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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

中町信『阿寒湖殺人事件』(徳間文庫)

 中町信の『阿寒湖殺人事件』を読む。まずはストーリーから。

 次回作の取材のため、妻の早苗と北海道バスツアーに参加した推理作家・氏家周一郎。果たしてその思惑どおり、初日からホテルのサウナでツアー参加者の男性が死亡する事件が起こった。好奇心旺盛な早苗はさっそくこれが殺人事件ではないかと考え、周一郎とともに推理を巡らせる。
 やがて男性は殺害されたことが明らかになり、他の乗客からの聞き込みを進める氏家夫妻。すると三ヶ月前に行われたツアーにも参加した夫婦が三組もいること、被害者がある目的をもってこのツアーに参加したことが徐々に明らかになるが、事件はこれだけでは終わらなかった……。

 阿寒湖殺人事件

 著者には『〜湖殺人事件』というタイトルでまとめた作品がいくつかあるが、別にシリーズというわけではない。タイトルこそトラベルミステリ的だが、中身はどれもトリックを詰め込んだ本格ミステリで、なかなかの力作揃いでである。
 そんななか、本作だけはやや例外で、推理作家・氏家周一郎とその妻・早苗を探偵役に据えた、歴としたシリーズものの一作。味付けもかなりユーモラスで、まさにタイトルから連想させるようなトラベルミステリー、あるいは二時間ドラマというイメージだ。
 特に早苗のキャラクターはいかにもドラマ向けというか。推理作家の夫ほどには頭が回らないようだが、その飽くなき好奇心、目立ちたがり屋の設定は、ストーリーの推進役としても出しゃばりなワトスン役としても貢献度大である。ドラマ化の際は、絶対にこちらが主人公として改変されること必至であろう。

 それはともかく。味付けはやや異なれども、本作は旅情やユーモアだけを押し出した作品ではなく、中身はしっかりした本格で、出来も悪くない。
 次々と起こる殺人事件がそれぞれどういう意味を持っていたのか、著者は例によって緻密なプロットを組んでおり、単なる連続殺人に終わらせない。しかも過去に起こった強盗事件や殺人事件、さらにはスワッピングといったディープなネタまで放り込んでくる。
 トリックもダイイング・メッセージやアリバイ、毒殺など、こちらも盛りだくさん。特にバス中の余興として描かれた、デカパイの牛の絵に関するネタは、一見バカバカしさを感じさせながらも実はよく練られていて感心した。

 結果、そこで繰り広げられる事件はなかなかの複雑さで、「一般人がよくこんな犯罪考えたよな」というツッコミはあるけれども、中町ファンならやはり読んでおきたい一作だ。
 ツッコミついでに書いておくと、連続殺人事件が起こっているのにまったく中止にならないバスツアーというのも不思議だよなぁ(苦笑)。

 なお、中町作品といえばプロローグの“騙り”がおなじみだが、本作もその趣向はしっかり採用されている。ただし、こちらのキレはいまひとつでありました。


中町信『十和田湖殺人事件』(徳間文庫)

 先日読んだ『榛名湖殺人事件』に続いて中町信をもういっちょ。『十和田湖殺人事件』は『榛名湖殺人事件』の前年、1986年に出た作品で、著者の代表作としてよく挙げられる作品である。

 まずはストーリーから。
 北海道釧路空港を発った大和航空機134便が墜落した。だが、その悲劇のさなか、機内ではもうひとつのドラマが繰り広げられていた。北海道旅行から帰る途中の四人組の女性がいたが、その中の一人が、別の女性を殺人者として告発していたのだ。
 もとになった事件が起こったのは二ヶ月ほど前のこと。ボートの水難事故で一人の作家志望の男が死亡し、翌日にはその水難事故を通報した女性が岩から転落して死亡した。殺人を告発した女性は、転落死した女性の事故が、実は殺人だったというのである。
 やがて飛行機事故の現場から殺人を示唆する遺書が見つかり、転落死した女性の夫・鹿角刑事は妻の無念を晴らすため捜査に乗り出すが、事件はこれだけでは終わらなかった……。

