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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』(扶桑社ミステリー)

 『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』を読む。「刑事コロンボ」を産んだ名コンビ、リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンクによる短篇集の第二弾である。

Suddenly, There Was Mrs. Kemp「ミセス・ケンプが見ていた」
Operation Staying-Alive「生き残り作戦」
The Hundred-Dollar Bird’s Nest「鳥の巣の百ドル」
One for the Road「最後のギャンブル」
Memory Game「記憶力ゲーム」
No Name, Address, Identity「氏名不詳、住所不詳、身元不詳」
Small Accident「ちょっとした事故」
The End of an Era「歴史の一区切り」
Top-Flight Aquarium「最高の水族館」
The Man in the Lobby「ロビーにいた男」

 突然の奈落

 いわゆる奇妙な味の短編と違い、誰が読んでも素直に驚かされるところが最大の売りだろう。軽めのテイストでスッと話に入っていくことができ、キレイにオチを決めてくれる。どの作品をとってもムラのない安定したレベルなのもお見事だ。
 『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』の感想でも少し書いたが、本書でも犯罪者を主人公にしたサスペンスが多く、刑事コロンボ誕生前夜といった雰囲気が楽しい。さすがに探偵vs犯人という対決の構図こそないけれど、犯罪が何らかの事情(ミスや偶然)によって失敗するところに面白みがある。ただ、そういうパターンを予想していると、その反対に犯罪者の勝利に終わる物語があったりして、これがなかなか油断できない。

 基本的にはどれも楽しく読めたが、主人公の自身の裏付けが最後に明かされる「ミセス・ケンプが見ていた」、エリンやダールを彷彿させるギャンブルものだが味わいはよりライトな「最後のギャンブル」、記憶力というキーワードの活かし方が秀逸な「記憶力ゲーム」、何となくジャック・リッチーを思い出す犯罪小説「氏名不詳、住所不詳、身元不詳」、珍しくホラーの雰囲気で読ませる「最高の水族館」、ラストの一行で主人公の本当の物語を明かす「ロビーにいた男」あたりが好み。
 なかでも一番驚いたのは「ちょっとした事故」。最初に読んだときは何か重大な部分を読み飛ばしたかと思い、改めて再度読み直したほどである。これはミステリとして読み始めるとまったく別物のスリルを味わえ、それはそれでまた面白いのだが(笑)、やはり単なる青春小説として読んだ方が腹に落ちるだろう。

 ちなみに本書で〈レヴィンソン&リンク劇場〉は一応、完結となるようだが、作品はまだ残っているようだし、なんなら脚本という手もある。ぜひ第三弾、第四弾にも期待したい。


リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(扶桑社ミステリー)

 「刑事コロンボ」シリーズの脚本とプロデューサーを務めた名コンビ、リチャード・レヴィンソンとウィリアム・リンクによる短編集『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』を読む。まずは収録作。

Whistle While You Work「口笛吹いて働こう」
Child’s Play「子どもの戯れ」
Shooting Script「夢で殺しましょう」
Robbery, Robbery, Robbery「強盗/強盗/強盗」
One Bad Winter Day「ある寒い冬の日に」
Ghost Story「幽霊の物語」
The Joan Club「ジョーン・クラブ」
Dear Corpus Delicti「愛しい死体」
Who is Jessica?「ジェシカって誰?」
Exit Line「最後の台詞」

 皮肉な終幕

 「刑事コロンボ」や映画『殺しのリハーサル』をはじめとした作品を観た人ならご存知のとおり、レヴィンソンとリンクのコンビはミステリの愉しみ方を熟知している人間である。要するにセンスがある。これをすれば視聴者が驚く、こう見せれば視聴者が喜ぶ、そういった感覚に優れているのである。
 そうはいっても、もちろん「刑事コロンボ」にだって、トリックがしょぼいとか、理屈がおかしいとか、作品によって駄作もあるのだが、そんな作品であっても見終わって「つまらなかった」となることはほぼない。万人向け、というとミステリ的にはちょっとマイナスイメージもあるかもしれないが、彼らの作品はテレビという媒体の性質上、最大公約数の愉しみを目指していたはず。その結果、トータルでの満足度が非常に高いのである。
 そんな作者が書いたミステリ、つまらないわけがない。本書の作品は彼らがまだ「刑事コロンボ」でブレイクする以前に書いていたものなので、若干不安もないではなかったが、十分楽しい一冊だった。

