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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ピエール・ルメートル『わが母なるロージー』(文春文庫)

 ピエール・ルメートルの『わが母なるロージー』を読む。カミーユ・ヴェルーヴェン警部の登場する一作ではあるが、いわゆるイレーヌ、アレックス、カミーユの三部作には入らない番外的な中編である。

 パリ市内で爆破事件が発生した。まもなくジャンという青年が警察に出頭し、自分が犯人であり、カミーユ警部にだけ話をしたいと告げる。
 さっそく駆けつけたカミーユに、ジャンは恐るべき取引を持ちかけた。爆弾はあと六つが残されており、毎日9時に爆破する。それが嫌なら、殺人罪で勾留されているジャンの母親ロージーと自分に300万ユーロを渡し、オーストラリアへ無罪釈放させろというのだ。だがカミーユはジャンの真の狙いが別にあるのではと考えるが……。

 わが母なるロージー

 設定はすこぶる魅力的だ。爆弾のタイムリミットが迫る中、カミーユは犯人との心理的な闘いに挑むわけで、この二人のやりとりと爆弾の捜索が同時進行で描かれる。これが実に面白い.
 しかし、いかんせん短い。中編ゆえあまり書き込めなかったのはわかるが、本来であれば最低でもこの倍の分量で、みっちりと描いてほしかったところだ。

 心理描写というか登場人物の描き方もご同様。かなり魅力的な登場人物たちなのに、やはり分量的に物足りなさが残る。
 ジャンはもちろん、その母親であるロージーもまたクセのある女性で、事件の背景にはこの二人の関係性が見え隠れする。なんせロージーは殺人罪で拘留中。しかも被害者が●●というのだから恐れ入る。そればかりか捜査でさらに明らかになるロージーの過去は、カミーユたちを震撼させる。
 そんなロージーと逃亡しようとするジャンの気持ちがカミーユにはわからない。どこか悟りきった表情すら見せるジャンの心の奥底には何が流れているのか。ここが本作の大きなテーマにもなっているのに、それがいまひとつわかりにくい。描ききる前にラストを迎えてしまい、その結果としてジャンの動機や目的という肝心要のところまでがぼやけてしまう。
 設定もストーリーもキャラクターも面白く、非常にスリリングな物語なだけに、とにかくもったいないの一言である。

 なお、実はこれまでカミーユの登場する中編は、『Les Grands Moyens』と『Rosy et John』の二作あると思われていたのだが、実はこれどうやら同じ作品だったようだ。
 まず、2012年に『Les Grands Moyens』が刊行され、その後、『Rosy et John』と改題されて2014年に再刊と相なったらしい。
 というわけで、結局、これがカミーユ・シリーズ最後の作品ということになったのだが、ううむ、なんだか気持ち的には中途半端なので、ルメートルにはせめてもう一作だけカミーユで書いてもらえないものだろうか。


ピエール・ルメートル『監禁面接』(文藝春秋)

 令和最初の読了本は、ピエール・ルメートルの『監禁面接』。
 まずはストーリーから。
 企業の人事部長だったアランが失業してはや四年。六十歳を目前にしてアルバイトで糊口をしのぎながら職探しを続けているが、年齢もあって思うようにはいかず、家族とも気まずくなりがちな日々だ。
 そんなアランについにチャンスがやってきた。一流企業の最終試験に残ったのだ。しかし、その試験内容は驚くべきものだった。
 就職企業先の重役会議を襲撃し、重役たちを監禁して尋問せよというのだ。
 そこには重役たちの危機管理能力と、採用試験を同時に行うという意図があったが、あまりに馬鹿げている。妻の反対を受けるアランだったが、仕事はどうしてもほしい。アランはこれまでの経験をフル動員して就職企業先を調査して対策を進めるが……。

