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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

栗田信『双頭の鬼』(湘南探偵倶楽部)

 先日の『銀座不連續殺人事件』に続いて湘南探偵倶楽部さんの新刊をもういっちょ。栗田信の『双頭の鬼』である。

 双頭の鬼

 かつては猫の目正平として知られた大泥棒、緒方正平。現役を退いで貴金属商を営む身だが、暗黒街での顔の広さや鋭い頭脳は健在で、今では警察の知り合いもちょくちょく事件の相談にくるという、知る人ぞ知る存在である。
 その正平の元にやってきたのは古屋刑事。最近、東京で噂されている「蜘蛛男」、二つの頭と八本の手足がついているという、その奇怪な容姿の蜘蛛男を目撃したというのである。その時はまったく古屋刑事の話を信用しなかった正平だが、翌日、新聞には蜘蛛男による最初の犯罪の記事が載っていた……。

 栗田信らしさ全開の怪奇探偵小説である。双頭の鬼=蜘蛛男というキャラクターがすべてだと思うのだが、乱歩のように二十面相の変装とかではなく、文字どおりの怪人というのが恐れ入る。
 それは設定やストーリーなども同じで、何らかのトリックや仕掛けかがあるのだろうと思っていると、ほぼストレートなネタでいやはやなんとも(苦笑)。事件も相当なものだが、犯人の設定がとにかく無茶である。

 そういう作品なので、しかもグロな描写もあるから、とても人様にオススメできるような作品ではない。ただ、最初の警察と蜘蛛男のやりとりや、終盤の正平と蜘蛛男のやりとりなど、見せ場の描写がけっこう達者だし、ラストでヒューマンドラマに仕立ててしまうところなども悪くなく、ついつい面白く読んでしまう(笑)。
 いろいろな意味で復刊の難しい作家だろうが、個人的にはもっと読んでみたいものだ。

栗田信『蛇女対マングース男爵 栗田信傑作集 下巻』(盛林堂ミステリアス文庫)

 『蛇女対マングース男爵 栗田信傑作集 下巻』を読む。当初は上巻『和製シャーロック・ホームズの冒険』に続いて一気に読もうと思っていたのだが、あの作風と内容で立て続けに二冊はやっぱり辛いなと思い直し、クイーンや連城三紀彦を挟んで少し口直しをした次第(笑)。もちろん、これは決して栗田信を貶めているのではなく、むしろその個性を尊重してのことなので念のため(笑)。

 栗田信傑作集蛇女対マングース男爵

第一部 ミステリ
「原色の迷路」
「妄想の中の男」
「死者の微笑」
「髑髏を抱く男」
「万引監視員」

第二部 SF・怪奇・異色作品
「マヌカン人形」
「消えた遺体」
「第七感」

第三部 時代ミステリ
「満月に哭く男〜からす猫変化〜」
「さくら判官 破顔一笑」

第四部 異形の者たち2
「美女変貌す」
「獣鬼の覆面 卒塔婆を抱く女」

 収録作は以上。上巻がシリーズと名義別で構成されていたのに対し、下巻ではジャンル別でまとめられている。この「ジャンル別」という目次のせいで余計にそう感じたのかもしれないが、栗田作品は普通のミステリより、圧倒的に超自然要素やホラー要素の入ったものの方が面白いようだ。
 これまでにミステリ珍本全集の『発酵人間』も含め、栗田信の本は三冊読んだことになるが、ミステリ系の作品はほぼ通俗スリラーやかつての日活アクション映画を彷彿とさせるようなものばかり。しかも意外にオーソドックスにまとめられている。
 これは単なる想像にすぎないけれども、栗田が当時の雑誌や貸本などの注文を数多くこなすため、ひたすら当時の流行やニーズに合わせて書いた結果といえるだろう。粗製濫造というと失礼だが、ミステリ的にめぼしい作品はほぼなく、とにかく勢いと雰囲気だけで読ませる作品ばかりという印象だ。