 全体の印象としては、オチであっと言わせるスリラー的な作品、ライトな雰囲気の作品が多いことが挙げられる。そして何より犯罪者を主人公にした倒叙のパターンが多いことに要注目。「口笛吹いて働こう」、「強盗/強盗/強盗」、「愛しい死体」などが典型で、これらの作品がコロンボに繋がったのかなと思ったが、当たらずとも遠からじで、解説によると「愛しい死体」はまさにコロンボのきっかけになった作品だという。確かに主人公が自宅に帰ったところで、待っていたのがコロンボだったら、とついつい想像してしまう。
 他の気になる作品としては、ミステリ味は薄いけれど、自信を無くした保安官の緊張感がたまらない「ある寒い冬の日に」。夫の浮気を疑う女性の心理を描いた「ジェシカって誰?」はよくあるパターンではあるが扱い方がうまい。
 テレビ業界、芸能界を扱った作品「夢で殺しましょう」、「最後の台詞」はブラックな味わいが強く、これは二人の経験が元になっているのだろう。ストレスをそのままぶつけているような内容には、二人も苦労していたのだろうなと苦笑するしかない。


ウィリアム・リンク『刑事コロンボ13の事件簿 黒衣のリハーサル』(論創海外ミステリ)

 刑事コロンボの生みの親といえばウィリアム・リンクとリチャード・レビンソンの二人。ただし、彼らは脚本や製作指揮をとっていたものの、彼ら自身が直接コロンボのノヴェライズを手掛けたり、小説を書き下ろすことはなかった。
 ところが日本では、リンク&レビンソン名義のコロンボのノヴェライゼーションが数多く(主に二見文庫から)出版されている。
 これはどういうことかというと、脚本あるいはテレビそのものから日本のライターなり翻訳者なりが書き起こしているのである。そう、日本版は厳密にいうと翻訳ではなく、名義貸しの日本オリジナル版なのだ。
 中には犯人まで変えてしまった超訳もどきもあるらしいが(笑)、全体的にはコロンボの雰囲気をがんばって伝えている、まずまずよくできたノヴェライズだと思う。

 さて、そこで本書『刑事コロンボ13の事件簿 黒衣のリハーサル』。これはいったん一線を退いたウィリアム・リンクが執筆活動再開後に書いた、紛れもないコロンボの原作小説である。収録作は以下のとおり。

The Criminal Criminal Attorney「緋色の判決」
Grief「失われた命」
A Dish Best Served Cold「ラモント大尉の撤退」
Ricochet「運命の銃弾」
Scout's Honor「父性の刃」
Sucker Punch「最期の一撃」
The Blackest Mail「黒衣のリハーサル」
The Gun That Wasn't「禁断の賭け」
Requiem for a Hitman「暗殺者のレクイエム」
Trance「眠りの中の囁き」
Murder Allegro「歪んだ調性(キー)」
Photo Finish「写真の告発」
Columbo's Mistake「まちがえたコロンボ」

 刑事コロンボ13の事件簿 黒衣のリハーサル

 当たり前と言えば当たり前だが、基本的にはドラマに忠実なコロンボワールドが展開されており、満足度はなかなか高い。お馴染みの倒叙スタイルばかりではなく、犯人を一応は伏せておくようなパターンも多く、コロンボの世界観を壊さない程度にはミステリ小説としてのチャレンジもやっており、そういうところにも好感が持てる。
 世界観という意味では、時代設定を70年代や80年代にするのではなく、完全に現代に置いているのは驚いた。著者の、あくまでリアルタイムな物語にしたいという意志が伝わってくるようで、こういう姿勢は評価したい。ただ、作者本人だから許されるのであって、これを他の作家がパロディとかでやったらシラける可能性は大。難しいところではあるな。
 世界観というところで言えば、もうひとつ。翻訳しているのがコロンボ研究で有名な町田暁雄氏というのはかなり大きいだろう。

 ミステリとしてはあっと驚くほどのものはないが、安定感は十分。いかにもコロンボ的な犯人のミスを突くパターンが多いけれど、その設定を活かすためかバリエーションとしてはやや苦しいものがあるようだ。そういう意味では一気に読むより、ぼちぼち楽しんでいく方が吉。
 まあ、ミステリの仕掛けよりは設定の妙で楽しめる作品が多いのは致し方あるまい。個人的にはコロンボの実力を嫌というほど知っているはずの刑事が相手となる「禁断の賭け」が特に印象に残った。

 とりあえずシリーズのファンには間違いなくオススメ。これ一冊だけでなく、二冊目の可能性もあるそうなので、これはプッシュしておかなくては(笑)。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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