 監禁面接

 カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズが終わってノンシリーズの作品が続いているルメートルだが、本作は『その女アレックス』以前に発表された初期の作品である。カミーユのシリーズ化をはじめ、いろいろと模索していた時期だったとは思うのだが、その根底に流れるのは社会や犯罪によって押しつぶされる人間の姿だ。
 ただ、ルメートルの場合、そういったメッセージをストレートに伝えるのではなく、ミステリという枠をこねくり回してエンターテインメントとしても最高のものにしようとする姿勢がいい。

 本作でも高い失業率と就職難に苦しむフランスを舞台に、その状況が人を圧迫してゆく様子を描いているが、その描き方がなんとも突飛で痛快。
 企業を襲撃して重役を監禁・尋問するという就職試験。企業のコンプライアンスや倫理観はどうなっているのだという疑問は当然ありつつ、主人公アランがその難問をどう突破するのかというドキドキ感はなかなか類を見ない。
 しかもその襲撃シミュレーションが思いも掛けない結果を生み、さらにはその後の予想もしない展開。二重三重の仕掛けが施されているのは見事としかいいようがなく、あまりに強引なストーリー展開に少々あきれながらも、ここはその力業を堪能するのがよい。
 最後は必ずしもすべてがハッピーに終わるわけでもないけれど、これがまたフランスミステリっぽい印象を残し、まずは極上のエンターテインメントといってよいだろう。


ピエール・ルメートル『天国でまた会おう(下)』(ハヤカワ文庫)

 ピエール・ルメートルの『天国でまた会おう』下巻読了。
 第一次大戦で顔に大怪我を負ったエドゥアールと、そのエドゥアールに命を救われたアルベールは共同生活を送るが、エドゥアールは薬に溺れ、アルベールは生活費と薬代を稼ぐために疲弊していた。しかし、あるときエドゥアールは戦死者を悼む記念碑を利用した途方もない詐欺計画を思いつく。
 一方、二人の元上官ブラデルはエドゥアールの姉と結婚し、彼もまた戦死者を利用した埋葬事業に乗り出していたが……。

 天国でまた会おう(下)

 戦争に翻弄された男たちやその家族の姿を描くことで、人間の素晴らしさ、そして同時に愚かさを描く雄大なドラマである。
物語の背景が第一次世界大戦におけるフランスということもあり、やや日本人には馴染みの薄いところもあるが、ほどよく流れのなかで説明されているので、理解に困ることはないだろう。

 それにしてもルメートルは達者な作家である。本作にしても重いテーマではあるのだが、語り口は比較的軽く、しかも軽いイコールわかりやすさというのではなく、カミーユ・ヴェルーベン警部シリーズでも感じられた、シニカルな笑いやアイロニーが見え隠れする。
 だから軽いとはいいながら、ストーリーの表面だけを追うのは実にもったいない話で、登場人物たちが何をどのように感じているのか、じっくりと噛み締めながら読むのがおすすめ。そもそも戦争に対する思い、家族に対する思い、そんな感情は一言で説明できるものではなく、ルメートルは繰り返し繰り返し登場人物たちを通してそれらの感情を積み重ねてゆく。そこを味わいたい。

 気になる点もないではない。これは作者があえてやっているのかどうかは不明なのだが、キャラクターの造形が少々デフォルメしすぎではないかということ。 たとえばブラデルなどはちょっと敵役としては深みが足りない感じである。
 全体ではぎりぎりのところで抑えてはいる感じだが、それでも少々わざとらしい言動が目につく。これをやりすぎてしまうと、結局はステレオタイプな登場人物ばかりになり、それこそ軽いだけの物語になってしまう。
 これはカミーユ・シリーズでも感じたことだが、あちらはシリーズものの面白さとしてまだ効果的にも思えたのだが、ううむ、やはりこちらではやりすぎかな。

 まあ、その点を除けばルメートルの味わいや良さは堪能できるし、おおむね満足。でも、やはり次はミステリを読みたいかな。


ピエール・ルメートル『天国でまた会おう(上)』(ハヤカワ文庫)