 ところが、これに超自然要的な要素やSF・ホラー要素が入ってくると話は違う。既製のアイデアに縛られない栗田独自の発想が爆発し、一気に面白くなるから不思議である。勢いのある文体もこういう世界観になるとピタリとはまる。しかもストーリーの盛り上げ方がまた上手く、「美女変貌す」などは話が本編に入っていないにもかかわらずゾクゾクするほどだ。
 もし栗田信が本格的な伝奇小説を書いていれば、かなり凄いものができあがったのではないだろうか。まあ、その一例が『発酵人間』なのかもしれないが、アレも上巻に続編の短編が収録されていたけれども、ああいったシリーズの繋ぎも実はうまかったのではという気になる。

 まあ、真っ当な読書家やミステリファンには到底お勧めできるようなものではないけれど、栗田信、もう少し読んでみたいものだ。商業出版はもちろん、復刻でもなかなか難しいラインだろうし、いよいよ古書で探すしかないのかな。

栗田信『和製シャーロック・ホームズの冒険 栗田信傑作集 上巻』(盛林堂ミステリアス文庫)

 栗田信の『和製シャーロック・ホームズの冒険 栗田信傑作集 上巻』を読む。あの怪作『発酵人間』復刊で一気に有名になった感もあるとはいえ、基本的には知る人ぞ知るマイナー作家。貸本にも作品を発表していたり、別名義もあったことから、なかなか著作の全貌が掴めないらしい。とにかく予想以上に作品を書いていたことは間違いないようだが、本書はそんな栗田信が雑誌に書き残したままにしていた作品から傑作をセレクトしたもの。いや、傑作集というのはかなり無理がありそうだが(笑)、こうして手軽に読める形にしてくれたことは本当にありがたい。

 栗田信傑作集(上)和製シャーロック・ホームズの冒険

第一部 和製シャーロック・ホームズの冒険
「雷鳥」
「猫と女房と猥談」
「七桁の数字」
「推理小説 凶器貸します」
「内縁の女」

第二部 中州砂六作品集
「モハ305号室の男」
「黒い主題歌(テーマソング)」
「悪夢は三度見る」
「鍾乳洞」
「マドモアゼルの手袋」

第三部 久里恵介作品集
「紳士の身嗜み」
「主役は誰だ!!」
「犬を連れた淑女」
「親孝行」
「潔癖症」
「スタジオの怪 姿なき映像」

第四部 異形の者たち1
「魔海の男 〜『発酵人間』より〜」
「獣鬼の覆面 夜叉反魂香」

 収録作は以上。
 第一部がなんとホームズのパロデイ。和製ホームズの異名を持つ中州砂六(なかす・さろく)を主人公にしたシリーズである。栗田信がホームズのパロディを書いていたというだけで読みたくなることは間違いないが、基本的には通俗スリラーや安手のハードボイルド、もしくは日活アクションもどきといったレベル。一応はホームズのパロディということで著者も気を遣ったのか、作品によっては推理要素を盛り込むなど謎解きの趣向もあるけれど、大きな期待は禁物である。
 第二部はその中州砂六名義で書かれた作品群。とはいえこちらは別にホームズのパロディでも何でもなく、第三部の久里恵介名義の作品も含め、やはり通俗スリラーがほとんどだ。
 本書の白眉は(あくまで個人的な白眉だけれど)なんといっても第四部。なんと「魔海の男 〜『発酵人間』より〜」は『発酵人間』の続編となる短編で、発酵人間の情報を小出しにしたり、その正体を表すシーンなどは見事にツボを押さえていて盛り上がる(笑)。これは明らかに当時のホラー映画やアクション映画、怪獣映画のノリで、長編のときよりも明らかに見せ方が上手くなっている印象だ。こういうのがたまにあるから、やっぱり読まなければいけないという間違った使命感に駆られてしまうんだよなぁ(笑)。
 一般的には絶対に評価されないのだろうが、とりあえず個人的には満足であり、下巻の感想もそのうちに。

