えることだが、こういうアプローチが大作ながらも大傑作とならない原因のような気がする。実はミッション・インポッシブルにも影響を与えた作品らしいのだが、いろいろな点で抜かれているよなぁ。
 本当の意味での路線変更は、やはりダニエル・クレイグ・ボンドの登場まで待たなければならなかったのか。


ジョン・グレン『007 消されたライセンス』

GWは特に遠出の予定もなく、近辺をうろうろするのがせいぜいなのだが、それでも土曜は秩父は羊山公園の芝桜まつり、日曜は書店&古書店巡り、月曜の本日は立川の昭和記念公園のフラワーフェスティバルなどに出かけている。管理人はミステリが第一の趣味ではあるのだが、実はこう見えても各種フラワー関係のイベントにもドライブがてらこまめに出かけており、つい先週も塩船観音つつじ祭りに行ってきたばかり。命の洗濯というほど大げさなものではないが、仕事を少し忘れていられるのはやはり精神衛生上よいものである。


 こちらも命の洗濯になるのだろうか。DVDで『007 消されたライセンス』を視聴。
 『リビング・デイライツ』で新ボンドにキャスティングされたティモシー・ダルトンの二作目で、トータルでは十六作目。監督はおなじみジョン・グレン、公開は1989年である。

 親友でもあるCIAのフェリックス・ライターの結婚式に出かけるボンド。だが、その途中で麻薬取締局が長年追っているサンチェスが現れたとの連絡が入る。ボンドとライターはサンチェスの乗るセスナ機をヘリコプターで釣り上げるという荒技で、ついにサンチェスを捕らえた。
 しかしサンチェスは刑事を買収して再び逃亡に成功。しかもあろうことか新婚初夜のライター夫妻を襲い、新婦を殺害、ライターを拉致してサメに左足を食いちぎらせてしまう。
 帰国途中のボンドはサンチェス逃亡の方を聞きつけ、ライターの元へ急ぐが、そこで見たものは夫妻の変わり果てた姿だった。復讐を誓うボンドに危惧を抱いたMは別の任務を指示するが、ボンドはその場で諜報部を辞めると宣言した……。

 007消されたライセンス

 『リビング・デイライツ』で若返りを図り、路線もシリアス方向へ大きく舵をきったわけだが、007映画の歴史は結局、この繰り返しの歴史でもあるような気がする。そしてその軸がぶれている作品、つまりシリアス路線なのかがっつりエンタメ路線なのか、このあたりが中途半端になってしまったものは出来も落ちるのではないか。

 そういう意味でいうと、『007 消されたライセンス』は復讐に燃えるボンドという、いつになくシビアなボンド像というものを提示しており、一応はシリアス路線。だが『リビング・デイライツ』でいろいろと修正が入ってしまったらしく(おそらく興行上の理由で)、結局は従来の路線に一部戻しているのがなんとももどかしい。
 例えば香港の麻薬取締局が繰り出す忍者部隊、元空軍パイロットとのお手軽なラブロマンス、Qの馬鹿げた秘密兵器、ちょっとしたボヤだけで簡単に燃えてなくなる大工場などなど。これらはわかりやすい部類だが、ストーリーの核心を突く部分でも問題点は多い。友人のためとはいえボンドはなぜここまで復讐にかけるのか、また、ボンドは殺しのライセンスを何故こうも簡単に放棄してしまったのか。表面的な理由はもちろん立っているけれども、そこに至るまでの説得力の弱さが致命的である。

 ティモシー・ダルトン・ボンドの良さを再認識できたのは収穫だし、ムーア時代の凡作よりは全然上だとは思うが、それだけにこのバランスの悪さがなんとも残念な一作だった。


ジョン・グレン『007 ‪リビング・デイライツ‬』

 007シリーズの第十五作『007 ‪リビング・デイライツ‬』をDVDで視聴。監督はおなじみジョン・グレン、公開は1987年。

 NATOの演習中、「スパイに死を」というメッセージと共に英国の諜報部員004が殺害された。演習に参加していたボンドはなんとか暗殺者を倒すことに成功するが、暗殺者の狙いは謎のまま残された。
 そんなときソ連の重要人物コスコフ将軍から、亡命の協力依頼が英国諜報部に舞い込んでくる。狙撃者の攻撃を食い止め、コスコフを亡命させることに成功したボンド。やがてコスコフの口から、KGBのプーシキン将軍が英米スパイの抹殺計画を企てていることを聞かされる……。