 十和田湖殺人事件

 すごいな、これは。練りに練ったプロットという感じで、中町信の特徴がフルに発揮された一作といえるだろう。
 主要な登場人物の半数(つまり奥様方)が飛行機事故で亡くなっており(一人は奇跡的に生き残ったが記憶喪失状態に)、残されたのは彼女たちの四人の夫である。かなり限定された設定なのに、なかなか先を読ませないのが中町信ならでは。
 最初は単なるボート事故を起点にした口封じのための殺人かと思われるのだが、それがまあ転がる転がる。四人の夫の職業が作家や編集者というのもミソで、それが事件にいろいろな意味で二重三重に関わる。もちろん詳しくは書かないけれども、この作家や編集者ならではのドラマに「なるほど、そうきたか」などと感心していると、さらに驚かされる羽目になる。
 プロローグの仕掛け、真相に気づいたものが次から次へと殺される展開もいつもどおりで、よくぞここまで複雑なプロットをまとめあげたものだ。

 ただ、個人的にはちょっとやりすぎかなと思うのも事実。『榛名湖殺人事件』でも実は同様な印象をもったのだが、やりすぎは常に真相がもつインパクトを薄めてしまう。いたずらにどんでん返しをやればよいというものではなく、一発で決めるからこそより感動も大きいのである。
 そういう意味では個人的にはやや好みから外れるのだが、客観的には文句なしの力作。著者の技術はいかんなく発揮されているし、出来も『榛名湖殺人事件』を十分凌駕しているといえるだろう。


中町信『榛名湖殺人事件』(徳間文庫)

 久々に中町信を一冊。ものは『榛名湖殺人事件』。
 1986年に刊行された作品で、当時人気のあったトラベルミステリにあやかって、それらしいタイトルはつけられているが、もちろん中町作品ゆえそこらのトラベルミステリと一線を画しているのは言うまでもない。

 榛名湖殺人事件

 こんな話。駅の階段から転落して入院中の“私”有馬悦子は、深夜、謎の侵入者によって危うく殺されそうになる。犯人の手がかりは、先の欠落した指が二本あったこと、手紙を“私”から受けとったという犯人の言葉だった。
 命を狙われる覚えもない“私”だったが、そんなとき以前に勤めていた開堂商事の元同僚・城井広子から電話がかかってくる。それはかつて開堂商事が原因となって起こった、ある事件についてであった。
 開堂商事は金持ちの老人を騙して金(きん)を売りつける悪徳商法で知られていた。それが社会問題になろうとする頃、会社はお客である老人たちの矛先を収めさせるため、彼らを榛名湖の温泉ホテルに招待して言いくるめる作戦に出る。ところがそのホテルが火災を起こし、同じ会社に勤めていた悦子の姉やスーパー営業ウーマンの大和田浪江をはじめ三十人あまりが死亡したのだ。
 城井広子はこのとき死んだ大和田浪江が火事ではなく、誰かに殺されたのだと考えていた。そして、とうとう犯人と思われる人物を突きとめ、犯人にあてて告発状を送ったのだが、文面をぼかして書いたため、間違って犯人が悦子を襲うかもしれないから注意しろというのだ。
 果たして“私”を襲った男は、大和田浪江を殺した犯人なのか? 姉の死因にも疑問をもった“私”は当時の関係者の話を聞こうとするが、その矢先に城井広子も殺されてしまう……。

 なんだか長い粗筋になってしまったが、まあ、これはほんの触りである。ネタバレに影響ない範囲で少し続けると、城井広子に代わって“私”が調査を進めていくというのが大きな流れであり、調査によって新たな推論が生まれ、そこから新たな容疑者が浮かび上がる。ところがその容疑者もまた次々と殺されていくという寸法である。
 その際に残された手がかりによって、“私”だけでなく読者をも誤誘導させていくのがミソであり、著者の腕の見せどころでもある。もちろん“私”が襲われる件という思わせぶりなプロローグも当然ながら仕掛け満載であり、中町ファンであれば、この一点だけでも読む価値はあるだろう。

