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 飽きもせず、ひとり中町信祭り。本日の読了本は『女性編集者殺人事件』である。
 もとは日本文華社から刊行された『殺戮の証明』が、ケイブンシャ文庫で刊行される際に改題された作品。著者の長篇第三作目にあたり、力作を連発していた初期に書かれた作品である。

 こんな話。医学系出版社の南林書房では労働争議の真っ最中。年末一時金の額で無茶な要求をする労働組合側と、びた一文増やすことはできないという会社側の主張が真っ向から対立していたのだ。
 組合側の闘争手段はエスカレートし、時間外勤務拒否、外出拒否、電話応対拒否などは当たり前、社内中に管理職の写真入りで誹謗中傷を書いたステッカーまで貼る始末である。その組合の急先鋒が、先頭に立って誹謗中傷を繰り広げる組合員の久我富子だった。
 そんな中、久我富子が電話交換室に乱入し、かかってきた電話を勝手にとって盗聴するという暴挙を犯す。すると彼女はなぜか笑みを浮かべ、そのままエレベーターで六階に上がっていったのだが、次に発見されたときは絶命寸前の状態だった。そして今際の際に彼女は、自らの血で犯人のヒントらしきものを書き記すが……。

 女性編集者殺人事件

 ううむ、才気ほとばしる初期の作品群にあって、あまり話題に上ることのない本作だが、それもむべなるかな。『〜の殺意』や最近読んだ『田沢湖〜』『奥只見〜』に比べれば明らかに一枚落ちる出来である。
 一番の弱点はやはりメイントリックの弱さだろう。本作ではダイイングメッセージとアリバイトリックの二つが大きな肝になるのだが、どちらも長篇をひっぱるほどのネタではなかろう。特にダイイングメッセージはほぼ瞬時にネタがわかってしまった。実はこのダイイングメッセージ、最初の種明かしからさらにもう一捻りあるのだけれど、二つ目の真相に無理がありすぎで、むしろ最初の種明かしで止めた方がよかったのではと思える始末だ。

 なお、ミステリとしてどうこうではないのだが、労働争議の描写については非常にインパクトがあった。物語の舞台は1970年代後半になるが、当時の会社と組合の交渉がここまで熾烈を極めていたとはちょっと信じがたいほどである。
 基本的には組合側の闘争手段が徹底したサボタージュと管理職への個人攻撃であり、特に後者が凄まじい。これがどこまで一般的だったのか、管理人もちょっと判断できないのだが、いや今これやったら明らかに訴訟ものだろう。もちろん創作なので著者が話を盛っている可能性はあるわけだが、いやあ、この毒気は相当なものだ。

 まとめ。本格に対する著者のこだわりというか、いろいろやりたかったであろうことは伝わってくるが、全体的には小粒で物足りない。労働争議の描写のきつさも含めておすすめしにくい一作といえる。


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 先日読んだ『田沢湖殺人事件』がなかなか良かったので、中町信をもういっちょ。ものは『奥只見温泉郷殺人事件』。
 中町信の主な執筆時期は1960年代後半から2000年にかけてだが、代表作が主に前半、1970年代から80年代に集中しているというのは衆目の一致するところだろう。創元で復刊された一連の『〜の殺意』はもちろん(ただし『三幕の殺意』は遺作)、そのあとに続く『田沢湖殺人事件』、そして本作もまた中町信の技巧を堪能できる一冊である。

 奥只見温泉郷殺人事件

※以下、ネタバレには十分注意しておりますが、例によって中町作品は内容の性質上、紹介が難しい面が多々あるため、未読の方は覚悟をもってお読みください。


 まずはストーリー。出版社に務める牛久保は妻と娘を連れ、久々に家族旅行に出かけることにした。向かったのは奥只見温泉郷にある大湯温泉。ところがそこで、かつて彼の弟と結婚していた多美子という女性に出会う。
 実は牛久保の娘は弟と多美子の間にできた子供だったが、弟が死んだあと、牛久保が引き取ったという経緯があった。その事実を娘は知らず、多美子はそれを種にして、牛久保を強請ろうとする。
 とりあえずその場を繕った牛久保だが、翌日、思いがけない出来事がおこる。宿のスキーバスが川に転落し、五人の客が亡くなったのだ。その中には多美子も含まれていたが、彼女の死因は事故死ではなく、事故直後に絞殺されていたことが判明する……。