 ピエール・ルメートルの『天国でまた会おう』をとりあえず上巻まで読む。カミーユ・ヴェルーベン警部三部作ですっかり日本での人気も定着した感のあるルメートルだが、本作は2013年に発表したノンシリーズ作品である。

 天国でまた会おう(上)

 第一次世界大戦も終わりが近づいてきた1918年11月。西部戦線においてフランス軍の青年アルベールは、上官ブラデルの悪事に気づいたことで、戦場で生き埋めにされてしまう。そのとき彼を助けたのが同じ部隊に所属する青年エドゥアールだった。しかし、その直後、二人を爆発が襲い、エドゥアールは顔に大怪我を負ってしまう。
 やがて終戦。しかし顔の傷が原因なのか、エドゥアールはなぜか家族のもとには帰らず、それどころか家族とのつながりを絶ちたいと願う。命の恩があるアルベールはやむを得ず書類を偽造し、エドゥアールを戦死したことにさせ、二人で共同生活を始めるのだが……。

 非ミステリであることは知っていたが、これはいってみれば大河ドラマの趣か。戦争によって人生を変えられた男たちのドラマである。
 上記のアルベールとエドゥアールがとりあえずの主人公だが、これにおそらく上官ブラデルも加えてよいだろう。真面目だが優柔不断で気弱なアルベール。実は資産家の息子で画家としての才能もあり、反骨精神もあるエドゥアール。目的のためなら手段を選ばない典型的な悪玉のブラデル、この三者三様の生き方が、大戦後の混沌としたパリを舞台に交錯する。
 今のところはこれまで読んできた著者のどの作品とも雰囲気は違うけれど、重い物語のなかに独特のアイロニーやペーソスが見え隠れするのはルメートルらしいといえばらしい。このあと物語がどう転んでいくのか、ルメートルのお手並み拝見といったところだろう。
 詳しくは下巻読了時に。


ピエール・ルメートル『傷だらけのカミーユ』(文春文庫)

 ピエール・ルメートルの『傷だらけのカミーユ』を読む。『悲しみのイレーヌ』、『その女アレックス』に続くカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの三作目だが、実はこれ三部作だったらしく(日本での刊行は二作目の『〜アレックス』が先になったけれど)、本作がその完結編。
 で、最初にまず書いておきたいのは、これからこのシリーズを読もうと思っている人は、必ず本国での刊行順どおりに読んでほしいということ。単純にストーリーがつながっていることもあるのだが、本作だけ最初に読んでも、その感動や衝撃はケタ違いである。イレーヌ→アレックス→カミーユ、必ずこの順番でよろしく。
 そして『〜イレーヌ』がもし精神的にきついなと思っても、ぜひ『〜アレックス』、『〜カミーユ』までお付き合いしてもらいたい。本シリーズは三作すべてを読むことで、さらに相乗効果が何倍にもなる作品なのである。

 ということで、これだけプッシュしておけばすでにおわかりかとは思うが、本作も文句なしの傑作。これまでの二作でミステリという枠そのものを巧妙に仕掛けとしてきた感のあるルメートルだが、本作はまたひと違う趣向で攻めてきた。
 まずはストーリー。

 愛妻イレーヌの死から数年が経過し、アレックスの事件でようやく重要事件の現場に復帰したカミーユ警部。今ではアンヌという恋人もでき、イレーヌのショックからなんとか立ち直りつつあった。しかし、今度はそのアンヌが銀行強盗事件に巻き込まれ、瀕死の重傷を負う。一命をとりとめたのも束の間、犯人はなぜかアンヌを執拗に狙ってきた。二度と愛する人を失いたくない。カミーユは彼女との関係を隠して事件を担当し、アンヌを守ろうとするが……。

 傷だらけのカミーユ

 ルメートルの作品の優れたところは、警察小説としても十分すぎる出来なのに、プラス強烈なトリックを仕込んでくるところである。
 主人公の刑事自らが事件の関係者となり、その葛藤の中で捜査する羽目になるという構図は近年の警察小説の定番ではあるけれど、ルメートルのそれはまちがいなく一級品。丹念にカミーユの心情を描き、その人間臭さがぷんぷん匂うし、そのチームや上司との交流の描写も実に心憎い。