 ただ、引っかかる箇所もちらほら。特に“私”というキャラクターには難があって、彼女は開堂商事でテレホン嬢、いまでいう電話セールスとして勤めていた女性だ。立場上、会社の実情についてそれほど詳しくなかったとはいえ、トラブルが明るみになった今もそれほど罪悪感を感じておらず、自分の獲得したお客は二、三百万ぐらい無くなっても平気なお金持ちだったから問題ないとまで宣う始末。あまりにヒロインらしくないセリフに思わずのけぞってしまった。
 また、初っ端から男に襲われているというのに、その後の調査ではけっこうな頻度で怪しい男と二人きりになるなど、あまりにも脇が甘いところもある。自らが犯人だと指摘した男の誘いに乗って旅行に出るというのは、婦人警官の囮捜査じゃあるまいし、いくら何でもあり得ない。
 中町作品は基本的にパズル性重視であり、人間ドラマにはそこまで重きは置いていないのだけれど、ときどきこういう無神経な描写があるのはいただけないところである。

 まとめ。上にあげたような納得いかない部分もあり、初期傑作群に比べればやはり一枚落ちるのは否めないだろう。とはいえ推理小説としての要素だけを見れば決して悪くない作品であり、中町作品の特徴もしっかり感じられる。中町ファンであれば押さえておきたい一冊である。


中町信『女性編集者殺人事件』(ケイブンシャ文庫)

 飽きもせず、ひとり中町信祭り。本日の読了本は『女性編集者殺人事件』である。
 もとは日本文華社から刊行された『殺戮の証明』が、ケイブンシャ文庫で刊行される際に改題された作品。著者の長篇第三作目にあたり、力作を連発していた初期に書かれた作品である。

 こんな話。医学系出版社の南林書房では労働争議の真っ最中。年末一時金の額で無茶な要求をする労働組合側と、びた一文増やすことはできないという会社側の主張が真っ向から対立していたのだ。
 組合側の闘争手段はエスカレートし、時間外勤務拒否、外出拒否、電話応対拒否などは当たり前、社内中に管理職の写真入りで誹謗中傷を書いたステッカーまで貼る始末である。その組合の急先鋒が、先頭に立って誹謗中傷を繰り広げる組合員の久我富子だった。
 そんな中、久我富子が電話交換室に乱入し、かかってきた電話を勝手にとって盗聴するという暴挙を犯す。すると彼女はなぜか笑みを浮かべ、そのままエレベーターで六階に上がっていったのだが、次に発見されたときは絶命寸前の状態だった。そして今際の際に彼女は、自らの血で犯人のヒントらしきものを書き記すが……。

 女性編集者殺人事件

 ううむ、才気ほとばしる初期の作品群にあって、あまり話題に上ることのない本作だが、それもむべなるかな。『〜の殺意』や最近読んだ『田沢湖〜』『奥只見〜』に比べれば明らかに一枚落ちる出来である。
 一番の弱点はやはりメイントリックの弱さだろう。本作ではダイイングメッセージとアリバイトリックの二つが大きな肝になるのだが、どちらも長篇をひっぱるほどのネタではなかろう。特にダイイングメッセージはほぼ瞬時にネタがわかってしまった。実はこのダイイングメッセージ、最初の種明かしからさらにもう一捻りあるのだけれど、二つ目の真相に無理がありすぎで、むしろ最初の種明かしで止めた方がよかったのではと思える始末だ。

 なお、ミステリとしてどうこうではないのだが、労働争議の描写については非常にインパクトがあった。物語の舞台は1970年代後半になるが、当時の会社と組合の交渉がここまで熾烈を極めていたとはちょっと信じがたいほどである。
 基本的には組合側の闘争手段が徹底したサボタージュと管理職への個人攻撃であり、特に後者が凄まじい。これがどこまで一般的だったのか、管理人もちょっと判断できないのだが、いや今これやったら明らかに訴訟ものだろう。もちろん創作なので著者が話を盛っている可能性はあるわけだが、いやあ、この毒気は相当なものだ。

 まとめ。本格に対する著者のこだわりというか、いろいろやりたかったであろうことは伝わってくるが、全体的には小粒で物足りない。労働争議の描写のきつさも含めておすすめしにくい一作といえる。


中町信『奥只見温泉郷殺人事件』(徳間文庫)