 物語はこのあと多美子殺しの容疑を受けた牛久保が、無実をはらそうと独自に調査するという展開となる。まあ、これだけでは普通の推理小説っぽいが、もちろん中町信ならではの仕掛けがガッツリと張り巡らされている。
 それが中町信おなじみのプロローグと、それに絡む日記の存在である。

 プロローグが例によって胡散臭い(苦笑)。"私"が仏壇の据えられた部屋に座り、ある人物を自殺に追いやった責任は自分にあると悔恨し、傍らにある日記帳に目を通す様が描かれる。そして、その日記と覚しき内容が各章の冒頭に抜粋して記され、さらにはそれをなぞるようにして物語が進んでゆくという結構だ。
 日記の書き手は妻である。そこで語られるのは、夫が調査を始めたらしいこと、しかし、実は夫が犯人ではないかという疑惑の念。本編は牛久保の一人称で語られるため、この日記との微妙なズレがサスペンスを生み、読者を煙に巻いてゆく。

 プロットも見事。たまたま居合わせたかに思われた宿の客たちが、実はさまざまな因縁をもった人々であり、人間関係や事件の背景はけっこう複雑である。この偶然と必然が交差するカオスを、一人称で追いかけることによって意外にわかりやすく読ませるのは高ポイント(相変わらず美文とはいえないけれど、こういう内容だとまあ許せる範囲か)。
 そもそもメイントリックなしでも一応は成立するミステリなのだが、もちろんそれだけでは物足りないわけで、そこに著者お得意のトリックをかませることで一気に傑作に高めた印象である。

 『田沢湖殺人事件』同様、カバーとタイトルで損をした感は否めないが、内容的にはオススメである。創元さんは、ぜひこちらも改題復刊の方向で。


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 ひと頃は改題復刊されてプチブームを起こしていた中町信だが、最近はすっかり御無沙汰。このあともけっこう復刊が続くのかと思っていただけに残念なところだが、こういうこともあろうかと古本でコツコツ集めておいた中から、本日は『田沢湖殺人事件』。

 東和大学の助教授でもある脳外科医・堂上富士夫のもとへ警察から連絡が入った。ミステリ作家として有名な妻の美保が、中学校の同窓会に向かった先の秋田県田沢湖で、水死体となって発見されたのだ。
 堂上は美保の死が殺人ではないかと疑い、自ら調査を開始する。そして美保が十五年前に起こったある事件を調べていたことに気がついた。だが調査を進めるうち、事件の関係者が次々と不可解な死を遂げていく……。

 田沢湖殺人事件

 トラベルミステリー然としたタイトル、いかにも昭和の香り満載のカバーイラスト。ぱっと見はいかにも安手の二時間サスペンスドラマのテイストである。当時はこういう方が売れると判断されたのだろうが、その価値を間違った方向へ誘導したのは何とも残念なことだ。
 というのも本作の中身はガチガチの本格。しかも創元から『〜の殺意』として復刻された傑作群に勝るとも劣らない力作なのである。

 堂上の妻、美保の事件をきっかけにして繰り広げられる連続殺人、しかもこれに十五年前に起こった事件が絡み、フーダニット、密室、アリバイ崩し、そしてお得意のアレなど、とにかく本格につきもののガジェットがこれでもかというぐらい詰め込まれている。
 さらにはひとつの推理が導き出されるごとに、事件の様相がガラリと変わり、それが一度や二度ですまない展開も素晴らしい。特に後半、真相がほぼ見えたかと思わせておいて、美保の手紙とともに展開するパートは圧巻。ページ数はそこそこ残っているので、もう一波乱やってくれるのだろうとは思ったが、まさかここまでとは。