 007リビング・デイライツ

 本作はシリーズ二十五周年記念作品でもあるのだが、何といっても最大の注目はボンド役がロジャー・ムーアからティモシー・ダルトンにチェンジしたことである。アクションのキレの良さは見違えるばかりで、ムーアの功績も否定するわけではないが、改めてみるとやはり007の若返りは必須だったことがよくわかる。
 また、そればかりが理由ではないけれど、全体的に垢抜けたというか、今風のアクション映画に近くなった印象。これは内容がシリアス路線に転化したことも大きく影響しているかもしれない。
 シリアス路線のボンドといえば、今ではご存じダニエル・クレイグが定番になってしまった感はあるが、ティモシー・ダルトンのそれも決して負けてはいない。

 惜しむらくはボンドガールにやや華が欠けることぐらいか(苦笑)。‪マリアム・ダボ‬も可愛いんだけど、この当時は少々子どもっぽさが目立ってボンドガールにはやや荷が重い感じ。
 とはいえシリーズ中でも本作の出来はなかなかのレベル。マニアの懐古趣味とかそんなことはまったく関係なしに、今観ても普通に楽しめる007映画である。


ジョン・グレン『007 美しき獲物たち』

 DVDで『007 美しき獲物たち』を視聴。1985年に公開された007シリーズの第十四作。三代目ジェームズ・ボンドのロジャー・ムーアはこの作品をもって007を卒業した。

 シベリアの雪山で英国諜報部員003の遺体を発見した007ことジェームズ・ボンド。ソ連の追っ手を振り切って、遺体から半導体チップを回収することに成功する。
 調査の結果、ソ連国内にあったこのマイクロチップは、核爆発で発生する強力な磁気にも対抗できるものであることが判明。Mはボンドに製造元のゾーリン産業を調査するよう命じるが……。

 007美しき獲物たち

 シリーズ最多の七作出演を誇るロジャー・ムーアだが、それもこれも出演作が興行的な成功を収めたからに他ならない。その彼が有終の美を飾るということで、監督ジョン・グレンはシリーズの集大成とすべく、過去作品のオマージュのような形に仕上げた。
 冒頭のスキーアクションをはじめ、カースタントに空中スタント、ラストの敵秘密基地と定番は全部詰め込んだかのような気合いの入れよう。勢い余ったかストーリーまで『ゴールドフィンガー』の焼き直しと言われるが、このシリーズに限ってはそれも含めてオマージュでいいじゃないかと(笑)。
 ただ、その結果、尺が長すぎというか、展開が冗長な印象を受けるのはいただけない。

 ボンド・ガールはタニア・ロバーツ。悪くはないのだけれど、本作では悪役としてグレース・ジョーンズが出演しており、彼女が相手ではさすがに分が悪い。
 とにかくグレース・ジョーンズの存在感は圧倒的。この頃はまだ女優としてのキャリアは浅かったはずだが、ヒロインとしても悪役としても単なる添え物で終わらず、おいしいところをもっていく。
 さらにボス敵を演じるクリストファー・ウォーケンがいい。感情を持たないステロイド児という設定を最大限に活かし、絶妙な壊れ方を演じてみせる。
 本作はこの二人の悪役が活きているからこそ成功したといっても過言ではない。ムーアもこれが最終作ということで頑張ってはいるのだが、肝心なところは全部スタントだし、やはり年齢による限界は隠しようもない。まさに潮時だったのだろう。

 全体的にコレというものがないだけに、シリーズ中でもそれほど評価は高くないけれど、見せ場もそれなりにあるし、悪役は魅力的。エンタメとしてはまずまず楽しめる作品でありました。


ジョン・グレン『007 オクトパシー』

 久しぶりにDVDで007を消化。シリーズ十三作目となる『007 オクトパシー』は前作『007 ユア・アイズ・オンリー』に続いてジョン・グレンがメガホンをとった作品。