 先日読んだ『田沢湖殺人事件』がなかなか良かったので、中町信をもういっちょ。ものは『奥只見温泉郷殺人事件』。
 中町信の主な執筆時期は1960年代後半から2000年にかけてだが、代表作が主に前半、1970年代から80年代に集中しているというのは衆目の一致するところだろう。創元で復刊された一連の『〜の殺意』はもちろん(ただし『三幕の殺意』は遺作)、そのあとに続く『田沢湖殺人事件』、そして本作もまた中町信の技巧を堪能できる一冊である。

 奥只見温泉郷殺人事件

※以下、ネタバレには十分注意しておりますが、例によって中町作品は内容の性質上、紹介が難しい面が多々あるため、未読の方は覚悟をもってお読みください。


 まずはストーリー。出版社に務める牛久保は妻と娘を連れ、久々に家族旅行に出かけることにした。向かったのは奥只見温泉郷にある大湯温泉。ところがそこで、かつて彼の弟と結婚していた多美子という女性に出会う。
 実は牛久保の娘は弟と多美子の間にできた子供だったが、弟が死んだあと、牛久保が引き取ったという経緯があった。その事実を娘は知らず、多美子はそれを種にして、牛久保を強請ろうとする。
 とりあえずその場を繕った牛久保だが、翌日、思いがけない出来事がおこる。宿のスキーバスが川に転落し、五人の客が亡くなったのだ。その中には多美子も含まれていたが、彼女の死因は事故死ではなく、事故直後に絞殺されていたことが判明する……。

 物語はこのあと多美子殺しの容疑を受けた牛久保が、無実をはらそうと独自に調査するという展開となる。まあ、これだけでは普通の推理小説っぽいが、もちろん中町信ならではの仕掛けがガッツリと張り巡らされている。
 それが中町信おなじみのプロローグと、それに絡む日記の存在である。

 プロローグが例によって胡散臭い(苦笑)。"私"が仏壇の据えられた部屋に座り、ある人物を自殺に追いやった責任は自分にあると悔恨し、傍らにある日記帳に目を通す様が描かれる。そして、その日記と覚しき内容が各章の冒頭に抜粋して記され、さらにはそれをなぞるようにして物語が進んでゆくという結構だ。
 日記の書き手は妻である。そこで語られるのは、夫が調査を始めたらしいこと、しかし、実は夫が犯人ではないかという疑惑の念。本編は牛久保の一人称で語られるため、この日記との微妙なズレがサスペンスを生み、読者を煙に巻いてゆく。

 プロットも見事。たまたま居合わせたかに思われた宿の客たちが、実はさまざまな因縁をもった人々であり、人間関係や事件の背景はけっこう複雑である。この偶然と必然が交差するカオスを、一人称で追いかけることによって意外にわかりやすく読ませるのは高ポイント(相変わらず美文とはいえないけれど、こういう内容だとまあ許せる範囲か)。
 そもそもメイントリックなしでも一応は成立するミステリなのだが、もちろんそれだけでは物足りないわけで、そこに著者お得意のトリックをかませることで一気に傑作に高めた印象である。

 『田沢湖殺人事件』同様、カバーとタイトルで損をした感は否めないが、内容的にはオススメである。創元さんは、ぜひこちらも改題復刊の方向で。


中町信『田沢湖殺人事件』(徳間文庫)

 ひと頃は改題復刊されてプチブームを起こしていた中町信だが、最近はすっかり御無沙汰。このあともけっこう復刊が続くのかと思っていただけに残念なところだが、こういうこともあろうかと古本でコツコツ集めておいた中から、本日は『田沢湖殺人事件』。

 東和大学の助教授でもある脳外科医・堂上富士夫のもとへ警察から連絡が入った。ミステリ作家として有名な妻の美保が、中学校の同窓会に向かった先の秋田県田沢湖で、水死体となって発見されたのだ。
 堂上は美保の死が殺人ではないかと疑い、自ら調査を開始する。そして美保が十五年前に起こったある事件を調べていたことに気がついた。だが調査を進めるうち、事件の関係者が次々と不可解な死を遂げていく……。