栗田信『醗酵人間』戎光祥出版

 『醗酵人間』が「ミステリ珍本全集」のラインナップとして発表されたときは、ネット上に衝撃が走った(笑)。戦後SF最大の怪作と言われ、オークションではン十万円の値がついたとかつかないとか言われていた、あの『醗酵人間』が新刊として刊行されるというのである。SFや怪奇マニアでなくともそれは気になる。
 しかもふたを開ければ「醗酵人間」を初めとする三長篇(連作短編集というほうが適切か)に加え、短篇四作も収録という超豪華版。「ミステリ珍本全集」のなかでもひときわ異彩を放つ一冊であることは間違いなく、これはやはり読むしかないというわけで、本日の読了本は栗田信の『醗酵人間』。
 収録作は以下のとおり。「醗酵人間」から「台風圏の男」までが長篇、「地底の飛竜現わる!」以下が短篇である。

「醗酵人間」
「改造人間」
「台風圏の男」
「地底の飛竜現わる!」
「ドン鯖の竜」
「腕で来い」
「屍体置場の招待状」

 醱酵人間

 「醗酵人間」が怪作と言われる所以は、何といってもアンチヒーローたる醗酵人間の設定である。お酒にチーズ、納豆など、醗酵によって製造される食品は珍しくないが、では人間が醗酵するとどうなるか。
 著者の栗田信は、主人公がインドの「ヨギ秘術」を修得し、アルコールを口にするだけで無限の力をもつ醗酵人間に変身するという設定を作り上げた。科学的な根拠はほぼ皆無でまったく子供の思いつきレベルといってもいいだろう。とにかく、そのパワーを身につけた醗酵人間こと九里魔五郎が、父の仇を討つために大暴れするという復讐譚である。
 海外ではヨーグルトマンと呼ばれたとか、「こけっか、きっきっ」という変な笑い声とか、膨張して空を飛ぶとか、その他にも突拍子もない描写は多く、確かにゲテモノといってよい内容だ。
 ただ、実は突拍子もないのはこれらの設定部分ぐらいで、ストーリーとしては割と普通。とにかく最初の誕生エピソードと次のテレビ局でのエピソードが凄まじいだけに、ここで完全にイメージがインプットされてしまうのだけれど、後半にいくほど適度なアクションとサスペンスでつないでゆくピカレスクロマンといった趣(そんなにいいものじゃなけれど)。
 まあ、こちらが普段から古いモンスター映画などを観て免疫ができているせいか、予想よりは全然ちゃんとした話で、けっこう面白く読めてしまった(苦笑)。そういえば『事件記者コルチャック』でも吸血鬼と警官が大立ち回りをするという場面があったが、テレビ局でのシーンもそれと似たような面白さがある。
 「醱酵人間」というネーミングや設定の荒唐無稽さから確かに怪作という印象は強いが、一皮むくと意外にオーソドックスな娯楽読み物という感じであった。

 「改造人間」も「醗酵人間」と同じように復讐譚なのだが、こちらはLSDを使って人を洗脳するというのが大きな違い。LSDを使うというのが中途半端にリアルだが、ほぼイメージだけで用いた感じは否めず、むしろ「醗酵人間」のように吹っ切れたほうが話としては面白い。
 内容的にも「醗酵人間」の方が上か。改造人間が暴れ回るというのではなく、先に事件が起こって、その背後に改造人間が暗躍していたというプロットが多いせいか、全体的には回りくどく、その分満足度は落ちる。

 「台風圏の男」は前科者の緒方正平を主人公とする連作もの。かつて暗黒街で知られた男が、その腕を買われて助けを求められ……というのが一応は基本パターンだ。
 ただし、怒りの鉄、大部屋俳優の渋谷、度々緒方を便りにする古屋刑事という面々によるチームプレイや、個々が主役を張る話もあったりして、スタイルは自由度が高く、この趣向は悪くない。
 なお、こちらは超自然的要素はなく、あくまでミステリや犯罪小説として読める。雰囲気だけで言えば、当時の日活アクション映画的なものを連想してもらえるとよいのではないか。なかには凄惨な話もあるけれど、本書の中ではもっとも気に入った作品である。

 ということで、個々の場面では呆れたり笑えたりするところも多いのだが、思ったほどの奇想天外な話というわけではなく、管理人としては意外に普通に楽しめた一冊。
 ちょっと前評判に煽られすぎたか(笑)。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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