 東ベルリンでサーカス団のピエロになりすましていた英国諜報部員の009が、英国大使館に逃れてきたところで絶命した。どこからか”レディーの卵”と呼ばれる宝石を持ち出し、後を追ってきたナイフ投げの兄弟にやられたのだ。
 英国諜報部員の007ことジェームズ・ボンドはサザビーズのオークションに参加し、”レディーの卵”の秘密をつかむよう指令を受ける。当初はソ連の外貨稼ぎと考えていたボンドだったが、売り専門のカマル・カーンが”レディーの卵”を買ったことで、事件の背後に別の何かがあるのではと疑いを抱く……。

 007オクトパシー

 監督が引き続きジョン・グレンということもあってか、全体的な雰囲気は前作の『007 ユア・アイズ・オンリー』に続いてリアル路線といったあたりに落ち着いている。ただ、それだけではやはり地味だと思ったのか、それ以前の悪しき伝統もいくつか復活しているようだ。
 いいところを挙げると、冒頭の小型ジェット機アクロスターや中盤の列車を使ったアクションシーンはなかなかの迫力で、総じてアクションシーンは出来がいい。また、冷戦を背景にしているのは時代柄、当然としても、ソ連のタカ派の扱いなどについては非常にシリアスで、フレミングよりもル・カレを連想するぐらいである。
 その一方で、お馬鹿な部分も目立つのが何ともかんとも。とりわけ今回はメインの舞台がインドということもあってか動物ネタが多い。一番ひどいのはボンドが水中を移動するために使ったワニを模した小型潜水艇。これがかぶりものにしか見えず、たとえ実用可能だとしても絵面がまぬけすぎである。また、ジャングルでボンドが虎と出会うシーンも噴飯もの。
 他にもヒッチハイクのシーンとか、ピエロに扮するボンドとか、ラストシーンでのQの活躍とか、不必要なギャグが多すぎるのが残念。
 その結果、シリアスな部分と遊びの部分とのバランスが非常に悪く、印象としては何ともちぐはぐで微妙な作品になってしまった。シーンごとで見るといいところも少なくないだけに、何とももったいない作品である。


ジョン・グレン『007 ユア・アイズ・オンリー』

 今週も大雪。先週の雪と違って水気が多いので、土曜には早くもシャーベット化が進んでいる。こういう状態の方が、重さや翌朝の凍結の点で怖いんだよな。ということで今週もお隣さんらと協力してせっせと雪かき。


 DVDで『007 ユア・アイズ・オンリー』を消化。1981年に公開されたシリーズ十二作目で、監督はジョン・グレン。

 こんな話。英国のスパイ船「セント・ジョージ」が地中海に仕掛けられた機雷によって沈没し、英国政府に激震が走る。なぜなら「セント・ジョージ」にはミサイルを自由に誘導する装置、ATACが搭載されていたからだ。
 それを知ったソ連はATACを手に入れるべくある犯罪組織に依頼する。一方、英国政府は海洋考古学者ハブロック卿に引き上げを依頼していたが、ハブロック卿は引き上げの手伝いにやってきた娘の眼前で殺害される。事件は遂に007ジェームズ・ボンドに託されたが……。

 007ユア・アイズ・オンリー

 監督のジョン・グレンは本作が監督デビュー作。以後『007 消されたライセンス 』までトータル五作の監督を務めることになるのだが、世評的にはいまひとつのイメージもある。まあ、その世評が適切かどうかはともかくとして、少なくとも『007 ユア・アイズ・オンリー』での功績は認めてあげるべきだろう。

 本作では、荒唐無稽に走りすぎてとうとうSFまがいになってしまった前作『007 ムーンレイカー』の反省を受けたのか、実に現実的なスパイアクション映画に路線を変更している。だから秘密兵器はほとんど登場しないし、アクションシーンも特撮に頼らずスタントメイン。そのどれもがなかなか良い出来で、十分に及第点をあげられる。
 とりわけ冒頭の亡き妻への墓参りシーンからヘリコプターによる宿敵プロフェルド(映画のなかでは言明されないが)との決着に至るオープニングは、コメディチックなところもあるけれどスリルと満足度はすこぶる高い。また、ラストのロッククライミングになるとこれがさらにエスカレート。007としては非常に地味なアクションシーンなのだけれど緊張感はガッツリ味わえる。定番のカースタントやスキーシーンもそつはない。