 よくもまあこれだけトリックを仕込み、緻密なプロットを構築したものだ。しかも読者に対してはけっこうあからさまな伏線も貼ってあるところなど心憎い。伏線であることはすぐに気づいたけれど、その意味まではなかなか思い至らず、ラストで思わず唸ってしまったよ。とにかく本格にかける著者の執念のようなものが感じられる一作。
 当時、ただのトラベルミステリだと思って読んだ人は、どんだけ驚いたことやら。

 難をあげるとすれば、プロットの複雑さのせいか、あるいはネタを詰め込みすぎたせいか、ストーリー展開がやたらゴチャゴチャしていることが惜しまれる。主人公も完全に固定されているわけではなく、メインの人物がところどころで入れ替わり、その比重がばらばらなのも気になった。謎の興味で引っ張ってくれるからよいけれど、ストーリーの流れの悪さという点ではいまひとつだ。
 まあ、本作に関してはそういうマイナスは気にせず、著者の意気をこそ買っておきたい。
 トータルではもちろんおすすめ……と書きたいところだが、本作は現在、古書でしか入手できないのがなんとも残念。創元はせっかくあれだけ紹介を進めたのだから、これはぜひ復刊しておくべきではないかな。


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 中町信の『偽りの殺意』を読む。デビュー作を含む初期の三作品を収録した中短篇集である。刊行予定がネット上に上がったときは確か『疾走する殺意』だったが、改題されたようだ。例によって”〜の殺意”というタイトルでまとめているが、どうせ今となっては大した意味もないのだから、各版元はあらためて売り方を考えた方がいいと思うのだが……。
 それはともかく中身に移ろう。

 偽りの殺意

「偽りの群像」
 東京から来た教科書会社の営業マンが崖から転落死する事件が起こった。前日の夜、猿ヶ京温泉に同宿した女性と被害者を恨む男が疑われるが、二人にはどちらも強固なアリバイが……。
「急行しろやま」
 ある教科書会社の部長が急行しろやまから転落して死亡する。死体には首を絞めた跡があり、殺人事件として捜査されるが、まもなく被害者は会社の労働争議で組合員から恨みを買っていたことが明らかになり……。
「愛と死の映像」
 信越本線を走る急行越前から県教育事務所長が転落死する。遺体の後頭部には裂傷が見られ、他殺の線で捜査が進められたが、実は被害者は小中学校の人事異動に絡む汚職容疑で調べを受けていた男でもあった……。

 収録作は以上。中町信といえば今でこそ叙述トリックの名手として知られる存在になったが、ミステリを書くきっかけは鮎川哲也の諸作品を読んだことであり、初期の作品はその影響を色濃く受けたものが多かった。すなわちアリバイ崩しである。
 本書収録作もデビュー作の「偽りの群像」を初め、アリバイトリックがメインなのだが、これがまあなかなかの力作揃い。アリバイトリックものというとどうしても地味にはなりがちだし、若干、古い感じは否めないが、基本に忠実というか、かっちり核の部分を固めているのがポイントアップ。
 特に良かったのは「愛と死の映像」。これまで単行本未収録だったこともあるが、その後、話題となった諸作品のエッセンスが感じられるなど、内容的な満足度も高い。

 気になったのは設定が似すぎていることか。もう少しいろいろな世界を取材して書けよといいたくなるぐらい幅が狭い(苦笑)。
 デビュー間もない頃だからまだ引き出しが少なかったとは思うし、そもそも編者がまとめたものだからあまり著者に責任はないかとも思うのだが、ちょっと残念なところではある。