 だが、それだけではここまでのビッグヒットにはならなかったはずで、そういう王道の物語で完結させず、読者をあっといわせるサービス精神もそれ以上にあるところが素晴らしい。
 上で“ひと違う趣向”と書いたが、まあ、例によって詳しくは話せないネタなので、これは実際に読んでもらうしかない。管理人も本作では二度ほど驚かされ、前のページを思わず読み返してしまったほどだ。
 さすがに破壊力では『〜アレックス』に一歩譲るが、カミーユ自身の物語という点ではこちらが上。十分にオススメできる逸品である。

 なお、カミーユを主人公にした作品は他にも『Les Grands Moyens』と『Rosy et John』があるのだが、どうやらそちらは中編らしく、いわゆるナンバリングタイトルではないようだ。解説では「ぜひ中編集として出して」と書かれていたが、管理人もそれに一票。


ピエール・ルメートル『悲しみのイレーヌ』(文春文庫)

 昨年、『その女、アレックス』で話題をさらったピエール・ルメートルの『悲しみのイレーヌ』を読む。著者のデビュー作にしてヴェルーヴェン警部シリーズの第一作だが、『~アレックス』以上の傑作という声も聞かれ、今年の各種ベストテンでも上位に名を連ねている。
 まあ、先に『~アレックス』を読んだ身としては、本書の邦題を見ただけで陰々滅々な気分にしかならないわけだが、まあ、ここまで評判がいいからにはさっさと読んでおくしかあるまい。

 こんな話。パリ警視庁に勤務するカミーユ・ヴェルーヴェン警部のもとへ、部下から緊急の連絡が入った。二人の女性が異様な手口で惨殺されるという事件が起こったのだ。カミーユは腹心の部下たちと捜査にとりかかるが、その手がかりは少なく捜査は難航する。ジャーナリストの取材攻勢も凄まじく、カミーユのイライラは募るばかりだが、そんな疲れを癒してくれるのが妻イレーヌの存在だった。
 やがて第二の事件が発生するが、そのときカミーユは事件に共通する奇妙な共通点に気づくのだった……。

 悲しみのイレーヌ

※以下、ネタバレには気をつけておりますが、作品の性質上、なかなか難しいところもあり、本書未読の方はご注意ください。

 ははぁ、これはなんとまあ刺激的な作品であることか。 『その女、アレックス』の出来は決してフロックなどではなく、ルメートルはデビュー作からして、このレベルを書けるだけの力量があったのだ。
 “刺激的”と書いたが、これはもちろん猟奇殺人やサイコパスを描いているからといった、表面的な理由では決してない。 ミステリを構成するする要素のひとつひとつにおいて様々なチャレンジを仕掛けてくる、その企てが刺激的なのである。各要素はそれほど斬新というわけではないのだが、その枠をなんとか破ろうとする意識はひしひしと伝わってきて、それが心地良いし、結果的にも非常に成功しているのだ。

 具体例をあげると、まずは見立て殺人を扱っていること。マザーグースとか聖書、言い伝えなどをモチーフに、筋立てどおりりに行われる犯罪をミステリ用語で見立て殺人というが、本作はなんとミステリそのものを見立てているところがミソ。古今東西の有名なミステリ、犯罪小説をそのまま使うなど、普通は思いついたとしてもなかなかできるものではない。フランスの作家、しかもデビュー作だから可能だったのだろう。
 また、この見立て殺人を見抜き、他の事件にまで可能性を探っていく部分は本作のハイライトのひとつ。警察小説ながら、この辺りは本格の味わいもあり、それが生きているからこそ本作は傑作となったのだと思う。

 全体の構成も刺激的な要素のひとつである。プロットに凝る作家だというのは『その女、アレックス』やノンシリーズ『死のドレスを花婿に』で十分に学習してはいたが、まさかデビュー作からだとは。
 さすがに『~アレックス』のようなメインディッシュとまではいかないし、絶対に必要な演出ではないのだけれど、著者はやらずにはいられないのだろう。マニア的な嗜好を感じられて興味深いところである。