 田沢湖殺人事件

 トラベルミステリー然としたタイトル、いかにも昭和の香り満載のカバーイラスト。ぱっと見はいかにも安手の二時間サスペンスドラマのテイストである。当時はこういう方が売れると判断されたのだろうが、その価値を間違った方向へ誘導したのは何とも残念なことだ。
 というのも本作の中身はガチガチの本格。しかも創元から『〜の殺意』として復刻された傑作群に勝るとも劣らない力作なのである。

 堂上の妻、美保の事件をきっかけにして繰り広げられる連続殺人、しかもこれに十五年前に起こった事件が絡み、フーダニット、密室、アリバイ崩し、そしてお得意のアレなど、とにかく本格につきもののガジェットがこれでもかというぐらい詰め込まれている。
 さらにはひとつの推理が導き出されるごとに、事件の様相がガラリと変わり、それが一度や二度ですまない展開も素晴らしい。特に後半、真相がほぼ見えたかと思わせておいて、美保の手紙とともに展開するパートは圧巻。ページ数はそこそこ残っているので、もう一波乱やってくれるのだろうとは思ったが、まさかここまでとは。

 よくもまあこれだけトリックを仕込み、緻密なプロットを構築したものだ。しかも読者に対してはけっこうあからさまな伏線も貼ってあるところなど心憎い。伏線であることはすぐに気づいたけれど、その意味まではなかなか思い至らず、ラストで思わず唸ってしまったよ。とにかく本格にかける著者の執念のようなものが感じられる一作。
 当時、ただのトラベルミステリだと思って読んだ人は、どんだけ驚いたことやら。

 難をあげるとすれば、プロットの複雑さのせいか、あるいはネタを詰め込みすぎたせいか、ストーリー展開がやたらゴチャゴチャしていることが惜しまれる。主人公も完全に固定されているわけではなく、メインの人物がところどころで入れ替わり、その比重がばらばらなのも気になった。謎の興味で引っ張ってくれるからよいけれど、ストーリーの流れの悪さという点ではいまひとつだ。
 まあ、本作に関してはそういうマイナスは気にせず、著者の意気をこそ買っておきたい。
 トータルではもちろんおすすめ……と書きたいところだが、本作は現在、古書でしか入手できないのがなんとも残念。創元はせっかくあれだけ紹介を進めたのだから、これはぜひ復刊しておくべきではないかな。


中町信『偽りの殺意』(光文社文庫)

 中町信の『偽りの殺意』を読む。デビュー作を含む初期の三作品を収録した中短篇集である。刊行予定がネット上に上がったときは確か『疾走する殺意』だったが、改題されたようだ。例によって”〜の殺意”というタイトルでまとめているが、どうせ今となっては大した意味もないのだから、各版元はあらためて売り方を考えた方がいいと思うのだが……。
 それはともかく中身に移ろう。

 偽りの殺意

「偽りの群像」
 東京から来た教科書会社の営業マンが崖から転落死する事件が起こった。前日の夜、猿ヶ京温泉に同宿した女性と被害者を恨む男が疑われるが、二人にはどちらも強固なアリバイが……。
「急行しろやま」
 ある教科書会社の部長が急行しろやまから転落して死亡する。死体には首を絞めた跡があり、殺人事件として捜査されるが、まもなく被害者は会社の労働争議で組合員から恨みを買っていたことが明らかになり……。
「愛と死の映像」
 信越本線を走る急行越前から県教育事務所長が転落死する。遺体の後頭部には裂傷が見られ、他殺の線で捜査が進められたが、実は被害者は小中学校の人事異動に絡む汚職容疑で調べを受けていた男でもあった……。

 収録作は以上。中町信といえば今でこそ叙述トリックの名手として知られる存在になったが、ミステリを書くきっかけは鮎川哲也の諸作品を読んだことであり、初期の作品はその影響を色濃く受けたものが多かった。すなわちアリバイ崩しである。
 本書収録作もデビュー作の「偽りの群像」を初め、アリバイトリックがメインなのだが、これがまあなかなかの力作揃い。アリバイトリックものというとどうしても地味にはなりがちだし、若干、古い感じは否めないが、基本に忠実というか、かっちり核の部分を固めているのがポイントアップ。
 特に良かったのは「愛と死の映像」。これまで単行本未収録だったこともあるが、その後、話題となった諸作品のエッセンスが感じられるなど、内容的な満足度も高い。