 とりあえずそんな欠点も踏まえつつも、ファンであれば間違いなく押さえておきたい一冊。同じく光文社から出た前作の『暗闇の殺意』よりも楽しめます。


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 近年、再評価著しい中町信ではあるが、そうはいってもがんばっていたのは結局創元のみ。だがここにきてようやく他の版元も興味をもってくれたようだ。本日の読了本『暗闇の殺意』は、なんと光文社文庫からの新刊である。
 ちょっと嬉しいのはこれが短編集だということ。アンソロジーでいくつか読んだことはあるけれど、やはりそれでは断片的な記憶でしか捉えることができず、こういう企画は大歓迎である。

 暗闇の殺意

「Sの悲劇」
「年賀状を破る女」
「濁った殺意」
「裸の密室」
「手を振る女」
「暗闇の殺意」
「動く密室」

 収録作は以上。
 ダイイング・メッセージから密室、アリバイ崩し、そしてお馴染み叙述トリックなど、非常にバラエティに富んだ構成である。中町信がいかにトリックメイカーだったか、またいかに真摯にミステリに向かい合っていたかというのが理解できる構成ともいえるだろう。
 ただ、幅広さを追求した結果か、出来には若干のバラツキもあり、本書をもって著者のベストとは言いがたい。まだいくつか有名な作品も残っているし、元々国産ミステリの復刻には熱心な光文社文庫から出たということで、これは次の短編集を期待していいという意味なのだと理解しておこう(笑)。

 バラツキ云々についていうと、やはりパズル性が出すぎた作品は厳しい。特にダイイング・メッセージ物にそれが顕著で、個人的には「Sの悲劇」のトリックそのものの弱さ、「年賀状を破る女」の不自然さ、「濁った殺意」のあざとさは少々辛い。
 一方で「裸の密室」、「手を振る女」、「暗闇の殺意」、「動く密室」もそれぞれ不自然さやあざとさはあるが、それが良い意味で発揮されている。特に「裸の密室」は物語としてはげすい一作ではあるのだが(笑)、密室と叙述が非常に上手くミックスされており、未読の方にはぜひおすすめしたい。


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 中町信の諸作品が創元推理文庫で復刊され、なかなかの人気を集めているのは皆様ご存じのとおり。夏頃には遂に五冊目として『追憶の殺意』が文庫化されたので、本日はその感想など。
 ちなみに旧題は『自動車教習所殺人事件』。まあ、旧題もストレートすぎてあんまりな感じではあるが、改題の『追憶の殺意』も漠然としすぎてインパクトは薄い。
 とりあえず、そろそろ『〜の殺意』で揃えるのは止めてもいいんではないかな。シリーズ探偵がいるでもなし、内容が似ているわけでもなし。共通項のない作品群をむりやりまとめる必要はない。改題が悪いとは言わないが、やるならもう少し作品の内容を尊重した方がいいし、そもそも売るための施策ということを忘れないでほしいものだ。

 埼玉県岩槻市の川土手で、自動車教習所の配車係が死体で発見された。当初は事故として処理されたが、今度は教習所内で技能主任が殺害される事件が起こり、警察は関連性の究明を急ぐ。やがて浮かび上がる指導員や生徒の複雑な人間関係、指導員の不祥事。そして遂に三つめの事件が発生した。行方のわからなくなっていた指導員がマンションの駐車場で死体となって発見されたのである……。

 追憶の殺意

 一応は密室殺人事件という見せ場もあるのだけれど、そちらは大がかりなトリックではなく、むしろ犯人が明らかになってからのアリバイ崩しがメインとなる。また、アリバイ崩しを含めて様々な推論の繰り返しがあり、その過程を楽しむタイプの本格ミステリといえるだろう。
 とにかく一つの壁を突破したと思ったら、また次の壁が立ちはだかるという具合で、これをごく普通の刑事たちが持てる知識や経験を総動員し、ときには運にも助けられながらコツコツと進めていく。派手な展開とは無縁だけれど、これもまた知的興味を満たし、スリルを味わうひとつの形である。