 そして、本作でもっとも刺激的なのは警察小説としての部分。より厳密に言うなら登場人物の造形だろう。『その女、アレックス』の感想でも書いたが、読むべきはプロットの妙よりも、むしろ個性的な刑事たちがどのような捜査活動を見せてくれるかにある。
 最近、流行りの北欧系では徹底してシリアスな路線が多いけれども、本作でもシリアスはシリアスながらキャラクター造形にはそれなりのデフォルメがなされており、そのままだと滑稽になりかねないところを、チームプレイという形の中で程よく中和して独自のリアリティを創っているように思う。この匙加減が絶妙というか、コメディに陥ることなくスパイスとして最大限に生きるところで決めてくれているという印象なのである。
 特に本作は第一作ということもあって、それがストーリー的にも効果を発揮していて素晴らしい。

 ということで個人的には十分に満足できた一冊。『その女、アレックス』のような爆発力はないけれど、トータルではこちらのほうがミステリとしてのまとまりがよく、本書のほうがよりマニア好みな感じはする。

 なお、ラストについては普通に嫌悪感を覚える人もいるだろうが、ここは著者のミステリに対する最大の問題提示でもあるし、これはこれでアリだろう。
 この点について書き始めると長くなるのでさらっと流すけれど、読書は常に自己責任。ミステリは娯楽であるけれども、文学でもあるわけで、死や生命についての思想や文章と向き合う側面は常に孕んでいる。読者はその覚悟をもって読むべきである。ましてや本作では著書のメッセージはかなり明確に打ち出されているし、管理人などはシリーズ一作目でこれをやった著者の決断を評価したい。


ピエール・ルメートル『死のドレスを花婿に』(柏書房)

 『その女アレックス』で昨年の各種ミステリベストテンを席巻したピエール・ルメートルの本邦初紹介作品を読む。柏書房から出た『死のドレスを花婿に』がそれだが、これがなんと六年も前の本であった。アレックス効果というか便乗というか、新刊書店でも急に目にするようになったが、どういう形であれ埋もれた作品がまた世に注目されるのは悪いことではない。

 こんな話。主人公のソフィーはつい一年前までは有能なキャリアウーマンだったが、夫に先立たれるなどの不幸や、原因不明の記憶障害などに悩まされ、今ではベビーシッターで糊口をしのいでいる。しかし、症状は一向に回復の気配もなく、徐々に狂気が加速していく。そして遂におぞましい事件が幕を開ける。
 ソフィーに事件の記憶はなかったが、状況からは自分のやったこととしか思えない。彼女は身の回りのものを急いでまとめ、逃亡の旅に出るが……。

 死のドレスを花婿に

 うむ、そうきたか。
 本作は『その女アレックス』の二年ほど前に書かれた第二長編なのだが、『その女アレックス』がカミーユ・ヴェルーヴェン警部を主人公とするシリーズものだったのに対し、本作はノン・シリーズ。しかし、その方向性は極めて近く、こちらもサイコサスペンス風な内容を、構成の妙で引っ張っていくスタイルとなっている。
 何というか、ルメートルは根っからこういうのが好きな作家なのだろう。作風は違うけれどリチャード・ニーリイとかを思い出させる。ただ、ニーリイと異なるのは、心理描写も多く、それを悪夢のようなストーリーに絡めることで、いっそう物語全体の構図をわかりにくくするところか。まあ実はフランスミステリではよくある手で、本作では警察側の描写がないだけに、余計、その印象が強かった。

 結論をいえば、『その女アレックス』ほどのコード破壊はないけれど、サスペンスとしては良質である。
 ただ、ネタ明かしが早いので、中盤、特に第二章は長くてややだれる。ここはもう少し短くまとめて三章あたりから一気にラストまで持っていった方が効果的ではなかったか。
 まあ、それはエンターテインメントとしての考え方なので、もしかしたら著者としては第二章の心理描写にこそ力を入れたかったのかもしれない。このあたり著者に聞いてみたいところである。

