論創海外ミステリで“ホームズのライヴァルたち”シリーズの一冊として刊行されたグラント・アレンの『アフリカの百万長者』を読む。まずは収録作。
The Episode of the Mexican Seer「メキシコの千里眼」
The Episode of the Diamond Links「ダイヤのカフリンクス」
The Episode of the Old Master「レンブラントの肖像画」
The Episode of the Tyrolean Castle「チロルの城」
The Episode of the Drawn Game「ドロー・ゲーム」
The Episode of the German Professor「ドイツ人の教授」
The Episode of the Arrest of the Colonel「クレイ大佐の逮捕」
The Episode of the Seldom Gold-Mine「セルドン金山」
The Episode of the Japanned Dispatch-Box「漆塗りの書類箱」
The Episode of the Game of Poker「ポーカー勝負」
The Episode of the Bertillon Method「ベルティヨン法」
The Episode of the Old Bailey「中央刑事裁判所」

本作は「クイーンの定員」にも選ばれた名短編集だが、ただの本格ミステリ短編集ではない。というより実は本格ミステリですらなく、百万長者と詐欺師の対決を描くコンゲームを扱った連作集なのだ。
主要登場人物は南アフリカの百万長者サー・チャールズ・ヴァンドリフトと、その秘書を務める語り手のウェントワース(チャールズの義弟でもある)、そして二人と対決する詐欺師のクレイ大佐だ。
対決とは書いたが、基本的にはクレイ大佐のワンサイドゲームである。毎回、手を変え品を変え、クレイ大佐がチャールズを見事に騙し、金を巻き上げていくという趣向。
もちろんチャールズにしても莫大な資産を一代にして築いた男。頭も回るし、度胸もある。逆にクレイ大佐を罠にかけようと知恵を絞るのだが、こと犯罪の場においては相手が一枚も二枚も上手で、結局は一杯くわされる羽目になる。
正直、詐欺のテクニックはそれほどのものではない。別人に変装できるというクレイ大佐の特技ありきのところもあり、コンゲームとしての魅力もまあそれに準ずるといったところだろう。短編とはいえそれらを続けて読まされると、少々飽きやすいのも事実だ。
ただし、そういう単調になりがちなところを補っているのが、連作形式ならではのストーリーの膨らませ方だろう。最初は普通の詐欺話なのだが、同じ手を食わぬとばかりに相手の裏をかこうとし、それがまた裏をかかれて……という具合。
それは単に詐欺のテクニックということだけでなく、チャールズとクレイ大佐の駆け引き、いわば心理戦に及ぶから面白いのである。しかもウェントワースも物語の語り手という立場以上に絡んでくるなど、ときには三すくみの駆け引きとなる。加えて互いに対する心情の変化やクレイ大佐の秘密が小出しになるなど、シリーズを引っ張る工夫もある。
だから短編を単独で読んでも一応は楽しめるが、やはりこれは順番に読んだ方がいいだろう。一冊読んで初めて真価がわかるところもあるし、単にミステリ的興味だけで評価してほしくはない短編集である。
しかし実は気になる点もないではない。それはクレイ大佐のチャールズに対する粘着ぶりだ。義賊があこぎな富豪を狙うというのはよくある構図だけれど、チャールズは確かに金には汚いのだが決して悪党ではない。なのにこれだけクレイが狙う理由や動機がいまひとつ伝わってこないのである。
借金取り立てのために一家離散した家族の恨みを晴らすとか、それぐらいならこちらもクレイ大佐に喝采をあげたいのだが、いやいやこれではチャールズ可哀想すぎない?というのが正直なところ。
このへん感じ方に個人差はあるだろうけれど、実はけっこう物語の原動力的なところだけに、最後まで気になった次第である。
とはいえ本書のオリジナリティは高く評価したいし、今読んでも普通に楽しめるのは本当にすごいことだ(原作はなんと1897年刊行)。クラシックミステリ・ファンの一般教養として、必読といってもいいんではなかろうか。