久々にホラーものから一冊読んでみる。ものはアルジャーノン・ブラックウッドの『秘書綺譚 ブラックウッド幻想怪奇傑作集』。
ブラックウッドといえば、二十世紀初めに活躍した英国を代表する怪奇小説の書き手。怪奇小説のアンソロジーを組めば必ず一作は入るであろう大家である。管理人ももちろんいくつかは読んでいるが、実は短編集でまとめて読むのは恥ずかしながらこれがお初である。

The Empty Hous「空家」
A Case of Eavesdropping「壁に耳あり」
Smith: an Episode in a Lodging-House「スミスー下宿屋の出来事」
Keeping His Promise 「約束」
The Strange Adventures of a Private Secretary in New York「秘書綺譚」
With Intent to Steal「窃盗の意図をもって」
Tongues of Fire「炎の舌」
The Goblin’s Collection「小鬼のコレクション」
The Heath Fire「野火」
The Destruction of Smith「スミスの滅亡」
The Transfer「転移」
収録作は以上。
どれも実にオーソドックスなゴーストストーリーで、空き家や人里離れた一軒家、古びた下宿屋などを舞台に、人知を越えた存在をじわーっと炙り出していくといったスタイルである。
とにかく描写が丁寧。いきなり驚かす最近の派手なホラーとは異なり、奇妙な現象や忍び寄る何ものかの気配を積み重ねていくことで、少しずつ雰囲気を盛り上げる。気がつけばそうした怪しげな空気に場を包みこまれ、背筋が寒くなるといった按配だ。
子供の頃から見てきたテレビや映画の怪奇物の作り手は、みなこういう作品に影響を受けてきたんだろうなとつくづく思う。もう完璧なお手本なのである。だから怖がらせるとは書いたけれど、慣れ親しんだ物語故にある程度の予測ができてしまうわけで、その分、怖さはやや緩和されてしまう。
でもそれでいいのだ。この美しさ、優雅さすら感じさせる恐怖の調べに身を委ねることこそ、本書の最大の愉悦なのである。決して怖がるだけの物語ではないのだ。
そういう意味では、ほぼ幽霊屋敷内の探索だけで構成された「空家」は、その実力が存分に発揮された一作と言えるだろう。次々と起こる怪奇現象と、それに対する主人公の心理状態がねちねちと描かれ、短いながらも読み応え十分。
また、表題作の「秘書綺譚」はちょっと趣を変えた人狼ものながら、「足止めをくった旅行者が旅先で体験する恐怖の一夜」という構図自体はお馴染みのパターンでこれも本領発揮の一篇。
もう一作お気に入りを選ぶとすれば吸血鬼テーマの「転移」。発想が並の吸血鬼ものとはひと味違っており、これまたブラックウッドならではの語りが秀逸。
なお、本書に収録された作品のうち「空家」「壁に耳あり」「秘書綺譚」「窃盗の意図をもって」の四作にはジム・ショートハウスという主人公が登場する。あまりシリーズとしての意味合いは強くないようだが、解説によると著者の分身ということらしく、そういう視点でショートハウスの活躍を楽しむのも悪くない。