 そんなわけで決して嫌いな作品ではないが、惜しむらくはここまで市井の人々で事件を構成することのもったいなさか。華がない、地味だと言われがちな中町作品。表面的な設定にはあまり凝ることをしないから、大技で魅せる『模倣の殺意』などの作品ならいざ知らず、本書のようなタイプではやはり損をしてしまう。
 本作に限らないが、もう少し個性的な警察官を配するとか、スケール感を大きくするとか、山っ気がもう少しあれば生前ブレイクもあったのではないだろうか。


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 中町信の『三幕の殺意』を読む。2008年に刊行された著者の遺作となる作品だが、もとは1968年に発表された中編「湖畔に死す」を長篇化したものだ。
 実はさらにこの前に短編バージョンがあるのやらないのやらという話が解説に載っていたりするので、興味ある方はぜひ現物で。

 それはともかく中身である。
 昭和四十年の十二月初旬。景勝の地として知られる尾瀬沼の湖畔に立つ朝日小屋。夏は登山客で賑わうこの山荘も、冬のいまは人気も少ない。その朝日小屋に今年初めての雪が降り積もった夜、離れに暮らす日田原聖太が殺害された。
 天候の悪化により孤立した山荘の状況から、容疑者は山荘に泊まった者、もしくはそこで働く者に限られている。宿泊客の一人、津村刑事を中心に、お互いのアリバイを検証してゆくが、なんとその日の宿泊客はいずれもが日田原に恨みを持つ者ばかりであった……。

 三幕の殺意

 いわゆる「嵐の山荘」テーマである。読者への挑戦も挿入されたり、帯には「最後の三行に潜む衝撃」などとやらかしているので、本格探偵小説として著者、編集者ともに相当ハードルを上げている感じだが、これは少々無理をしすぎている。オーソドックスな本格ミステリとして楽しむことはできたものの、そこまでの傑作ではないだろう。なんせ著者自身ももとの中編を「出来の悪い」とまで書いているぐらいなのである(もちろん謙遜はかなり入っているだろうが)。

 特に「最後の三行に潜む衝撃」は、メインのキャッチとして謳うのはいかがなものか。確かにオチそのものは皮肉が効いていて面白いのだけれど、これは他の中町作品にある物語世界をひっくり返すタイプのものではなく、あくまでプラスアルファの遊びである。メインの仕掛けとはまったく関係ないオチをウリにされてもなぁ。
 「嵐の山荘」ものとしてみた場合でも、緊迫感が少々足りないのは残念。殺人犯と同じ宿にいて逃げ場がない、という状況ながら、登場人物たちはそこそこのんびりムードである。サスペンスをもう少し高めるとか、あるいは逆にブラックユーモアを押し出すとか、もうすこし雰囲気作りにはこだわってもよかったのではないか。宿泊客と被害者の遺恨をカットバック的に見せる序盤などはなかなか盛り上がるだけに、よけい惜しまれる。

 そういったマイナス要素を除くと、本格としては比較的まとまりのある作品である。上に書いたが序盤のムードは悪くないし、刑事を中心にアリバイをコツコツと検証してゆく展開なども手堅い。小物の使い方、例えばストーブへの疑問を足がかりにしてロジックを組み立てていく手際もこなれている。
 ただ、これらはストレートに面白さに直結するところではないだけに、どうしても印象としては損をしてしまうだろう。無茶を承知で書けば、ラストの三行を活かしたかったのであれば、構成をすべてその人物中心で組んだ方がよかったのではないだろうか。


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 中町信の『空白の殺意』を読む。1980年に刊行された『高校野球殺人事件』を改題したもので、著者の五作目の長篇である。

 友人の高校教師、角田絵里子を訪ねた宝積寺恵子は、彼女の死体を発見する。自殺と判断されたが、問題は自殺の動機だった。残された遺書には二日前に起こったある殺人事件との関連が記されていたのだ。それは絵里子の勤める高校の女生徒が薬殺された事件であった。そして時を同じくして行方が知れなくなる野球部の監督。捜査が進むうち、甲子園をめざす高校野球界のどす黒い裏側が明らかになり……。

