久々に中町信を一冊。ものは『榛名湖殺人事件』。
1986年に刊行された作品で、当時人気のあったトラベルミステリにあやかって、それらしいタイトルはつけられているが、もちろん中町作品ゆえそこらのトラベルミステリと一線を画しているのは言うまでもない。

こんな話。駅の階段から転落して入院中の“私”有馬悦子は、深夜、謎の侵入者によって危うく殺されそうになる。犯人の手がかりは、先の欠落した指が二本あったこと、手紙を“私”から受けとったという犯人の言葉だった。
命を狙われる覚えもない“私”だったが、そんなとき以前に勤めていた開堂商事の元同僚・城井広子から電話がかかってくる。それはかつて開堂商事が原因となって起こった、ある事件についてであった。
開堂商事は金持ちの老人を騙して金(きん)を売りつける悪徳商法で知られていた。それが社会問題になろうとする頃、会社はお客である老人たちの矛先を収めさせるため、彼らを榛名湖の温泉ホテルに招待して言いくるめる作戦に出る。ところがそのホテルが火災を起こし、同じ会社に勤めていた悦子の姉やスーパー営業ウーマンの大和田浪江をはじめ三十人あまりが死亡したのだ。
城井広子はこのとき死んだ大和田浪江が火事ではなく、誰かに殺されたのだと考えていた。そして、とうとう犯人と思われる人物を突きとめ、犯人にあてて告発状を送ったのだが、文面をぼかして書いたため、間違って犯人が悦子を襲うかもしれないから注意しろというのだ。
果たして“私”を襲った男は、大和田浪江を殺した犯人なのか? 姉の死因にも疑問をもった“私”は当時の関係者の話を聞こうとするが、その矢先に城井広子も殺されてしまう……。
なんだか長い粗筋になってしまったが、まあ、これはほんの触りである。ネタバレに影響ない範囲で少し続けると、城井広子に代わって“私”が調査を進めていくというのが大きな流れであり、調査によって新たな推論が生まれ、そこから新たな容疑者が浮かび上がる。ところがその容疑者もまた次々と殺されていくという寸法である。
その際に残された手がかりによって、“私”だけでなく読者をも誤誘導させていくのがミソであり、著者の腕の見せどころでもある。もちろん“私”が襲われる件という思わせぶりなプロローグも当然ながら仕掛け満載であり、中町ファンであれば、この一点だけでも読む価値はあるだろう。
ただ、引っかかる箇所もちらほら。特に“私”というキャラクターには難があって、彼女は開堂商事でテレホン嬢、いまでいう電話セールスとして勤めていた女性だ。立場上、会社の実情についてそれほど詳しくなかったとはいえ、トラブルが明るみになった今もそれほど罪悪感を感じておらず、自分の獲得したお客は二、三百万ぐらい無くなっても平気なお金持ちだったから問題ないとまで宣う始末。あまりにヒロインらしくないセリフに思わずのけぞってしまった。
また、初っ端から男に襲われているというのに、その後の調査ではけっこうな頻度で怪しい男と二人きりになるなど、あまりにも脇が甘いところもある。自らが犯人だと指摘した男の誘いに乗って旅行に出るというのは、婦人警官の囮捜査じゃあるまいし、いくら何でもあり得ない。
中町作品は基本的にパズル性重視であり、人間ドラマにはそこまで重きは置いていないのだけれど、ときどきこういう無神経な描写があるのはいただけないところである。
まとめ。上にあげたような納得いかない部分もあり、初期傑作群に比べればやはり一枚落ちるのは否めないだろう。とはいえ推理小説としての要素だけを見れば決して悪くない作品であり、中町作品の特徴もしっかり感じられる。中町ファンであれば押さえておきたい一冊である。