 気になったのは設定が似すぎていることか。もう少しいろいろな世界を取材して書けよといいたくなるぐらい幅が狭い(苦笑)。
 デビュー間もない頃だからまだ引き出しが少なかったとは思うし、そもそも編者がまとめたものだからあまり著者に責任はないかとも思うのだが、ちょっと残念なところではある。

 とりあえずそんな欠点も踏まえつつも、ファンであれば間違いなく押さえておきたい一冊。同じく光文社から出た前作の『暗闇の殺意』よりも楽しめます。


中町信『暗闇の殺意』(光文社文庫)

 近年、再評価著しい中町信ではあるが、そうはいってもがんばっていたのは結局創元のみ。だがここにきてようやく他の版元も興味をもってくれたようだ。本日の読了本『暗闇の殺意』は、なんと光文社文庫からの新刊である。
 ちょっと嬉しいのはこれが短編集だということ。アンソロジーでいくつか読んだことはあるけれど、やはりそれでは断片的な記憶でしか捉えることができず、こういう企画は大歓迎である。

 暗闇の殺意

「Sの悲劇」
「年賀状を破る女」
「濁った殺意」
「裸の密室」
「手を振る女」
「暗闇の殺意」
「動く密室」

 収録作は以上。
 ダイイング・メッセージから密室、アリバイ崩し、そしてお馴染み叙述トリックなど、非常にバラエティに富んだ構成である。中町信がいかにトリックメイカーだったか、またいかに真摯にミステリに向かい合っていたかというのが理解できる構成ともいえるだろう。
 ただ、幅広さを追求した結果か、出来には若干のバラツキもあり、本書をもって著者のベストとは言いがたい。まだいくつか有名な作品も残っているし、元々国産ミステリの復刻には熱心な光文社文庫から出たということで、これは次の短編集を期待していいという意味なのだと理解しておこう(笑)。

 バラツキ云々についていうと、やはりパズル性が出すぎた作品は厳しい。特にダイイング・メッセージ物にそれが顕著で、個人的には「Sの悲劇」のトリックそのものの弱さ、「年賀状を破る女」の不自然さ、「濁った殺意」のあざとさは少々辛い。
 一方で「裸の密室」、「手を振る女」、「暗闇の殺意」、「動く密室」もそれぞれ不自然さやあざとさはあるが、それが良い意味で発揮されている。特に「裸の密室」は物語としてはげすい一作ではあるのだが(笑)、密室と叙述が非常に上手くミックスされており、未読の方にはぜひおすすめしたい。


中町信『追憶の殺意』(創元推理文庫)

 中町信の諸作品が創元推理文庫で復刊され、なかなかの人気を集めているのは皆様ご存じのとおり。夏頃には遂に五冊目として『追憶の殺意』が文庫化されたので、本日はその感想など。
 ちなみに旧題は『自動車教習所殺人事件』。まあ、旧題もストレートすぎてあんまりな感じではあるが、改題の『追憶の殺意』も漠然としすぎてインパクトは薄い。
 とりあえず、そろそろ『〜の殺意』で揃えるのは止めてもいいんではないかな。シリーズ探偵がいるでもなし、内容が似ているわけでもなし。共通項のない作品群をむりやりまとめる必要はない。改題が悪いとは言わないが、やるならもう少し作品の内容を尊重した方がいいし、そもそも売るための施策ということを忘れないでほしいものだ。

 埼玉県岩槻市の川土手で、自動車教習所の配車係が死体で発見された。当初は事故として処理されたが、今度は教習所内で技能主任が殺害される事件が起こり、警察は関連性の究明を急ぐ。やがて浮かび上がる指導員や生徒の複雑な人間関係、指導員の不祥事。そして遂に三つめの事件が発生した。行方のわからなくなっていた指導員がマンションの駐車場で死体となって発見されたのである……。