 空白の殺意

 悪くない。手堅くまとまった上質の本格ミステリである。
 著者自身のあとがきによると、本作はディクスン・カーの『皇帝のかぎ煙草入れ』に触発されて書いた作品だという。確かに心理的トリックという点で著者がめざすところは理解できる。『模倣の殺意』のような大仕掛けはないにせよ、細かなトリックを二重三重に重ね、読者を巧く誤誘導しているのだ。冒頭から注意していれば気付く部分もあるのだが、叙述トリックの名手らしく、この手の仕掛けはやはり巧妙である。
 『模倣〜』や『天啓〜』ほどのインパクトはないにせよ、本格としてのエッセンスはむしろこちらが上だ。

 本筋に関わる話ではないが、作中で繰り広げられる推理合戦がことのほか多いのもポイント。新たな手がかりが浮上してくるたびにロジックをこねくり回すのは、本格ミステリでは特に珍しい話ではないが、中町信がやるとそれ自体に裏がありそうな気がするのである。
 描写のひとつひとつが読者に怪しまれてしまうのは、叙述トリックの名手という著者の宿命であろう。それをまたいかなる手で切り返すのか、中町信を読むときの楽しみといえば楽しみなのだが、それに終始してしまう読み方は、実はあまり好みではない。本作でいえば著者が好きな野球を舞台にし、けっこう軽くないテーマを扱っている。それがただの道具立てとして読まれてしまうのは少しもったいない。
 もちろん、いろいろな読み方があっていいし、読者の自由ではあるのだが。


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 先日読んだ『模倣の殺意』がよかったのでそのまま『天啓の殺意』にとりかかる。著者の第六長篇で原題は『散歩する死者』。

 推理小説誌の編集者、花積明日子のもとへリレー小説の企画が持ち込まれた。持ち込み主は作家の柳生照彦。彼が書いた問題篇をタレント作家の尾道由起子に読んでもらって解決篇を書いてもらい、そののち自分の解決篇を載せるというもので、作家同士の知恵比べをしようというのだ。ところが問題篇までは順調に進んでいたが、解決篇を書くと残して温泉へ出かけた柳生が行方をくらませてしまう……。

 今回も感想はネタバレ警報ありの方向で。一応、ネタバレしないよう気をつけて書くつもりではあるが、作品の性格上、可能性は否定できないゆえ。

 天啓の殺意

 本作では、作中に真相へのヒントが二つ隠されていて、これがなかなか厄介。ひとつは注意深く読んでいればもしかしたら気付くかもしれないというレベルで、しかもそこから意味を読み解くのが困難。あくまで遊びの範囲ではあるが、この手のアイディアを他の作家の本で読んだことがあるので、気付けなかったことがけっこう悔しい(苦笑)。
 問題はもうひとつのヒントである。こちらはヒントというにはあまりに露骨。これも遊び心ゆえだとは思うが、勇み足にすぎ、このヒントのため、比較的はやい段階で犯人の目安がついてしまったのが残念だ。とはいえ、当たりをつけて読んでも、なかなか尻尾をつかませないのが著者の巧いところではある。

 全体的にはやや技巧に走りすぎた嫌いはある。いや、この作品はそもそも技巧がすべてでしょというなかれ(笑)。技術的には『模倣の殺意』を上回っていると思うのだが、やられたという爽快感は逆に『模倣の殺意』が上。これは終盤のたたみかけや展開が裏目に出ているというかやりすぎというか、小説としての構造がサプライズの衝撃を逆に弱めている。
 また、かなり根本的な部分でそんなに都合よく事が運ぶのかという、御都合主義に頼るところがあるのは厳しい。

 ううむ、なんだか欠点ばかり挙げてしまったが、もちろん決してつまらないわけではない。『模倣の殺意』よりは落ちるけれど十分に楽しめるし、何より、よくぞここまでバリエーションを考えたものだと感心する。
 叙述トリックは「小説」ならではのサプライズが魅力なのだが、その反面、小説が提供すべき本来の楽しみの多くを犠牲にするという欠点も併せ持つ。そのハードルに挑んだ著者の意気をこそ買いたい。