 アクションだけではなく、ジェームズ・ボンドの立ち振る舞いも路線変更。なんと女好きのボンドがフィギュアスケートの女子選手を諫めたり、両親の復讐に燃える娘を諭したりと、妙に良識あるところを披露してくれる。かと思えばラストでは敵に対して非情な一面も見せるなど、これまでのボンド特有の“軽さ”とはやや距離が感じられるのである。

 冒頭の亡き妻への墓参りのシーンからも感じられるのだが、やはりこれらアクションや設定の路線変更は、スーパーヒーローとしてのボンドから人間ボンドへの移行であり変容と見るのが妥当だろう。個人的にはどちらの路線もありだと思うのだが、怖いのはどっちつかずになることで、本作もそういう意味ではまだ万全というわけではない。そもそも性格付けまで変えるのであれば、ジェームズ・ボンドのキャストはここで変えるべきだったろうし。
 とはいえトータルではまずまず楽しめる作品である。暇つぶしにロジャー・ムーアの007を観ようかというときなら、おすすめの一本。


ルイス・ギルバート『007 ムーンレイカー』

 しばらく休み気味だった007視聴シリーズだったが、この三連休で久々に復活。ルイス・ギルバート監督による『007 ムーンレイカー』を観る。映画としては通算十一作目。1979年の作品。

 アメリカからイギリスへ輸送中のスペースシャトル「ムーンレイカー」が強奪されるという事件が起こる。英国諜報部はさっそく真相解明に乗り出し、ジェームズ・ボンドをシャトルの製造元であるカリフォルニアのドラックス社へ派遣した。ボンドはドラックス社のオーナー、ヒューゴ・ドラックスの屋敷でヴェニスのガラス工房で製造しているある製品の設計図を発見、さらに向かった先のヴェニスで殺人ガスの研究所に行き当たる。
 ガスの成分がアマゾンにしか生息しない植物のものだとわかり、ボンドはアマゾンへ向かうが、そこでヒューゴ・ドラックスの真の狙いを突きとめた……。

 007ムーンレイカー

 ロジャー・ムーア・ボンドといえばゴージャスさとお色気、ユーモアあたりが大きな特徴だけれど、それが前作『007 私を愛したスパイ』で成功したせいか、続く本作ではさらにパワーアップ。当時流行っていた『スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』のパロディを取り入れ、あまつさえラストではとうとうボンドが宇宙へ繰り出してしまうというバカ映画になってしまった(笑)。
 実際、その荒唐無稽さによって駄作の烙印を押されている本作だが、久々に見直してみると、いやあ、こんだけバカやってくれれば、かえって清々しささえ感じてしまって、意外に楽しめるではないか。
 007シリーズはもともと大人のための紙芝居なんて言われ方もするのだが、それにしても本作は突っ込みどころが満載。悪ふざけが過ぎるところもあるのだが、実は英国はこういうお笑いに関してけっこう貪欲というか、むしろお国柄のようなところもあって、これが見事裏目に出たのが本作といえるだろう(笑)。

 しかしダニエル・クレイグの007しか知らない若い人が、本作を観たらどんな感想を持つのやら。まあ、こういう紆余曲折の果てに、今のシリアス007が出来ているのだから、これもまた立派な007の歴史の1ページなのだよなぁ。


ルイス・ギルバート『007 私を愛したスパイ』

 007シリーズ第十作にあたる『007 私を愛したスパイ』をDVDで視聴。監督はルイス・ギルバート。

 核ミサイルを搭載した英国とソ連の潜水艦が同時に消息を絶った。調査を命じられた英国諜報部の007ことジェームズ・ボンドはエジプトへ向かうが、そこで出会ったのは同じく調査にあたっていたソ連KGBの女スパイ、アニヤ、そして強力なチタンの牙をもつ謎の大男であった。
 やがて事件の背後に浮かび上がる海運王ストロンバーグの姿。英国とソ連は協力してこの事件に対処することになるが、実はボンドとアニヤには隠された因縁があったのだ……。