 追憶の殺意

 一応は密室殺人事件という見せ場もあるのだけれど、そちらは大がかりなトリックではなく、むしろ犯人が明らかになってからのアリバイ崩しがメインとなる。また、アリバイ崩しを含めて様々な推論の繰り返しがあり、その過程を楽しむタイプの本格ミステリといえるだろう。
 とにかく一つの壁を突破したと思ったら、また次の壁が立ちはだかるという具合で、これをごく普通の刑事たちが持てる知識や経験を総動員し、ときには運にも助けられながらコツコツと進めていく。派手な展開とは無縁だけれど、これもまた知的興味を満たし、スリルを味わうひとつの形である。

 そんなわけで決して嫌いな作品ではないが、惜しむらくはここまで市井の人々で事件を構成することのもったいなさか。華がない、地味だと言われがちな中町作品。表面的な設定にはあまり凝ることをしないから、大技で魅せる『模倣の殺意』などの作品ならいざ知らず、本書のようなタイプではやはり損をしてしまう。
 本作に限らないが、もう少し個性的な警察官を配するとか、スケール感を大きくするとか、山っ気がもう少しあれば生前ブレイクもあったのではないだろうか。


中町信『三幕の殺意』(創元推理文庫)

 中町信の『三幕の殺意』を読む。2008年に刊行された著者の遺作となる作品だが、もとは1968年に発表された中編「湖畔に死す」を長篇化したものだ。
 実はさらにこの前に短編バージョンがあるのやらないのやらという話が解説に載っていたりするので、興味ある方はぜひ現物で。

 それはともかく中身である。
 昭和四十年の十二月初旬。景勝の地として知られる尾瀬沼の湖畔に立つ朝日小屋。夏は登山客で賑わうこの山荘も、冬のいまは人気も少ない。その朝日小屋に今年初めての雪が降り積もった夜、離れに暮らす日田原聖太が殺害された。
 天候の悪化により孤立した山荘の状況から、容疑者は山荘に泊まった者、もしくはそこで働く者に限られている。宿泊客の一人、津村刑事を中心に、お互いのアリバイを検証してゆくが、なんとその日の宿泊客はいずれもが日田原に恨みを持つ者ばかりであった……。

 三幕の殺意

 いわゆる「嵐の山荘」テーマである。読者への挑戦も挿入されたり、帯には「最後の三行に潜む衝撃」などとやらかしているので、本格探偵小説として著者、編集者ともに相当ハードルを上げている感じだが、これは少々無理をしすぎている。オーソドックスな本格ミステリとして楽しむことはできたものの、そこまでの傑作ではないだろう。なんせ著者自身ももとの中編を「出来の悪い」とまで書いているぐらいなのである(もちろん謙遜はかなり入っているだろうが)。

 特に「最後の三行に潜む衝撃」は、メインのキャッチとして謳うのはいかがなものか。確かにオチそのものは皮肉が効いていて面白いのだけれど、これは他の中町作品にある物語世界をひっくり返すタイプのものではなく、あくまでプラスアルファの遊びである。メインの仕掛けとはまったく関係ないオチをウリにされてもなぁ。
 「嵐の山荘」ものとしてみた場合でも、緊迫感が少々足りないのは残念。殺人犯と同じ宿にいて逃げ場がない、という状況ながら、登場人物たちはそこそこのんびりムードである。サスペンスをもう少し高めるとか、あるいは逆にブラックユーモアを押し出すとか、もうすこし雰囲気作りにはこだわってもよかったのではないか。宿泊客と被害者の遺恨をカットバック的に見せる序盤などはなかなか盛り上がるだけに、よけい惜しまれる。

 そういったマイナス要素を除くと、本格としては比較的まとまりのある作品である。上に書いたが序盤のムードは悪くないし、刑事を中心にアリバイをコツコツと検証してゆく展開なども手堅い。小物の使い方、例えばストーブへの疑問を足がかりにしてロジックを組み立てていく手際もこなれている。
 ただ、これらはストレートに面白さに直結するところではないだけに、どうしても印象としては損をしてしまうだろう。無茶を承知で書けば、ラストの三行を活かしたかったのであれば、構成をすべてその人物中心で組んだ方がよかったのではないだろうか。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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