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 最近、書店で中町信がずいぶんプッシュされているのを目にする。ネットで調べてみると、既に十万部以上増刷だとか某書店が仕掛けたらしい云々とは出ているが、それでもここまでブレイクする理由やきっかけが正直わからない。
 中町信といえば叙述トリックの先駆者として知られているが、この十年ほど、日本でこの手の作品が増えていることと多少は関係ありそうだ。特に東野圭吾らの人気作家の話題作にこの手のトリックが目立ったこともある。ミステリを普段読まない一般の読者にとって、叙述トリックは非常にわかりやすい。小説ならではの仕掛けがインパクトを与えた結果、そういったものが好んで読まれ始めているのかもしれない。
 とはいえ、それぐらいの理由でここまで人気が出るかとなると疑問。ここらへんご存じの方、ぜひ御教授ください。


 さて、ここまで人気が出てくると怖いのはネタバレである。なんせ叙述トリックの名手というフレーズだけでも十分ネタバレになっているのであるから、これはいずれ正真正銘のネタバレ記事をうっかり読む可能性もある。せめて代表作は少し片づけておこうと手にしたのが『模倣の殺意』。

 七月七日の午後七時、坂井正夫が青酸カリによる服毒死を遂げた。文学新人賞を獲ったものの以後は低迷し、将来を儚んでの自殺として処理される。しかし、坂井に編集雑務を頼んでいた編集者の中田秋子は、彼の部屋で会った遠賀野律子の存在が気になり、独自に調査を開始する。
 一方、ライターの津久見伸助は、同人誌仲間だった坂井の死を記事にするよう雑誌社から依頼される。そして取材を進めるうち、坂井がようやく自信作をものにした矢先の自殺であることを突きとめた。しかもその作品に盗作疑惑があったことを知り……。

 以下、ネタバレには注意しておりますが、なんせ内容が内容ですので、未読の方は相応の覚悟をもってお読みください。

 模倣の殺意

 本作はデビュー長篇『そして死が訪れる』を改稿したもの。途中では『新人賞殺人事件』、『新人文学賞殺人事件』などと改題もされたりしているのだが、この辺りの経緯は解説に詳しいので、興味ある方はぜひそちらで。
 肝心の中身だが、これはよくできている。まあ、叙述トリックはそもそも小説の内容にはまったく関係なく、単に読者をアッと言わせるという一点勝負オンリーの側面があるので、執筆には相当の配慮が必要である。著者はその点、表現には細心の注意を払っている。二人の主人公で交互に進めるところに、既に十分きな臭いものはあるのだが、落としどころが鮮やかで見事にだまされた。終盤ではさすがに怪しげな個所がチラホラ出てくるものの、基本、あっぱれの一語である。

 ただし残念な部分もある。本書のトリックにはある特殊な前提条件があるのだが、実はこれがけっこう納得いかなかったりする。可能性はもちろんゼロではないけれど、個人的にはボーダーライン。改訂前の作品ではこの点を解消する表現があったのだが、似たような作品がある現在では露骨過ぎるだろうと書き直されたらしいが、ううむ、これは残しておいた方が全然よかったのにな。

 気になる点をもうひとつ。それは叙述トリックという性質上、表現が縛られてしまうため、文章が味気なくなりがちなこと。事件を調査する二人の主人公が両者ともいまひとつサラッとしすぎるというか。特に女性主人公の中田秋子はある設定がされているため、ここまで煮え切らないと辛い。
 ただ、ここをやりすぎると読者を騙し討ちする度合いもひどすぎることになりかねないので、難しいところではあるのだが。

 以上、若干気になるところはあるのだけれど、トータルでは十分に楽しく読めるので念のため。これから読もうという人がいるなら、できれば先入観はもたず、何も考えず素直に騙された方がよい。それが一番楽しい読み方である。


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