 007私を愛したスパイ

 ロジャー・ムーア007の中では最も楽しめる作品に仕上がっている。もともとムーアのボンドはユーモラスでゴージャス、ダンディといったあたりがキーワードになっているのだが、それがこの作品と非常にマッチしている。
 というのも本作はシリーズの第十作記念作。制作側の気合いの入れ方が半端ではなく、これまでになくてんこ盛りの企画と制作費があてられているのだ。
 ジョーズという魅力的な悪役、秘密兵器の数々(特にロータス・エスプリのボンドカーはかっこいい)、添え物ではなくボンドとのコンビで活躍するボンドガール(しかもこれまでは敵方だったソ連スパイである)、タンカーを再現したスケールの大きさなどなど。何よりこれまでのシリーズ作や有名映画のパロディなどを取り入れ、飽きさせることがない。
 ムーア・ボンドの欠点であるアクションのキレの無さ、ストーリーや設定上の欠陥はいくつかあるにせよ、これだけサービスしてくれればさすがに文句は言えない。個人的にはショーン・コネリーが好みではあるが、あらためて観ると意外にロジャー・ムーアも頑張っていたんだな。

 ちなみに公開は1977年だが、この年、あの『スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』といった映画も公開されており、管理人の映画熱が一気に高まった年でもある(笑)。この年あたりから一人でも映画館へ通うようになったんだよなぁ。そういえば『007 私を愛したスパイ』も初めて劇場で観た007であった。


ガイ・ハミルトン『007 黄金銃を持つ男』

 ROMの140号が届く。主宰の加瀬義雄さんが亡くなったため、これが加瀬さん編集の最終号ということになる。本号の「事務局便り」でドクターストップにより144号で終決の旨が書かれており、この時点で既にだいぶ体調を崩されていたことがわかる。本号、心して読ませていただきます。



 訃報絡みでもうひとつ。新・刑事コロンボで吹き替えを務めていた石田太郎さんが亡くなったらしい。ニュースはこちら
 ドラマの収録中に倒れたということで、これは何とも痛ましい。心よりご冥福をお祈りいたします。



 なんだか気が滅入るニュースばかりなので、スカッとした映画でも観ようとDVDで007を引っ張り出す。ものは『007 黄金銃を持つ男』。映画シリーズとしては第九作で1974年の公開。監督はおなじみガイ・ハミルトン。

 英国秘密情報部のもとに「007」の文字が刻まれた黄金の銃弾が届く。黄金の銃とは、殺し屋フランシスコ・スカラマンガの代名詞でもあり、その物騒な贈り物はジェームズ・ボンドへの殺害予告と思われた。折しもボンドは太陽エネルギー装置にまつわる任務に就いていたが、スカラマンガのために任務を外されてしまう。
 任務に復帰するため、ボンドはまずスカラマンガの脅威を排除すべく、銃弾の製造主を訪ねてマカオへ向かった。

 007黄金銃を持つ男

 世評はいたって低い本作。十数年ぶりにあらためて見直してみても、確かにいろいろと問題点は多い。ロジャー・ムーアのスタイルがまだ確立されていない点は仕方ないにしても、社会性の希薄さ、スケールの小ささ、秘密兵器やアクションの物足りなさなどなど、これまでのシリーズ作を上回る部分はほとんどないといってよい。

 ただ、実は個人的にはこの作品、嫌いではない。全体的なユルさや妙に劇画化されたキャラクターの存在感が、意外なほどいまの時代にあっているというか。
 シリーズ中でも無類のドジッ娘ぶりを発揮するボンドガール、ブリット・エクランド。スカラマンガの忠実な部下でありながら遺産を虎視眈々と狙う小人のニック・ナックを演じるエルヴェ・ヴィルシェーズ。そして前作でも登場したアメリカのペッパー保安官役のクリフトン・ジェームズ。こんなにお笑い担当を揃えてどうするといった布陣である。下手をすると007のセルフパロディかと勘違いしそうな設定であり演出なのだが、全体的なトーンは統一されているから破綻もなく、ちゃんと楽しめてしまう(苦笑)。
 もちろん御大クリストファー・リーを忘れてはいけない。存在感はさすがに圧倒的で本作一番の見どころだが、彼もまた世界をこの手になどと考えているわりに、ボンドと正々堂々戦うことにこだわって妙な墓穴を掘るという始末。

 思えば007シリーズだと考えるからみな腹も立つわけで、上で書いたようにシリーズのパロディとして見ればこれはこれであり。コメディ要素だけではないが、この各種マイナスポイントをどこまで笑えるかがが分かれ目か。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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