※現在は文春文庫もあり。


ピエール・ルメートル『その女アレックス』(文春文庫)

 周囲に翻訳ミステリの話をできる人間はあまりいないのだけれど、先日、そんな数少ない翻訳ミステリ好きの知人と酒を飲んだ。そのとき勧められたのが、ピエール・ルメートルの『その女アレックス』。

 ネット上ではけっこう評判が良いようだったので、もともと少し気にはなっていたのだが、数日後に今度は『ミステリマガジン』の「ミステリが読みたい!2015年版」を読むと、これがなんと堂々の一位である。
 こうなると一気にネット上で感想やら書評やらが溢れかえり、その分ネタバレに遭遇する危険度も大幅アップする。しかもこの後に『このミステリーがすごい』も控えている。ネタバレ記事については過去に痛い思いも何度かしているので、仕方なく(笑)さっさと読むことにした。

※ちなみに管理人もネタバレにはかなり気をつけるつもりではありますが、本作に関してはなかなか難しいところがあります。以下を読まれる方は、自己責任でお願いいたします。

 アレックスという女性が突如パリの路上で男に誘拐された。男の狙いはわからず、ただ「おまえがくたばるのを見たい」とだけ伝え、アレックスを身動きすらほとんどとれない狭い檻に幽閉してしまう。
 一方、カミーユ・ヴェルーヴェン警部を班長とするチームは、目撃者の話から男とアレックスの行方を一歩ずつ追ってゆくが……。

 その女アレックス

 うむ、確かに面白い。世間で評判になるのもむべなるかな。
 魅力は大きく二つあると思う。ひとつは構成の妙であり、話題になっている大きな理由もおそらくこちらの方であろう。
 本作は三部構成になっているのだが、第一部では上に書いたように誘拐監禁ものとして幕を開ける。しかし、実はこれがほんの導入でしかない。その最初の事件は、実は全体のなかの表層でしかなかったことが、第二部で明らかになるのである。しかも、それが一度では終わらず、第三部でも同様の趣向を凝らしてくる。
 ストーリーに対する予想、事件の真相に対する推理、登場人物への感情移入など、読者は読書を通じてさまざまなアプローチをかけているわけだが、それを思い切りよく裏切ってみせるアイディアは単純に見事だ。
 こういうミステリのコード自体をいじってみせるというアイディアはもちろん本作が初めてではないけれど、本格とかではなくサスペンス小説でこれをやってみせたこと、アレックスという素材のインパクトがあることで、非常に効果的だったのだろう。

 もうひとつの魅力は優れた警察小説としても成立していること。
 本作においてはアレックスという存在が大きすぎるので、どうしてもサイコサスペンスという側面が強調されてしまいがちだが、実はもともと本作はカミーユ・ヴェルーヴェン警部を主人公とするシリーズの一冊。
 ほかにもル・グエン、ルイ、アルマンという個性的な面々の刑事が登場し、チームによる活躍が見どころである。お約束といえばお約束だが、主人公のカミーユが抱える問題、上司との軋轢、強引な捜査、チームの結束など諸々がガッツリと盛り込まれており、満足度は高い。
 少々、キャラクターを作りすぎの嫌いがあって、ややもするとリアリティに欠ける場面もあるのだが、警察小説というと地味なものが多いだけに、たまにはこういうシリーズがあってもいいだろう。英米や北欧の警察小説とはまたひと味違った味わいで悪くない。

 ちなみに著者のピエール・ルメートルの邦訳は、他にノンシリーズ『死のドレスを花婿に』が一冊ある。こちらも構成に一工夫あるような作品らしく気にはなるが、やはり未訳のカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズをまずは読んでみたいものだ。
 既に本国では五冊刊行されているらしいので、文春さんにはぜひ一作目から順に出してくれることを望む。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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